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6話 水中花

「あらぁ? やっぱり食べて欲しくなったぁ?」


 昨日とまったく同じ場所で、まったく同じ姿のまま、ラキュアはそこにいた。

 そこで俺は気付く。

 あぁ、追いかけなかったんじゃなくて、追いかけられなかったのかと。

 恐らく奴の根っ子は、がっちりと大地に根付いているのだ。


 だったらこんな無理して急がなくても、もうちょい作戦を練って来たほうが良かったな。

 

 戦略的撤退を考慮し、一歩後ずさる。

 そんな俺の心の機微を読み取ったのか、即座にラキュアから無数のツタが飛び出した。

 だがそれは俺を攻撃するものではない。

 複雑に絡み合ったツタ達は、俺の背後をびっしり囲んでしまったのだ。


「もう逃げられないわよぉ?」


 背後には俺をぐるりと囲むツタの壁。

 前方には妖艶に舌なめずりする魅惑的な二胸。

 どちらに飛び込みたいかは明白である。


 スー子と共に、ダッと駆け出す。

 そこに昨日同様、ツタの雨が降り注いできた。


「ほらぁ! 頑張りなさぁい?」


 余裕綽々のその顔。あとでヒィヒィ歪ませてやるからな!


 とは思うものの、飛んでくるツタの刺突を交わし続ける様は昨日の焼き直しである。

 ヴェルティの動き方から学び少しは使いこなせるようになってきたので、昨日に比べれば幾分楽ではあるが。


「ならもう少しサービスしてあげるわ」


 まったくもって余計なお世話である。


 サービス精神旺盛なラキュアは、刺し穿つツタの直線的な動きの他に、真横から叩きつけるツタを増やしてくれた。

 嬉しくって涙が出ちゃうね。


 避けるために跳躍したくなるが、恐らくラキュアはそれを待っている。

 いかに俊敏といえど、空中で狙われたらどうしようもないのだから。


 なので俺は、そのツタをスライディングで躱すことにした。

 ズザーッと足からツタの下へと滑り込み、その勢いのまま立ち上がっては刺し穿つツタを躱す。

 ビュンビュンと耳元をツタが通り抜けていく音は、死神の鎌音と同義だ。

 それが頬を掠める度に肝を冷やす。

 

 だがまだ大丈夫。

 しっかり見えているし体も動く。


 避け続けながらラキュアの表情を観察していると、明らかに苛立ってきているのが分かった。

 攻撃こそされないものの、どんな攻撃も避けられてしまっているのだ。イライラが募りもする。

 そうなれば、当然次の手は――。


「これで終わりよッ!!」


 妖艶さを失った必死の掛け声。

 そうして、あらん限りのツタが一斉にラキュアから放たれた。


 右も左も天さえも。視界全てを埋め尽くす緑の槍。

 ラキュア必殺の、全ツタ一斉攻撃である。


 この攻撃範囲であれば、俺の俊敏さをもってしてもギリギリ避けることが出来ない。

 ニヤリとラキュアが口を歪めた。


「今だッ!」


 同時。

 俺はペンダントからヴェルティを呼び出す。

 中から状況を見ていた猫は、打ち合わせ通りに俺の腕を掴んで思い切り投げ飛ばした。


「ハウスッ!」


 地面と平行に吹き飛ばされながらの命令。

 俺に追いつきそうな速度で、ヴェルティがかっ飛んで来るのが視界に映った。

 その背後には、ドゴドゴと轟音を立てて大地を破壊する緑の槍が迫っている。


 ――だが間一髪!

 俺もヴェルティも、ツタの攻撃範囲から抜け出すことに成功していた。


 このラキュアの奥の手を、俺は事前にヴェルティから聞いていたのだ。

 だから裏をかくために、ずっとこの時を待っていた。


 そして攻撃が来たらそれまで隠していたヴェルティを出現させ、その力で俺を攻撃範囲外へ吹き飛ばさせる。

 ついで、ペンダントの強制力で走力の上がったヴェルティも脱出するというわけだ。

 強制力が本人の力以上に速度をあげられることは、昨日のうちに確認済みだしな。


 突然現れたヴェルティと、絶対必殺の奥の手を躱されてラキュアが驚愕に目を見開いている。

 だが休む暇なんて与えねぇぞ!

 ツタを出し切ったここしか勝機はないんだから!


 もう一度ヴェルティに腕を掴ませ、今度はラキュアの本体に向けて投げ飛ばしてもらう。

 グルンとヴェルティの周りを一回転させられてから、遠心力も加えて一直線に飛び出す俺の身体。

 腕が引っこ抜かれそうに痛んだが、その代償を払って余りある勝機が目前に迫る。


「枯れろッ!!」


 剣を構える暇もない一瞬の出来事だが、無理やり先端をラキュアに向ける。

 そのまま刺し貫ぬくために!


 バシッ!!


