29 伝えたい事
「腹いっぱいだ。もう食えないな。」
まだ食べたいが、これ以上食べてしまえば吐き戻すだろう。ワイバーンの肉は大変な破壊力を持って、あっという間に全て消えた。
だがその頃には全員酒が回ったのか、雰囲気に酔ったのか。誰も文句を言うことなく別の料理を食い談笑する。
ギフトもそれに漏れずそれなりに食べたのだが、いかんせん大食いでも無いし、人狼族達と違って毎日食事はとっている。それほど腹が減る理由が存在しなかった。
「こんなことならもっとワイバーンで遊べば良かった。」
「ワイバーンとの戦いを遊びと呼ぶ人は怖いよ。」
とギフトがもっと食べたいと独り言を言っていると、それに返事が来る。
騒ぎの場から少し離れた場所で食休み兼、煙草を吸おうと思っていたが、串に刺さった肉とグラスを手に持ちながらミーネがギフトの所にやって来る。。
「一緒に食べようと思ったけど、もう無理?」
「無理だねー。食べるの好きなんだけど、量が入らないのさ。」
「そうなんだ。座っていい?」
ギフトが頷くとミーネはそのまま座り串肉を頬張る。ちまちまと肉を口の中に入れて、数回咀嚼するとゴクリと飲み込む。
ミーネも大概食べたはずなのに一体どこに入っていくのだろうか。少しの羨ましさを感じながら食べる光景をギフトはじっと見ている。
「何かおかしい?」
「いっぱい食えて羨ましいなと。」
正直にギフトが思ったことを話すと、ミーネはむすっと頬を膨らまして、グラスに口を付ける。
「酒?」
「違うよ。フルーツジュース。」
「美味しいか?」
「美味しいよ。」
ミーネに言葉をかければ返事が来て、飲み物をちびちび飲んでいる様子は小動物の様で愛らしさがあった。ミーネはグラスから口を離して、景気づけとばかりに息を吐く。
「ギフト兄!」
「おお?どうした?」
ミーネがギフトの勢いよく叫ぶと、少し驚きつつも話を聞こうと耳を傾ける。言おうと思っていた言葉は決めていたが、いざ本人を目の前にすると言葉が詰まって上手く出てきてくれない。
何も恥ずかしいから言葉が出ないのではない。言いたい事が、伝えたいことが多すぎて言葉になってくれないのだ。そうならないために事前に考えたのに、色んな感情がせめぎ合って口を閉ざす。
「ギフト兄ってどんな生活してたの?」
そして出てきた言葉は自分が言いたい言葉ではなく、自分でも何を思って聞いたのかもわからない言葉だった。
だがギフトは嫌な顔一つせず、その質問に真剣に答えようとする。顎に手を置いて少し考えミーネに返答する。
「どんなって言われてもな。基本傭兵で奴隷になったり、実験体にされたり国を救ったり王様殴ったり。色んな事してきたからなんとも言えないかな?」
帰ってきた答えにミーネは幾つか疑問を持つが、今はその話を掘り下げたい訳ではない。適当な相槌を打つと、そのまま顔を俯かせて再び口を閉ざしてしまう。
「大丈夫かミーネ?調子悪いか?どっか痛いか?」
その様子をさすがに疑問に思ったのか、ギフトはミーネを心配するが、出てくる言葉は的外れなことばかり。
それでも返答のないミーネにどうしようかと悩んでいると、見かねたのか物陰にいたロゼがこちらにやって来る。
「違うだろミーネ。言いたい事はちゃんと言わねば。」
「う・・・。ロゼ姉・・・。」
ロゼはミーネが何をしようとしているのか既に知っている様子。ギフトは二人のやり取りを首を傾げながら待っていると、ロゼに背中を押されてミーネが前に出る。
「ギフト兄・・・。あのね。」
ミーネはもじもじとギフトを見たり、目を逸らしたりと忙しい。ギフトはミーネが何か言いたいかをここで理解する。
確かに改めていうのは恥ずかしいだろう。自分が後で言ってくれと言った手前、急かすわけにもいかないなとギフトはただ待つことしかしない。
そしてずっと待ってくれているギフトを見て、ミーネはやっと覚悟を決めたのか掌をぎゅっと握ってギフトの目を見つめ、ゆっくりと口を開く。
「言いたい事がいっぱいあるんだ。でもね、ロゼ姉が長い話は聞かないぞって言ったからこれだけ言うね?」
迷惑ばかりかけた。盗みを働いていた自分を咎めないで、お金稼ぎを手伝ってくれた。結局それは意味がなくなってしまったが、それでも自分の為に動いてくれたのが嬉しかった。
家族の様に、兄弟の様に受け入れてくれた。一緒に笑ってご飯を一緒に食べて、一緒の部屋で寝てくれた。仲間がいなくなってから始めて心細くない安眠ができた。
自分が黙って出て行って、見捨てても良かったのに助けに来てくれた。そしてついでとばかりに息をするように皆を助けた人に強く尊敬の念を抱いた。
ロゼには既に伝えてある。どれだけ傷ついても自分達の為だけに動こうとしてくれたロゼにも感謝の念は絶える事はなかった。
でもまだ伝えられていない人がいる。全てが終わった時に受け取ると言われて、今がその時なんだ。だからミーネは元気な声で自分の思いを伝える。
「ありがとう!ギフト兄!僕、ロゼ姉もギフト兄も大好き!」
予想よりも大きな声に自分でもびっくりしたのか、慌てて口を手で塞ぐ。だが聞こえてしまった以上ギフトもロゼも無視する事はしなかった。
「ああ・・・!ミーネ、妾もお前が大好きだぞ!」
そしてロゼが感極まったのかミーネを抱きしめて負けじと思いを伝える。それを見たギフトもミーネに近づいて手を伸ばしながらミーネに告げる。
「そうそう。俺も好きだよミーネ。」
ギフトはミーネの頭に手を置いて優しく撫でる。出会ってから何度も何度も撫でてくれた優しい手。ロゼもギフトもミーネにとって太陽の様な存在で、ずっと一緒にいたからか自分にもその匂いが少し移っている。
ミーネはそれが嬉しかった。自分がそこに居ることが認められた気がして、ミーネは思わずロゼの胸に顔を埋めて嗚咽を漏らす。
それをロゼは優しく抱きしめて、ギフトも笑う。笑ったままギフトは告げる。
「どんなに頑張っても埋まらないだろそこは。」
「・・・ミーネ。・・・少し離れていろ。」
珍しく、本当に珍しく、ロゼは自分からミーネを離す。だがミーネもそれは仕方ないと受け入れてすっと距離を取る。
「・・・どしたんロゼちゃん?怒ってる?」
「うむ。怒っておる。」
ロゼの右手を勢いよく振り抜かれ、気持ちのいい音がギフトの頬から鳴り響く。涙を拭いながらミーネは呆れてしまう。
「馬鹿だなー。ギフト兄。」
それでも笑は込み上げて、ミーネは夜空を見上げて笑う。隣で起きた喧騒も今は心地よく、輝きの下で三人は騒ぎ始める。
二章はまだ終わりません。