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ノイマン家の短編集

望まない婚約者候補になったときの対処の仕方(難易度が優しいのは爵位のおかげ♡)

作者: 良夜

誤字脱字、変なところがあれば教えていただければ……


楽しんでくれたら嬉しいです



一歩、城へ足を踏み入れれば右手には隣国の王室御用達の燭台が。左手には国宝にも数えられる神聖なる鎧が。目に入るもの全て絢爛豪華であり、相当値段が張るものから逆に値段が付けられない程に貴重な調度品が彼女を迎え入れる。この国筆頭を務める彼女の実家、侯爵家にとってこれぐらいの事はどうという事はないのだが、如何せん煌びやか過ぎた。王族の威厳を出すためにしては少々やりすぎ、豪華すぎて逆に下品にすら見える。本日の会場であるホール内はこれでもかと言わんばかりに黄金が敷き詰められており、天井のシャンデリアが益々この空間を輝かせる。おまけにこの夜会に来た貴族たちは自分をひと際輝かせるために宝石を散りばめたドレスや装飾品を身にまとっていた。

彼女、フルール・ノイマン侯爵令嬢は金一色の空間に酔いそうな体と心を奮い立たせこの国の王が座る玉座へと足を運ぶ。初めての夜会はいい思い出を作れないだろうなと隠れて嘆息すれば、いつの間にか自身の挨拶の番になった。宰相の男が高らかに名を呼べば周囲の貴族たちが騒めき出す。それは興味か、同情か、それとも非難か。どちらにせよ早く帰りたい。そんな気持ちを笑顔で押さえつけてフルールは優雅に挨拶をして王族たちの腰かける王座の前を後にした。

貴族たちが自身の自慢や情報収集、相手の腹の裏を探っているホールに戻ると何人かの貴族が挨拶にやってくる。大体が自身の子女を連れて。大方侯爵令嬢への話し相手の紹介であったり、未だに婚約者を決めかねている彼女への売込みであったりと再び頭が痛くなってきてた。

現在、望まないとはいえ、暫定的に後継者になっているフルールは継ぐべき爵位の無い子息にとって優良物件過ぎた。フルールに気に入られ婿になってあわよくばノイマン侯爵家を自分の好きなようにしてやろうという気持ちが親子ともに顔に出ていた為、扇を口元に当て見えないように唇を噛んだ。十中八九フルールが世間知らずのお嬢様であり、例に漏れず物語の王子様の様な顔が美しい人に弱いとでも思っているのだろう。今すぐにでも親戚であるキルヒアイス家へ逃げ帰りたいところだ。だが今回は一つだけ目的もある。ノイマン侯爵令嬢としては失格であっても、一人のフルールとして絶対に会いたい人がいた。

適当に相槌を打ったり言葉を濁して何とか一人になったタイミングで、再び自身と同じ年ぐらいの青年が声を掛けて来る。周囲が騒めくのが肌で感じ取れた。耳には、かっこいいやら、素敵な方やら、聞こえのいい言葉だけが飛び込んでくる。鬱陶しい、めんどくさいという気持ちを三度笑顔で押しつぶし何でしょうかと問いかけた。すると笑顔でやうやうしく頭を垂れた。


「おめでとうございます、ノイマン侯爵令嬢。貴方様は第一王子の婚約者候補となりました」


寝耳に水である。うっかり持っていたノイマン産の扇がペキッと嫌な音を立てたが周囲の騒音によって運よく聞こえなかったようだ。笑顔のまま本当の気持ちを表情に出さずに笑いながら小首を傾げる。


