31 新たな旅立ち
服屋に着いたギフトはニコの案内で店の中へ入る。店の様子は特に変わった様子は無く、ワイバーンの素材を使った服は展示していない様子。
「こちらですよ。奥にあります。」
ニコは手招きしてギフト達を店の奥へと案内する。そしてニコの作業場なのだろうか。日光だけが光源となっている部屋に入ると、その服はそこに三着掛けられていた。
「・・・何というか・・・。」
ロゼの呟きはニコに聞こえてしまったのだろう。苦笑いを浮かべながら頬を指で掻いて説明する。
「素材は珍しいんですが・・・。ここまでくるとごちゃごちゃ飾り付けるのもむしろ威厳を損ないそうで・・・。」
作られた服はただの黒いコート。アクセントとして装飾は少しあるが、はっきり言えば地味な印象しかなく、展示された服に比べれば華やかさは全くない。
それこそ見る人が見ればわかる。と言った物なのだろうが、単純な見た目だけでこの服を手に取る事はそう無いとも思える。
「伸縮性もありますし、丈夫です。ですが普段着で着る物のイメ―ジが沸かなくて・・・。」
「良いんじゃない?どうせ素材は余ってるんでしょ?」
ギフトはその服を見て文句を言わず、肌触りを確かめるように手で触る。上質な滑らかさを持ったワイバーンの皮は確かな気品を兼ね備えている。
別に気品はどうでもいい。それにニコだって初めての素材に四苦八苦したのだろう。それでも早く成果を出そうと焦った結果とも言える。その中で普通に見れる服を作れたのは上等な成果だろう。
それにこの服でワイバーンの素材を全部使い切った訳でも無いだろう。そもそも人の服を作るには多すぎたのだからまだ幾らでも改良は出来る。
「むう。だがこれではニコの願いは・・・。」
「それは大丈夫。でしょニコ?」
ギフトは確信をもって言える。ここにある服は三つ。それ以外でワイバーンの素材を使う用途があるからこれ以上作らなかったのだろう。
「大丈夫ですよ。と言うかワイバーンの素材を扱える店ってだけで箔が付きますし。」
ニコは元気よくロゼの疑問を晴らす。そもそもワイバーンなんて店に持って来られた所で扱いに困るだけだ。それをここまで昇華できたのは単純にニコのセンスだろう。
何より牙も爪も鱗も残っている。それを今は扱えないから使わないだけで、これから先努力を重ねていつかそれらも使えるよう精進するだけの話だ。
「今はこれが精一杯でした。なのでこれは皆さんに着てもらおうかと。」
「良いのか?これも売れば相当な額になるだろう?」
「むしろ逆なんですけどね・・・。」
これだけの物を持ってきておいて大した見返りを求めようとしない方がおかしい。あの素材を出すべきところに出すだけでどれだけの金額になるかわからないのに、返せる当てもないニコに譲る方が本当に良いのかと問いたい所だろう。
何より服は着て貰って初めて意味を成すものだ。それを最初に着てもらう人がギフト達なら何も文句は無い。それどころか懇願してでも来て欲しいと思っているのだろう。
「貰えるなら貰うよ。ついでに帽子とかある?」
「作りましたけど、単純な物ですよ?」
「丁度いいさ。後ワイバーンの骨があったら頂戴。」
ギフトはニコの好意を有り難く受け取り追加で注文を出すと、ニコはそれにギフトの望む返答をする。
ギフトはそれを聞いて躊躇いなく服を手に取り袖に腕を通す。黒の服を銀の縁で彩っただけの物だが、動きやすさを重視するギフトは腕を上下に動かして着心地を確かめる。
そして満足したのか頷くと、袖のところを巻くってポーズを決める。
「どう?」
「格好いいよギフト兄!」
元気の良い返事に気を良くしたのかギフトもカラカラと笑う。ロゼもそれを見て服を着てみるが、どうにも自分にはお世辞にも似合っているとは思えない。
それは単純にワイバーンに勝てないからだろうか。ギフトはこの服を着ても違和感が無いが、ロゼはどうも着られているという感覚が抜けないのか、唇を尖らせる。
「妾にはまだ早いか・・・。」
