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57話 険しき道を行くことを決めた日

 ルンディー平原の戦いを終えた後、俺たちはそこから北西へと進路を変える。

 これは当初予定していたポポスへ向かう道だ。

 だが目的は違う。


 ロンゴ帝国は、俺を切り捨てるようなやり方で囮に使った。

 生死を問わず。

 いや、死んでくれたほうがありがたい。

 そんなやり口である以上、俺との和解はあり得ない。

 そもそも俺に許す気がない。


 出来ることなら、今すぐバゼルナッシュリアへ進路を変える。

 そして、皇帝の首でフットボールでもしてやりたい気分なのだ。

 そのくらい、今の俺はご立腹である。


 とはいえ、圧倒的に戦力が不足していることも分かっている。

 グジャ軍は精鋭だったとはいえ、五千程度の軍を相手に九死に一生だった。

 皇帝の首を狙うならば、もっと多い敵を相手することになるだろう。

 魔物を大量に消費してしまった今、それは厳しいのだ。


 なので、俺はロンゴ帝国領から離れることにした。

 そして、当然ながらグジャ領にも居られない。

 となれば、残された選択肢は一つ。

 北方連合領である。


 大陸を横断する不登山脈。

 人の足で踏破することは不可能と言われており、そのため北方連合領への道は限られている。

 それが、ポポスから北へ向かう道。

 通称『断世の渓谷』である。


 そこから北方連合領へ向かおうとしている俺達だが、一つだけ懸念事項があった。

 ポポスは、スジャルカ攻略戦のどさくさで北方連合領となっている。

 そして今、それを取り返すためにロンゴ帝国軍が攻め込んだ筈なのだ。


 その結果を、俺はまだ知らないのである。


 ……。


 スー子で傷を癒しつつ、北西へと走ること十日。

 俺はその結果を知ることになった。

 残念ながら、俺にとって悪い結果だったらしい。


「止まれッ!!」


 ポポスを目前にした草原に、部隊が展開されている。

 ずらりと並ぶ兵士達。

 鎧の胸には、飛び立つ二羽の鷲が描かれている。

 ロンゴ帝国軍だ。


 中央にいた男が、馬に跨り数歩前へと歩み出て来る。

 そして、聞き覚えのある嫌味ったらしい声で(さえず)った。


「報告は受けていたが、本当に生きているとは驚きだ!

 グジャ軍も、存外たいしたことはないな!」


 ウォレッド・ノブレー副将軍。

 あぁ、ポポス攻略はこいつが率いていたんだったか。

 ポポスを背に部隊を展開しているところをみると、連合を蹴散らした後のようだ。

 ならばさっさとバゼルナッシュリアに帰還してくれれば良かったものを。


「なんとか追い払って来たところだ。

 で、これはそんな俺の凱旋を称えるために準備してくれていたのか?」


 そんな訳がないことは一目瞭然だが、これで奴等の真意が明らかになる。

 死んでもいい。死んでくれたらありがたい。

 その程度の考えで俺とグジャ軍をぶつけたのか。

 もしくは、死んで欲しい。絶対に死ね。

 そこまで強い考えだったのかだ。


 前者であれば、交渉次第だが無傷で北方連合へ抜けることも叶うだろう。

 まぁ、あまり期待は出来ないな。

 わざわざ部隊を展開しているくらいなのだから。


「スジャルカの時が嘘のように弱気ではないか!

 なんだぁ? ここを通して欲しいのか?」


 本当に嫌な奴だなアイツは。

 ニヤニヤとこちらを見ながら、ん~? と俺の言葉を待っていやがる。

 ロックウルフにケツを噛み付かれたことなど、もう忘れているようだ。


 アシェイラが居たら何と言うだろう。

 冷静な彼女のことだ。

「ここは下手に出てでも通してもらいましょう」なんて、言うのだろうか。


 だが彼女はここにいない。

 今考えれば、俺を殺す巻き添えにならぬように引き離されたのだろう。


 そのことには感謝してやる。

 こうなった以上、俺も彼女を巻き添えにするのはごめんだからな。


 そう思いながら、俺はペンダントを掲げた。

 隣に現れたのはヴェルティ。そしてラキュアだ。

 フィーの石化も使いたいところだが、今はこちらが風下。

 条件が合わない。


「おいおいおいおい!