「まぁ、それは急ですわね」

「他にも侯爵令嬢が一人伯爵令嬢が三人候補として名前が挙がっておりますが、ノイマン侯爵令嬢の前にはあって無いようなもの。ほぼ貴方様が婚約者、内定でございます」


そんなの聞いてなんていないと内心罵ったが勿論誰の耳にも届くことはない。

そういえばとフルールは思考を飛ばす。以前実家がある北部へ王宮より何やら豪華な、言い方を変えればゴテゴテとした装飾を施された手紙が届いていた。自身は中身を見る事はなかったのだが両親と偶然実家に帰って来ていた一番上の兄、そして療養中の次男がそれはそれは苦い顔をして手紙を凝視していた事があった。その後何の進展も無かったし、王宮からの手紙もそれっきりであったので特に興味関心がなかった。のだが、まさか類の話だったのではないだろうか。


「そうなのですね、ところで貴方の事を私は存じ上げないのだけど」

「私現宰相の息子で、」

「名前は結構です。……第一王子の側近の方ね。なるほどなるほど、現宰相も貴方も私の名を上げた方は総じて頭の中がお花畑なのね!」

「……はい?」


ピシリと空気が凍り付く。いくら侯爵家の令嬢とはいえ現宰相とその子息を馬鹿にしたのだ。うっすらと子息の額に青筋が立つ。


「私、両親の次に尊敬しているのは上のお兄様達ですのよ。頭もいいし気立てだって悪くない。この国の令嬢達にとっては優良物件といえるわ。……そんなお兄様達に、王家の方は何をなさったかお忘れではないかしら?」

「そ、それは……」

「あらお忘れではないようで良かったわ。第一王子は一番目のお兄様の婚約者を奪った挙句在りもしない罪で王都を追放。勿論証拠不十分、寧ろ証拠を無理に作ろうとした証拠が出てきてお兄様は冤罪確定。二番目のお兄様に対しても相当詰ってくださったご様子で。なんでしたっけ、『ノイマンの家は一度の過ちも許さないから許嫁も戻そうとしない、器の小さな家柄』でしたっけ?」


丁度今から三年前の夜会で、一番目の兄・エアンストが心底溺愛していた幼馴染の伯爵令嬢が突然婚約破棄をしたことからが全ての始まりであった。唖然とする彼を尻目に伯爵令嬢は第一王子の腕に絡みつき、エアンストがどれだけ愚かで卑怯で人道的に反する所業をしていたかを告発したのだ。勿論当の本人は無関係なのだが相手が同等の爵位であったならまだ言い返しても勝ち目はあった。だが不幸な事に相手は王族。しかも次期国王である。次期とはいえ王が白と言えば烏だって白になる。エアンストは勿論自身と家の名誉の為反論したが聞く耳を持たぬ者たちはすぐに王都を追放、二度と立ち入ることを禁じた。後に第一王子の父親である国王、エアンストの父であるノイマン侯爵が放った密偵により冤罪であることが判明し、第一王子と伯爵家からの多額の賠償金、名誉回復、王都追放の禁を解かれたがあの日以降エアンストは王都に入るどころか国を出て帝国の親戚の元に身を寄せている。

二番目の兄・フバードは自身の魔眼もどきが人の悪意を感じ取るという能力であったのであまり人の多い所好まない。気が弱く次期侯爵を継ぐとなれば親類縁者全員が反対する程だ。おまけに誰にでも優しく虫も殺せないぐらいには穏やかな人だ。それでもノイマン家の一員として気弱であっても責任感が人一倍あるフバードは、家を出た兄の代わりになると遠くの国から取り寄せた魔眼制御のアミュレットを持ち王都へと向かった。始めは上手く社交界を渡っていっていたが、名誉を回復しても貴族に残るエアンストの冤罪の被害をもろに食らってしまったのだ。おまけにノイマン侯爵家を良く思わない貴族の子女によってアミュレットは粉々に破壊され、その目で自身の身に降り注ぐ悪意や害意のあまりの多さに意識を失ってしまった。その後王都に居を構えているキルヒアイス家に看病されたがフバードがいくら平気であると伝えてもキルヒアイス子爵は首を縦に振る事はなく、ノイマン侯爵家に帰る事となる。なんせ小太りだったフバードがストレスによりやせ細っていたのだから。帰宅したフバードを一番始めに見たフルールは驚きのあまり気を失った。余談であるがフルールはフバードのお腹のお肉を枕にするのが大好きだった。

