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8話 魔人族とは友達になれるかもしれない

 ――結局。

 あの後、さらに三時間ほどラキュアの猛攻は続いた。

 俺の体は余すところなく、全身がラキュアの唾液塗れになってしまっている。


 ――いや、一箇所だけ。

 体の中心。欲望の根源。

 そこだけわざと避けられていた。


 『どうして欲しいか言ってくれないとわからないわぁ』

 そうやって、俺の心が折れるのをひたすら待っていたのである。

 

 恐ろしい。

 この世にあんな恐ろしい責め苦があるとは……。

 軽くトラウマものである。

 

 空が白み始めた頃、飽きたのか諦めたのか、ようやくラキュアはペンダントに戻る。

 最後に「また今夜ねぇ」と、今宵一番のダメージを俺に与えて。


 正直危なかった。

 ロスタイム制度があれば、間違いなく俺はゴールを決められていただろう。


 ヒィヒィ言わせるはずがヒィヒィ言わされ続けた悪夢の三時間半。

 悔しい。でも感じちゃうッ!!


 言っている場合ではない。


 ラキュアがペンダントに消えてから三十分。

 ようやく俺の活火山は沈静化してくれた。

 だがマグマ溜まりには、今もグツグツと煮えたぎる溶岩が噴火の時を待ちわびている。

 破局的噴火はすぐそこまで迫っているのだ。

 早急に対策を練らねば、今夜にでも俺の貞操は失われ、同じく命も失われるだろう。


 すでに空は明るい。

 寝不足と疲れでフラフラするので、体を清め頭を働かせるために小川へ向かう。

 いつのまにか起きていたスー子が、健気に着いて来た。


 ぽよんぽよん。


 跳ねるたびに波打つスライムに、不覚にも欲情してしまう……。


 これはいかん。

 マジで重症だ。


 せせらぐ清流で顔を洗おうと覗き込む。

 十二歳とは思えない、疲れ切った男がそこにいた。


 隣にはスライム。

 柔らかく、ぷるんぷるんで、唯一無二の親友。


 ……。


 ――背に腹は変えられん。


 醜く歪んだ顔で、俺はゆっくりとスー子を手に抱えた。


「ぴぎぃ? ……ぴぎぃぃぃ!!」


 平原のど真ん中。

 爽やかな空に、スー子の声が木霊した。




 当時のことを、後に俺はこう語る。


「いやぁ、あの時はどうかしていたんだと思いますよ?

 でも考えてみてください。

 モンスター娘ってのは、魔人と魔物が交配して生まれるんです。なら、人が魔物と交配してもいいんじゃないですか?

 彼等はきっと、それがそんなに悪い行為じゃないってことを、暗に俺達人間に示してくれているんだと思います。

 ラブアンドピース。世界に平和あれってね」




 街道沿いをひたすら西に進む俺とスー子。

 昨日までより若干スー子との距離が遠い気がする。


 ヴェルティとラキュアには、狩りの時以外はペンダントの中で待機してもらうことにした。

 ヴェルティはともかく、全裸のラキュアが常に視界内にいるのは大変よろしくない。

 せっかく悟りを開いたのだ。

 自分から愚者に戻る必要はないだろう。


 歩きながら。といっても、普通の人間が全力で走るよりも早い速度で進みながら俺は考える。


 なぜラキュアは勝手に出てこられたのか。

 あのような攻撃を、これからずっと耐え続けなければならないのか。


 前者はともかく後者は不可能に思える。

 寝る直前にスーパー賢者タイムに突入して対策はとるつもりだが、所詮はその場しのぎ。

 業を煮やして本気を出されたら、きっと耐えられはしない。

 そもそもが英雄気質である俺に、色を拒絶しろというのが土台無理な話なのだ。


 堂々巡りの思考に翻弄されていると、別れ道に差し掛かった。

 立て札には「南・ダブラン 西・ルンディー」と書いてある。

 目的地はもう目の前。明日の夕方までには到着出来そうだった。


 近場に水場を探し、そこを今宵のキャンプ地とした。

 ヴェルティは自分の役目をきっちりこなし、今夜も獲物を狩って俺に献上する。


「そろそろ解放してくれる気になりそうニャ?」


 俺はにっこりと微笑みを与えてやる。

 それを解放が近いと思い込み、嬉しそうに尻尾を揺らすヴェルティ。

 本当に御しやすくて助かる。


 一方焚き火の反対側。

 俺と対角線に座っているラキュアは、時折流し目を送ってきていた。

 肉をうっとりと見つめたり、食べたあとでわざとらしく唇を舐める。

 本当にいやらしくて困る。


 二人が食事を終えたのを見計らい、俺は何気なく会話を切り出した。


「ところでヴェルティ」

「なんニャ?」

「お前、ペンダントから自力で出てこれるか?」


 ピクリと反応したラキュア。

 彼女に聞いてもどうせはぐらかされるので、俺はあえてヴェルティに聞いたのだ。


 ん~、と小首を傾げて考え込んだ猫は、やってみなきゃ分からないとペンダントに戻る。

 だが、数分待ってても再び現れることはなく、俺はヴェルティを呼び出してみた。


「無理だったニャ」

「そうか」

「あ、でももう少し力の強まる時間ならいけるかもしれないニャ」


 なに?

