2 聖女
女性三人が手を握りあって再会を喜ぶ。ギフトは一歩離れた位置でミーネと共にそれを見守り、会話に参加しない。
ミーネも初対面の相手にどうするべきか迷い、結果ギフトに対して口を開く。
「知り合い?」
「ロゼの友達だ。あいつらも中々の変人だから警戒しなくて良いよ。」
「良く言う。一番は誰が見てもギフト君。」
と、一人輪に加わらなかったミリアがギフトに近づいてい話しかける。
その顔は前と変わらずあまり表情は変わらない。だが、どこか疲れているのか言葉に覇気が無い。
「どうした?」
「・・・何でもない。」
「ああ、そう。相変わらず楽しそうで。」
言葉を発するまでの目線で何が言いたいのかを大体察したのか、ギフトは呆れた顔で皮肉を口にする。
ミリアの視線はローブの集団に向いていた。護衛か案内かは知らぬが任務を受けて、そして疲弊したのだろう。
「色々ある。それは理解している。」
「はいはい。まぁあの手の人間は俺もあまり近寄りたくないなー。」
ギフトはそれの正体を知っているのかうんざりした口調でミリアに同調する。
白ローブに身を包んだ高圧的な態度を取る者達。それはこの大陸で一つの集団を意味している。
「あの人達は知り合いじゃないの?」
「知り合いになりたくないかな。聖教連って言ってな。細かい話は追々してやるよ。」
煙草を咥えて火を点けながらお茶を濁す。この場でハッキリと自分の考えを伝えれば面倒事にしかならない。
実際口を開けば良いところなど全く出てこないだろう。正直ギフトは関わりたくないと思っている組織だった。
「つー訳で、この辺に町は無いかな?」
「あるけど少し遠い。手伝ってくれると嬉しい。」
「何をさ?」
「その町に私達も行く途中。道中の護衛で雇えない?」
「無理だな。俺達の都合じゃなくて向こうの都合的に。」
聖教連は古い歴史のある組織だ。それ故に格式を重んじる傾向にある。どこの誰ともわからない人間を急遽雇うことはない。
ギフトからすれば三人が護衛にいるのも不思議なくらいだ。冒険者なぞ雇わずとも、自前の兵隊で旅が出来るくらいの戦力はあるはずなのだから。
「おいお前達!何を話し込んでいる!とっとと支度をしろ!」
先程ギフト達に誰何の声を上げた人物が見かねて声を張り上げる。それにミリアは隠れて溜め息を漏らして、元いた場所に帰っていく。
リカもルイもロゼから離れて戻っていき、ロゼは少し寂しげな表情を浮かべる。
「町に着けばあいつらの仕事も終わりだろ。その時話せるさ。」
「・・・うむ。そうだな。」
「貴様らもいつまでそこにいる!立ち去るが良い!」
「・・・。」
何を苛立っているのかギフト達にも当たり散らす。ギフトの目から光が薄れるが、それも一瞬で煙を吐いて気を持ち直す。
「へいへい。ほい行くよー。」
「ギフト?どうしたのだ?」
言い返さない事に疑問を感じたロゼだが、恐らくこの人間に興味が無いのだろう。時間を使うことすら嫌がる相手なのだろうと適当に判断し口を閉じる。
「む?待て。そこにいるのは人狼族か?」
「そうだけど?それがどうした。」
ミーネが人狼族であることを知った聖教連は暫く無言で見つめると、明らかに蔑んだ目で鼻を鳴らす。
「そんな奴と行動を共にするな。野蛮で意地汚い種族と共にいれば人の格が」
「そうか。覚悟しろ。」
問答無用。それ以上の言葉など聞かずギフトは瞬時に炎の壁を生み出した。怒りを具現したような炎は日中にも関わらず煌々と周囲を照らし、聖教連全員を取り囲む。
「な、ななんだ!?」
「死ぬなよ?苦痛を持って後悔しろ。生きて人生を悔やめ。俺の目の前で迂闊な口を開いた事を、傷が疼く度に思い出せ。」
「ちょっと!?何してるの!?」
「ギフトさん!落ち着いてください!」
「心配するな。殺しはしないよ。ただ死にたいと思わせるだけだ。」
リカとルイの忠告も無視して、凄惨な笑みを浮かべギフトは一歩近づく。既に逃げられる隙間などどこにもない。後は丁寧に一人一人焼くだけだ。
「ギフト兄。」
が、その行動はミーネによって止められる。困った様な顔でギフトの服を掴んでくいくいと引っ張る。
「何だミーネ。俺はやることがあるのさ。」
「これは僕の、僕達の問題だと思うんだ。」