もとより近年の王族から行われるノイマン家への扱いは年々悪くなっている。守る事が当たり前であり、ノイマン侯爵家は王族の願いを叶えなければならないとでも思っているかのよう。親戚の中には既に見限りって早く手を引くように進言する者もいるほどだ。父である現ノイマン侯爵はその意見を聞きつつも、代々仕えてきた祖先の為にと苦渋を飲んできた。それでも今回の事で流石に限界を迎えていた。フルール自身も年の離れた兄達が傷つき貶され、自らの意思によりこの国から離れることを選んだ事を悲しみ、同時に王族に今まで以上の嫌悪感を抱いたのは自然であった。


「忘れていませんとも。第一王子も十分に理解しております。ですので、今回罪滅ぼしも兼ねて、どうか王家に嫁いできては下さいませんか?ノイマン侯爵令嬢、フルール・ノイマン様として」


先ほどの青筋はなりを潜め、その代わりに冷汗がうっすらとフルールの目に入った。だがそれよりも看過できない最後の一言に彼女は眉を顰める。


「あの、現宰相のご子息の方でお間違えないですか?」

「そうですが、如何されましたか?」

「……これは全貴族が理解していてあえて黙ってくださっているのですが、ノイマンの家から王家に嫁ぐ事はあり得ません。その逆もしかりです」

「ですが歴史上ノイマン侯爵家から王家に嫁いだ方はいらっしゃいますね?ノイマン侯爵家とは関係ないと言わんばかりに改名と養子縁組まで行って。伝統か何かは存じ上げませんが」


ますます眉を顰める。

ノイマン家はこの国の建国当初から表と裏、両方を支えてきた家だ。過去何度も国の危機を救った経歴もあって、ノイマン家が所有する爵位も土地もそれなりにある。勿論ノイマン家の親類縁者が城に勤めようとすれば下級の文官であってもそこそこ意見を聞いてもらえるぐらいには権力もある。だからこそ、ノイマン家はこれ以上権力を持つことなく、且つ王家に忠誠を示す意味を込めてあえて王族との婚姻を是とはしなかった。確かに過去二回ほど王家へ嫁いだ令嬢はいたが、ノイマン家とは無関係であると念書を書かせた上で宰相の子息が言うように、改名・養子縁組をして嫁いでいった。勿論のことではあるが、縁組関係となったのは養子として入った家にある。

最初に婚姻した令嬢は当時の第一王子からの熱意ある求婚に負けて嫁いでいった。父であるノイマン侯爵は苦い顔をしながらも最後は抱き締めて送り出した。結果としてその代の王と王妃はおしどり夫婦と呼ばれ子どもも授かった。

だが次に婚姻した令嬢は、当時の社交会で『美しき三姉妹』と呼ばれた長女で次期ノイマン侯爵だった。第二王子はどうしても彼女を手に入れたく、病にかかっていた父親と夫の代わりに慣れない領地経営を熱心に行っていた母親、学園に通っていた二人の妹達、そして愛し合っていた婚約者を人質に結婚させたのだった。手に入れた事に満足したその後は離宮に放置。若くして亡くなるその日まで彼女は軟禁され続けた。

ノイマン家では後者の傷が未だ深く、その後も王家からはそれなりの仕打ちを受けてきた。少し前の話を上げれば、子女を秘密裏に暗殺した者たちの黒幕であったり、当時のノイマン女侯爵を間接的にではあるが妊娠できない身体にしたり、現ノイマン侯爵の妹に望まない縁談を迫ろうとしていたり、前述の通りフルールの兄たち然り、今まさに自分自身もその仕打ちを受けようとしている。

だがある意味公然の秘密となっているノイマン家と王族の婚姻に関する問題を宰相の子息である彼が知らないのは少しばかり不自然であった。少しの思考の後、すぐそばにいた両親程に年の離れている夫人に話しかけた。


