7話 俺はどうやら春を思う時期らしい
魔性の森を出て半日ほど西に歩いたところを今日のキャンプ地とした。
首尾よくモン娘を二体確保出来た俺だが、ペンダントに収納できる魔物枠はもうない。
だからといって諦め、おめおめと村に帰るなど、俺の矜持が許さないのだ。
なにか他に強くなる方法はないかと、それを求めて大都市ルンディーを目指している最中である。
街道を少し離れたところで火をおこす。
パチパチと爆ぜる枯れ木の音をBGMに、ヴェルティが捕らえてきた鹿肉を頬張っていた。
「さて諸君」
車座に火を囲むのは、俺とスー子、ヴェルティとラキュアである。
ちなみにラキュアは、花から分離して本体だけの姿になっている。
ところ構わずあんなでっかい花弁を広げられたら堪らないと思っていたので、分離出来るというのは朗報であった。
もっとも、分離してしまうと攻撃手段も防御手段もほとんど失われるし、普段は花の真ん中に突っ立っているだけのニートなので走る体力もないそうだが。
本人はそのように言っていたが、俺は半分くらいしか信じていない。
寝首を掻く為に、コイツは平気で嘘をつけるタイプだ。
視線が俺に集まるのを確認し、目下の課題解決に向けて会議を始める。
「お前等が脳筋なせいで魔物枠がありません。なんとか考えて下さい」
会社の社長よろしく、俺は両手を腰にあてて無理難題を押し付ける。
ペンダントがある限り、どれだけブラックな会社であろうとも労基に引っかかることは無いのだ。
スッと一番期待出来ない奴が手を上げた。
「はい、ヴェルティ君」
「アタシが抜ければ良いと思いますニャ!」
「却下」
やはり馬鹿だった。
なぜそんな意見を自信満々に言うことが出来るのか、到底理解し難い生物である。
とはいえ、その可能性は俺も考えている。
魔物枠がないのだから、これ以上はどうしようもないのだ。
ならば、強力な魔力を持った魔物とヴェルティをトレードするのは良策に思える。
だがそれは、強力な魔力を持った魔物にあてが付いて、かつ捕らえた後でという話。
捕らえる前に能力ダウンを受け入れる馬鹿はいない。
同時にヴェルティも拘束しておき、トレード後に増えた魔物枠で再びヴェルティを支配化におく。
このプランが最善に思えるな。
「お薬はどうかしらぁ?」
ラキュアがねっとりと意見を出してきた。
ペンダント内の不思議空間では、魔物同士で交流することが出来るらしい。
その中で状況をヴェルティと擦り合わせておいたラキュアは、正しく俺に助言する。
「お薬……。魔力増強系のアイテムを使うということか」
永続的に自身の魔力貯蔵量を増やせるアイテムは確かにある。
というか前世の俺は世界中からそれをかき集め、健康補助食品のように毎日毎日飲みまくっていた。
その結果があの人間離れした魔力量だったのだが、世界に現存したほとんどを飲みつくした筈である。
それに第二の俺を作らぬようにと、新規に作ることは制限されたのではなかったかな。
世界の法すら歪めてしまった前世の俺。さすがすぎる。
「最近は人間同士の戦争が活発だから、そこそこ出回ってるみたいよぉ?」
小さな村に引きこもっていたために、俺は今の世情に疎い。
魔物に人の世の世情を説かれるとは思ってもみなかったが。少し屈辱だ。
そんな俺の感情を読み、ラキュアはニヤリと口を歪めている。
なんと性格の悪い女なのだろうか。
あのばいんばいんがなければ、生け花にして剣山にぶっさしてやるものを。
「どの程度出回っているのかは分からんが、手に入るなら積極的に入手するか」
今向かっている大都市ルンディーなら情報も手に入りやすいだろう。
そう考えれば丁度良い。
ついでにモン娘情報も集め、見つけ次第捕獲に行く。
当初は普通の魔物でも集めまくろうと思っていたのだが、枠が少ない現状なら、より能力の高いモン娘に絞ったほうが効率的である。
さすがに脳筋ばかりということもあるまい。
別にエロ目的ではないぞ。
――訂正。エロだけが目的ではないぞ。
ともあれ方針は決まった。
二体をペンダントに戻し、俺はスー子枕で眠りにつく。
夏でもひんやり涼しく、ぷにょんぷにょんとした弾力が素晴らしい。
いつか商人になる機会でもあれば、これを全国的に売り出して大儲けしようと、そんなことを考えながら意識はまどろみに落ちていった……。
――ぴちゃ。
眠っていた俺は、不意に聞こえた水音で目を覚ました。
真上には上弦の月。
まだ起きる時間にはほど遠い。
――ぴちゃぴちゃ。
だというのに、水音が気になって眠れない。
否。眠れないのは水音のせいじゃない。
水音がするたびに、体中が電撃をうけたように痺れているのだ。
「あらぁ? 起こしてしまったかしらぁ?」
月明かりの中、絶世の美女が髪をかきあげ淫靡に口を歪めた。
「何をしている? いや、どうやって出てきた?」
寝ぼけ眼のまま、俺はラキュアを問い詰める。
だがそれを意に介さない彼女は、赤い唇を押し割り、ぬめったピンクの舌を伸ばした。
それがゆっくりと。
見せ付けるように、俺の胸板へ近付いてくる。
――ぴちゃ。
ぬぅおぉぉぉ!!
