第2話 私のロミオと彼女のジュリエット
同じ演劇部所属で恋人の千秋ちゃんと喋らなくなってから、今日で一週間が経つ。
こういうのを、世間一般的には痴話げんかと呼ぶらしい。なんでも、恋人同士のキャッキャウフフのちょっとしたいざこざで、他の人からしてみればノロケ話一歩手前の事なのだそうだ。
けど、当事者である私からしてみれば冗談じゃない話だ。おかげで、今日は高校生活最後の文化祭だというのに、私の気持ちは晴れないままだ。
元はといえばどちらが悪かったのだろうか?
そんなことを考えてみても、頭の中に濃く立ち込める霧は一向に晴れる気配がない。
「はぁ」
「どうしました、光先輩?」
思わずため息をこぼすと、隣で機材の準備をしていた一年生の後輩ちゃんに声をかけられた。
「いや、なんでもないよ」
「そうですか。ならいいんですけど」
慌てて笑顔で誤魔化し、気持ちを切り替えて彼女の手伝いに入る。
そう、今日は高校生活最後の文化祭。そして、私たち三年生の引退公演も兼ねた大切な文化祭公演の日でもあるんだ。私も音響担当として、そしてなにより演劇部の一員として全力で頑張らねば。
パンパンと頬を叩いて気合を入れ直し、手を動かす。
「光先輩、本当に大丈夫ですか?」
「ん? なにが?」
機材の電源を入れたところで、そう言って心配そうに覗き込んでくる後輩ちゃん。
「いや、何と言いますか……こう言っちゃなんですけど、最近の先輩、ボーっとしてることが多いので」
「そう、かな?」
「ええ。その……本ゲネでもミスが多かったので、今日は大丈夫かなぁ、と……」
「うっ……」
彼女のその言葉に、私は全く反論できない。
昨日の本ゲネ(リハーサルのこと)では、音響を入れるタイミングを間違えたり、考え事をしていて顧問の話を聞いていなくて怒られたりと、散々だった。正直自分でもマズイとは思っているし、その原因も明確だ。
ちらりと視線を舞台の方に向けると、そこでは本番に向けて最後の練習をしている千秋ちゃんの姿があった。
今回私たちは、かの有名な「ロミオとジュリエット」を上演する。
シェークスピア作、名作「ロミオとジュリエット」。
名家モンタギュー家のロミオと、対立するキャピュレット家のジュリエットの、結ばれない恋を描いた演劇の代名詞たる作品。
もはや私の中では、演劇部所属だということを人に言うとほぼ間違いなく「え、じゃあロミジュリやったりするの?」と言われるというイメージになっているこの作品だが、その中でも「ああロミオ。どうしてあなたはロミオなの?」という台詞はあまりにも有名だろう。
しかしその台詞の意味や、そこまでの過程を詳しく知っている人は意外と少ないんじゃないだろうか?