「……あの、ご夫人、申し訳ありませんが本当にこの方は現宰相のご子息様でしょうか?」


突然の事に目を白黒させ、側にいる夫であろう男性に目を向ける。彼も驚いたようだが首を夫人に向けて縦に振った。


「え、えぇ間違いではありませんわノイマン侯爵令嬢。ですがお家のご事情はまだ詳しくはご存じではないのではないでしょうか。ねぇあなた」

「あぁ。令嬢、侯爵家のご事情は少しとはいえど機密も含まれておりますので、私も成人して暫くたってから教えられました。未だ子女の立場であれば知らないのも納得です」


申し訳なさそうに目を伏せる夫人とその夫に慌ててフルールは笑顔を向けた。


「そうなのですね。いくらノイマン侯爵家の娘が問いかけたとはいえ、機密が入っているお話をさせてしまい申し訳ありません。私も知らない事ご教授頂きありがとうございます、御二方。……だからと言って私がお教えすることはないでしょう」

「何を言っていらっしゃるのですか?お話が終わりましたら第一王子に挨拶を。他の令嬢達はもう済ませられましたので」


さぁ、と言わんばかりに彼はフルールの為に道を空ける。自然と他の貴族たちもそれに倣うかのように道を空け、その先には豪奢な椅子に腰を掛ける男の姿が見えた。そしてその周りに侍る何人かの令嬢も。

初めての夜会。初めての王宮。そして、絵本でしか見た事のない王子様にまだ少し夢を見ていたフルールは一気に冷めてしまった。貴族は感情を表に出さないようにと散々言われ続けていたがその一瞬の間だけフルールは蔑んだ目をした。自身は二番目の兄のように魔眼もどきは持ち合わせていなかったが王子のあの空間はどことなく気持ち悪く感じる。


「嫌ですわ」


それは反射にも近かった。そして今度は子息の顔を見ながら笑顔でもう一度嫌だと告げた。


「は?」

「私、王家に嫁ぐ気もございません。貴方の口からノイマン侯爵令嬢から御断りされたとでも仰ってくださいな」

「お待ち下さいノイマン侯爵令嬢。これは王命でもあります。王家の剣であり盾でもあるノイマン侯爵家の貴方に断る権利などありません」

「いいえ、あります。いくら王命でも婚姻に関しては断れる、いえ、断らなければならない。これが初代ノイマン侯爵家と王家との約束事ですので」

「何ですかその約束は!」

「ノイマン侯爵家がこれ以上権力を持たないようにです。勿論貴方が仰ったように例外はございますが……ご理解ください」


ここでカーテシーを行うべきなのだがフルールはあえて深く頭を下げた。この気持ちをどうぞ汲んでくださいと言わんばかりに。


「……私は実力行使は嫌いです」

「私は脅されることが嫌いです。ですので、」


頭を上げて右手の小指を見せる。そこにはまっていたのは桃色の小さな宝石が嵌め込まれたピンキーリング。左手で石に触ればフルールのその姿は瞬く間に消え去った。呆気にとられる子息と周囲の貴族達は間を空けて魔道具を使われたことに気付いた。


「っ!ノイマン侯爵令嬢を逃がすな!」


まんまと逃げられた事に恥ずかしさと腹を立てた子息はこの日一番大きな声を張り上げた。







見た目が可愛らしい魔道具はノイマン家の家宝級、下手をすると国に献上しても差し支えない程の代物である。その昔、ノイマン侯爵の兄妹が偶然出会った女性を助けた御礼の印にこの魔道具を貰ったらしい。当時は国を飛び越えることも可能であったのだが長い月日を重ね、宝石の魔力も摩耗し今では残念ながらあまり長い距離を飛び越える事は出来ない。とはいえ広いホールの中心から広めのテラスまでの移動はなんてことないのだが。


「見つけました!カルヴェズ令息!」


酔い冷ましに夜風に当たっていた帝国の外交官……の付き添いとして国を訪れているサロモン・カルヴェズは突然の声に驚いて手に持っていたグラスの中のワインを盛大に二階のテラスから下へぶちまけた。