ミーネは辛そうな顔で、それでもしっかりとギフトに告げる。既に覚悟は決めていて、それを譲るつもりは無いと言う意思の現れ。
人狼族として旅に出ればこうなることは予測できていたのだろう。その上で付いてきたのだから、これでギフトが怒るのはお門違いだと。そうミーネは語っている。
「ミーネ、お前は・・・。」
「大丈夫だよ。僕はギフト兄とロゼ姉には嫌われたくないけど、それ以外は案外平気なんだ。」
気丈に笑顔で振る舞うミーネにギフトも折れたのか炎を消し去る。ギフトは屈んでミーネより視線を下げると、先程までの顔から一転。笑顔を見せる。
「悪い。怖がらせてごめんよミーネ。」
「ううん平気!怒ってくれてありがとうギフト兄。」
「全くだ。ギフト。今のは短慮にすぎるぞ。」
「良く言えるねー。俺より絶対ロゼの方が怒りやすいよ。」
「うむ。お前のお陰で冷静になれたぞ。」
和気藹々。そんな表現が良く似合う風景に切り替わるが、決してさっきの恐怖が消えた訳では無い。
炎が消えたことに安堵して座り込む者。意地で立っていても膝が笑っている者。そして杖を掲げたままギフトを睨み付ける者が一名。
「な、何者だ貴様は!?」
睨み付けけてはいるが声は震えている。高圧的な態度も見る影も無く、ここに来てはもう滑稽にしか思えない。
「はは。生まれたての子鹿ってああいうのかな?いや鹿の方がまだ可愛いか?」
「言ってやるな。精一杯の虚勢くらいは許してやれ。」
ギフトは指を指して彼らを笑う。ミーネのお陰で殺意は消えたが、かといって依然彼等はギフトの中で死んでも良い存在な事に変わり無い。
傷つこうが涙を流そうが、ギフトに痛む物が無いのなら馬鹿にしようが虚仮にしようが平気なものだ。
「ば、馬鹿にするな!我等を誰と心得る!!」
「クズだろ?トップを失ってクズに成り下がった存在。組織の維持すら出来なくて、随分離反されたみたいじゃないか?」
「な、何故それを・・・!?」
「何の騒ぎですか!」
ここに来て馬車の中から一組の男女が現れる。同じ白ローブに身を包んでいるが、装飾が少し違う。
薄い紫の法衣に、緑の宝石が嵌め込められた杖。明らかに他より位が上とわかる衣装の女性は、お供であろう男性を連れ添って姿を晒す。
だが、その光景は異様だった。どう考えても釣り合わない。周りの者より位が上とも思えず、連れ添う男性も護衛として相応しいとはならないだろう。
「・・・子ども?」
なぜなら彼等はどう考えても成熟していない。多く見てもミーネより少し年上と思える位で、どう考えても人の上に立つ年齢ではない。
「せ、聖女様・・・。これは・・・。」
「黙りなさい!あなた方の弁明は後で聞きます!双方武器を収めなさい!」
「俺は武器を持ってないけどどうする?」
「え?・・・手、手を上げなさい!」
「へー。何で俺がお前の命令を受け入れると思ったの?」
「無礼だぞ!この方は貴様が対等に話せる方では無い!」
お供の男性が声を張り上げてギフトを怒鳴る。炎を見てないからそう言えるのか、それとも向こう見ずなだけか。
どちらにしろ堂々巡りでうるさいだけだ。いっそここでハッキリと上下を決めるべきかとギフトが思案し、ミーネに止められロゼが声を出す。
「ふむ。まともに話は出来るのか?」
「・・・ええ。お話を伺わせて頂きます。」
「聖女様!?」
「アルバ。貴方は私に命令を下せる立場なのですか?」
「・・・いえ。失礼しました。」
慇懃無礼に礼をしているのだろうがまだ所作はぎこちなく、そしてどこか可愛いげがある。思わずロゼは毒気を抜かれて警戒を解く。
「なるほど。ならば話し合うか?」
「お願いします。私達の事を誤解されたままではいけませんので。」
女の子は凛とした佇まいでロゼと向き合う。それが気に入ったのかロゼは笑顔を向けて、幾分柔らかい口調で語りかける。
「そう硬くなるな。他者を蹴落とさぬ限りは妾達も寛容だ。」
「・・・そうですか。では色々聞かせて頂きます。」
他者を蹴落とす、の辺りで聖女の顔が少し強張ったが表に極力出さないよう堪えて言葉を選ぶ。
「まずは自己紹介を。私はソフィーナ。聖教連の聖女を勤めさせて頂いております。」
ソフィーナは綺麗なお辞儀で話始める。ギフトは関わりたくないのか崖に近づいてい煙を燻らし、早く終わってくれと他人事に願うだけだった。