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プロローグ

 美しい女達が、その身体を使って俺の身体を清めている時も。

 各国、各街から特産品だけを集めた豪勢な食事に舌鼓を打っている時も。

 その日選ばれた幸運な女性に、ベッドの上で嬌声を奏でさせている時も。


 この俺。リキュラス・バルド・ローシェスの周りは、常に絶対防御障壁が展開されている。


 『人類史最強』

 『世界は彼の玩具(おもちゃ)箱』

 『舌打ちだけで国を滅ぼす男』


 様々な異名、二つ名、伝説をもって羨望と嫉妬と、時に憤怒で称えられる俺を殺そうと企む者は少なくないのだから当然だ。

 俺が敵と認識したあらゆる者の攻撃を、いとも容易く防ぎきる魔術防壁。

 常時多大な魔力を必要とする大喰らいなので、魔力のリジェネ技能を有し、回復し続けられる俺じゃなければ使いこなすことの出来ない魔法である。


 もっともこの防壁が活躍するところをここ数年見ていない。

 なにせ見敵必殺。否。未見敵必殺の俺は、敵と認識した相手が視界に入る前に殺してしまうのだから。


 にも関わらず、未だに俺を殺そうとする身の程知らずは後を絶たない。

 敵は多くとも敵になる(・・・・)者は唯の一人として存在しないというのに、この世は馬鹿が多すぎる。


 そして今宵。また馬鹿が一人やってきた。


 普段なら俺の下に辿りつく前に遠隔魔法でぷちゅんなんだが、今日は特別に目の前まで招き入れてやる。

 薄っぺらい胸は減点要素だが、引き締まった腰と尻。鋭い目つきが、珍しい銀髪の隙間から覗く姿は実にミステリアスで美しい。


 要約すると、美人だから生で見たかった。


 仕方ない。

 どれだけ女達に囲まれていようとも、まだ見ぬ美女には興味が沸くものだ。

 それに昔から言うだろ?

『英雄色を好む』ってな。

 色を好みすぎる俺は、どんだけ英雄だって話よ。


 実に論理的な思考で自分の英雄力を再確認していたら、件の美女はいつのまにか目の前まで来ていた。

 銀髪に合わせた白系の服装は、高級レッドカーペットの上でとてもよく映える。

 周りを囲む伝説級の武器防具調度品。それらに負けない存在感で、女が言った。


「お会い出来て光栄ね。英雄気取りの糞野郎」


 気取りではなく英雄だという結論が先ほど出たばかりなので、鼻で笑ってやる。


「ハンッ! 見た目と違って汚い言葉を吐くじゃあないか。それに良く見れば、その顔見覚えがあるぞ」


 あれは確か、南東一帯を領土にもつグジャ王国。

 そこに献上品を寄越せと遊びに行った時、グジャ王の横に控えていた宮廷魔術師達。

 その末席に加わっていたのがこの女、イスリアだった。


「ククク。そういうことか。お前もコイツ等みたいに、俺の寵愛を受けたいってことだなイスリア」


 高級ソファにゆったりと腰掛ける俺の周りは、今も美女達が所狭しと囲んでいる。

 ある者は脚を絡め、ある者は腰に抱きつき、ある者は胸に顔を埋めて。


 今ここにいるのは七人程だが、奥に控えている女達は総勢百を超えるだろう。

 その誰もが国を代表するような美人ばかりだが、イスリアならそこに加わっても遜色ない。

 いや、むしろ積極的に加えたいくらいだ。


 しかしそんな俺の欲望を、より鋭さを増した眼差しでイスリアは一蹴した。


「馬鹿なの?」


「照れなくてもいいぞ。お前なら歓迎だ。もっともベッドに呼ばれる順番は二ヶ月待ちだがな」


 侮辱と受け取ったのかイスリアの瞳に殺意が篭っている。


 あれ、違ったか?

 なら何をしに来たんだよ。


 俺を殺しに来る者は多いが、普段は身元の分からない冒険者や暗殺者ばかりである。

 なぜなら身元のしっかりした者だと、俺の討伐失敗の代償は当然命令を下した国に向かうからだ。

 過去にそれで滅びた国は片手で足りないことぐらい、イスリアもグジャ王国も知っている筈である。

 だから俺はこの美女が刺客だとは思っていないわけなんだが、どうやら刺客みたいだ。


 また国が滅ぶぞ?


 態度でその愚かさを咎めてやるが、伝わってないのかイスリアは余裕の笑みを見せる。


「お断りよ。石になるなんてね」


 ――石に?