 それはどういうことだと聞こうとして、だがそれよりも早くラキュアがヴェルティの口を塞いだ。


「あらあらぁ。ダメよ猫ちゃん。そういう大事なことを軽々しく口にするものではないわぁ」


 ついでに、こちらに殺意の篭った視線を送ってくる。

 これ以上聞くと、今夜めちゃくちゃにしてあげちゃうぞという脅しだ。

 なんて恐ろしい女なのだろう。

 綺麗な薔薇には棘があるというが、この花には棘しか見当たらない。

 しかも猛毒付きで性質が悪い。


 ペンダントは肌身離さず持っていなければならないし、ペンダントの中からは外の様子を覗えてしまう。

 なんとかヴェルティから話を聞きだすためには、ラキュアも外に出してどこか遠くに行ってもらう必要があるだろう。

 そんな隙をこの女が作るとも思えないが……。


 現状これ以上聞き出すのは無理だと諦め、今夜は解散となった。

 二人がペンダントに戻るのを見届けてから、俺は寝床を用意する。

 といっても旅に出る時に持ち出した毛布を敷くだけなのだが。


 横になると「枕になりましょうか?」と、健気なスー子が側に来る。

 俺はそれを無言で抱き上げ、にっこりと微笑んでやった。


「ぴぎぃぃぃぃ!!!」


 真っ暗な夜空に、スー子の絶叫が木霊した。






 真夜中。

 パキッと小枝が折れる音が聞こえ、俺はすぐさま跳ね起きた。


「悪智恵が働くのねぇ。これはトラップ?」


 寝る前に俺の周りに折れやすい小枝をばら撒いておいたのだ。

 ラキュアが現れたらすぐに気付くようにとな。


 今しがた自分が踏んだ小枝を摘まみ上げ、悪びれもせずにラキュアは楽しげに嗤う。


「そうそう好きにやらせるわけにはいかないんでな」

「気持ち良いのはお嫌いかしらぁ?」

「大好きです」


 そりゃそうだ。

 本音を言えば、今すぐにでもあのばいんばいんに顔を埋めたい。

 本能のまま獣になりたいのである。


「私を倒した時の子供とは思えないテクニック。もう一度味わってみたいわぁ」


 山の頂きを擦ったゴッドハンドのことだろう。

 言いながら、ラキュアは腕を広げて迎え入れる体勢をとっている。


 変わらない吸引力を前に、俺は咄嗟に飛び退いていた。


「あらぁ」


 知っている。

 ああやって俺の動きを止めてから、足元をツタで絡め取るのはコイツの常套手段なのだ。


「本当に面白い子ねぇ。ますますイジメたくなっちゃうわぁ」


 ギラリと、ラキュアの瞳が妖しく輝く。


「だが手は出せんだろ? 主を攻撃すればどうなるか、ヴェルティに聞いている筈だ」


 なにが可笑しいのか「ふふふ」とラキュアが妖艶に嗤う。

 いちいち仕草が色っぽいが、戦闘態勢に入っている俺には通用しない。


「それもそうねぇ。でも、試しに攻撃してみてもいいかしらぁ?」

「ハッ! やれるものなら――」


 急激に悪寒が走った。

 もう忘れはしない。これは自分が危機に瀕している本能からの警鐘だ。


 だがなぜ?


 よく考えろ。

 ラキュアはなぜそんなことを言い出した?

 しかも、俺が言葉を言い終える直後に、奴は本当に攻撃するつもりだった。

 それが俺の本能に危険を予知させたのだから。


 攻撃の許可を求めた。それに同意しかけた。


 ――まさか?


「俺が許可を出せば、攻撃しても問題がない?」


 ラキュアの態度は変わらない。

 だがその体からは、さっきまで発せられていた殺気が霧散している。


「さぁ、どうかしらねぇ?」


 言葉にも力がない。

 見破られて諦めた、ということなのだろうか。


「――なぜお前はそんな法則を知っている?」


 その問いには答えず、意味深な笑みを残してラキュアはペンダントの中に消えていった。


 再び呼び出して問い詰めようかとも思ったが、どうせアイツは答えない。

 今夜はもう出てこないだろうと、俺も再び眠りにつくのであった。


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