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Deliver Happy   作者: 水門素行
三章 闘技場乱舞 一部~前準備~
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5 新たな国

 ギフト達一行は聖教連、冒険者達と別れ海岸沿いの崖を直進する。日が暮れてきた辺りが暗くなった頃、それは目の前に姿を表す。


「ギフト兄!ロゼ姉!」

「おー。着いたね。」

「大きいな・・・。妾の国より大きいか?」


 教えてもらった町、いや国だろうか。見えた人が住む場所にミーネが歓声を上げる。


 遠くに居たとき既に見えていたが、目の前にするとその壁の大きさにロゼは感嘆する。


 中央にの東よりに大きな建物があり、それを囲うように壁が反り建ち、そこから遠く離れた場所に壁が半円を描くようにそびえ立っている。


 半円しかないのはそこが海に面しているからだろう。遠くて大きさまでは確認出来ないが、大洋に出るための船が何隻か停留していた。


「壁のでかさは国の強さだな。一体何を想定したんだろうか。」

「お前ならぶち抜けないか?」

「無理だねー。本気でやっても厳しい。と言うか分厚い上にでかいと壊した方が面倒臭い。」

「なら安全なのか。良い国だな。」


 魔物が蔓延るこの世界。安全など幾ら積んででも買うべきものだ。


 稀に安全より好奇心を満たしたいと願う者はいるが、大抵録な目に遭わず死んでいくだろう。その中で死なないためには強くなるしか道は無い。


 安全のためにどれ程の時間と財産を使ったのか、ロゼはここを治める者に敬意の念を示す。


「ともかく中に入ろうか。」


 だが、ギフトはそんなものはどうでもいいのか、もう町の中の様子しか気になっていない。


 ギフトからすれば町がどれだけ安全でも興味はない。その気になれば戦場だろうと呑気に食事が取れる神経を持っているのだ。それに安全を重視するくらいなら旅に出ない。


 歩いて程無く、外壁に負けない大きさの門の目の前に立つ。月明かりのみが照らす門の下、たった二人だけが門番としてそこに立っていた。


「ご苦労。こんな夜更けに何用だ?」

「旅してるんだけど、中に入るのに何か許可は要るかな?」

「特に必要はない。ただこの国の法には・・・。」


 門番は淡々と言葉を並べようとして止まる。そのままギフトの顔を覗き込むようにして明かりを持ってギフトの顔を照らす。


「何?眩しいんだけど。」


 若干苛立った様子でギフトが文句を言うが、門番はその行動をやめはしない。ロゼも不躾な態度が癪に触ったのか、眉間に皺を寄せる。


「おい。せめて理由を言わぬか。誰でもそんなことをされて気分は良くないだろう。」

「あ、ああ。すまない。・・・赤髪に赤目・・・だな?」

「なんだ?」

「・・・ディーゴと言う名前を知っているか?」


 誰に気を使ったのか声を潜めてギフトに尋ねる。その名前はギフトは確かに知っている。だがそれを聞き出す理由がギフトには思い当たらない。


 それでも聞かれた事には答える。別にそれが琴線に触れる物でもなし。それでこの国に入れないというなら腹も立つが、それなら容赦なくぶん殴っておさらばするだけで気が済む。


「知ってるよ。つっても五、六年前に会ったきりだけど。」

「名前は?」

「ギフトだよ。」

「・・・そうか。ならばこの国の中央にある大きな建物を目指せ。おい!報告だ!」


 門番が大声で指示を出すと、詰所で待っていた人間がいたのだろう。ガタガタと音が鳴り、その音が遠ざかって行く。


「どういう事?入って良いのか?」

「構わない。そこの獣人族も許可は出す。代わりにこの国の王に先ず会いに行け。」


 門番は要領を得ない言葉でギフト達に町に入る許可を出す。こんな夜中に町に入る許可をすんなり出す事も、獣人族に対して警戒を抱かないことも、王に会いに行けと言うのも異例な事態。