「いつかそれが似合うように毎日着れば?気も引き締まるだろ?」
「ふむ。これに似合う者になるよう精進するのだな。悪くないな。」
正直に言えば細部は違えどほぼお揃いの服を着る事には抵抗がある。ギフトが好きなのは事実として、それを他人に揶揄われる材料を増やしたくは無い。
言ってみればこれは戦闘服。ギフトは普段着でも使うだろうが、ロゼはこれを戦う時の防具として着用する事を決めて一度脱いで、腕に掛ける。
「有り難く使わせてもらう。助かったニコ。」
「いえいえ!お礼を言うのはこちらです!この店も少し人気が出ましたし。」
「そりゃやっと正当に評価されたな。あれだったら人狼族にも手伝ってもらえばいいし。」
「あ、それは町の総意で決まったそうですよ。」
彼らについて何も知らなかったギフトはそれに驚きを見せるが、既に知っていたロゼとミーネは知らないのとギフトに視線を向ける。
町の防衛戦力として雇った人狼族だが、この町にだってある程度戦える者はいる。それならばずっと遊ばせておくよりも、この町の発展に貢献してもらおうという事だ。
今まで狩りに行けなかった魔物も人狼族達の力があれば狩ることが出来る。それは余所の町から買う事しか出来なかったものを自分達で作れるという強みになる。
ギフトの想像以上に早く行動し、何よりも強かだった。一度受け入れたからそれについて考えるより、今は町に貢献してもらう方法を選んだのだろう。
ギフトは少しだけ安堵の表情を浮かべる。正直今は大丈夫でもこれから先はわからない。だが今の話を聞けば彼等なら上手くやっていけるだろうと思えたのだ。
「そっか。ならもう思い残す事は無いな。俺達はもう行くよ。良いよなロゼ?」
「うむ。名残惜しい気持ちはあるが、あまり長くいすぎても問題だろう。」
そして呟く。この町に滞在した期間はそれなりに長い。用事があるならそれも良いが、もう用が無くなったのだからここに留まる理由もない。
それにこの町と人狼族にとってギフトとロゼの存在はあまりよろしくない。何かあった時には二人に任せてしまえば良いとなってしまう事は避けなければいけない。ロゼも手伝いは申し出てもある程度の線引きは出来ていたようだ。
「だったら僕皆を呼んで来るよ!」
「あっ!まってミーネちゃん!私も手伝うよ!」
するとミーネが元気よく余った服を掴んで店を飛び出し、ニコもそれに続いて町に繰り出す。ギフトはそれを不思議そうな面持ちで眺めてロゼに質問する。
「なんかミーネ元気じゃない?」
「それは楽しいからだろう?良い事ではないか。」
答えを聞いてもいまいち納得も出来ず、ちょっとした疑問を抱えたままギフトとロゼは町の外へと歩き始める。少しニヤニヤしているロゼに首を傾げながら。
「おーい!ギフト兄!ロゼ姉ー!」
町の入り口に着くとミーネが元気よく手を振ってギフト達を呼ぶ。その顔には悲しみは一切無く、その様子にどうしてもギフトは疑念を拭えない。
ミーネの性格なら別れは泣くと思っていた。勝手な勘違いで思い込んでいるだけかもしれないが、少なくとも今までのミーネなら涙を浮かべていただろう。
もしかすればミーネなりの気遣いかも知れない。ギフト達の性格をわかった上で元気よく送り出したいと思ってくれているのかもしれない。
「良い子だな。ミーネは。」
「今更すぎる。当然の事だ。」
感慨に耽って口から漏れた言葉はロゼにあっさり肯定されて、確かにその通りとギフトも笑う。ミーネの後ろには人狼族とニコがいた。
「町の奴らは?」
「言伝はあるさ。ワイバーンを退治してくれてありがとう。だそうだ。」
「それだけ?薄情だねー。」
「気を遣ってくれたのさ。」
ギフトの言葉にリバルが返答する。あれから町の人達も詳細を知ったのだろう。ワイバーンを倒したのは人狼族だけの力で無く、ギフトの力があったからだと。
今まであった脅威を払ってくれた。その事に当然恩義は感じているが、深い関係になったわけでも無い。ならば人狼族達だけに見送りをさせてやって、邪魔な人間はいないようにとの配慮だろう。
