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天より出でて岩砕く 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 へえ、「落石注意」の標識って、落ちてくる岩以外にも、すでに落ちている石についても注意を払わないといけないのか。

 あの標識って、山のてっぺんから岩が落ちてくる軌道でしょ? ついリアルタイムで降ってくる石に注意しろって意味に思いがちなの、おかしいことなのかな。

 個人的に、落ちている石を注意するなら、動きを見せない絵柄で、デンと標識のど真ん中に居座っているような柄であってほしいなあ。でも、それじゃ今度は降ってくる石の方に注意が行きづらくなるか。

 わざわざ2つ標識作って並べる手間を考えたら、やっぱあの標識に、兼任を任せた方がいいのかなあ。難しいかもね。

 

 いまでこそ道を塞ぐ岩があったら、すぐに人が駆け付けて、交通の誘導をしてくれる。

 けれど昔は出たとこ勝負で、自分で対応するよりなかった。そうして限られた人しか目にしないからこそ、奇妙なものがかかわってくるかもしれない。

 僕が聞いた話なんだけど、耳に入れてみないかい?

 

 むかしむかし。

 ある谷間の茶屋は、久しぶりの繁盛の日を迎えていた。

 ここはとある町と町を結ぶ近道。行列が通るには少し狭いが、個々人が利用するには十分な広さ。知る者には重宝する道筋だったとか。

 それが今回は、切り立った崖に挟まれた道のうち、茶屋に近い、いっとうせまいところに巨石が居座ってしまった。


 昨晩、それが起こしたらしき地揺れがあって、このときに道が埋まってしまったのだろうが、馬や手紙が主な通信手段では、早くには伝わらない。

 結果、一足早い旅人たちは現地へ着いて初めて事態を知り、その気づかれもあって、茶屋でひと息をついているというわけだった。

 すでに戻り始めている人もおり、彼らによって報が伝われば、わざわざここを通る者も訪れまい。茶屋にとってはまれに見る稼ぎ時でもあり、店員たちは相次ぐ注文をこなし、回転率をあげようと躍起になっていたそうだ。


 その入りが最高潮を迎えていた、昼前のこと。

 たまたま茶屋の外で大きく伸びをしていた旅人のひとりが、ふと空を見上げた。

 雲一つなかった空の真ん中。そこへ墨を垂らしたような黒点が浮かぶと、そこからぬっと突き出てきたものがある。


 旅人にはそれが、さかさまになった大きな釘のように思えた。

 はじめに出てきた下部こそ、平べったい「でっかち」。しかしそこからは、平面の中央わずかな部分とのみつながって伸びる、細長い柱のようなものが、天の向こうからせり出してくるばかりなんだ。

 釘はゆっくり降りてきて、その間にどんどん増える目撃者は、茶屋の外で飛び出して、よくよくその動きを見守らんとし始めた。


 そうして見られだしたのを悟ったかのように、釘は動いた。

 緩やかな降下は、空の半ばで一気に加速。ほんのわずかだけ接地し、また一瞬で空の向こうへ消えていった。かの大岩を、見事に押しつぶすような挙動で。

 釘が消えたとき、旅人たちの頭上は粉々になった岩の破片たちが舞い散っていた。ひと呼吸遅れて降り注ぐも、破片たちはいずれも砂粒ほどになっている。

 通り雨のように彼らの身体や茶屋の屋根を、ややうるさく、こそばゆく叩くだけ。

 人々は降りかかった砂利を文句混じりに払いのけながらも、珍しいものを見られたと口々にいい、思いもよらぬ開通の恩恵を受けに、身支度を始めたんだ。

 そんな彼らを追い立てるように、店が閑散としてからほどなく、天気雨が茶屋の屋根を打ち出したとか。



 雨は半刻たらずで止んでしまうも、屋根の様子を確かめるため、店員のひとりが上って、危うく足を滑らせかけた。

 湿ったカヤに、足を取られたわけじゃない。そのカヤのあちらこちらの表面が、氷のようにつるつるになっていたんだ。

 色もおかしい。本来、ふいているべき灰がかった身は、刀の刃を思わせる銀になっており、上に乗っかる重みを、ことごとくわきへそらそうとしてくるんだ。

 しかもその銀は、日に日に、屋根におけるその版図を広げていく。10日も立つ頃には、遠目に見ても屋根全体が銀に輝き、月も星も明かりもない夜半でも、ひとりでに淡く光を帯びていたのだとか。