「えっと貴方はどちら様でしょうか。申し訳ございません、この国に来たのは初めてでまだ名前と顔が一致しておらず」


動揺を必死になって隠すようにいつもより丁寧に言葉を紡げば眼前に迫るのは栗色の髪を結い上げた翠の目の女性であった。否女性にしてはまだ幼い印象を受けた。女性と少女の丁度中間と言えるだろう。


「構いません、私は令息を存じてますので!令息が書かれた過度な森林伐採で起こりうる自然被害に関する記事読みました。大変興味深くお話したかったのです!」


グラスを持っていない左手を握って輝く瞳をするフルールの勢いについ一歩足を引いてしまう。だがすぐにその綺麗な顔立ちが目に入り照れてしまう。

一方フルールはというと勢い余って手を握ってしまったのだが、目の前のサロモンがあからさまに照れているのを見てすぐに『尊敬する人』から『可愛らしい人』にシフトチェンジしていた。

サロモン・カルヴェズ。帝国貴族、カルヴェズ子爵のご令息だ。今年で二十五歳になる。小さいが豊かな領地で起きた水害をきっかけに土木について学び始めた。領地が狭いことが功を制し今は父である子爵と共に楽しく領地を治めつつ研究に勤しんでいる、ちなみに婚約者はいないと、つい最近やっと個人情報を入手できた。そんな人が、フルールが手を握っただけでわたわたするとは。そして気づいてら普段絶対言わない様な事を口にした。


「令息、こういうのは私は好きではありませんが私の爵位は侯爵です、侯爵令嬢です」

「え!?」


爵位をひけらかす。あまりよくない行動であることは百も承知で合った。折角お目当ての人物に出会えたのにこれでは好感度は下がる事だろう。それでも、フルールにはサロモンを口説き落とす時間がなかった。なら、もう外堀を埋めるしかない。その調子よ、行ってしまいなさい!と背後でここにいないはずの叔母が応援しているような気がした。


「ですので私の言う事にはどうか分かりましたと仰ってください!」

「は?え!?」

「ノイマン侯爵令嬢!どちらですか!!」

「令嬢、呼ばれて」

「雑草です、雑草は喋りませんわ令息!返事を!」

「は、はい分かりました!」

「ありがとうございます。令息!絶対に幸せになりましょう!いえ私が幸せにします責任を持って!」

「……え」

「さ、私をエスコートしてください。返事は肯定のみです、どうか、お願いしますね」


未だに何が起きているのか理解できていないサロモンの腕に絡みつき、彼がエスコートをしているように見せかけながら、フルールはテラスからシャンデリアが眩しい会場に引っ張って行った。今まで会場の中央にいた令嬢が会場の隅のテラスから男を伴ってきたことに他の貴族たちは目を白黒させた。ほんの数分だというのに宰相の子息は肩で息をし額には大粒の汗が目に見えた。普段運動をしないからこんな短時間で疲れているのかしらと、フルールは少しだけ現実逃避をする。


「急に魔術を使用されないでください……そちらは?」


ハンカチを額に当てつつもにこやかな笑みを浮かべフルールに問いかけた。口元はひくひく痙攣し、目の奥は明らかに笑うというよりも、サロモンを警戒し観察している。その問いに答える様にフルールも深い笑みを浮かべた。


