29話 ボルデド商工組合
ラキュアに目で問いかける。
いったいどういうことなのか。
なぜうちのバキャットは、額にリーン四精教の証である木札を擦り付けてトリップしているのかと。
「散策していたら勧誘されちゃってぇ」
されちゃってぇ、じゃないだろ。止めろよ。
しかし、勧誘されて言われるがままに洗脳されていくヴェルティ。
それを隣でニヤニヤ見ているラキュアの姿は、簡単に想像出来てしまう。
まぁ良いか。
体が繋がることでペンダントの能力が解放されるという可能性。
それを確かめるために、俺は今夜ヴェルティを抱くつもりだ。
そうなれば、彼女を俺教に改宗させることなど簡単である。
古来より男根を模したご神体というのは多い。
明日の朝には、この猫も俺のマイサンを神と崇め奉っていることだろう。
となれば、決戦の前に腹ごしらえだ。
そう思い、二人を連れて食事に行くことにした。
道中でヴェルティが『一緒に四精霊様を探すニャ』だの『この世界は四精霊様に守られているニャ』だのと煩いので、ペンダントにぶち込んだ。
飯抜きの刑である。
精霊様とやらにご馳走してもらうんだな。
そんなこんなで酒場に到着。
夜は酒場、昼は食事を提供している店というのは当たりが多い。
これは冒険者時代に学んだ経験である。
木製のスイングドアを押し開き店内に入ると、昼から酒を呷る商人の集団が目に入った。
なにやら上機嫌なところを見ると、大きな商談でもまとまったのか。
良いご身分である。
無視して空いている席に座ると、そばかすがチャーミングなウェイトレスが注文を取りに来た。
「ご注文はお決まりですか?」
「なにかおすすめはあるか?」
「今日は砂海蛇がおすすめですね。あとは今朝採れた地野菜かな」
蛇はここに着くまでに食い飽きている。
なので野菜ソテーと、メインに豚の腸詰を注文することにした。
と、注文を終えたのを見計らってか、商人の集団の中から一人の男がこちらに近寄ってきた。
痩身で赤ら顔の男は、値踏みをするようにラキュアを見ながら俺に話しかけてくる。
「お坊ちゃん。珍しいものをお連れですね。モンスター娘ですか?」
視線が不愉快だったのだろう。
ラキュアが目で『殺してもいいかしらぁ? いいわよねぇ?』と訴えてきている。
テーブルの下で彼女の足を蹴飛ばしてそれを制し、俺は商人の胸元を見た。
そこには『ボルデド商工組合』の会員であることを示す徽章。
どの国にも属さず、大陸中に根を張っている商人達の組み合いである。
元は国家や大商家に潰されないようにと中小の商人達が手を組んだことが始まりだが、今では大国と渡り合うだけの力を持っていると以前父から教わった。
俺の前世から存在していたはずだが、その頃にはそこまでの発言力はなかったように思う。
ここ数年で一気に大きくなったのだろう。
「躾も行き届いているようですし、良いお値段で買わせていただきますよ」
下手に出ているような言い方だが『売るよな?』という強気な態度が透けてみえる。
「そういやロンゴ領では人身売買も合法だったか。モン娘も盛んに売買されているのか?」
珍しいと言っていたので可能性は低そうだが、売っているなら買い求めたい。
そう思い聞いてみた。
隣に座るラキュアの視線が『売買よりもバイバイしていいかしらぁ?』と言っている。
お茶目なやつめ。黙ってろ。
「市場に出ることはございませんね。御しきれるものがほとんどおりませんから。その点人間は楽でいいですよ」
イスリア辺りなら憤慨しそうな台詞であるが、商売として成り立っている以上そこには需要があるということだ。
売られる人間には戦災孤児だったり、家が貧しかったりと色々事情があるのだろうが、一言でひっくるめれば弱かったからに他ならない。
なので俺は同情する気にはならないし、それを悪だとも思わない。
所詮この世は弱肉強食である。
「で、おいくらくらいがご希望でしょう?」
俺が売ることを前提に進めているのは腹立たしいがな。
見せ付けるように、俺はグイッと隣のラキュアを抱き寄せた。
「コイツは上から下まで全部俺の所有物なんでな。いくら金を積まれても売る気はない」
奥で成り行きを見守っていた商人達から「お熱いね!」とか「若ぇのにやるなぁ」とか囃し立てる声が聞こえた。
