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8 縮まる距離


次の日、僕はいつにも増して気持ちの悪い笑みを浮かべていた。

まるで暗躍する組織の隊員のような気味の悪い表情と、たまに綻びる頬。


クラスのみんなは僕のことを気持ち悪がったり変人扱いしているが、ヒソヒソと陰口を叩いている姿は今の僕の目には映らない。


「どうしたお前、今日は特段に気持ち悪いな」


邦隆が登校してきて第一声、僕の顔を見てそう言った。


「抜けるエロゲーでも見つけたか?」


「……ふふ、ふふふ」


「おいおいマジで気持ち悪いって」


昨日の一件、亜久里さんとこれから一緒に帰ることになったなんて、笑わずにいられるだろうか。


これまで何度も土下座を敢行し告白しては振られ、挙げ句の果てには頼りないと特別傷つく一言を言われた僕に、ついに転機が訪れたのだ。


これで亜久里さんとの距離はグッと近づくはず。そしてもっと仲を深めて今度こそエッチをするんだ!


「何があったのか知らないけどよ、こっちはお前に頼んだ数学の範囲を聞きそびれて苦労したんだぞ」


「数学の範囲?そういえばそんなこと言ってたね」


「やっぱ忘れてたな?」


「邦隆なんて今はクソどうでもいいよ」


「は?」


僕の思考には邦隆のくの字もない。

これから思い描く亜久里さんとの下校に想いを馳せていた。


「お前マジで一体何が……」


「高橋くん」


邦隆の言葉を遮ったのは、肩まで揃えられた金髪と僕の顔を覗き込むことで強調されるたわわな谷間の持ち主。

クラスのギャル、亜久里さんだった。


「あ、ああああ亜久里さん!?ど、どど……どうしたの?」


テンパる僕とは逆に亜久里さんは愛らしく笑う。


「ちょっと喋りたいなって思って」


「……え、僕と?」


聞き間違えじゃないだろうか。

今まで一方的に好意を伝え、告白の時だって結局僕はフラれてしまったわけで。


もちろん昨日の一件で距離は縮まったとは思ったけど、まさかこんな急に?


「いいでしょ?暇そうだし」


「う、うん!もちろんだよ」


動揺して慌てふためく僕をよそに、邦隆は開いた口が塞がらないと言った表情で席に座って対面する亜久里さんを凝視する。


日陰者の俺たちになぜ正反対で人気者のギャルである亜久里さんが?と驚いているに違いない。


当然それはクラスのみんなも同じように思ったのだろう。

一瞬の間だけ静寂に満ちたのを僕は感じ取った。 


「え、ええ……裕太と亜久里さんがそんな、まさか……」


邦隆には亜久里さんに頼んでエッチさせてもらおうとしたことまで伝えている。結局キスはしたけれど、その後どうなったのかは一つも言っていなかった。


亜久里さんとの関係を応援してくれているのは確かだし、僕が塞ぎ込んだ時に心強い言葉をくれたのも邦隆だ。


だから余計に悟ってしまったのだろう。

もしかして僕と亜久里さんが付き合い始めたのではないのかと。


そんなはずないんだけどね。

付き合いたいのは山々だけど。


「君は……えっと、待ってねすぐに思い出すから」


同じクラスになって早1ヶ月。

邦隆は亜久里さんに認知されていないようだ。


「ごめんね?私、人の名前覚えるのとか苦手でさ。そのアフロ頭とかはちゃんと印象に残ってるんだけど……」


「いや、い、いいっすよ全然。覚えられていないのとか慣れてるんで。な?」


ぎこちない喋り口調で邦隆は僕に同意を求める。

確かに今ここで僕の名前を覚えているかアンケートを取ったら8割は知らないと言うだろう。


ただ変人と思われている分逆に覚えられていることもあるかもしれない。不名誉だけど。


「た、只野邦隆って言います。裕太からは邦隆って呼ばれてるけど……あはは、さすがにいきなり名前呼びは違うか。な?裕太」


「うん?まあそうだね……」


さっきから照れ隠しに僕を使うなよ。

そうツッコミたかったけど、邦隆なりに気を使ってくれていることがわかっていたためあえて言わなかった。


「じゃあよろしくね只野くん」


「はい!」


元気よく返事をする邦隆と嬉しそうな顔を見せる亜久里さん。


こういう人懐っこい性格が僕や邦隆みたいな人にも好かれる理由なのだろう。

僕は美会員会の時にこのような迫られ方をされたので、女の子耐性が全くなかった僕は当然のように恋に落ちた。


だから同じように迫られた邦隆が恋に落ちてしまわないかちょっと心配だ。


肝心の邦隆は久しぶりに女子と喋れてとても嬉しかったのか。僕にはもう死んでもいいと思っていそうな表情で、天使が迎えにきているような幻覚が見えた。


「……そ、それにしても亜久里さんから話しかけてくるなんて、思いもしなかったよ」


「だっていつも何喋ってるんだろうって気になってたし」


「そうなの!?」


「それに、高橋くんとはまだ雑談みたいなのしたことなかったから、してみたいなって」


「雑談…‥ですか」


ほんとに今日はどうなってるんだ?

朝はいつもの仲のいい友達と喋っている亜久里さんがわざわざ僕と喋りたいだなんて。

それも雑談なんていう目的もない会話を。


確かに距離は縮まっただろうけど、これは縮まりすぎじゃないだろうか。

全てが初めての体験で僕は今にも思考が停止しそうだった。


「雑談て言っても何を話せば……」


邦隆に助けてもらおうと思ったが、あいにく彼はまだ現世に戻ってきていない。

僕一人でどうにかするしかないようだ。


今期のアニメとか漫画とか、エロゲーの誰が一番抜けるとか、そんな話できるはずもないし……。


「どうしたの?」


「い、いや……今とっても面白い話を思い出してるところだからもうちょっと待ってほしいっていうか……」


「別に考えて話すことでもないと思うけど」


「そういうものなの……?」


「雑談って、適当に思いついたこととか今朝の出来事とかなんでもいいんだよ。話の内容よりも、誰と喋ってるかが重要なんだから」


たしかに。亜久里さんの言うとおりかもしれない。

邦隆と喋っている時はどんどん話が膨れていくし、昨日のエロゲーで有栖さんルートがたまらなかったとか、あの漫画の展開が熱かったとか。


多少の趣味の合致があっての話かもしれないけれど、亜久里さんと喋るのに何も気負いすることないじゃないか。


好きなことを喋ればいい。

亜久里さんならどんな話をしても面白おかしく笑ってくれそうな気がした。


「なら僕の初恋の人の話をする?」


「初恋の人!?何それ超聞きたい!」


亜久里さんが食い入る。

よし、出だしは完璧だ。


「僕の初恋を遡るとね、あれは小学生の頃、日曜日の朝に見ていた二人はプリピュアのキャラなんだけど」


「ふ、二人はプリピュア?キャラ?」


「知らない?二人はプリピュア」


「え、えーと小さい時に私も見てたけど……」


「リアルタイムで見ていた時は全然そう言う目で見てなかったんだけどね、二次創作の存在を知ってからはエロ同人を……」


ふと亜久里さんを見る。

困った顔で苦笑いを浮かべていて、この時僕はようやく話題提起に失敗したことに気が付いた。


「……やっぱ違う話にしようか」



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