衝撃だった!
蠢く舌先が俺に触れた瞬間、痛みと錯覚するほどの快感が体中を駆け抜けたのだ。
だがなんでだ?
なんで俺の体はこんなにも強い快感を感じているのだ?
こんなご奉仕は前世で吐いて捨てるほど受けた筈だ。
なのにここまでの快感は初めてな気がする。
――じゅる。
俺の反応に気を良くしたラキュアが、そのまま肌に吸い付き舐ってきた。
いかん! 実にいかんですよ!
頭が熱に浮かされたようにフワフワし、視界が定まらない。
湿っぽく虹彩を放つラキュアの瞳が、舐めまわすように俺を観察している。
「どこが一番好きなのか」と、そう問うているようで、目が離せなくなってきた。
ラキュアは責める位置を徐々に変えていく。
胸板から鳩尾、そしてヘソ……。
少し動くたびにその豊満な双子山が形を変え、俺にダイレクトアタックをしかけてくる。
それ以上はいけない! いやイキたい!
使われたことの無い新品卸したて。
マイサンが「カモンベイベー」と準備万端を告げている。
……新品?
そうだった。
まだ十二歳であるこの体は、女を知らぬ。
だから快感に対する免疫が全く無い、防御力ゼロの紙装甲なのだ。
そして十二歳といえば、そう。
思春期である!
それがいきなりこんな熟練のテクニックで責められたら、1ラウンドKOは当たり前。
抗う術などないのだ。
もはや暴発寸前。
マジでアレする5秒前状態のマイサンなのだが、唐突にラキュアは離れていってしまう。
なんでだ!
最後まで責任を取るのが大人だろ!
掴みかかろうとして、動けないことに気付いた。
ツタが柔く俺の手足を封じていたのだ。
柔くというところが実に巧妙である。
これがきつくだったり、ガチガチにだったなら、それは主への攻撃とみなされていた筈なのだ。
つまり、奴は俺へ攻撃するとどうなるのかを知っている。
知っていて、攻撃とみなされない責め方を考えてきたのだ。
その理由は――。
「どうしましたぁ? 何か言いたいことでもぉ?」
不意に、至近距離からねっとりと囁かれた。
吹きかけられた吐息に俺の体がビクンと反応する。
ラキュアの身体は離れているものの、サワサワと胸板は撫でられ続けており、もどかしさだけが天元突破していく。
「最後まで――」
言いかけて、はたと気付いた。
コイツの狙いはそれだ。
俺を追い込み、屈服させ、主従関係を逆転させるつもりなのだ!
「あらぁ? 気付いてしまいましたぁ?」
気付かれたところでどうなるものでもないと、ラキュアは妖艶に唇を歪めた。
これは本気でまずいかもしれない。
まさかこんな方法でペンダントの副作用を発動させようと考えてくるとは。
「いいですよぉ。リクの心が折れるまで。ずーーっとこのままでも」
再びラキュアの唇が、舌が、手が。
俺の身体を蹂躙しはじめる。
だが屈するわけにはいかない。
主従が反転した瞬間、恐らくコイツは俺を殺す気だ。
月を背に、妖女がニタリと嗤った。