そもそもこの作品は「演劇部ならやったことあるでしょ?」なんて言えるような、そんな薄い内容ではないのだ。
一度だけロミジュリの初めから終わりまでの、全編の台本というモノを見たことがあるけれど、辞書のような分厚い台本で、しかも登場人物も数十人いるという、とてもじゃないけど私たちのような人数も少ない弱小演劇部で演じられる代物ではなかった。
しかし、今回私たちは高校生活最後の公演ということで、そのロミジュリに敢えて挑戦するという決断を下した。
私たち3年生が中心になってぎりぎりストーリーが成り立つところまで台本と人数を削り込み、なんとか演劇部の持ち時間六〇分にまとめることに成功したのは、ある種奇跡のようなものだったと思う。
そして今、ロミオ役の千秋ちゃんは西洋の王子様風の衣装に身を包み、舞台の上で台詞の最終確認をしている。
「やっぱりかっこいいなぁ、千秋ちゃんは……」
音響の準備を終え、音響ブースと呼ばれる音響の操作をするための部屋の小窓から彼女のことを眺める。そこには、絶賛ケンカ中のロミオの姿があった。
「どうしてこんなことになっちゃったのかなぁ……」
ひざまずいて右手をこちらに差し伸べる千秋ちゃんを見ながら、私は一週間前の出来事を思い出して顔を伏せる。
一体どうして。本当に、なんでこんなことに。
*
そもそもの原因。それは今回の公演の台本にロミジュリを選んだことにあると、言い訳かもしれないが私はそう思う。
高校生活最後の文化祭公演なのだから、やっぱり演劇の代名詞たるこの作品をやりたいよね、云々。台本選びの時、そんな意見が三年生の間からちらほらと出始め、やがて全員がそれに同調する形でなし崩し的にロミジュリに決定してしまった。なにより千秋ちゃんが演じるロミオやジュリエットの姿を想像して「最高だ」とか思っていたから、もちろんのこと私は反対なんかしなかった。
「私たち、ロミオとジュリエットみたいだね」
その日の帰りがけ、私は彼女にぽろっとそんなことを言った。
「どういうこと?」
夕日に照らされた千秋ちゃんが首をかしげる。
「んー、上手く言えないけど……こう、結ばれてはいけない恋、って素敵じゃない?」
「それ、私と結ばれたくないってこと?」
いじわるな顔をしてそんなことを言う千秋ちゃん。
「違うよー、もー。千秋ちゃんのいじわるー」
「ははは、ごめんごめん」
笑いながらおどけてみせる彼女の頬を、掴んでむにむにと弄る。
「でも、わかるかも。その感覚」
「ん?」
「結ばれてはいけない恋が素敵って話さ、わかるかも」
「素敵だよね、ロミオとジュリエット」
モンタギュー家と対立するキャピュレット家の跡取りの、ロミオとジュリエット。
お互いに愛し合う2人だが、ジュリエットの親は、勝手にほかの相手との縁談を進めてしまう。どうすればロミオと結ばれるか考えたジュリエットは、お見合い当日に仮死状態になる薬を飲み、墓場で生き返ってロミオと逃げようと画策する。
が、墓場で倒れているジュリエットを見つけたロミオは、彼女が本当に死んでしまったと思い込み、彼女に口づけをして自ら短剣を胸に突き刺して命を絶ってしまう。
一方、しばらくして目を覚ましたジュリエットは、目の前でロミオが死んでしまっているのを見つけ、彼女もまた自ら毒薬を飲み、命を絶つのであった……。
「すれ違い、ってことなんだろうけど、それでもやっぱり悲しいお話だよね……」
「そうだね。ちゃんとジュリエットがロミオに仮死状態の話をしていれば、こんなことにはならなかっただろうからね」
「それを言っちゃあアレだけど……ま、そうだね」
お互いのすれ違いのせいで結ばれなかった二人。私と千秋ちゃんがこういう運命を辿りたいという意味ではないけど、それでもやっぱりロミオとジュリエットには女の子的に憧れるものがある。
と、そこまで考えたところで一つのアイデアを思いついた。
そうだ、千秋ちゃんは今回きっとロミオ役なんだから、私がジュリエット役で出ればいいんだ、と、突然そう閃いた私は、一週間後の部内オーディションに向けて密かに練習を始めた。
『ああロミオ。どうしてあなたはロミオなの? あなたがモンタギュー家のロミオでさえなければ、私たちの愛を阻むものは何もないというのに。……そのロミオという名前の代わりに、私という女の全てを受け取ってください』
望まぬ婚約が決まってしまった晩、ジュリエットはバルコニーから物憂げに外を眺め、そうつぶやく。
『頂きましょう。その代わり、私のことを恋人と呼んでください。そうすれば私は、モンタギューのロミオではなくなります』
そこに颯爽と現れたロミオは、ひざまずいて彼女の言葉に応えるのだった……。
「キャー、キャーキャー!」
自室で一人台本を声に出し、千秋ちゃんがひざまずいている場面を想像して、思わず絶叫する。
もしその妄想が現実になったらどんなにいいだろうかと、オーディションまでの一週間、私は夢を見続けた。
「……うそ」
だからこそ、オーディションで自分が落ちたということが信じられなかった。
ロミオ役には千秋ちゃんが選ばれたというのに、私はジュリエット役に落ちた。私の代わりに採用されたのは、同じ三年生の夢丘みちるという子だった。
曰く、ロミオ役との身長差など、総合的な対比が決定打だったらしい。
千秋ちゃんは学校内でも王子様的立ち位置で、身長も高い。
対照的に、というか、みちるは身長がやや低く、いわゆる美少女といった感じの子だった。
「そりゃあ、お似合いだけどさぁ……」
オーディションが終わり、役が決まった人がみんなの前に整列し、並んだ二人を見て強くそう思う。
そもそも、なんで千秋ちゃんは私なんかと付き合ってくれているのだろう?
