騎士道と医道と王道
「なぜ、人の命をもてあそぶ?」
国のお偉方の一人がそう言った。私は今、国のお偉方の前で問い詰められている。
王と呼ばれる男が目の前の玉座に座り、それを四人で守る様に立つ。
さらには、私の周りにもたくさんの人が囲った状態。
私はというと、体の前で腕を縛られてはいるがある程度の自由があった。
救護した騎士が腕と足を切られたと訴え出たのが事の発端。
周りの人たちはすべて貴族と騎士の連中。
私の言い分が通るわけない。
さて、どう反応してやろうか。 ……とりあえず、通常の反応でもしておくとしよう。
「もてあそんではおりません。騎士様は腕を半分以上敵により斬られており、足もその範疇にあり皮一枚で繋がっている状態でした。さらには他にも重症者がおりどの人も緊急を要する状態だったので、命を最優先とさせていただきました」
そう言うと周りからは、野蛮だの、騎士を助ける方が騎士道ではとか、悪口まで聞こえてくる。
まぁ、こんな美徳のような話で常識に訴えるなんておかしい。
つまり、こいつら全員の常識が狂っているんだから何言おうがかわらん。
「王よ。命優先では騎士道に反するのでは?」
「そもそも、騎士道を医術に持ち込むのは考え違いでしょう」
王に問う言葉を私が即座に返答する。
これは、全員の反感、王への侮辱をすることと同義だ。
「えぇい。罪人は黙れッ!」
「なんということを……」
王はこれに対しても何も反応なし。
周りの貴族連中だけがギャアギャアと騒がしいだけだ。
もちろん、私は騎士ではないし、そもそもこの世界の人でもない。
元々関係が無い。
郷に入っては郷に従えというが、こんなところはまっぴらごめん。
処刑されようが、牢にぶち込まれようかが死ぬことに関して、覚悟はできている。
戦場で何百、何千の兵士を死なせてきたからな。
「王よ。もはや言葉は不要かと。この者は死を選びました」
さっきの言葉か。
まぁ、王に対する不敬罪ってやつか。
「どうぞ、厳しい裁きを!」
貴族連中が一斉に頭を下げる。
王はそれでも無言を貫いた。
「王よ!」
「…………」
何を考えているのやら。
私一人、王と目が合っている。
その時、王の目が見開かれたのを見逃さなかった。
「その者と話がしたい。みな、外せ」
「……はい? 席をはずせと?」
「そうだ、全員外に出ろ」
王の一言は偉大だ。
全員が文句なく退室していく。
しばらくして、私と王のみとなった。
「さて、お主に聞きたいことがある」
「はい、なんでしょう?」
「お主の戦場は“かなしい”のか?」
「かなしい、ですか?」
どんな質問が来るかと思えば、想像していたこととは見当違いのものが来た。
「どうだ?」
「かなしい。一言だけでは言い表せませんね」
「簡潔に」
「わかりました。では――」
かなしい戦場。言葉通りなら家族の別れ、戦友との別れ、生との別れ。いろいろある戦場で必ず転がっている言葉だ。誰かがいなくなるのは戦場ではつきものだから致し方ない。
そして、騎士は殺した分、褒賞を得たりしている。これも味方によってはかなしい現実だ。
ただ、私自身の戦場とは?
かなしいのはもちろんだ。治療した者たちが次々に命を落とした。腕を失った者の悲痛な叫びは今でも耳に残っている。
それでも、やらねばならなかった。一言で言い表せないのはかなしいの他に楽しみや笑いもあったからだ。いろいな人に出会い、話を聞いて療養棟では明るい環境もあったからだ。
戦場はそれぞれに使命をとしてやらねばならない所がある。
だから、一言では収まらない。
「つまり、私は私の戦場を渡っただけ。そこには笑顔もあり、怒りもあり、かなしみ、無力感を感じることもありました」
「なるほど、では、今後はどうする?」
今後、というよりは……
「死を前にして今後がありましょうや?」
「ふ、違いない。では、我が許すとしたら?」
「その時は、民に対して医術を施しましょう。呼ばれれば戦場にも行きましょう。やることに変わりはないです」
「そうだな」
一通り聞き終えた王は玉座を立ち、腰の剣を抜いて私の前まで歩いてくる。
ゆっくり、確実に迫りくる死。
そう考え、再度覚悟を決めた。
剣の届く一歩前で王は止まる。
「腕を出せ」
腕?
言われた通りにすると、王は剣を振り上げ腕を縛っていた縄を切り落とした。
「お主は無罪とする。が、背負っている重罪は我が裁けぬもの。それを裁けるのは神のみだろう」
「……ありがとうございます」
「これからも助けられる命を助けていってくれ」
王に頭を下げられた。
この決定はすぐに、貴族や騎士たちに通達された。一部からは反発されたが市民と治療できた兵士たちからは絶大な信頼を勝ち得た。
これからも助ける様にと頭まで下げられては、ねぇ。