「ただ、見送りと言われてもな。特に話す事は無いからな。」
「良いんだぜ?言いたい事言っても。手短ならな?」
リバルは正直に思ったことを口にする。これ以上無いくらいの恩はあるが、それをつらつら並べ立ててもギフトは途中で飽きるから、多くの言葉は必要としない。
だからリバルはただギフトに手を差し出す。今後一生の忠誠を誓っても良い偉大な男。だがそれを望んだ所で絶対に反対する自由な男に。身勝手な喧嘩で自分を打ち負かした強い友に握手を求め、友もそれに応える。
「次は俺が勝つ。」
「調子に乗るな。」
二人は握手を交わしたまま憎まれ口を叩く。リバルはギフトと対等でいる事を願い、ギフトはそれを承諾した。上下関係の無いただの喧嘩仲間として。
「何かあったら言え。どこに居ようと駆け付けてやる。」
「そっちもね。頼りにしてるよ。」
殴り合ってわかり合った二人だ。互いにどれだけの力があるかは知っている。ギフトはリバルの怪我が無ければ殴り合いで勝つことは出来ず、リバルは遠距離で戦えば一気に不利になる。
お互い次に戦えばどちらが勝つかわからない。それをわかっているからこそ頼りになる味方として軽く固い口約束をする。
そしてロゼもそれぞれに別れを告げたのかギフトの下に来ると視線を合わせて頷いてきた。これで別れは終わりだ。後は最後に一番仲良くなった人との別れだ。
そうしてギフトがミーネを探すと姿が見当たらず、リバルに視線を向けるとリバルは笑いながらギフトの足元を見る。
釣られて視線を下げると、自分と似た服を着た綺麗な青い髪の、耳を生やした少女がこちらを見上げていた。
「早く行こう!ギフト兄!」
「・・・うん。・・・うん?」
そのまま慌ててギフトはロゼに視線を向ける。するとロゼは知っていたのかしたり顔で頷くだけで、だがそれでギフトは全て悟る。
だがそれを簡単に許す訳にはいかない。リバルを見ても肩を竦めて呆れるだけで、後ろに立っている恐らくミーネの母と思える人物も頬に手を当て困った顔を浮かべている。
ギフトはしゃがんでミーネと視線を合わせる。そして口を開こうとした時、それを拒むようにミーネが先に話し始める。
「危険なのはわかってる!僕も強くなる!皆を守れるくらいに!それで僕らみたいに困ってる人を助けたいんだ!」
矢継ぎ早に繰り出された言葉を聞いて、ギフトは一つ深呼吸をする。恐らくこの場でミーネの覚悟を知らないのは自分だけ。でなければただ危険で当てもない旅に同行など誰も許可を出さない。
「たぶんお前が想像している以上に辛いぞ?」
「・・・うん。」
「綺麗なだけじゃない。醜い事も多いし、傷つく事だってある。むしろ傷つく事の方が多い。」
「うん。・・・それでも一緒に行きたいんだ。」
「俺が守ってやれない時もある。ロゼがいない時もある。一人で戦えるか?」
「それは・・・。これから強くなる!」
「何でそこまでして旅に出たい?お前の望みは叶っただろ?」
ギフトはこれまでに無い、いや初めてミーネに辛く当たる。ミーネはその視線にたじろぐが、それでも一度も目を逸らさずにギフトと向き合う。
「苦しんでる人を助けたい。僕はギフト兄とロゼ姉に助けられて世界が明るくなったんだ。」
ミーネはそれが質問の答えになるかわからない。それでも自分の感情を独白する。
「でもそれを知らない人は多いって聞いたんだ。獣人の立場は低いって。だから僕は皆にこの景色を見せてあげたいんだ。」
それは傲慢な事だ。ミーネの幸せが誰かにとっての幸せであるとは限らない。押しつけの善意など悪意以外の何物でもなくなる。ギフトはそれを悪意を持って行っているから誰に何を言われても良いと考えられるが、ミーネはそうでは無いだろう。
だがそれをギフトは否定できない。その気持ちは良く理解できるからだ。自分の世界が拓ける瞬間、白黒の世界に色がついていく瞬間は未だ忘れられない光景だからだ。
「・・・今のままじゃ何もできないぞ?」