その日の帰り道、千秋ちゃんが今日のことを楽しそうに話している横顔を眺めながら、そんなことを考える。
私なんてずば抜けて可愛いわけでも、かっこいいわけでもないし、話もそんなに面白くないし……。
そんな風に,一度ネガティブな発想になってしまったら、そこからはずっと答えの出ない負の思考の連鎖だった。
結局、公演での私の役割は音響になり、千秋ちゃんたちの練習を眺める日々が続いた。
それでも私は、ショックをずっと引きずっちゃいけないだとか、ポジティブにならなきゃとか、色々自分に言い聞かせて少しでもみんなの為に、なにより千秋ちゃんの為になるように全力で頑張ろうと決めて、毎日自分にできることをこなしていた。
けど、今から一週間前。とうとう練習も終盤に差し掛かり、私たちは本番と同じ舞台の講堂で練習をし始めた、そんな時。
そこで、私はあの場面を目撃してしまった。
「ああロミオ。どうしてあなたはロミオなの? あなたがモンタギュー家のロミオでさえなければ、私たちの愛を阻むものは何もないというのに。……そのロミオという名前の代わりに、私という女の全てを受け取ってください」
バルコニーから物憂げに外を眺めて、そうつぶやくみちる。
「頂きましょう。その代わり、私のことを恋人と呼んでください。そうすれば私は、モンタギューのロミオではなくなります」
そこに千秋ちゃんが現れ、ひざまずく。
同じ演劇部として練習しているのだから、いつかその光景を目の当たりにすることはわかっていたはずなのに、それでも私の心臓は早鐘を打ってしまう。
何度も夢に見たその場面が、自分抜きに回っていることに耐えられなかった。
「千秋ちゃんなんて、キライだ」
だから私はその日の帰り道、思わず彼女にそう言ってしまった。
なぜかと言われれば、それは単なる私の嫉妬だったのだろう。
ほかの女の子と自分の彼女がイチャイチャしていたら、誰だって妬くし怒ったりもする。
「他の女の子にばっかり構って、最近全然私に構ってくれないじゃん」
だから私は、それが劇の中のことだということも忘れて、たらたらと千秋ちゃんに不満をぶつけた。
「なに、それ」
最初は戸惑っていたようだった千秋ちゃんも、次第に私の言い分に怒り始め、最後には私たちはケンカ別れのような感じで、別々の方向へと歩いていった。
そして、それから今日で一週間。私と彼女は、あれから一言も言葉を交わしていない。
*
物語は、一体どこに行ってしまったのだろう?
