40話 地下遺跡
怪我は癒えたが、疲れまでは消えないらしい。
俺は砂の上に腰をおろして休み、一仕事終えた感を出しているスー子を眺めた。
いつからスー子はこんな能力を持っていたのか。
聞いたところで「ぴぎぃ」としか返ってこないだろう。
ひょっとしたら、俺のマイサンは知らぬ間に癒されていたのかもしれないな。
そんなアホな事を考えつつ、昔からの親友を撫で擦ってやった。
と、そこで二人のことも思い出す。
ピュルシとの戦いで、彼女達も酷い怪我を負っていた筈である。
ペンダント内にいればそのうち治るだろうが、早く治せるならそのほうが良い。
そう考え二人を呼び出した。
ポンッと現れた二人は、やはりまだ怪我が癒えていないようだ。
さっそくスー子で回復させてやろうと、ヴェルティの足にぷるんぷるんの体を近づける。
だが
「ぴぎぃ!」
スー子が嫌がった。
ヴェルティの足が臭かったのだろうか?
「そ、そんなことないニャ!!」
猫は必死に否定する。
足の臭い奴に限ってそう言うんだ。
俺はヴェルティを見てため息をつき、残念そうに首を振ってやる。
「本当ニャ……臭くなんてないニャ……」
ぶつぶつ呟くヴェルティを横目に、今度はラキュアへとスー子を近づけた。
だがまたもスー子は嫌がる。
ぴょんと俺の腕を飛び出し、アシェイラのもとへと跳ねて行ってしまったのだ。
「……あらぁ?」
ピクリとラキュアの眉が跳ねた。
これはいけない。
放っておいたら、ラキュアとスー子のぷるんぷるん対決が始まってしまう。
そうなる前にと、俺は急いで二人をペンダントに戻す。
まぁすぐに回復させてやれなくなっただけだ。
半日もすれば、怪我も癒えるだろう。
すると、二人の怪我の状態を見たからだろうか。
「戦闘では、お役に立てず申し訳ございません……」
正座した膝の上にスー子を抱え、アシェイラが言った。
ただでさえ戦闘能力の低い彼女。
いや人並みに強かったとしても、役には立たなかっただろう。
うな垂れるアシェイラに「構わん」と告げ、俺は豊かな胸を一揉みしておいた。
実際、かなり厳しい戦いだった。
ラキュアが捨て身でアイツを止めなければ。
ヴェルティが必死に俺を庇わなければ。
スー子が俺を癒してくれなければ。
そう思えば、紙一重で俺は今生きているのかもしれない。
「あれはなんだったのですか?」
とアシェイラが指差す先にはピュルシの遺体。
顔面を埋没させ、腹には風穴が開いている。
「魔人族だ。本人は中級魔人と言ってたな」
「魔人族……。実在していたのですね……」
やはり彼女も初対面か。
最近立て続けに二人目だ。
実は俺が世間知らずなだけで、意外とポピュラーな存在なのかとも思ったが、そういうわけではなさそうである。
「文献に残る姿とは違うのですね」
ん?
そうなのか?
「帝国図書館に残る古い文献ですが、その姿は人と変わらないという記述だったかと」
国の歴史はグジャ王国よりもロンゴ帝国の方が遥かに古い。
前世の俺は世界中を旅したとはいえ、出生も居城もグジャ王国領である。
あまりロンゴ帝国については詳しくなかった。
「他に何か書いてあったか?」
ならば俺の知らない情報がロンゴの文献に残っている可能性は高いだろう。
それを知れば、奴等の目的も分かるかもしれない。
殺すことに手一杯で、それを聞いている余裕がなかったからな。
冥土の土産くらいねだっておけばよかったか。
それに、ピュルシは自分のことを中級と言っていた。
考えたくはないが、今後上級魔人とご対面してしまうこともありえる。
弱点とはいかないまでも、何か対策方法でもあれば今後役に立つはずだ。
「魔人族に関してですか?
