1話 12歳は巣立ちに丁度良い
ここから本編です!
目を開けた時に見えた男女は夫婦で、どうやら俺の両親らしかった。
俺の魂を宿した赤子を嬉しそうに抱き上げる姿に、本当に転生させられてしまったことを認めざるを得ない。
ゆくゆくは世界の覇者になる息子を持つ両親をマジマジと観察する。
共に美形であるのは朗報だ。
仮に不細工な両親であったなら、自分の行く末を想像して絶望に打ちひしがれていたことだろう。
しかしそれ以外は絶望的だった。
まず魔力。
自分の中にどれだけ魔力を蓄えられるか調べてみたところ、猫の額ほどしか魔力貯蔵庫がないことが分かった。
もっともこれは修行などの方法で成長は出来るので、むしろ問題は魔力の質のほうである。
ついでにここで魔力とはなんなのか少し説明しておこう。
魔力とは魔法を行使するために必要な力で、魔力量と魔力質の二つを合わせたものを言う。
簡単に説明すると、初級魔法である火球を出すのに必要な魔力は10。
魔力質が基準値の100である場合、必要な魔力量が10であるという意味になる。
仮に魔力質が500という高値の場合、必要な魔力量は2で済むし、魔力量が少なく済めば発動までにかかる時間も短い。
逆に魔力質が50という低値の場合、必要な魔力量は20になり、準じて発動までの時間も倍になる。
そしてこの身体の魔力質は10しかなかったのだ。
こればっかりは生まれもった才能であり、どう鍛錬しても上がらないのでどうしようもない。
あまりの不遇に「おぎゃー」と泣いてやる。
精一杯あやすがいい。
次に筋力。
現時点では生まれたてなので無いに等しいが、将来的にどの程度成長する見込みがあるのかを、自身の筋繊維達に問いかけてみた。
結果、彼等にはまったくやる気がないことが分かった。
筋肉というのは使えば筋繊維が切れ、次は切れぬようにとより強靭になって回復するものである。
そうして破壊と超再生を繰り返すことで逞しく成長していくのだが、この身体の筋繊維達はダメだ。
その日暮らし。現状維持。
筋繊維が切れれば回復はしてやるが、切れたら回復すればいいんだから強靭にする必要なくね? と、こういう訳である。
まったくもってふざけた身体だと、俺はもう一つ「おぎゃー」と泣いた。
それを見て「元気な子ね。きっと丈夫に逞しく育つわ」と母が言っている。
そうはならないという結論がもう出ているんだ。
すまないな母よ。
それでも俺は諦めない。
生まれてこのかた……あぁ、今は生まれて間もなかったな。
前世では欲しいものは全て手に入れ、諦めるなどということは露ほども考えたことがないのだ。
だから諦めない。
絶対にあの女、イスリアとグジャ王国はぶち殺す!
――そうして、あの屈辱に塗れた夜から十二年の歳月が流れた。
オシメを換えられ、オネショを怒られ、嫌いな野菜を無理やり食わされ……。
あの夜以上の屈辱に塗れた十二年を過ごし、リクと名付けられた俺はほどほどに成長を遂げていた。
名前は以前のリキュラスと語感が少し似ているので気に入っているし、容姿もしっかりと両親の良いところを受け継げたようで、美少年に育つことが出来た。
ただ魔力は量、質、ともに最底辺だし、筋力も予想通り同年代と比べて並以下。
虚弱体質といっても過言ではない俺だが、十二歳の誕生日を迎えたので旅へ出ると宣言した。
むろん両親は慌てて止めようと試みる。
「無茶よリク。貴方は他の子よりも弱いのだから」
母が無遠慮に俺の心を抉る。
かつて最強と謳われ、恐れられた俺になんということを言うのだろう。
「そうだぞリク。この村でのんびり暮らせばいいじゃないか」
父が怠惰へ誘う。
そんなんだから筋力も魔力もない子供が出来るんだろうが。俺に謝れ。
しかし十二年の歳月を共に暮らした両親には愛情も湧いていたし、感謝もしている。
だから心配をかけないように、笑顔で旅立ちの意気込みを語った。
「父よ。母よ。大丈夫だ。俺は必ず世界を制するさ。なにせ俺は世界最強なんだからな」
感動の余りだろうか。
両親は肩を抱き合いおいおいと泣いている。
「あぁ、また誇大妄想に取り憑かれてしまって! 可哀相なリク!」
おいやめろ。
「筋力や魔力は仕方ないが、頭だけは大丈夫だと思っていたのに!」
息子の頭が痛いみたいに言うな。
ちょっと傷つくだろうが。
まぁ今の実力ではそう思われても仕方ないので、俺は笑顔を崩さない。
若干頬が引き攣る程度は勘弁してくれ。
そんな俺を慰めるかのように、相棒が足元に擦り寄ってきた。
「ぴぎぃ」
でっかい半透明の水滴。
目も口もないただの水の塊に見えるそれは、俺の唯一の友達であるスライムのスー子だ。
六年前に偶然出会い、以降は俺の修行相手兼友達として側にいる。
別に他の子供が「あの子は頭が痛いから近寄っちゃいけません」と親に言われて近付いて来なかったから、スライムで寂しさを紛らわせていたとかじゃないぞ。
本当だぞ?
ちなみに「スー子」というのは俺が名付けた。
スライムの性別なんて知らないが、どうせ側に置くなら男だと思うより女だと思っていたほうが良いに決まってるからな。
ともあれ、十二歳になった俺とスライムのスー子は、平和で長閑な田舎町に別れを告げることになった。
なぜ十二歳なのかというと、十二歳にならないと出来ないこと、許可されないことが多すぎるからだ。
大人として認められるのは十五歳からだが、前段階として十二歳から色々解禁されるのである。
「ではそろそろ行くことにする。父よ。母よ。達者でな」
町の入り口。
木のアーチで「ここが入り口だよ」と伝えるだけの防衛意識の欠片もない場所まで、両親は見送りに来てくれていた。
本当は引き止めるか、もしくは着いて来たいとのことだったのだが、俺の意思は固い。
引き止めることなど出来はしないのだ。
また、着いてくるという案も、どうやら母が弟か妹を身篭ったらしいので叶わなかった。
実に良いタイミングだ。出来ることなら妹が良いなと俺は思う。
この両親から生まれるならば、絶対に可愛い娘に育つのだろうから。
例え筋力も魔力も最低値だとしてもな。
なおも心配そうな両親の声を背に、俺はついに最強への道を歩みだす。
隣にはぽよんぽよんと跳ねるように進むスー子。
地平の彼方まで続いているかのような真っ直ぐな街道を進むのだ。
最初に目指すのは、ここから徒歩で五日ほど北へ進んだ場所にある『魔性の森』
そこに世界最強になれるアイテムが隠してあることを、俺は知っているのだ。
「ちゃんと野菜も食べるのよ~!!」
「寝る前はオネショしないように水を飲むなよ~!!」
両親の声は、すでに遥か後方になっていた。