 屋根が銀色に染まりきるのに前後して。

 最近、ここの茶屋を利用した者が、何名か行方知らずになる、という話が噂されるようになった。

 頻繁にこの道を使い、茶屋もよく利用する行商でもあったから、すぐに店員たちの耳にも入ったそうだ。さらに常連の客に聞いてみると、他にも消息が知れなくなっている者が多数いたらしい。

 いずれもあの大岩に塞がれた日、この茶屋を利用し、かつ大岩が天からの釘らしきものに砕き散らされたのを、じかに見た者たちばかりだった。

 裕福な家の者だと、賞金を出してでも行方を知ろうとする場合もあり、その報酬目当てに茶屋へ訪れる者たちが、また増えた。少しでも手がかりを得ようと考えてね。

 

 そのころにはもう、屋根の銀はふちをまたいで、家の壁へと手を伸ばしていた。まだ店の屋根近くにしか及んでいないが、やがては出入口、足元、内装にいたるまで銀が侵してくるのではと、店員たちは不安になってきていた。

 屋根を取り換えるべきだと、打診する声が増す中、この茶屋を拠点に人探しをしていた一人の山師が、息せき切って店内へ飛び込んできた。

 この谷間を挟む、崖の上。その片方の木立の奥で、かの行方不明者を見つけたそうなのさ。

 全身を銀色に染め、己の両手を見やりながら、おびえた顔で固まっていたものをね。


 山師は、それに触れることができなかった。

 あっけに取られているそのスキを突いて、像のごとき状態だった彼を、天井から降ってきた柱が瞬く間に潰し、またすぐ戻っていってしまったから。

 粉々に砕かれたそれは、勢いのあったものが何片か山師へ飛んでひっつき、残りの大半は柱の後を追って、軽く渦を巻きながら空へ空へ吸い込まれて行ってしまったのだとか。

 それにあわくって崖を下り、走りに走ってそのことを報せにここまで来たとのことだった。



 それを聞き、店員たちはにわかに危機感を募らせる。

 すでに店の入り口、そのひさしに当たる部分まで、銀色は広がりかけていたから。

 店内にいる客たちに避難を呼びかけ、最後に店主が出ようとしたところで。

 あっという間に茶屋が、上空から降ってきた柱に潰されてしまった。外に逃げていた一同は、山師の言葉が真実だと悟り、店員たちのうち、屋内からあの日の様子を見ていた者は、この柱こそあの日の「釘」と同じ形状のものだと、すぐに分かったという。

 ぺしゃんこに潰された茶屋から、これもまた聞いた通り、銀色に染められていた部分が蛍のように柔らかく舞い上がり、ぐるぐるとらせんを描きながら、空へ登っていった。


 店主はほどなく、がれきの中から自力で起き上がった。

 見るからにとてつもない圧がかかっていたにも関わらず、彼自身はただ強い力で地面に埋められかけただけに感じたとか。

 浮き上がっていく銀の粒たちの行方を、居合わせた者たちは見守っていたが、それらがすっかり空へ吸い込まれてしまった瞬間。

 雲もない昼間の空に、三度。稲光もかくやという強いきらめきが走ると、流星のように長く尾を引いて、かなたへ飛び去ってしまったという。

 そして行方不明になった者は、とうとう誰も家族の下へ戻らぬままだったとか。


 僕はその銀色が、昼間に現れた流星の動力だったんじゃないかと思っている。釘に見えた柱も流星が下したものだ。

 あの大岩はその動力のもとで、じかに多く浴びたものを、動力源に変える力があるんじゃないのかな。


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