3 自分だけじゃなくて
「なぁ最近のお前、ほんとなんなの」
邦隆が席に着くなりめんどくさそうな顔でそう言った。
今日の僕は、亜久里さんのことで違う意味で頭がいっぱいだったのだ。
昨日出会った亜久里さんの元カレ。しつこい彼にうんざりしている様子の亜久里さんは、僕に「頼りない」と言った。
正直何も言い返せなかった。
僕は人と喋るのが苦手だ。人付き合いも得意じゃないし、自分の意見をはっきり言うこともできない。
でも、それでいいと思っていた。
いいと思っていたから、わからなかった。
なぜ亜久里さんがあのような言葉を言ったのか。
「ああ……くにたか」
この時の僕はどこか上の空で、しかもそれを隠そうとはしなかった。
ここ最近の僕はまるでトーテムポールだった。ショックのあまり無反応になったり、嬉しすぎてハイテンションになったり、そして今回は頭を悩ませていたり。
毎日性格の変わるめんどくさい僕を相手する邦隆はそろそろ嫌気がさしてきたのだろう。
その元凶が全て亜久里さんがらみと知った上で、彼は言う。
「今回は何だ?俺が帰ったあと、何があった」
邦隆はダルそうにしながらも僕を心配してくれていた。友達として素直に嬉しくて、彼なら気兼ねなく相談することができた。
昨日亜久里さんに言われたことをそのまま邦隆に言った。
すると邦隆は「それは亜久里さんに同感だな」と大きく首肯した。
「だってお前、いつもクヨクヨしてるし、ナヨナヨしてるし、ガリガリだし、女と話す時気持ち悪いし。頼れる男ではないよな」
……最後のやつは余計なお世話だと思ったけど、確かにその通りだ。
喋る前に「あ」とか「えっと」とか癖で言ってしまうのは、少し余裕のない人だと捉えられてしまうだろう。
目が合わせられなくて所々気持ちの悪い顔になっているのも、マイナスポイントだ。
「でも間違えたらいけないのは、今回亜久里さんがお前に言ったことは外面や内面どうこうの話しじゃないと思うぞ」
「……え、それはどういうこと?」
「お前は無神経だったって話だ。元カレに迷惑してるって話を聞いて、なんで裕太は委員会の話を持ち出したんだよ」
「それは突拍子に話しかけたものだから何を言ったらいいかわからなくて。邦隆が委員会のことで話しかけたらいいって言ってたから……」
「それは俺も悪かったと思うが、どの道お前は悪手を選んじまったんだよ」
邦隆はため息をついて、少し強目に言う。
「別に口実を言ったって構わないけどな、そのあとだ。お前は一言でも心配の声をかけたのかよ」
そう言われてハッとする。
僕は昨日の自分を思い返した。
たしかに僕は自分のことだけで精一杯で、亜久里さんに一言もそのような言葉を言っていなかった。
心のどこかでは必ず抱いていた亜久里さんへの不安や心配を、余裕のない緊張が忘れさせてしまっていたのだ。
そう思うと僕はどうしようもないやつなのかもしれない。
人の気持ちを分かってられないなんて。それも、好きな人の困っていることを。
「別に俺は守ってあげる、とか力になるよ、とか今の裕太ができもしないことを言えって言ってるわけじゃないんだ。お前にはその時、亜久里さんを思いやる言葉をかけるべきだったんだと、そう言いたいわけよ」
邦隆の発言で僕はようやく気づくことができた。
亜久里さんがあの時欲しかった言葉が一体なんだったのかを。
わかりやすく気落ちした理由がなんだったのかを。
きっと亜久里さんは少しでもいい、しつこいあの男のことを少しでもいい。忘れたかったんだ。
僕に寄りかかりたかったんだ。
あの二人の関係なんて深くは知らない。でも亜久里さんが嫌がっていたのはわかる。
それなのに僕は何も声をかけることができていなかった。
なら頼りないと言われる理由もわかる。
自分を取り繕うだけで余裕を失ってしまう僕なんかでは頼ろうという気にもならないだろう。
だからこその亜久里さんの発言だったのだ。
僕にはそういう男としての魅力が欠けている。
「そうか……亜久里さんがなんで僕にあんなことを言ったのか、少しわかった気がするよ」
「好きなんだろ?亜久里さんのこと。もっとあの人のこと、気にかけてみろ。今のお前に足りないのは、自分だけではなく相手にも目を配ることだ」
恥ずかしがるな、てわけじゃない。
緊張するな、てことでもない。
亜久里さんに対する態度は、好きが故に簡単に変えることはできない。
だけどせめて、亜久里さんにはもっと優しくなれるようにしよう。そう思った。
「ほら、噂をすれば」
邦隆が教室の扉の方に目を向ける。
そこには登校してきた亜久里さんがいた。
いつものように友達と挨拶を交わし少し雑談をして席についた。
今日も亜久里さんは可愛い。
初めて出会った時から今日この日まで、変わらない美しさを保っている。
でも、やっぱり見方は変わった。
遠くから眺めているだけの日々よりも、もっと近い距離で亜久里さんのことが知りたかった。
僕が邦隆を一瞥すると、無言で頷かれる。
昨日のことで何か言うべきことがあるんじゃないか。そう言いたげだった。
僕も迷うことはなかった。
できる限り緊張しないように大きく深呼吸をして、亜久里さんの元へと向かった。
「あ、あの亜久里さん……」
その直後だった。
教室の扉が勢いよく開かれたと思うと
「高橋はいるか!」
小学生ぐらいに小柄な女子生徒が僕の名前を呼んだのだ。
僕は彼女のことを知っていた。
今どき珍しいツインテールに、某小学生探偵を彷彿とさせる黒縁の眼鏡。すっとんとんなロリ体型に、スカートから伸びるストッキングに包まれた足。
「げっ!?」
最悪なタイミングだった。
目と目が合う。
鬼の形相で僕の方へとやってくる。
「なんでお前、ここ最近部室に顔を出さないんだ!」
可愛らしい妹のようなロリボイスを奏でたのは、美術部部長、佐々木春子だった。