舞台を眺めながら、ふとそんなことを考える。
「先輩! 光先輩! 何やってるんですか! ここはフェードアウトですよ?!」
と、慌てたような後輩ちゃんの声で我に返る。
どうやらボーっとしながら操作していたせいで、本来ならばゆっくりとボリュームを下げていくべきところを、いきなり音楽をカットするという、初歩的なミスをしてしまっていたらしい。
「あ、ごめんね……」
何やってるんですか、と小声で後輩ちゃんに怒られ、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ああ、ジュリエット。なぜ貴女は死んでしまったのか!」
舞台はいよいよラスト。ジュリエットが本当に死んでしまったと思い込んだロミオが、彼女にゆっくりと口づけをし、自ら命を絶つシーンに差し掛かっていた。
ゆっくりと、繊細にジュリエットの唇に顔を近づけていく千秋ちゃん。
「千秋先輩、やっぱりかっこいいですねぇ」
隣でうっとりとしながらそんなことを言う後輩ちゃんに、
「そうだね」とだけ気のない返事をし、口を真一文字に結んで舞台を見つめる。
千秋ちゃんがみちるに唇を重ね、隣では後輩ちゃんが外に漏れないくらいの声で「キャー」と黄色い声を上げる。
その刹那、私は全身に寒気を感じ、まるで永遠に続くかのような想いで、千秋ちゃんの唇を見つめる。
まだか、まだ終わらないのかと、だんだんと心がささくれ立っていく。
「いやぁ、さすがでしたねぇ」
後輩ちゃんのその言葉でハッと我に返り、それまで自分が息を止めていたことに気づく。
「……辛いなぁ……」
劇だとわかっていても、それでも私は千秋ちゃんのロミオが他のジュリエットと、バッドエンドのように見せかけたハッピーエンドに向かっていくのに、耐えられない。
彼女が私のものではなくなって、ジュリエットのもとに行ってしまうような気がした。
私は所詮脇役で、喜劇のヒロインにも、まして悲劇のヒロインになることも叶わないのかと思うと、自然と涙が溢れだす。
「せ、先輩? なんで泣いてるんですか?!」
「ううん、なんでもないの」
「そんなに感動したんですか?」
練習で何度も見たじゃないですか~、という彼女の言葉が、妙に胸にストンと落ちる。
「ほら、もう本当にラストシーンですから、さっきみたいなミスしないように気を付けてくださいね?」
「わかってるよ」
舞台に倒れ込む千秋ちゃんを見て、一人で読んでいた時にはあんなに面白くてキラキラしていたロミオとジュリエットの物語が、なんだかとても虚しく感じられた。
*
文化祭終了後、私は一人舞台の上に残っていた。
「はぁ……」
外はもうとっくに日が落ちて暗くなっているんだろうと、そんなことを考えながら舞台に腰を下ろし、高い天井を見上げる。そこにはたくさんの照明がぶら下がっていて、客席側には私たちのいた音響ブースや、照明ブースが見える。
うっすらとした明かりのもと、私は初めて千秋ちゃんと共に舞台に立った時の事を思い出す。
初めて立った舞台では、たくさんのお客さんの顔が見えてとても緊張したこと。
舞台上を神々しいまでに照らす照明が、思いのほか暑かったこと。
公演が終了し、カーテンコールで名前を呼ばれ、お客さんの前で晴れやかな気持ちでお辞儀をしたこと。
そんな思い出が心の底から溢れてきて、どうしようもなくなる。
『光ちゃん、また一緒に舞台に立とうね!』
初めての公演終了後、千秋ちゃんに満面の笑みで言われた言葉を思い出す。
結局、私と千秋ちゃんが共に舞台に立ったのは、あれが最初で最後だった。
「私、バカだな……」
でも、そういうことじゃなかった。「また舞台に立とう」と言ってくれた千秋ちゃんも、言われた私も、なにより純粋に演劇というものを楽しんでいた。満面の笑みがこぼれるくらいに、私たちは楽しんでいたのだ。あの舞台上の雰囲気に、私たちは魅せられていた。
「それなのに、私は……」
自分の勝手な気持ちのせいで、彼女の最後の舞台でミスをやらかし、台無しにした。もしかしたら彼女は「そんなことないよ」と言って許してくれるかもしれないけど、それでも私の心は公演を失敗させてしまったという気持ちでいっぱいだった。
「なにやってんだか……」