「それは心配いらぬ。妾が手伝う。」
そして会話にロゼが割り込んで来るが、ギフトは胡乱な目でロゼを見つめる。半ば答えは決まっているが、それでも確認だけは怠らない。
「誰も良い訳にしちゃ駄目だ。ロゼがもっと強かったらとか言うなよ?」
「・・・おい。」
「それから最後に。」
ロゼを無視してギフトはミーネの目の前に人差し指を立てる。それを守れるならギフトはもう何も言わない。ミーネは覚悟を決めてその言葉を聞き逃さない様耳を立てる。
「何があっても諦めるな。どれだけ辛くても、諦めさえしなけりゃ何とかなる。何とかしてやる。約束できるか?」
「・・・うん!約束する!」
随分甘くなってしまった。ギフトは自分をそう評価する。辛辣に言えばミーネは足手まといにしかならない。それでもこの少女の無垢なる願いを否定する事をギフトには出来なかった。
「子どもに甘いのかなー?」
「お前はそういう奴だ。いい加減認めたらどうだ?」
ロゼにそう言われてもいまいちわからない。自分の事は良く知っている筈だが、それでも見えない部分が自分にあるのだろう。
だがそれも旅の合間で見つければ良い。ロゼの成長とミーネの成長。それを見る中で自分にも何か良い変化が起こるならそれもまた良しだ。
「リバル。・・・考えたんだな?」
「当然だ。お前になら任せられる。」
「どうかミーネをお願いします。」
「・・・はー。・・・そうだな。約束するよ。ミーネ?行くぞ。」
ギフトは後頭部を掻いて一つ決める。何があろうと、とは言えないが、自分の出来る範囲で守り育てる。それが自分を慕い、自分を信じてくれた人に対する最大限の礼儀だと。
「やったー!ありがとうギフト兄!」
「はいはい。別れを言っておいで。」
「大丈夫!もう全部言ったから!」
「・・・。・・・そうかー。それはそれは。ロゼ?」
「妾は悪くないからな?何も言っていない。」
既に言っているという事は、ギフトが承諾する事を織り込み済みだったという事だ。ロゼの悪知恵かと思って聞いてみたがどうやら犯人はロゼではなく、単純にミーネにすら思考を読まれたと言うだけの話。
自分の単純さを思い知らされるが、喜び尻尾を振り回すミーネを見ているとそれもどうでもいいか持ち直す。
「じゃあ行くか。次こそ海に行こう。」
「うむ。妾も楽しみだ。」
「僕も!」
三人は別れの挨拶ももういらないと人狼族達に背を向けて歩き出す。背中に声を投げかけられてミーネはその度振り向いて返事をするが、それでもやがてその姿は見えなくなる。
歩いている最中に声は聞こえない筈なのにミーネは度々振り向いて、歩いてきた方角に視線を向ける。それでも声は聞こえず俯いてしまう。
ロゼはそれに声を掛けよとするが、これはミーネが自分で解決するべきものだと口を閉ざし、しばしの静寂が訪れる。
だがそれでも聞こえる音がある。人狼族達の大きく響く遠吠えが、周囲に木霊しミーネの耳を揺らす。
仲間を鼓舞する声。言葉は無くともそれが何を言っているかはミーネにわかる。それを聞いてミーネは振り向くのを止めて前を向く。
「・・・あいつらに胸を張ってやればいいさ。世界を見たぞ!ってな。」
「ギフト兄?今のわかったの?」
「何となくな。」
「なんだ?今の遠吠えは意味があるのか?」
不思議とギフトもそれが何を意味しているのかを知り、ロゼだけが置いてけぼりの状況になって、ロゼがそれの意味を知ろうと二人に質問する。
それを二人は視線を合わせて笑うと、ロゼに振り向いて二人一緒に同じ言葉を発する。特に意味は無いけれど、そっちの方が面白うそうだから。
「「秘密!」」
ギフトとミーネはそれだけ言うと、ロゼから逃げるように走り出す。ロゼはそれに呆れながらも二人を追いかけていく。
そして始まる三人の旅路。次に何が待っているのか楽しみにしながら、三人は自由に旅をする。
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