4 憧れる
まずは斬る。ロゼはそう思って剣を振り上げる。相手の堅さも、自分の腕がどこまで通用するかわからない以上は自分で計るより他にない。
ロゼの剣はストーンボアの表皮に当たり、甲高い音を立てて止まる。石の皮膚は欠けること無く、自分を攻撃してきたロゼに視線を合わせる。
ロゼは直ぐ様下がって距離を取る。だが、後ろに下がる者と前に進む者では勢いが違う。ストーンボアは邪魔者を消すべく突進する。
「させないわよ!」
その突進をリカが横合いから突きを放って軌道を逸らす。ロゼの体を掠める軌道を取ったが、それを良しとせずロゼは足下に剣を置いてストーンボアの足を払う。
土煙を上げながら転がるが、何一つ痛手は受けていないのだろう。それどころか怒りが沸いたのか、起き上がり周囲を無視してロゼ達の方に突進の構えを取る。
「大変そうだなー。」
苦戦する様子を見て取ったギフトが、ミーネの頭を撫でながら呟く。少し離れた場所で戦いが繰り広げられているとは思えない態度だ。
「手、手を貸さないのですか!?」
「んー。まぁ死ぬ前には助けるよ。ただ骨の一本や二本は覚悟しないとねー。」
守ってくれるから。そんな理由で手を抜かれては堪らない。流石に死ぬのを黙って見てるのは気が引けるが、それでも戦うのなら相応の覚悟がいる。
重症までなら放置する。それがギフトの出した結論。でなければ本気で強くなろうとしてるロゼに申し訳が立たないからだ。
「仲間では無いのですか!?」
「仲間だから黙って見てるんだろ?あいつらが逃げるなら俺も逃げるさ。」
「嘘だー。ギフト兄は助けちゃうよー。」
「ミーネは俺を買い被り過ぎだぞー?」
ずっと頭を撫でられてるからか恍惚の表情でミーネが呟く。ギフトもそれに会わせてるのか間の延びた返答で否定する。
「ギフト兄ならどうやって戦うの?」
「俺の場合は殴ったら勝てるから参考にならないかな。剣でも切れるし。」
「剣で切れるの?」
「あれくらいなら。ワイバーンも切ったろ?」
「・・・嘘ですよね?」
剣劇は尚も続く。致命傷を避けるよう動いてはいるが、ロゼ達の攻撃は効いていない。
このままでは無理かなー。とギフトが呑気に思った時、沈黙していたミリアが口を開く。
「足を止めて。さっきみたいに転がしてくれれば良い。」
その端的な指示はロゼとリカの耳に入り、二人は目配せすることもなくストーンボアに向けて走る。
それに合わせたのかストーンボアも二人を弾き返すべく突進する。だが、真っ直ぐ走る猪の攻撃は二人に当たらない。二人は回避し同時に足元を掬い上げる様に剣を振るう。
ストーンボアの体は宙を浮き、地面を滑って停止する。
「囲め水獄。苦悶を生み出し激情を奪え。水の鳥籠。」
ミリアは今まで黙って貯めていた魔力を解放し詠唱を紡ぐ。何も無いところから水が生まれストーンボアの体を包む。
一回り大きな水球はストーンボアの動きを鈍くし、必死でもがいても動きに合わせて水球は移動し離さない。
「えげつな。」
あまりにも悲惨な止めのさし方にギフトは思わず呟いてしまうが、有効な手段なのは理解している。肺呼吸で生きる生命ならほぼ確実に殺すことが出来るだろう。
ミリアの手腕にもよるが、あの水球を自由に移動させられるなら厄介だろう。問題は魔法が使えたり、水中でも速く移動出来るなら通じない事だ。
だがストーンボアにはそれを破る手段は無かった。やがて足掻く事も止めて、水球の中で体の力を失う。
「良し!これなら行けるわ!」
「・・・待ってリカ。少し回復する。」
「不味いな・・・。」
倒す事は出来たが、それでも一体。後三体を相手にするには時間が必要だ。
もしこれが自分達だけなら問題は無かった。だが、聖教連の人間はルイが付いているのに、たった一体のストーンボアに既に半壊状態になっている。
死傷者はいなそうだが怪我人は多い。これ以上時間を掛ければいずれ耐えきれなくなるだろう。
