31話 グジャ軍対魔物使い
「殺せッ!!」
怒号一閃。
背後の兵達が油断なく俺を取り囲んだ。
ポポスでの俺の活躍を見た者、聞いた者も多いのだろう。
子供と侮らず、十分な警戒をしていることが見て取れる。
足元が不十分だけどな。
囲みが完成するのを見計らい、俺は手の平をクンッと上へ傾けた。
それを合図に周囲の地形が一瞬陥没し、次の瞬間には噴水のように二本の砂柱が立ち昇る。
「き、気をつけろっ! 砂海蛇だ!!」
バランスを崩し、あるいは砂柱と一緒に打ち上げられて降ってくる兵士達。
そこに容赦なく、砂海蛇の巨大な顎が襲いかかった。
俺を乗せていたものも合わせて合計三匹。
巨体をうねらせ、その大口でグジャ軍の兵士達を飲み込んでいく。
「五人一組であたれ! はぐれた奴から食われるぞっ!」
指揮官の声に兵達が陣形を立て直す。
五人で攻撃を受け止め、他の五人が動きを封じ、更に五人が攻撃する。
魔物では出来ない連携。
これが人間の強みだ。
普通ならば、であるが。
俺もすかさず砂海蛇達に指示を下す。
すると、命令通り一匹が攻撃を仕掛け、先ほど同様五人組みに防がれた。
そこに、動きを封じるために違う五人組が横槍を入れようとする。
だがそちらが本命だ。
残った二匹の砂海蛇に、その五人組を襲い掛からせるのである。
思わぬ強襲に、訓練してきた魔物対策の連携はあっけなく崩れた。
まさか魔物が連携するとは思っていなかった兵士達。
陣形が崩されると、どうしていいか分からず各々で交戦し始める。
しかしそんなものは、巨大な砂海蛇にとっては餌場でしかない。
次々に、大きな顎の内へと飲み込まれていく。
あっけないな。
そう思ったのも束の間、今度は後方部隊から一斉に矢が飛んできた。
砂海蛇には当然、俺のもとへも飛来する無数の矢雨。
避ける隙間はなさそうだ。
「ラキュア」
「はぁい」
幾重にも編みこまれたツタの壁が、即座に俺とラキュアの前に出現した。
ズダダダダと打ち込まれる矢は、しかし一本たりともその壁を突破出来ない。
だがその巨体ゆえに、ツタの壁は砂海蛇を守りきれなかった。
結果一匹は重傷、もう二匹も傷を負わせられてしまう。
動けなくなった砂海蛇に兵士達が殺到し、次々に剣や槍を突き刺す。
二匹は下がらせてペンダントに収納出来たが、一匹討ち取られてしまった。
「ちッ! やはり対軍は面倒だな」
次の砂海蛇を警戒してか、グジャ軍は盾を構えた横陣。
前列が攻撃を防ぎ、後列からまた弓矢を放つつもりなのだろう。
ならばこちらもと、俺はウィル・オー・ウィスプをダース単位で展開。
ツタの壁が取り払われると同時、炎弾魔法を一斉射させた。
遠距離からの魔法攻撃は想定していなかったのか。
なすすべもなくグジャ軍の前列は焼き払われる。
それを見て、俺は更にウィル・オー・ウィスプを展開。
前列と後列に分けて、炎弾魔法を交互に撃ち込ませることにした。
魔物といえども連続で魔法を放つことは出来ない。
前列と後列に分けることで、そのタイムラグをなくそうという作戦である。
休む間もなく襲いくる炎の塊に、グジャ軍の数がみるみる減っていく。
だが次の瞬間、今度は後列から矢ではなく風が吹いた。
突風だ。
後方に控えていた魔術隊の仕業なのだろう。
炎を巻き上げ、そればかりか押し返してくる。
「ちっ!」
俺はすぐさまウィル・オー・ウィスプ隊をペンダントに収容した。
魔法は得意だが体力も防御力もない彼等。
攻撃を喰らってしまえば、そのほとんどが討たれてしまう。
俺の魔力を下支えする貴重な彼等を、目減りさせるわけにはいかないのだ。
全てを収容し終えた直後。
眼前まで迫っていた炎が、壁となって視界を塞ぐ。
隣にいたラキュアが苦悶の表情を浮かべているのが見えた。
熱は彼女の弱点である。
仕方なくラキュアもペンダントに収容。
僅かな時間だが、ペンダントの中で体力を回復させることにする。
目の前には炎の壁。
邪魔だと言わんばかりに、俺は足を振り上げ思いっきり地面を踏みつけた。
途端、半径十メートルほどが陥没し、大量の砂を舞い上げる。
そして同時に発生した突風が、狙い通りに炎を掻き消していた。
「化け物めッ!!」
一瞬。
舞い上がって俺の視界を覆っていた砂の壁。
それが舞い落ちると同時に、壁の向こうからグジャ軍が剣を振り上げ殺到してきていた。
恐怖を打ち消すためだろう。
雄叫びをあげて俺に襲い掛かってくる。
「ヴェルティ!」
呼び出した瞬間、猫は目にも止まらぬ速度で兵士達の中へと駆けていく。
上下ともに黒で統一した服装は、人混みの中で迷彩効果を十全に発揮しているようだ。
突如切り裂かれ、血を噴き出して倒れていく兵士達。
だが何が起きているのか目で追いきれない。
ただ仲間が切り裂かれていく。
ただ仲間が死んでいく。
その状況にパニックを起こし、グジャ軍は恐慌状態に陥っていた。
そこに追い討ちとばかりに、再びラキュアを呼び出す。
炎を掻き消した今、対複数で効果的な彼女を遊ばせておく理由はない。
「いけるか?」
とはいえ、先程までで多少の傷を負っているラキュア。
そう簡単にはやられないだろうという信頼はあるが、一応確認しておく。
「嬉しいわぁ。心配してくれるのねぇ?」
「俺の力が減るからな」
大丈夫そうだ。
適当に流し、俺も乱戦に加わるべく地面をしっかり足で捕らえた。
グッと踏み込み、余すところなく力を推進力へと変えた身体が矢のように飛び出す。
余りの速度に、最前列の兵士がビクッと怯んだのが見えた。
慌てて剣を構え直しているが遅い!