考えるほどに涙が出そうになって、膝に顔をうずめる。抱えた膝からは、今日一日いた音響ブースの匂いがした。
みんなは今頃、後夜祭のキャンプファイヤーを囲んで、踊ったり話したりして楽しんでいるのだろう。きっと千秋ちゃんも……。
「私の、ロミオ……」
薄暗い照明に照らされ、まぶたの裏にぼんやりと光が灯る中、私はジュリエットの台詞を口に出す。
「ああロミオ。どうしてあなたはロミオなの?」
結ばれない恋だとわかりながら、それでもロミオの名を呼び続けたジュリエット。
彼女は一体どんな想いで、バルコニーからそう問いかけたのだろうか。
「あなたがモンタギュー家のロミオでさえなければ、私たちの愛を阻むものは、何もないというのに……」
王子様のような千秋ちゃん。彼女がロミオでいる限り、私たちは結ばれないのだろうか。
「だから、そのロミオという名前の代わりに私という女の全てを、受け取ってください……」
千秋ちゃんの後ろ姿を思い浮かべながらそうつぶやいた刹那、一粒の涙が舞台に零れ落ちる。
「頂きましょう。その代わり、私のことを恋人と呼んでください」
次の瞬間、聞こえてくるはずのないその声が舞台に響き、私はハッとして顔を上げる。
そこにはロミオの衣装に身を包み、私に向かってひざまずいてゆっくりと右手を差し出す、私の大好きな千秋ちゃんの姿があった。
「そうすれば私は、もはやモンタギューのロミオではなくなります」
そこにいたのは私の妄想でも想像でもなく、本物の千秋ちゃんだった。
いつの間に講堂の照明は落とされ、舞台上の私とロミオだけを照らすようなスポットライトだけが煌めいていた。
「千秋、ちゃん……?」
なぜ彼女がここに?
私がその疑問を口にするより先に、彼女は私に向かってほほ笑む。
「ああ、我が愛しのジュリエット。もし貴女さえよければ、私とここから逃げ出しませんか?」
共にここから逃げようと、ロミオが言ったその言葉は、本来ロミジュリにはないハッピーエンドへの第一歩のようだった。
「はい。私をここから連れ出してください、ロミオ様」
だから私は、涙を隠すように笑って、差し出された彼女の右手にそっと自分の手を重ねる。
「では、行きましょう。誰も私たちの恋路を邪魔しない、そんな世界へ」
そのまま彼女に手を引かれて、私は舞台を飛び出す。
私の手を引いて走る千秋ちゃんは、あの日私が夢見たロミオそのもので、そのあまりのかっこよさに心臓が爆発しそうになる。
「少し、待って……」
しかし、勢いよく階段を駆け上がる千秋ちゃんについていけず、踊り場で立ち止まってしまう。
「ほら、姫」
「へっ? ちょ、ま」
すると、息を荒くした私を抱え上げ、お姫様抱っこして再び階段を駆け上がる千秋ちゃん。
「やだ、そんな……」
彼女の腕の中から見上げるその凛とした表情のあまりのかっこよさに、顔が赤くなっていくのを感じる。
不意打ちでお姫様抱っこなんて、卑怯だよぉ……。
「さあ、ジュリエット。着きましたよ」
彼女に見とれていたが、その言葉で我に返り、ゆっくりと降ろされる。
「ここは……?」
「講堂の屋上だよ。普段は入れないんだけど、特別にね」
「なんで、ここに……?」
「あれを、光ちゃんと一緒に見たかったから」
そう言って彼女が指差す先には、校庭の真ん中で煌々と輝きを放つキャンプファイヤーがあった。その周りでは、みんなが円になってダンスをしている。
「そう、だったんだ……」
「うん。……ごめんね、光ちゃん」
「え?」
キャンプファイヤーを見つめながらの唐突な彼女の言葉に、思わず聞き返す。
「光ちゃん、私とみちるちゃんが仲良くしてたことに嫉妬してたんでしょ?」
「そ、それは……」
あまりに率直に言い当てられてしまい、困惑する。
劇の中の事なのにジュリエットに嫉妬していたなんて、そんなこと、言えないよ……。
「ごめんね」
「そ、そんな……謝らないでよ……」
どうすればいいかわからず、思わず目を伏せる。
と、そんな私の頭に手を置いて、
「ふふふ、可愛い」と言って撫でてくれる千秋ちゃん。
「か、可愛い?」
「うん。光ちゃんのそういうところ、私、本当に好きなの」
満面の笑みの彼女を見て、なんだこの状況はと呆然とする。
私が、可愛い? な、何を言ってるの、千秋ちゃん?
