第1話 お付き合いしたい人
それは小学生の時でしたわ。
クラスの女子の皆さんが休み時間に、机の上に何かを広げて盛り上がってましたの。
「見て見て!今月のサマープリンス特集!かっこいいんだから!」
「わ~!!尚美ちゃん雑誌持って来れたの!?」
「お姉ちゃんのこっそり持ってきたのよ」
「すごーい!」
「シッ!先生に見つかったら怒られるでしょ!」
「見せて見せて~!」
背徳的な気配を漂わせ、先生方から隠すように皆が気を配っているそれが何なのか気になって私も皆の後ろからそっと覗き見ると、それは1冊の雑誌でした。
紙面にはキラキラとした衣装を着た4人の男性アイドルの写真がついていて、何ページも何ページもそれが続いてます。
「私華男君!」
「私たくと君~~~~!」
「あ~紅一郎君かっこいい~!」
皆は興奮した表情で紙面の男性に夢中になっています。その内、一人のクラスメイトが言いましたの。
「真優ちゃんは誰がいい?」
「え?」
「もし付き合えるとしたら誰選ぶ~?」
私は雑誌をまじまじと覗き込むと、一緒に写っていたリポーターの女性を指さしてこう言いました。
「この人がいいな」
途端、側にいた女の子達が私に向かって馬鹿にするように言い出しました。
「はあ?」
「真優ちゃん、付き合うって意味知ってる?」
私は「付き合う」というのが「恋人同士になる」という意味なのは知っていたので、こくりと小さく頷きました。
「え~~~~!おっかしい。真優ちゃんおかしいよ~~!」
「女なのに女と付き合いたいとか、へーん」
「真優ちゃんお金持ちなのに変なんだ~!」
私は困惑しました。慌てて紙面の中の男性を見直しましたが、誰も「恋人にしたい人間」にはなり得ません。
「おっかし~!ふふふ」
「真優ちゃんお金持ちなのに将来結婚できないね」
え?私はおかしいの?結婚も出来ないの?
皆からの急な攻撃に泣きそうになったその時。
「そっ、そんな事無いよ!」
皆の声をかき消すように、精一杯な声が聞こえたのです。
「だ、だれを好きでもおかしくないよ……っ!」
それは、いつも静かで皆の後ろにいる葛西花ちゃんでした。
「この女の人も、素敵だよ……!」
いつもは大人しい彼女が、拳を握りしめ、頬を真っ赤にしながらそう言ってくれたのを見た瞬間、私の中の「お付き合いしたい人」は彼女になったのです――。
俺には、絵に描きたいくらいめちゃくちゃ好きな女子がいる。
それは、学校のアイドルで、あそこで女子のお喋りを聞いて楽しそうに相槌を打っている目がぱっちりとして、長いストレートヘアーが風になびく(窓も開いてないのにどこからふいてきてるんだ?)超美人女子高生と名高いテニス部所属で父親が某大企業の社長をしている天羽真優さん――――ではなく、その斜め後ろで天羽さんに寄り添うようにして時折小さく笑っている葛西花さんだ。
葛西さんは少し天パっぽいショートカット(って言うのかな?女子の髪型はよく分かんない)で背が小さい。動きも小さくて、動物でいったらモルモットとかリスとかその辺り。全体的に細くて小さくて、多分胸も小さい。
俺はその、「整ってない感じ」が物凄く好きだ。綺麗な血統書付きの猫よりも、ブチ模様の雑種の方が好き。そんな感じ。
部活で筆を握っている時も、こうして昼休みにノートに落書きしている時も、気づけば彼女に似たような人を描いてしまっている。
「でねでねその時山岡先生が~~~」
情報通な女子の話に皆興味津々で、芸能人のようなハイトーンの喋り声と楽し気な笑い声が教室内に響いている。花さんも机に両手をついてその話を聞いていて、笑う時に見える前歯が可愛い。そういや、花さんは少し前歯が長い。
キーン コーン カーン コーン―――