 だが直前で、ラキュアが残していた最後の一ツタがその剣を払い飛ばしてしまった。


「丸腰になるわけないでしょう?」


 武器を払われ体勢を崩した俺は、そのままラキュアに抱きかかえられてしまう。

 ぽにょんと二つのお山が俺とラキュアの間で潰れ、圧倒的な存在感を主張していた。


 感謝。


「ふふふ。やぁっと捕まえたぁ」


 頭上から声が降ってくる。

 そこには勝ち誇ったラキュアの顔。

 武器を弾かれ体を抱きかかえられた俺に、勝利を確信しているのだろう。


 その顔をしていいのは、今も昔も俺だけだ!


「丸腰になるわけないか。そりゃそうだ!」


 言った瞬間、俺の背中から何かが飛び出した。

 それは背中を伝って頭をよじ登り、ラキュアの顔へと突撃する。


 スー子である。


 突然の出来事にラキュアは「えっ?」と声に出す暇もなく、その顔はスライムの中に捕らわれてしまう。

 首から上がスー子の中にすっぽりと収まり、ラキュアの呼吸を完全に封じた。

 まさに水中花。

 即座に息を止めて、その間に反撃しようとラキュアがもがく。

 ツタがスー子目掛けて戻ってくるのを、俺の目が捕らえた。


 させねぇよ!


 抱きかかえられたまま、スッと二つのお山の頂点を一撫で。

 散々ハーレムで鍛えられた俺の絶技は、的確にラキュアの急所を刺激した。


 ごぼぼぼぼ……。


 予想外の刺激に体をビクンと震わせ、同時に肺に残されていた酸素を全て吐き出してしまうラキュア。

 溺れ、酸欠でもがき、そしてぐるんと瞳が反転するのが見えた。


 それで戦いは決着となった。


 やはり最後は必殺技に限るなと、ピクピク痙攣するラキュアを見下ろし俺は思う。

 手の平を握り開き、ワキワキと動かしてみる。ゴッドハンドは健在だ。

 去りし日の酒池肉林。

 そこで磨かれた技術がこんなところで役に立つとは。

 人生とは分からないものである。







「お、やっとお目覚めか?」


 スー子の中で溺れ、呼吸困難で意識を失っていたラキュアがようやく目を覚ました。

 俺はその首元に剣を押しつけ、ヴェルティはツタの反撃を警戒している。


「こんなに酷い寝起きは初めてよぉ……」


 力なく言うが、そこはかとない色気を醸し出しているのはさすがだ。


「じゃあ永遠に寝とくか?」


 ぐいっと剣に力を込めた。

 薄っすらと青い血液がラキュアの首筋を伝うのが見える。


「起きるまで待っててくれたってことは、それ以外の選択肢があるってことよねぇ?」


 なかなかに聡い。

 どこかの馬鹿猫とは違って、こいつを御するのは骨が折れるかもしれない。

 だがそれだけに、彼女が持っている力は魅力的だということだ。


「俺の下に就くなら命は助ける」


 少し突き放したように言う。

 自分の魅力を十分に理解し、そして利用してくるラキュアのことだ。

 少しでも甘さを見せれば付けこんでくるのは目に見えている。


 選択肢などないだろうに、わざとらしく考えてみせるラキュア。

 そうやって完全に俺の手の平ではないとアピールしたいのだろうが、ペンダントがある限りそれは徒労に終わるんだぞ。

 もちろんそんなことは教えてやらないが。


「……分かったわぁ。好きにしてちょうだい」


 言いつつぷるんと胸を振るわせた。

 まったくもってけしからん。

 いや、分かっている。これもこいつの策略の一つだ。

 ベリベリと無理やり視線をそこから剥がし、俺はペンダントを掲げた。


「ここに入れば契約成立だ。お前の傷も治してくれる優れものだぞ」


 最後の色仕掛けも通じず、観念したようにラキュアはペンダントに吸い込まれていった。

 もっとも、どうやって俺を出し抜くかを考え中なのだとは思うが。


「これでアタシもお役御免ですニャ!」

「んなわけないだろ」


 すっとぼけたことを言う猫もついでにペンダントに収納し、俺はお楽しみの能力チェックタイムへと突入する。


 モン娘が二体。しかも片方は、魔力の強いアルラウネ種だ。

 期待に胸が膨らむ。

 さて、魔物枠はどのくらい増えているかな?



 残り魔物枠――0。



「はぁっ!?」


 思わず声に出た。

 だってそうだろ?

 なんで0なんだよ!


 だが0は0だ。

 ペンダントを振っても叩いても、横にしても下から見ても、0であることは揺るがなかった。


 怒りに任せてラキュアを呼び出す。


「なぁに? 入れたり出したり忙しいわねぇ」


 コイツが言うと、なんでも卑猥に聞こえる不思議。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 聞かなければならない。


「お前、魔力はどのくらいある?」


 疲れ気味の顔を一瞬しかめ、吐き捨てるように彼女はいった。


「ないわよそんなもの」


 バチンッとお山の頂上にデコピンを食らわせ、すぐにペンダントに帰っていただく。


 アルラウネの魔力が豊富だという話はどこにいったんだよ。

 世界最強の目標は、未だ果てしなく遠い道のりであるようだった。



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