そうですね……。たしか、魔技を使うことや呼び出す方法。
あとは御伽噺の検証とかだったかと思います。
私もそんなに興味を持って調べたわけではないので、申し訳ございませんがそれ以上は……」
御伽噺は俺も聞いたことがある。
魔人族と人が仲良く暮らしていたが、人が約束を破った。
怒った魔人族は人を虐げ始めるが、神様の力で地の底に封じられる。
そんな内容だったはずだ。
「検証というくらいだから、実際にあった出来事なのか調べた奴がいるんだろうな」
「そのようですね」
今度ロンゴ帝国に戻ったら、調べてみてもいいかもしれないな。
「あ、それと。
その魔人族の目的がそれかどうかは分かりませんが、気になるものを見つけました」
「ほう?」
言いながら、アシェイラは東の方角を指差した。
そこはピュルシを発見した位置から、少し北。
なにがあるのかと目を凝らすも、俺の目には何も見えない。
「ここからだと見えないかもしれません。
行ってみますか?」
コクリと頷いた俺は、アシェイラの案内で砂の上を進む。
彼女曰く、そんなに遠くはないらしいので砂海蛇を出すまでもないとのことだ。
その言葉通り、五分もしないうちに俺たちはその場所へと辿り着いていた。
一見見渡しても、ただただ砂ばかりの景色。
だが足元には、確かに異質なものがあった。
「扉か?」
「そのようです。
なにがあるか不明なので開けてはいませんが」
少し砂を被った鉄製の扉が足元に落ちていたのだ。
しかし枠がしっかり固定されていることから、それが落ちているのではなく地面に取り付けられているのだと分かる。
床下収納とかそんな感じだ。
「開けるぞ。少し離れていろ」
アシェイラの言う通り、何があるか分からない。
あのドロリとした空気はなくなっているから、魔人族はいないと思いたいが。
俺は鉄扉の横でしゃがみ、砂を払って引き手金具を持った。
そして観音開きの扉を、引き上げるように力を込める。
――ギギギ。
蝶番に入り込んだ砂のせいで少し開き辛かったが、鍵などはかかっていなかった。
難なく開いた扉の向こうには、漆黒の闇が広がっているのが見える。
地下へと続く階段だ。
「な、なにがありましたか?」
少し離れて様子を覗っていたアシェイラが、覗き込むように訊ねてきた。
それを手で呼び寄せ、顎をしゃくって指し示す。
「それを今から確かめに行く」
……。
地下は予想外に広かった。
だが当然光は届かず、今入ってきた扉が唯一の光源になっている。
つまり、少し奥に行くと真っ暗である。
「痛っ」
後ろから着いてきているアシェイラが、何かにぶつかったようだ。
俺も見えないフリをして、アシェイラの胸に――。
そんなことをしなくても、いつでも揉めるな。
ならば良いか。
「今明かりをつける」
ペンダントを取り出して、ウィル・オー・ウィスプを二体ほど呼び出す。
常に魔力を放っている輝く魔物は、十分に光源としての役割を果たしてくれた。
「ひっ!」
浮かび上がった地下の光景に、アシェイラが息を飲んだ。
真っ直ぐに整備された通路。
その上に、点々と魔物の死骸が転がっていたのだ。
「もう死んでいる。心配はいらん」
死後数時間というところだろうか?
血は乾いているが、肉はまだ腐っていない。
それにこの通路。
両脇には彫像がならび、明かりを灯すための燭台も壁についている。
非常に既視感のある景色だ。
考えるまでもない。
ソボ火山の洞窟と同じ様相である。
「でかしたぞアシェイラ」
血溜まりを避けるように進んでいたアシェイラが、なんのことかと首をかしげた。
「魔人族の目的。恐らくここで間違いない」
進むたびに増える魔物の死骸に、俺はそう確信した。
だが目的地がここだったというだけで、何をしていたのかは依然として不明だ。
ソボ火山の洞窟は崩壊してしまったが、ここならば何か分かるかもしれない。
そう期待しながら、更に先へと足を進めることにした。
……。
やはり地下道の最奥は、開けた空間になっていた。
ソボ火山の洞窟と同じような造り。
ならば造られた目的も、魔人族が来ていた理由も同じだろう。
目を凝らしてみる。
十五メートル四方の空間は、ウィル・オー・ウィスプでは照らしきれていない。
だが少なくとも中央に祭壇があり、その前で何かが倒れているのが見えた。
そこで、ソボ火山を思い出してみる。
確かあの時は似たような空間にヴォフォスがおり、その足元にはモン娘の死骸が転がっていた筈だ。
だとすればあれもモン娘か?
それを確かめようと、俺はその何かに近付いた。
人間の女性の顔。
手足には鋭い爪がついており、背中には尖った背びれが見える。
肩には鱗のような模様も見え、やはり俺の知るどの魔物とも一致しない特徴だ。
しかし、一番の異常はそれらではない。
「彫像……ですか?」
後ろから見ていたアシェイラが、正しくその異常を伝えた。
そう。このモン娘と思われる死骸は全身が石になっており、バラバラに砕かれていたのだ。
だから彼女が、この死骸を彫像だと思うのは正しい反応である。
それでも俺は、これが彫像だとは思っていない。
それを確かめるために、俺は石になったモン娘の胸部分を拾いあげ指で弾いた。
「えぁ!? り、リク様? いくら胸がお好きだとはいえ、彫像の胸にまで発情なさるのですか?」
「黙って見てろ」
素っ頓狂な声をあげたアシェイラを諌め、俺は作業を続ける。
モン娘の胸は、質感は不明だが見たところ皮のような素材で出来たトップスを着ている。
それを指で弾いて、丁寧に剥がしていくのだ。
すると、ところどころ胸まで欠けてしまったが、はっきりと分かる突起物。
乳首が露出した。
残念なことに、そこももちろん石であるが。
「分かるかアシェイラ?」
「エッチなことですか?」
……まぁいい。
ピンときていない彼女に、仕方なく俺は説明してやる。
「彫像は石を削って作る。だから服を捲った下に、乳首まで彫ることは出来ん」
ようやくアシェイラは「なるほど!」と感嘆の声をあげた。
しかし直後に首を傾げる。
「では、これは一体……?」
「モン娘だろう。元がなんの魔物かは分からんがな」
「ではなぜ石になって砕かれているのですか?」
自然にこうなったとは考えられない。
だが俺が知る限り、あの魔人族は敵を石に変えるような能力は持っていなかった筈だ。
ならば、と。
俺はウィル・オー・ウィスプの光が届かぬ、空間の片隅に向き直った。
先ほどから気配がある。
攻撃してくる様子はないので放っておいたが、そこになにかいるのだ。
「これはお前の仕業か?」
問うと、闇の中で紅い双眸が輝いた。