 ギフトに王様の知り合いはいるが、この国に来たのは初めてで、当然知人が居る筈がない。ミーネは言わずもがなで、ロゼも首を捻って考えている。


「ロゼは王の知り合いは?」

「妾は礼儀は叩き込まれたが、それを発揮する事は無かった。小さな頃なら社交の場は設けられたが、他国との交流は無い。」

「ならロゼの知り合いじゃ無い?」

「あの門番はお前を見て言っていただろう?思い出せぬのか?」


 そうは言われても基本定住することなく動き回る人生を送っていた。王様はその国にいて当然の存在。そんな人間と旅先で出会う事など無い。


 元より人の上に立つ者には嫌われる事が常だった。性格もそうだろうが、その正体を知って国に居て欲しいとは言わないだろう。むしろ国の為に処分するのが当然の反応だった。


 門を潜り町に入ると、流石に夜中だけあって人通りは少ない。いるのは酔っ払いか、今から食事に行こうとしている人間くらいだ。


「じゃあ飯食いに行くか。」

「いいの?さっきのおじさんはあの建物に行けって言ってたよ?」

「道に迷ったんだよ。良いな?」

「良くない。紛いなりにも王に呼ばれたのなら節度も持って対応しろ。」


 ロゼはギフトの対応を流石に見過ごせないのか駄目出しをする。真面目な言い分なのをギフトは十全に理解して、その上でロゼに笑いかける。


「腹が減ってはなんとやらだろ?それに王様に会いに行くのにこの格好はどうよ?」

「む。・・・確かに。これでは無礼に当たるか・・・。」


 ギフト達は先程まで旅していたのだ。当然服や体は汚れてしまう。ロゼとミーネがいるからかギフトも多少気を使って川や泉などがあれば時間をとっているが、それでも旅の間で汚れは溜まっていく。


 会いに行けと言われたのはこの国で一番偉い人間だ。その人を前に薄汚れた身なりで対面するのは失礼に当たるのだろう。


 ギフトは勿論そのまま行っても良いのだろうが、真面目なロゼを説得するにはもっともらしい理由が必要だと思ったのだろう。案の定ロゼは思案した後ギフトの言い分を受け入れた。


「だがその後は直ぐに行くぞ?理由はわからぬが王に呼ばれているのだ。待たせては悪いだろう。」

「大変だよロゼ。ミーネが眠たいって。」

「え?大丈夫だよ。」

「無理しちゃ駄目だぞミーネ?旅の疲れは一気に来るんだ。」

「ミーネを言い訳に使うな。」


 ギフトは何故か王に会いに行くのを嫌がっている。ロゼは別の国の王に会う機会などそうそう無いからか、多少なりとも乗り気な様だ。


 国の頂点としていた者としての矜持なのか、それとも別の国がどう運用されているのかを知りたいのか。ともかくロゼは王様に会いに行ける事を忌避していない。


 対してギフトは全力で避けようとしている。王様に呼ばれるなんて決して碌な事ではないと言う考えが先行しているのだろう。自分の事を知っているなら尚更だ。


 ギフトは元傭兵。その時の知り合いなら傭兵としてのギフトに用事があるだろう。だが今傭兵として金で戦いに出る事はしない様にしている。それは本物の傭兵の仕事で、届け屋になった自分の仕事ではないと思っている。


「でも行くのは明日だろ?体洗って服を洗って乾かして。その間に飯食うのも寝るのも良いんじゃない?」

「・・・そうだが。あまり時間をかけては・・・。」

「知らない王様だし良いさ。怒られても逃げちまおう。」


 二カッと笑って適当な態度を醸し出す。だがロゼも元王族で今はただの届け屋。別の国の王の振る舞いを見たい気持ちはあっても、それを責務に旅している訳ではない。


 言ってしまえば強制力は何も無い。大きく溜息を吐いてギフトの横に立って肩を落とす。


「仕方ないか。何処へ行く?」

「何も知らないからなー。ミーネに任せるか。」

「じゃあこっち!美味しそうな匂いがするの!」

「宿が近くにあれば良いなー。」


 ミーネの嗅覚を当てにして宿を探しだす。門番の言った事など一先ず忘れて食事を取る。その為に三人は初めての町を歩き始めた。


 ◇


 窓の近くに大きな机と部屋の端に棚だけが並ぶ質素な部屋。ただ仕事だけをするために作られた面白みも飾り気もない部屋に黒い短髪を後ろに流した大男が机の前の椅子に座っている。