チャイムが鳴り、話の途中で皆は名残惜しそうにそれぞれの席に帰って行った。
「やっべぇ!次視聴覚室じゃん!」
「うわ!三浦に怒られる!!」
教室移動組が勉強道具を掴んで慌ててバタバタと出ていく。
次の授業は社会で、地理の授業はこの教室で授業が行われるが、歴史をとっている生徒は視聴覚室へ移動しなければならない。入れ違いに
「遅いですよ」
廊下を走る移動組に注意しながら地理の遠田先生が入ってきた。
「ふぁ……」
俺は教室に入ってきた遠田先生にバレないように欠伸を噛み殺した。
「それでは、教科書の42ページ開いて下さい」
指示されたページを開く。そこには国内の農作物の生産量のグラフがついていて、灰色の棒グラフと円グラフがいくつも並んでいた。米は新潟県が一位。大豆は北海道が一位。落花生は……うわ、ダメだ、眠い。
昼休み後の授業はそれだけでも眠いというのに、俺の苦手な社会で、しかも曇天の初夏ともなればこれはもう眠気を我慢しろという方が無理無理無理。……無理…です…これが…せい…いっぱい…です 遠田…せんせい伝わって……すいませんおやすみなさい。
俺がそう一応心の中で遠田先生に謝罪して、灰色の空に重ねて自分の視界を黒く染めようとした時だ。
「それじゃあ、4人グループで、教科書18ページから44ページまでを参考にして新聞を作って貰います」
は?
俺は急激に覚醒すると、遠田先生の次の台詞を待った。
「皆さんは16人なので4グループ出来ますね。この新聞は前期の成績の参考にしますからしっかり作るように」
「え~~~!マジかよ!!」
斜め後ろから男子のでかい声が聞こえた。
「それじゃあ好きな人とグループを作って下さい」
その台詞と同時に一部の生徒が勢い良く立ち上がった。
キョロキョロと慌てて辺りを見る。
どうしたら良い?好きな人、っつーか、好き以前に誰にだったら声をかけても嫌がられない……?休み時間も放課後も、ほとんど一人で過ごしている俺には、「こいつが俺の友達だぜ!」と胸を張って言える相手がいない。ほんと、この「好きな人とグループ作りましょうシステム」をやめて欲しいと小学生の頃から思っていたが、その思いは高校になっても潰えるどころか増すばかりだぞコンチクショウ!
ただでさえ自分から人を誘うのが苦手な上に、成績に影響するとあっちゃお荷物になるのが怖くて(俺は地理は得意ではない。ていうか、数学も古文もあまり得意ではない。得意なのは美術と、英語がちょっと)より一層他人に声が掛け辛い。
参ったな……。
そう思っておどおどしていた時だ。
「おい寛!一緒にやろうぜ!」
後ろから大きな声でそう言われた。この声は、先ほど「マジかよ!!」と叫んだヤツ。俺は振り返ってぶんぶんと首を縦に振った。
「う、うん!!」
「オメー絵とか描くの得意だろ?4コマ漫画で新聞の半分くらい埋めろよ」
「は?…え?」
無茶な要求をしてきたこいつの名前は七尾リョータ。校則ギリギリ……つーかアウトな髪色で、成績は多分俺より悪い。一年の頃から同じクラスで、ちょこちょこ絡んでくる。
「いや、俺確かに美術部で絵描けるけど4コマで半分埋めるっつーのは……」
「だーいじょうぶだって!先生が爆笑するくらい面白ければオッケーだろ!」
無茶言うな!!
「あ、あと二人……どうしよっか」
「オッケー!」
待って何がオッケー?俺と話噛み合ってなくない?
そう思っていると、リョータは窓際の方へ歩いて行った。
「それじゃあ好きな人とグループを作って下さい」
先生がそう言った瞬間、私は振り返って二つ後ろの席の花ちゃんに言いましたの。
「花ちゃん!一緒に書きませんこと?」
「いいよ~」
すぐに返って来た返事は、天使のようで、愛情深くて可愛らしくて、この上ないですわ!