「んー。あいつ等だけなら勝てたかな?」
「舐めるな!我らは武道にも心得が」
「仕方ないか。それに何が駄目かロゼもわかったろうし。ミーネ。」
「はーい。」
お供の男の子が聖女の前に立ちながらギフトに威勢良く声を上げるが、それを無視してギフトは立ち上がる。
聖教連はハッキリ言って弱い。と言うかそれを語る前に心構えがなっていない。男の子も結局聖女の前にいるだけで戦っていないのに何故か疲弊している。
「実戦なら体が硬くなるのも仕方ない。だが気が退けてれば勝てるものも勝てないさ。」
のんびりと戦場に歩いて行く。とりあえず聖教連の方にいる一体を倒す事にしたのだろう。
ロゼ、リカ、ミリアの三人は何だかんだ息があっている。不足分を補っているし、何より普段からの気構えも違う。暫く放っておいても大丈夫だろう。
ただルイは一人で聖教連を守っている。致命傷になっていないのもルイが踏ん張っているからだろうが、幾ら盾が優秀でも、矛が弱ければ勝てはしない。
「お疲れさん。まだ戦える?」
「・・・無理です。もう・・・。」
青い顔で呼吸も荒い。無理も無いだろう。無謀で無駄な攻撃を繰り返す奴等を守っていたのだ。予測出来ない味方を守るのは相当難しい。
「難しくしすぎだよ。もっと頭使えよなー。」
ギフトは無造作にストーンボアの前に立ち煙草に火を点ける。戦う前とは思えない動作に、聖教連も聖女も呆気にとられる。
「お、おいお前!前に立つな!」
「何でさ?」
「俺達の邪魔を・・・!?」
お供との会話はストーンボアを止められない。自分を舐めているとでも思ったのか、ギフトを吹き飛ばそうと一直線に駆け出してくる。
が、ギフトは片腕でその突進を正面から受け止める。
「な!?」
「嘘・・・?」
聖女も聖教連も目の前の光景を疑う。自分達が弾き飛ばされた相手を腕一本で止められるとは思っていなかったのだろう。
「せっかく有利な場所なんだ。正攻法だけで勝つことはねーよ。」
その上余裕綽々でストーンボアの鼻を掴んで離さず、そのまま反転して思いっきり投げ飛ばす。
それは聖教連の頭を飛び越えて、やがてその姿が途切れる。それを見てロゼとリカは自分達が今どこにいるかを思い出す。
今いる場所は崖の上。何も倒さなくても崖から落とせばそれで勝てる。それに気付かなかった事に悔しさが滲む。
「余裕がねーんだよ。幅は広くしとけ。それと・・・。」
ギフトはそのままもう一体に向かい突進してくるストーンボアを殴り付ける。鈍い音が響いて互いに動かなくなる。
そしてギフトがゆっくり拳を引くと、支えを失ったかのようにストーンボアはゆっくりと崩れ去る。どれだけ強固な皮膚を持っていようと生物には中身がありそれを揺らされては耐えられない。
「力不足だな。」
「お前と一緒にするな。リカ。」
「ええ!崖から落として終わらせるわよ!」
と、意気込んだ所で最後の一匹は恐れをなしたか森へ逃げ帰ってしまう。
不完全燃焼の二人は剣を納める事が出来ず、そのままギフトの元まで歩く。
「何さ?」
「足りぬ。稽古をつけろ。」
「私もよ。馬鹿にされたまま退き下がれないでしょ?」
「んー・・・。嫌だね!」
二人の意見などギフトにはどこ吹く風。綺麗に聞き流してさっさと引き上げようとミーネを呼びつける。
「んじゃ行くぞー。不貞腐れんなロゼ。」
「・・・別に不貞腐れてなど・・・。」
「はいはい。後でどうしたら良かったか教えてやるよ。」
「私は?」
「お前はまだ仕事だろ?頑張れよー。後これは貰っていくから。」
ひらひらと手を振ってギフトはストーンボアを持ち上げ立ち去っていく。目指すべき場所がわかったのならここに用事はない。
冒険者三人は溜め息を吐いてそれを見送り、聖教連はまだ理解が追い付かないのか立ち竦む。
その中で一人だけ感動にうちひしがれる。ずっと憧れていた形。それが視界から消えるまで、男の子はただその背中を見つめていた。