4話 魔人族はマジぱねぇ
ペンダントの中でお休み中のヴェルティを残し、俺とスー子はさらに森を進んでいた。
ヴェルティの話どおりなら、もう一体のモン娘も深く傷つき弱っている筈である。
それに俺自身の能力も格段に向上しているのだから、この好機を逃す手はない。
出来ることなら魔力の多いモン娘だといいなと、返り討ちにされる可能性など微塵も考えず、半ばスキップしながらモン娘討伐に向かう。
正確な居場所は分からなかったが、少し進んだところで景色が変わった。
木々が薙ぎ倒され、草が踏み荒らされ、戦闘の残滓が色濃く残っているのだ。
「近いぞスー子。気をつけろ」
分かったのか分からんのか、スー子がぷるんと身体を波打たせた。
――直後だった。
強烈な悪寒を感じ、反射的に俺はバックステップ。
その前方。ほんの寸前まで俺の頭があった場所を、太い何かが風を唸らせ通過した。
ツーッと冷や汗が肌を伝う感触。
危なかった。
ほんの少しでも反応が遅ければ、死んでいたかもしれない。
前世での戦闘経験。そしてそれを活かせるだけの俊敏性を手に入れていたからこそ出来た、紙一重の回避である。
眼前には緑色の太い蔓。
俺を攻撃したそれは、伸びきったゴムが戻るようにひゅんっと射出地点へと戻っていった。
その方角を見る。
そして俺はあらゆる意味で驚愕してしまった。
そこにいたのは大きな花。
一枚が3メートルもありそうな大きな花弁。それが5枚で構成される、巨大な食人花であった。
この魔物は本来であれば花弁をだらしなくしな垂れさせており、無警戒な獲物がその上に乗った瞬間パクッと花弁を閉じて閉じ込める習性をもつ。
そうして消化液でジワジワと獲物を溶かすトラップのような魔物なのだ。
だが眼前にいるコイツは決定的に違う。
蔓を伸ばして能動的に攻撃を仕掛けてきたし、なによりも花弁の中央。花柱が立つ部分に、自分が本体だと示すかのように女が立っていたのだ。
緑色の肌なのでそれが人間ではないと分かるが、流れる黒髪も、涼しげな切れ長の目も、一糸纏わぬ肢体も、人間の女性となんら変わるところがない。
ご丁寧に大き目の乳房までついており、まさしく雄しべを誘惑して捕らえる食人花といった様相である。
さて、俺はあらゆる意味で驚愕と言ったが、何に驚愕したのかを説明しよう。
まずこのモン娘。
事前情報と違い、まったくの無傷である。
話が違うぞヴェルティと責めたいのは山々だが、ヴェルティが話したのと別の固体という可能性もわずかに残っている。
ただ前述の通りモン娘というのは珍しい存在なので、その可能性は本当に僅か。
なので、この時点でヴェルティへのお仕置きがほぼ確定した。
そして何よりも驚愕したのは
「魔人様マジぱねぇ……」
ということである。
思わず口に出てしまったが、モン娘が生まれたということは魔人が花の魔物と交配したということに他ならない。
ケモナーまではまぁ許容しよう。
そういう性癖の者がいることは知っていた。
だがこれはない!
花に情欲を抱き、あまつさえ手を出すなど、俺の辞書には不可能しかない。
好色ゆえに英雄力はんぱなかった前世の俺でも、絶対にありえないと断言出来る。
急に催し、そこらの雑草でケツを拭いたとかいう話とは一線を画す恐るべき所業。
畏怖を超えて侮蔑を超えて、俺の中の魔人族評価は宇宙の彼方へすっとんでいった。
「あらぁ? 見蕩れてしまったかしらぁ?」
困惑する俺に花のモン娘が話しかけてくる。
花弁の色に近いピンクの唇を舌で濡らし、絡みつくような声音で。
あ、前言撤回。
これなら俺でもイケそうだ。
「あぁ。ちょっと見蕩れたぞ」
モン娘形態となった今なら、割といけそうだ。
というかよく見たらすげぇ美人だコイツ。
「よろしければお名前を」
なので口説く。
俺は美人には優しい。前世でもそうだった。
そのスタンスは今生でも変えるつもりはないのだ。
俺の言葉に意表を突かれたのか、一瞬驚いてからモン娘はフフフと上品に笑う。
隠すもののないお乳がぷるんぷるん震えて凄まじい破壊力。
スライムが揺れるのとはわけが違う。
「ぴぎぃ!」
スー子が嫉妬した。愛い奴め。
「私はラキュア。アルラウネのモン娘よ」
ほぅ。アルラウネか。
記憶が確かなら、そこそこの魔力を有していた魔物が元になっているな。
これは良い拾い物かもしれない。
なにせ魔力と、素晴らしい二胸が手に入るのだから。
問題は、あれを倒せるかどうかなのだが……。
身構えるこちらをよそに、ラキュアは目を細めて両手を広げる。
「さぁいらっしゃい。抱きしめてあげるわぁ」
おおぅ!?
凄まじい吸引力を感じる!
肌が緑色という点に目を瞑れば、こんな美女でバインバインのお誘い、誰が断れるというのだろうか。
まさに『体が勝手に』という奴だ。
ズルズルと体がラキュアに引き寄せられていく。
というか本当に引き寄せられている!
いつの間にか伸びたツタが、俺の足に絡み付いていやがった!
「危ねぇッ!」
咄嗟に剣でツタを切り払う。
通常のツタよりも大分太かったが、筋力も増強されている今の俺なら難なく切断出来た。
「あら、振られてしまったかしらぁ?」
伸ばしたツタには痛覚がないのか、依然として余裕顔のラキュア。
頬に手をあて「あらあら」と小首を傾げる様も、とてつもなく色っぽい。
「悪いが、俺は責められるよりも責めるほうが好きなんだ」
そう言って剣を構えなおす。
そうだ。
そういうことがしたければ、倒したあとですればいい。
主従関係さえ築いてしまえば、あの二胸は俺の自由なのだ。
俄然闘志が漲ってきた。
「気が合うわねぇ。私も責める方が好きよぉ!」
途端、四方八方からツタの雨が降り注いだ。
ツタといっても先端を尖らせ、猛スピードで飛んでくるそれは槍の刺突となんら変わらない。
右へ左へ。フェイントも織り交ぜながらなんとか避ける。
避けた箇所にはドスドスとツタが突き刺さり大地を穿っていることから、まともに受ければただでは済まないことが分かる。
「ほらほらぁ! 頑張らないと体に穴が開いちゃうわよぉ?」
チッ。楽しんでやがる!
穴に突き刺すのは俺の役目だろうがッ!
避け様に小石を拾い、楽しげな顔を目掛けて投げつけた。
ヒュンと風斬り音を残して飛び立ったそれは、わずかに狙いがそれてラキュアの頬を掠める。
そこから青い血液が滴たり、ラキュアはピンクの唇を三日月に割った。
「捕まえたら、たっぷりお返ししてあげるからねぇ」
だがその拷問宣言の先に、すでに俺はいなかった。
脱兎のごとく逃げ出したのだ。
背中でラキュアの制止を振り切り、一目散に森を走り抜ける。
初めに捕まえたのが猫で良かったと心底思う。
強敵から逃げられるだけの俊敏性を手に入れていなければ、俺の命はもう尽きていただろうから。
小脇に抱えたスー子が「ぴぎぃ」と同意を示してくれた。