 まさかこの数の兵士達と殺りあうつもりか?

 ブハハハハッ! 客将殿は血迷ったとみえる!」


 モン娘を出したことでこちらの戦意を見て取り、あざ笑うウォレッド。

 いちいち癪に障る奴だ。

 見りゃあ分かるさ、戦力差くらいな。


 なにせ草原に展開している部隊は、グジャ軍よりも多いのだ。

 そのうち半分が奴隷兵のようだが、それでも魔物の数が減った俺のほうが不利なのは間違いがない。


 魔術師隊は少なそうなので、ラキュアに能力を貸して暴れてもらう。

 それが最善手だが、それでどこまで戦えるか……。

 どちらにしろ、石化ミストのような離れ業が使えない現状では厳しい戦いに違いはないだろう。


「ご主人は無茶が好き過ぎるニャ」


 左側にいるヴェルティが呆れたように。

 だが楽しげに言った。


「お前の爪で通してみせろよ? その無茶を」


 答える代わりに猫は爪を伸ばし、ペロリと舐める。

 ヴェルティも、いつの間にやら頼もしくなったものだ。

 今では我がパーティーの特攻隊長といった風体である。


「でも主様ぁ? あれはどうするのぉ?」


 今度は右側のラキュアが、奴隷兵を指してどうするかを問うてくる。

 殺すのか。それとも殺さないようにするのか。

 そう聞いているのだろう。


「モン娘に人の命を慮る気持ちがあるとは驚きだ」

「主様の望まないことはしないわよぉ」


 いたずらな瞳でこちらを覗うラキュア。

 しかしそうか。

 俺は奴隷兵を殺すことを望んでいないように見えるのか。


 ……。


 だが敵だろう?

 本人達がどういう立場だろうと、今こうして俺に剣を向けている。

 ならば敵である。

 

 ここにアシェイラがいれば、俺は奴隷兵も殺せとは言えなかっただろう。

 イスリアがいたとしても同じだ。

 彼女達は、決してそれを良しとしない。

 それはきっと、奴隷兵を殺すという行為もそうだが、俺にそうして欲しくないからなのだ。


 そして、そんな彼女達に影響されたのか。

 俺も今はそれを躊躇っている。

 

 ――だが分かっている。

 今がそんな状況ではないことくらい。


 殺らなければ殺られる。

 とてもそのような余裕はない。

 だから

 

「構わん。ころ――」


 言おうとして、しかし言葉が詰まった。

 イスリアとアシェイラ。

 二人の悲しむ顔が脳裏をよぎり、言葉を続けられなかったのだ。


 その様子を見て、ラキュアがため息をつく。


「その道は、とても険しいわよぉ?」


 言われなくても分かっている。

 奴隷兵を殺さず、ロンゴの正規兵だけを殺す。

 それは、ただでさえ厳しい戦いにハンデ付きで望むようなものである。


 ――しかしそれでも。

 ――だとしても、俺はこの道を行こう。


 前世の俺とは違う道。

 何者も寄せ付けない、最強へと至った道からは遠ざかる。


 だがそこで、俺は以前手にすることが出来なかったものを手に入れた。

 今ならば言葉に出来る。

 それは信頼であり、それは繋がりであり、それは絆と呼ばれるものだ。


 だから今。

 俺は死の淵に立っていたとしても、決して孤独ではないのだ。


「変わったわねぇ」


 俺の覚悟を感じ、ラキュアが目を細めた。


「成長期だからな」


 ……。


 かくして方針は決まった。

 奴隷兵は殺さない。

 ロンゴ正規兵は殺す。

 ウォレッド・ノブレーはギタギタにしてからめちゃめちゃ殺す。

 以上である。


「相談は終わったか?」


 馬上から、ウォレッドが自信たっぷりな声で言ってきた。


「あぁ! 貴様をどう殺すか決まったぞ!」


 なので相応の答えを返してやる。

 奴はその言葉に動じず、余裕綽々といった風に右手を振り上げた。


 一瞬の静寂。

 ポポスの南に広がる草原を、夏の生ぬるい風が通り過ぎていった。


「全軍進めぇッ!!」


 そうして、ロンゴ帝国と。

 そして、過去の自分と決別する戦いが始まったのである。


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