「私知ってるよ。光ちゃんが結構嫉妬深いこと」
「え、知ってたの……?」
「うん。まさか、あそこまで怒るとは思わなかったけどね~」
ってことは、全部知った上でみちると仲良くしていたの……?
「あ、でももちろん光ちゃんと一緒にロミジュリをやりたいとは心から思ってたよ?」
「千秋ちゃん……意外と、小悪魔?」
えへへ、と照れくさそうに笑う千秋ちゃん。
「そうかもね~。だって、妬いてる時の光ちゃんの顔、すごく可愛いんだもの」
「もー……」
小声で「ばか」とつぶやいて、彼女を抱きしめる。
「……あったかいね」
「うん」
彼女の胸に顔をうずめて、そんな風に言葉を交わす。
まだまだ残暑とはいえ、日が落ちれば肌寒いくらいにはなる。そんな中、しっかりと彼女の体温が感じられて、とっても幸せな気持ちになる。
「私たちもダンス、する?」
校庭でキャンプファイヤーを囲んで踊る人たちを見て、そんな提案をする千秋ちゃん。
「そう、だね。お願いします、ロミオ」
「喜んで。我が愛しのジュリエット」
にっこりと笑い合い、私たちは手を取り合ってぎこちなくステップを踏む。
炎に照らされ、うっすらと朱色に染まりながら、私たちは舞う。
「難しいね~」
どのくらいそうしていただろうか?
お互いに踊るのに疲れ果てて座り込んでしまう。
「最後にさ、ロミオとジュリエット、私たち二人でやってみる?」
千秋ちゃんのその提案に私は「そうだね」と答える。
「じゃあ、あの場面で」
「分かった」
その言葉をキッカケに、私はバルコニーから空を見上げ、一人寂しげにつぶやく。
「ああロミオ。どうしたあなたはロミオなの?」
長く付き合っていれば、お互いの知らないことを知ったり、反対に教えたり、色々なことがあるのだろう。
「あなたがモンタギュー家のロミオでさえなければ、私たちの愛を阻むものは何もないというのに。そのロミオという名前の代わりに、私という女の全てを受け取ってください」
今回みたいに喧嘩することだって、これからもきっとたくさんあるのだろう。
「頂きましょう。その代わり、私のことを恋人と呼んでください。そうすれば私は、モンタギューのロミオではなくなります」
ひざまずいて私の手を取り、立ち上がるロミオ。
「我が愛しの、ジュリエット」
そして私たちはそのまま唇を重ねる。
永遠にも続きそうで、それでいて終わらないでほしい時間の中、だけど、そんなことも全部含めて楽しさに変えていけたらいいなと、そう思った。
高校生活最後の文化祭の夜。
私たちのロミオとジュリエットは、ハッピーエンドを迎えた。
FIN.
気に入っていただけたら評価や感想など、一言でも大丈夫ですのでいただけると励みになります。
よろしければ他のお話も見てみてください。
ではまたどこかで!