兵士の目前まで迫った俺は、思い切りその胴体を蹴り飛ばしてやる。
体をくの字に曲げて吹き飛んだ兵は、後ろにいた兵士達ごと巻き込んで爆ぜた。
だが俺の着地を待っていたのか、直後に俺を穿とうと何本もの槍が突き出される。
躱しきれるものではないので、運悪く俺の右側にいた兵士の一人を引き寄せて盾にする。
ドスドスっと突き刺されて絶命する兵士を槍ごと蹴り上げ、今度は身を屈めて集団の中へと突進。
同士討ちになることを恐れて動けない奴等を、投げ飛ばし、殴り貫き、蹴り殺す。
「な、なんなんだよコイツは!?」
返り血で真っ赤に濡れた俺を囲むが、兵士達の顔には悲壮感しかなかった。
そこに怒号が響きわたる。
「どけぇッ!」
その声に呼応し、ザザッと囲みの一角が開かれた。
人の海を割り進むのは、巨大な氷柱。
この戦いの最中、ずっと魔術隊が練り上げていた必殺の魔法である。
砂漠の熱すら凍らせるほどの冷気を放ち、直径三メートルはありそうな氷の塊が真っ直ぐに俺へと放たれた。
グジャ軍の希望を乗せた凶氷。
それが俺へと着弾し、そして――。
「あ……」
砕け散った。
突き出された俺の拳であっけなく。いとも容易く砕け散ったのだ。
今見たものが信じられない。
悪夢としか思えない光景を目の当たりにし、ついに兵士達の動きが止まった。
「まだやるか?」
一通り暴れまわって戻って来たヴェルティが、血のついた爪をペロリと舐める。
無数のツタで散々に兵士達を突き穿っていたラキュアが、口を三日月に割る。
その中心。
二人の美女に挟まれて、返り血を浴びた美少年である俺は不敵に笑った。
刹那の静寂。
先程まであがっていた鬨の声が嘘のように、戦場は静まり返っていた。
「う……うわぁぁぁぁっ!!」
直後、人垣が崩れ始め、我先にと兵士達が逃げ始めた。
武器を捨て、兜を投げ、思い思いの方向に走り出す。
「あ、おい! 待て!」
制止を振り切り、三、四百は残っているであろう兵士達が一斉に走り出したのだ。
悲鳴をあげ、砂埃を巻き上げ、全てを捨てて逃げていく。
「くそっ!」
銀髪の行方を知っているかも知れない人物。
俺は将と思われるあの大男を探す。
だが人混みが邪魔だ。
隊列もなしておらず、どこにいるのか検討もつかない。
「ヴェルティ!」
すぐさま猫にも探させる。
そこにラキュアも加わって邪魔な者を排除しつつ大男を探すが
「……くそっ!」
結局見つけ出すことは出来なかった。
散り散りになった兵士達の姿が、360度全方位で遠ざかっていく。
ここから虱潰しで見つけ出すことは、もはや不可能であった。
あの銀髪とこの俺は、ほとほと相性が悪いらしい。
こんなにも会いたいと震えているのに、目前でいつも煙のように消えてしまうのだから……。
「ふぅ……」
長い息を吐き出し、周りを見渡せば死屍累々。
たっぷりと血を吸った砂が、赤黒く変色しているのが見えた。
こちらの被害は砂海蛇が一匹だけ。
ラキュアも多少傷を負ったようだが、重傷ではない。
つまりあの程度の数ならば、軍を相手にしても十分戦えるということだ。
……。
あの程度の数。
グジャ王国を守っているのが、あの程度なわけはないよな。
国を落とすのは尚早か。
せめて魔法が使えれば良いのだが……。
えぇい!
ないものねだりをしても始まらん!
あるべきものを高め、使いこなせば良いのだ。
今の戦いでは、ある程度魔物も有効に使えたしな。
「どうするニャ?」
待ち飽きたヴェルティが訊ねてきた。
ラキュアも、用がないならペンダントに入れてくれと太陽を睨んでいる。
敗走したグジャ軍がグジャ王国領まで逃げ込むには、スジャルカを通る可能性が高い。
先の奴等のようにすでに逃げ切った部隊も多いだろうが、ひょっとしたら銀髪が殿を務めている可能性もある。
手がかりがない現状では他に妙案もないので、仕方なく俺はスジャルカへ戻ることに決めたのだった。