 机の上のランタンの明かりを頼りにして書類に目を通していき、凝り固まった肩を解す様に腕を回す。


 男は退屈していた。そんな言葉を吐くことは許されないのはわかっているし、本来退屈な事は喜ばしいことだろう。


 時期的に退屈を紛らわす催し事はあるのだが、ここ最近はそれもマンネリしている。参加している者には悪いが、どうしても目が肥えていってしまったのだろう。


 男がその形に似合わない溜息を吐いた所で、部屋にノックの音が転がる。それに鬱陶しそうに一言入れと言うと、執事服を着込んだ目も体も細めの老年な男性が入室する。


「失礼します。調子はどうですか?」

「毎年の事だ。もはや慣れた作業だ。」


 ぶっきらぼうに返答しながら、椅子に深く座り直す。執事の男性はティーカップを机の上に置いて優雅な所作で男にお茶を入れる。


「もう夜更けです。そろそろお休みになられてはどうですか?」

「体力が余っている。稽古でもすれば良かったな。」

「お戯れを。あなたの体はもうあなたのものでは無いのですぞ?」


 稽古くらいで何を言っているんだと言わんばかりに鼻を鳴らす。入れてくれたお茶を味わう事もせず飲み込み机に置くと、執事は何も言わずにお茶を入れ直す。


「退屈だ。それを言葉にするのは間違いだろうが俺は退屈だ。」

「そうですか。それでは貴方様に一つご報告が。」

「いい知らせか?悪い知らせか?」

「貴方にとって良い報告。私達にとってはどうでしょうね。」

「良し、話してみろ。」


 良い話なら今の気分でも聞く事は出来る。悪い知らせなら聞く耳も持たなかっただろう。最悪な話ならこの執事が男に気遣う事は有り得ない。大事な報告を聞き逃すことは無くて済む。


 執事は咳払いを一つして話の切り出しを迷っている。どう報告すればこの男が張り切るか。それを探しているのだろう。悩んだ末に執事は一つの言葉だけを絞り出す。


「ギフト。」

「・・・!俺の聞き間違いでは無いな?詳しく話せ。」

「ギフトと名乗る者がこの国に来た、と。私が聞いたのはそれだけです。」

「・・・そうか!そうかそうか!!やっと来たか!ああ!それは最高の知らせだ!」


 先程までの態度とは一転、男は目を輝かして喜びの声を上げる。それは待ち望んでいた人間の来訪。男にとってこの世で唯一と言って言い特別な存在の名前。


 名前違いの可能性はある。だから自分の名前を確認の材料にした。自分の名前を知っていて自らをギフトと名乗る者は一人しかいない。


「ここに真っ直ぐに行けと伝えたそうですが、まだ来ていないようですね。」

「ガハハハハ!あいつがそんな殊勝な真似をする訳が無い!宿を探して迎えにいけ!」

「・・・失礼ながらそれはどうかと。貴方が直々に招いたとなれば問題が・・・。」

「はっ!そんな些事は捩じ伏せろ!奴に会うならこの国は大きく変わる!あいつは神に嫌われた時代の救世主だぞ!」


 そんな言葉を言うのはこの男くらいだろう。だが男はそれを微塵も疑ってはいない。


 執事は男に恭しく一礼して男の命令を遂行すべく部屋を後にする。疑問は尽きなかっただろうが、何も言わなかったのは、男の破顔した顔を見るのが久しぶりだったからだろう。


 男は立ち上がり外を睥睨する。退屈な日々が終りを迎える可能性が見えてきた。その事が男の気をどうしても高揚させて、大きな笑いが夜の闇に木霊した。








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