これでしばらく、地理の授業が楽しくなりますわね。
私がそう思った直後です。
「天羽さん、一緒に書こう?」
「真優さん!一緒にやろ!」
「天羽~!同じグループになって~!」
周りから急に沢山の声がかかりましたの。
正直、私にとって花ちゃんが一緒であるなら他が誰であろうと構いません。
けれど、誰かを選べば誰かをお断りする事になりますし、困りましたわ……。
私が、いかに角を立てずにグループを作ろうか苦慮していた時ですの。
「天羽~~!俺達と組んでくれよ~~!」
教室の後ろの方からそれはそれは大きな声が聞こえましたわ。その声に、一部の生徒がハッとしたように道を開けましたの。
見ればクラスで一番……いえ、学年で一番、騒がしくて野蛮だと名高い七尾リョータ君が立ってらして、その後ろから中山寛君という、クラスの中でもとりわけ地味な雰囲気の男子生徒がこちらを見ていました。
「おめーらはいーだろ!オレと寛はなぁ、常に成績学年トッッッップの天羽サマのお力がねーとまともな新聞書けねーのっ!馬鹿なオレらを助けると思って!なっ!なっ!」
周囲の男子生徒を蹴散らす様にシッシッと手を振りながら近づいて来たリョータ君は、私の前に来ると品性があまり感じられないお顔で笑いました。
「どういたします?花ちゃん」
私は花ちゃんさえ一緒なら、他は馬鹿であろうと猪であろうと構わないのですけれど、花ちゃんはそうとは限りませんものね。
「真優ちゃんがいいならいいよぉ」
流石私の花ちゃんですわ。器が大きいのね!そういうところが大好きなんですの!
私は頷くと、リョータ君に言いました。
「ええ、分かりましたわ」
「よっしゃあ!センキュー天羽!」
リョータ君が勢い良く親指を立てました。
「……七尾マジウゼー…」
「馬鹿は馬鹿だけで組んでりゃいいのに…」
小さい声でそう言いながら、数人の男子が去って行きました。
リョータ君が憎まれ役を買ってくれる形になりましたわね。申し訳ないですけれど、助かりましたわ。
「こっちこっち!」
ガチャガチャと自分の席の周辺の机を4人グループ用に向かい合わせながら、リョータ君が言いました。
花ちゃんと一緒にノートと筆記用具を持ってそこへ移動すると、教室の後ろから寛君もやってきましたわ。
「よろしくお願いしますね、寛君」
微笑みながら言うと、寛君は薄っすらと笑いました。
その笑顔に少し、ゾッとするものを感じましたが、花ちゃんが
「よろしく~!中山君!」
と明るく言いましたので、私も努めて明るく振る舞いました。
「は、はいっ、よ、よろしくお願いしまっす……」
突然、ぎこちなく返事をした寛君の様子を見て、私はギクリとしました。
慌ててその顔を注意深く見てみれば、だらしなく緩み、頬は染まり、眼は落ち着き無く左右に彷徨っています。
この方……まさか……?
私は嫌な予感がしました。
今までも何人かいらっしゃったのです。私の素晴らしい花ちゃんの魅力に気づいてしまった男性が。この、この世の良きものを全て寄せ集めたような花ちゃんの魅力に気づいてしまった男性が!(むしろ気づかない方がどうかしてるのですけれど)
ですが。
私は小学生の頃から花ちゃんをずっとお慕いしていて!
花ちゃんに相応しい相手になれるよう勉強は常に学年1位!
スポーツもテニス、水泳、その他各種球技も満遍なく修得!
スタイルも美容も常に最善を尽くし!
ファッションは常に流行をチェック!
花ちゃんの髪型や服装の変化には誰より先に気づく!
この私が!
この私が、ただ「男だから」というだけで、私から花ちゃんを奪おうだなんて
絶 対 に 許 し ま せ ん こ と よ
貴方方の気持ちが1ならば、こちらは5億……いえ、無量大数ですの!
同性だからという理由でなかなか恋愛対象には見て貰えませんけれど、いつか必ず!好きになって貰うんですの!
ですからそれまで貴方方には、
私 に 惚 れ て て い た だ き ま す
私知ってるんですの、男性という生き物が、私のような見た目の女性が大好きだって事。ちょっとアピールされればすぐ参ってしまう事。
そう覚悟を決めた私は、出来る限り美しい笑顔で寛君に
「どんな新聞にしましょうか?」
と、微笑みかけましたわ。