「先ほど私の婚約者になりました、帝国貴族カルヴェズ子爵家のご令息、サロモン様ですわ!」

「へ?」

「は?」


会場内がシン……と静まり返った。楽団の奏でる素晴らしい楽器の音色ですらピタリと止まっていた。


「ですので名残惜しいですが私は国を離れ帝国へ行くことになりました。第一王子の幸せを遠い地で願っておりますわね!」

「ま、待ってくださいノイマン侯爵令嬢!話が見えません」

「ノ、ノイマン、侯爵!?」

「あらサロモン様ったら、大丈夫恐がらないでください、お父様は優しい方ですので結婚云々笑顔で許可を出してくださいますわ」


慌てふためくサロモンを見て周りの貴族たちもざわざわとし始めた。『無理矢理』やら『合意』などの単語はわざと聞こえないふりをした。

欲しいものは努力で掴み取らなければならない。それでも手に入れられないとなれば、外堀を埋めつつ無理矢理にでも合意させる。昔、王家がノイマン家に行った行為と同じであり、非難されるべき事ではあるがそんなことはもう頭の隅にもなかった。後で罵倒なりなんなり甘んじて受けよう、未来の私頑張れ、とフルールは自分にエールを送った。


「いえ、そうではなく……!」

「サロモン様、肯定」

「は、はい!」

「では私は先に退席させて頂きます。陛下には挨拶しておりましたし、最低限マナーは守っております。サロモン様も使節団の方と一緒に陛下には挨拶は済ませてますよね」

「はい勿論です!」


軽く帝国から来た外交官の方に目を向ける。その方向には使節団の姿。帝国の代表であると言わんばかりの威厳が有り余るほどの雰囲気を醸し出す貴族に、耳打ちする青年が軽く頷けばその貴族は威厳を霧散させニコリと笑い手を振り返してくれた。いいよ、という事だと自己解釈した。


「サロモン様、使節団の方には私の方から詳細をお話しをしておきましょう。では失礼致しますわ。もう貴方には会いたくはありませんが、もし機会があるのでしたら今度はその頭のお花畑を枯らしてからいらしてくださいね」

「な!私は学園でも優秀で!」

「ではその箱庭からいい加減現実に戻って常識を学んでくださいませ。さ、いきましょうサロモン様」

「は、はい、ノイマン侯爵令嬢!」

「いやですわ、どうか私のことはフルールとお呼びくださいませ。夫婦になるんですもの。ね!」

「い、いえノイマン侯爵令嬢、そのお話は」

「ね!!」

「は、はいぃぃぃぃぃ!!」


そうしてフルールの行った行為は、子爵ではあるが帝国貴族を夜会からお持ち帰りしたと一晩で噂は広まった。滞在中のキルヒアイス家当主は夜会から男を連れて帰って来たフルールに頭を抱えつつ本家ノイマン侯爵に魔道具で連絡を取れば、父である侯爵は大爆笑、母は気を失い、次男のフバードはぽかんと口を開け、妹が男を連れ帰りしかも結婚するという事実を脳内でなんとか処理し、自室へと走り去っていったのが隅で見えた。長男のエアンストに報告しに行ったのだろう。

そんな混乱したキルヒアイス家に夜が明けた次の日の早朝、王家から詳細を求める書状と正式な縁談話、そしてサロモンの上司であり帝国の使節団の代表と、身分を隠して使節団の一員として来ていた帝国の皇子が子爵家を訪れたのはまた別のお話。


フルールはその後帝国の皇子の手も借りて王族からの縁談を断りサロモンに嫁ぎます。嫁いでから自分のしでかした事を反省し、しっかりサロモンと愛を育む努力をします。

当のサロモンは終始流されていましたが後日しっかり話し合いの席を設けてよくある政略結婚という事で最終的にまとまりました。

王国からの押しかけ女房として一時期帝国の社交界を良くも悪くも賑わせましたが、二人は(フルールは当たり前だとしても)互いに悪い感情は持ち合わせていない様だったのですぐに終息。そこから数年後子どもに恵まれます。


叔母であるメリナの影響を多大に受けています。

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― 新着の感想 ―
[一言] メリナや姉上様から何年たって居るかは分かりません……が…… この王家本当に大丈夫なのか?と あの姉上様の時はまともな王家だったのに…… 姉上様にガツンとやって貰っても良いかも知れなぐらいダメ…
[良い点] テンポよく3編とも読ませていただきました! [一言] 続きが読みたいです! というか連載が嬉しいです。 王家サイドの数々のやらかしとか、短編集では語られていないお話とかが気になります。
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