隣のラキュアも「あらあらぁ」と、まんざらでもない様子である。
「代わりと言ってはなんだが、良い女が居れば買うぞ。とくにばいんばいんのな」
ただ断るだけでは目の前の商人の面子が潰れてしまう。
商工組合を敵に回すと色々面倒なので、とりあえず買う気がなくても商談を続ける。
そうすることで俺は恨みを買うことを避けるのだ。
別にエロ目的ではない。
人間の女もそろそろ抱きたいとかいう欲望が漏れ出たわけではない。
なので隣からツタで脇腹を刺すのは止めていただきたい。
「それは期が悪うございました。丁度今、人間の奴隷は全て売り払った後でして」
売れる時に売る物がないというのは商人にとって痛手なのだろう。
深くため息をつきながら、男は残念そうに言った。
「全て、か。なら大分儲かったんじゃないか?」
「そりゃあもう! まぁ何人生き残るか分かりませんけど」
ここにいる商人達が上機嫌なのはそういうことか。
皆奴隷を売り捌いてきたのだろう。
どいつもこいつも羽振りが良さそうである。
しかしそれだけ大口の顧客。
そして「何人生き残るか」という言葉。
「相手は国か」
一つの推論が組みあがっていた。
それを確かめるためにカマをかけたが、さすがは商人。
引っかかりはせずに、目配せをしてきている。
仕方ないので、俺は黙って5,000ボルンほどを手に握らせる。
「お若いのにご聡明ですな」
それを懐に仕舞いながら、商人はにこやかに笑った。
鼻をピクつかせた下品な笑みだが。
「グジャ軍が攻め込んで来てましてね。帝国軍の増援を待つまでに、人壁が必要とのことでした」
やはりそういうことか。
この国は、伝統的に奴隷を前線に出した戦い方をする。
人海戦術といえば聞こえはいいが、その実はただの使い捨てだ。
「で、グジャ軍はどうした?」
「さて。そこまでは……。ですが、恐らく攻めきれずに逃げ帰ってくることでしょう。もっともこの町から追撃隊も出てますので、逃げ切れるかどうかは分かりませんが」
予想通りの情報に、俺は手を振って商人に礼を述べる。
「どうぞご贔屓に」
そんな言葉を残して集団に戻る商人を横目に、俺は考えていた。
何を逸っていたのかは知らないが、やはりグジャ軍はスジャルカを無視して砂漠を超え、ダルパまで攻め込んだのだ。
勝算はあったのだろう。
ロンゴの本国から増援が来る前に、ダルパを落とし切れるという勝算が。
だが運悪く、商人の集団が多くの奴隷をロンゴに供給した後だった。
それに手を焼いている間に増援が到着してしまい、さらに背後をスジャルカから出ている追撃隊に襲われる。
どれだけの兵で攻め込んだかは分からんが、大打撃を被ることは間違いないだろう。
運ばれてきた腸詰を啄ばむ。
美味い。
やはりこの店は当たりだった。
ラキュアも美味そうに野菜ソテーを食べているが、あれは共食いにならないのだろうか?
そんなどうでもいい事を考えてから、思考を戻す。
銀髪がその行軍に参加している可能性は高い。
奴らはポポス防衛に失敗した後、ソボ火山帯を東回りではなく西回りで直接ロンゴ領へと向かい、ダブランを通過した軍と合流したのだろう。
アイツが死ぬのは嬉しいが、出来ることなら俺の手で殺したい。
広大なベフェリト砂漠で遭遇出来るかは難しいが……。
食事を終えた俺達は宿に戻り、二人とスー子に今後の予定を説明した。
明日、砂漠へ突入すると。
そして運良く銀髪を発見出来たら、俺の手で殺す。
もし発見出来なければ取って返し、追撃するであろうロンゴ軍とともにグジャ国に攻め込んでみてもいいかもしれない。
まぁそのあたりは、どの程度グジャ軍が疲弊しているかによるな。
対軍の方法はまだ模索中なのだから。
一通り話し終え、俺はラキュアだけをペンダントに戻した。
そして立ち上がり、ヴェルティを見下ろす。
「お祈りは済ませたかヴェルティよ」
「そんなことよりお腹がすいたニャ」
どうやら精霊様は空腹は満たしてくれなかったらしい。
奴の信仰心は早くも揺らいでいる。
ならば、ここで俺が腹を満たしてやろうではないか!
何で?
ナニで!
「さぁヴェルティ! ミサの時間だ!」
どうみてもサバトだった。




