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5 交差


「はぁ、これからはまたしばらく一人で活動することになるのかな……」


春子は自分の教室に戻る道中、小さくため息を吐いた。


彼女が美術部に入部した時から部員は少なかったが学年が上がるにつれてその少ない部員も徐々に減っていき、今では後輩の高橋と二人きり。


そしてその高橋はしばらく部活に来ないらしい。


上級生が卒業し彼が入部してくるまで一人で活動していた彼女にとってそれはさほど苦ではななったが、やはり話し相手がいないというのは寂しいものがあった。


「あいつが来てから、少しは楽しかったんだがな……」


春子は先程まで喋っていた少年の顔を思い浮かべる。

自分にとって可愛い後輩。


そんな後輩が部活を疎かにして何をしていたのだろうと、はぐらかされたのにも疑問があり、少し気になっていた。


「……やっぱり女なのかなぁ」


俯きながら思い悩んでいると、目の前に突如大きな壁が現れる。


「うわぁ!?」


ぼすん、と柔らかい感触。

これは誰かの……お腹?


「すまん。小さすぎで気づかなかった……て姉貴?」


「その声は、武か!?」


首をほぼ九十度に傾けて見上げると、そこにはスポーツ刈りのツンツン頭。野性味たっぷりの日焼けした肌と筋肉質な体。


「あ、ロリ先輩だ」


「ほんとだ。相変わらず小さいな」


後ろに控えていた武の友達である二人の男が揶揄うように言う。


「お前らいい加減私のことを『ロリ先輩』と呼ぶのをやめろ!」


「えー、だって身長盛って140しかないじゃん」


「胸だってぺったんだし」


「ぐぬっ……」


「武はこんなに立派に成長してるのにな」


「本当に姉弟なのか不思議に思うわ」


「くぅ……」


悔しそうな表情を浮かべる春子を見て、男二人はゲラゲラと笑う。


「失礼なこいつらになんとか言ってくれんのか武!」


「だって事実だしな……」


「おい!」


春子が吠えるが武は気にしない。

友達が家に遊びにくる時も同じようなやりとりがよくある。

もう見飽きてしまうほどに。


「それよりも、武は何をしているんだ。ここは三年の階だぞ?」


「ちょっと先輩に呼び出されてな」


「先輩?まだあいつらと連んでいるのか」


春子は心配そうに武の顔を覗く。


「あいつらの噂は良くないものばかりだ。あんな不良連中と付き合うのは姉としてやめて欲しいものだが」


春子は学年が同じこともあり、武の言う先輩というのが誰なのかは大方把握していた。


武が中学の頃からよく遊んでいる先輩。

バイクを乗り回し髪を染め上げた典型的な不良少年。

カツアゲや暴行など良くない噂も跡を立たない。


そんな奴らが弟に接触していると思うと不安になるのも当然だった。


「姉貴が心配する必要はねえよ。ただ俺が楽しいから一緒にいるだけだ」


「そうそう。武は自分至上主義者だからさ、自ら気に食わないことには首を突っ込まないわけ」


「嫌なら俺たちもとっくに連むのやめてるし」


「それならいいんだが……」


安心しようにも安心できないのが姉としての性。何か犯罪行為でもしていないか少し心配である。

自分の弟に限ってそんなことはないと願いたい。


「じゃ、俺たち教室にもどるから」


「またねロリ先輩」


「だからその呼び方はやめろ!」


去り際に余計なことを言い残した友人を春子は睨みつけた。


「にしても武が先輩の呼び出しに素直に応じるなんて珍しいな」


「ああ、まあな」


「何喋ったんだよ。俺たちは教室に入れないでコソコソとさ」


「何か聞かれたくない話だったわけ?」


「そうだ」


武には高校からの友達である二人には知られたくなかった。

中学の頃からの先輩と話した内容については、一つも。


「喧嘩を売られたとかじゃないんだよな?」


「そんなんじゃねえよ。ただ当事者に確認を取りに行っただけだ」


「当事者?」


「お前らが知る必要ねえことだよ」


「なんだよそれ」


ふと武の携帯にメッセージが届く。

歩みを遅くし友達が前を歩き始めるのを待ってメッセージを覗くと。


『今日の放課後ならいいけど』


それは武の元カノである、亜久里ゆいからだった。


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