 なんのことだと首を傾げようとして、傾げることが出来ないことに気付く。

 俺に絡みついていた女達。その全てが石と変わり、俺の動きを封じてしまっていたのだ。

 

 美人だから見蕩れていたとか、慢心していたとかじゃないぞ。

 俺に向けられた攻撃じゃなかったから、気付かなかっただけだ。


「えげつないことをするなぁ。俺を殺したいからって、彼女達まで巻き添えか?」


「安心しなさい。まだ彼女達は生きているわ。お前が石の身体を破壊でもしない限りはね」


 なるほど。

 石ごときで俺の動きは束縛出来ないが、女達の命が惜しければ動くなと心を束縛したわけね。


 俺の周りにいた女は七人。つまり十四胸なわけだが、そのことごとくが石になりカッチカチだ。

 だから俺は躊躇無く立ち上がる。

 固くなってしまった胸など無きに等しいのだ。


 ほんの数瞬も俺の動きを阻害することが叶わず、女達だった石はバラバラと粉々になりながら散らばっていった。

 ピクリとイスリアの眉が動いた。


「少しの逡巡もなし? 下種が……」


 汚い言葉で罵ってくるが、罵りたいのはこっちのほうだ。

 俺の所有物である貴重な十四胸を俺に壊させやがって。

 たっぷりヒィヒィ言わせてから、グジャ王国ごとぶちのめしてやる!


 身体に殺気と股間に熱気を漲らせて、俺が一歩踏み出そうとした矢先だった。

 砕けた女達の破片が白く輝きだしたのは。


「なんだこれは?」


 そしてそれらはふよふよと俺の周りを漂いはじめ、やがて意志を持ったように複雑な紋様を描き出す。


「なんのつもりだ? 石の束縛といい、このヘンテコな技といい。俺に通じるとでも思っているのか?」


 イライラする。


 片手で山すら持ち上げる俺の力を知らぬわけではないだろうに。

 魔術師百人がかりの魔法でも、絶対防御障壁を抜くことが叶わないと理解しているだろうに。


 こんなチンケな技のために俺に所有物を壊させたのかと思うと、無性に腹が立ってくる。

 この女はヒィヒィ言わせた後にビィビィ言わせてギャーギャー言わせてやる。


「お前に敵対するあらゆる者の攻撃が弾かれるなんてこと、当然知っているわ」


「そりゃそうだろう。俺は有名人だからな。なんなら俺が昨日何を食べてどんな女を抱いたのかまで、知らぬ者はいないだろうよ。

 だから聞いている。これはなんのつもりだと」


「その石になった女達はお前の『敵』にあたるかしら?」


 ははぁん?

 俺の敵ではないから、この石からの攻撃は俺に届くと?

 なるほどなるほど……。


 正解だ!

 あぁ届くとも!


 ――だが。


「それがどうした? まさか防御障壁さえ越えれば、俺を害することが出来るとでも思っていたか?」


 まったくもって浅慮だと、俺は小馬鹿にしてやる。

 絶対防御障壁などなくとも、この世界で俺に傷を付けられる奴など存在しないんだよ。

 服が汚れたり不意打ちでビックリするのが嫌だから展開しているだけなのだが、とんだ勘違いをさせてしまっていたようだ。


 だがそれを聞いてもイスリアの表情は変わらない。

 そればかりか、不敵に笑っていた。


 あの表情を俺は知っている。

 勝利を確信した者が見せる、今この世界で俺にだけ許された勝ち誇りの笑顔だ。


「お前を殺す手段がないことなど、とっくに知っているわ。だからこれは攻撃じゃない」


 不意に寒気がした。

 二週間前に風邪をひいた時以来の寒気。


 しかしこれは風邪をぶり返したとかじゃあない。

 ではなんだと自問するが、自分が危機に晒された覚えなどここ十年以上なかった俺は、その正体に気づくことが出来なかった。


「対象と繋がった異性五人以上の命を代償に発動する禁呪魔法」


 俺の頭の中。大図書館に匹敵する知識が収められているそこから、該当する禁呪魔法を思い出す。


 それは対象の魂を転生させるという――。


強制する魂の交換(エクスチェンジソウル)!!」


 目を開けていられないほどに、周りを浮遊していた石達が光を放った。

 そのまま俺の身体も光の奔流に飲み込まれる。


 まずいかもっ!!


 漸く錆び付いていた危機意識が呼び起こされ、俺は抜け出そうと手を伸ばす。


 いや、伸ばしたつもりになっただけだった。


 フワリと身体が浮かび上がっていく感覚があるのに、実際の身体は微動だにしていない。

 手を伸ばしたつもりなのに、手はピクリとも動いていない。


 すでに身体から俺の魂が抜けつつあるのだ。


「やめろ!」


 叫んだつもりでも、言葉は音になっていない。

 魔力を使い果たしたのか、膝をついて荒い呼吸を繰り返すイスリア。

 あの女に届いていないのだから。


 くそがッ!

 禁呪魔法だとッ!?

 そんなものを持ち出してまで俺を殺したかったかッ!?


 だが覚えていろッ!

 俺は許さないぞ。

 お前も、お前の国も、絶対にぶち殺してやるからなッ!!


 燃え尽きる前のように、一際大きく白い光が辺りを包む。

 完全に視界を白に塗りつぶされ、そうして次に視界が戻った時。


 俺は、見知らぬ男女に笑顔で見下ろされていた。


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