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26話 初夜

 淀みなく宿屋の勝手口に案内するイスリア。

 ひょっとしたらここの常連なのかもしれないな。

 掴まれた手の柔らかさと温もりを堪能する間もなく、俺達は部屋へと戻ってきていた。


「ふぅ~」


 長い息を吐き出し、イスリアが腰を下ろす。

 銀色の胸当てを外すと、ふわっと濃厚な汗の匂いがした。


「風呂にでも入ったらどうだ?」

「あ、ごめん。臭かった?」


 臭いなんてことはありえない。

 むしろ俺の男を刺激する、実に情欲をそそる芳しさである。

 なんなら胸いっぱいに吸い込みたいくらいだ。


「言われてみれば確かにびっしょりね。そうしようかしら」

「一緒に入るか?」

「狭いから一人で入るわ。この時間だと大浴場は閉まっているしね」


 やはりずれている。

 まるで広ければ一緒に入ることも厭わないと、そうとれる発言だ。

 誰にでも股を開くような女には見えないから、やはり性的な知識が欠如しているのだろう。

 その学問は俺の得意分野だ。

 いつか実地で教えてやらねばな。


 もちろんイスリアの今後を心配してのことだ。

 やましい気持ちなどないぞ。


「さてと」


 俺は立ち上がる。


「疲れているだろう? 今日はそのまま寝るといい」


 ん~、と伸びをしたイスリアを見ながら言う。

 汗で湿ったアンダーウェアがぴったりと張り付き、胸の形を浮かび上がらせていてエロい。

 このままここに留まれば、俺は俺の俺を制御出来なくなるだろう。

 精神的にも肉体的にも疲れている彼女に無理をさせるのは、さすがに憚られる。

 今日のところは解散と、俺は部屋をあとにする意思を示した。


「リク。今日は色々と本当にありがとう」


 部屋を出て行きかけた俺の背中に、イスリアの優しい声が届いた。


「いつでも頼れ。俺はお前のためなら労を惜しまないぞ」


 振り返り告げると、彼女はモジモジして髪をくるくる弄び始めた。


 お?

 落ちたか?

 ほんのり桜色に染まった頬から、恋する乙女の気配が伝わる。


「それって……リクは私の事……」


 そう、そうだ!

 俺はお前に惚れているんだぞ!


 例え性知識がなくとも、恋愛感情くらいは知っているだろ?

 さぁ、聞いてくるがよい。

『リクは私のことが好きなの?』と。

 そうしたらすぐさま抱きしめ、耳元でたっぷりと愛を囁いてやろう。


「私の事、お友達だと思ってくれてると思っていいの?」

「馬鹿かッ!」


 思わず声を荒げてしまい、イスリアが泣きそうな顔をしている。


「そ、そうよね……ごめんなさい。私ったらずうずうしいわ……」

「いやいやそうじゃない! そんなこととっくだろ!?」


 涙声の彼女に慌てて弁明する。

「え?」と、いまいち分かっていないイスリアには、ちゃんと言葉にしなければ伝わらないようだ。


「友達なんて当たり前で、もっと先の関係になっているだろ」

「そ、それってもしかして……マブダチ?」


 ……。


「ま、まぁそんな感じだ」


 いったい彼女の両親は何を教えているのか。

 家庭訪問して教育方針について話し合う必要がありそうだ。

 ついでにラキュアの家にも家庭訪問して、あの紫色にお返しもしてやろう。


 しかし両手を胸に当てて喜ぶ彼女を見ると、もう何も言えなかった。

 顔をほころばせて、コクコクと噛み締めるように頷くイスリアに、こちらの胸も温かくなる。


 今はこれでいいか。


 ガラにもなくそんなことを思い、俺は「おやすみ」と告げて部屋を出る。

 後ろから聞こえた「おやすみ」は、とても俺の心を安らがせてくれた。






 まだ若干おしっこ臭い部屋に戻ると、俺はすぐさまラキュアとヴェルティを呼び出した。

 当然、あの魔人族のことを聞くためだ。

 彼女達もそれを予期していたのだろう。

 出てくるや否や背筋を正して座る姿は、いつもの態度からはかけ離れていた。


「知っていることを話せ。あれはお前の父親なのだろ?」

「そうニャ」


 ラキュアに聞いたのだが、なぜかヴェルティが答えた。

 しかも肯定。

 あの魔人族は植物だけでは飽き足らず、猫にも情欲をぶつけたのか。

 なかなかにハイスペックな男だ。


「そうじゃないわぁ」


 だがラキュアは否定する。


「私達モン娘にとって、魔人族は全てが父親なのよぉ」


 全てが父親?

 一般的な父親という意味ではなく、親種という意味になるのか?


「合ってるような合ってないような微妙なところニャ」

「そうねぇ。……私達は、生まれた時から魔人族全てを親として敬うように定められている……というのが一番分かりやすいかしらぁ」


 それは親というより神というほうが近いのではないか?

 父なる魔人族様よ……と、そんな感じかもしれない。


「だから逆らうことは出来ないニャ……」


 二人とも動けなかったのはそういうことか。


「それはお前達の意志よりも、ペンダントの効力よりも、更に上なのか?」

「……」


 ヴェルティは小首を傾げて考え込み、ラキュアは目を伏せた。

 しかし、やがて意を決したようにラキュアの瞳が開かれる。

 こちらを見る視線には、いささかも不純物が含まれていない真っ直ぐな意志だけがあった。


「リク。私を抱く気はある?」

「ニャ!?」


 いつものように間延びしない喋り方に、真剣さを感じる。

 色気すらない、まるで契約を求めるような誘いだ。


「それとも、やっぱりモンスター娘なんか抱きたくはない?」


 珍しくラキュアの瞳に不安の影がさす。

 これがいつもの調子で言われた言葉であったなら、俺は罠を警戒しただろう。

 だが今目の前にいる彼女は、純粋な覚悟を秘めた一人の女だ。

 少なくとも俺にはそうとしか見えない。


 しかし理由が分からない。

 なぜラキュアは急にそんなことを言い出したのだろうか。


 洞窟内で彼女を庇ったからか?

 それとも魔人族に対して思うところでもあったのか?


 分からないが、しかし分かることもある。

 彼女は本気だし、マイサンはすでに第一種戦闘態勢に移行しているということだ。


 なので俺は答える代わりにラキュアを抱きかかえ、そっと布団に寝かせた。


「戦闘の後で昂ぶっている。優しくは出来ないぞ」


 覆いかぶさり囁くと、うっとりとした視線が返ってくる。


「全て受け止めるわ。……きて」


 言葉とは裏腹に、まるで生娘を相手にするかのように俺は優しく口付ける。

 ペンダントにしまい忘れた猫が「ニャーッ!!」と悶えながら手で顔を覆っているが、俺の視界には入らない。


 軽く合わせるだけの口付けは、やがて貪りあうような情熱的なものに変わった。

 ラキュアが操るツタ同様に、その舌がうねるように自在に絡み合う。


 すぐに頭がボーッとしてきたが、一度唇を離した。

 二人の間で、細く銀色の糸が伸びる。


「いくぞ」


 少女のような可愛らしさと、娼婦のような妖艶さを混ぜ合わせた笑みで、ラキュアが頷いた。

 そうして俺は、この体で初めて女を知ったのだった。


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