28 宴
時刻は夕暮れ。
ワイバーンの解体は多少遅くなったとは言え無事終わり、ニコには素材は渡し、少しやりたい事があるので残ってもらっているが、これと言った騒ぎは起こらなかった。
唯一ひっきりなしに商人がやって来る事だけが面倒事だが、ある程度の欲しい物との交換が終わると、後の一切をギフトは無視し続けていた。恩も義理もない相手に金を積まれようが分けてやる必要はない。
「ギフト兄って変だよね?」
どれだけ金を積まれようと、珍しい物との交換を持ちかけられようと、ギフトは頑として首を縦に振らない。
その様子を見たミーネの一言だが、それすらギフトは笑い飛ばす。
「ニコに届けるって言ったからな。」
「悩んだりしないの?」
「約束は守るもんだぞ。」
煙草を吸いながらギフトは代わる代わるやって来る商人を一蹴していく。流石にうんざりしたのか小さな声で「吹き飛ばそうか・・・。」と呟いた時、町の中から別の一団が近づいてくる。
「お、来た来た。」
「すごく怖い呟きだったよ!?」
小さなぼやきはミーネに聞こえたらしいが、勘違いだと言い張ってギフトはやってきた人に手を上げて軽く挨拶を交わす。
「よ。どうなった?」
「方針は決まったさ。後は彼ら次第だな。」
ロゼは簡単に情報を与え、ギフトはそれで良いと満足げに頷く。もし、町側が人狼族を仲間にしない方針ならロゼが黙っているわけがない。
恙無く方針が決まったというのならそれはギフトの思い描いた通りの結末になったのだろう。
ロゼの後ろにいるリバルにギフトは近づいて胸を叩く。
「後はお前の努力だな。」
「・・・ああ。・・・感謝する。」
「余計なお世話って言っても良いぜ?」
他に類を見ない試みではある。獣人を町の一部として生活していく事など。
それでもリバルは人狼族としての種族で生きていくことより、二度と悲劇を起こさないための道を選んだ。それはとても勇気がいる事で、誇りを持つべき行為だ。
だがそれはせめて意見を聞いてから行うべきのものだ。所詮ギフトは人狼族の為を思っての行動ではなく、ミーネが嫌われないよう住みやすい環境を作るための行いだから、リバルには怒られる事もありうると覚悟している。
「言うわけないさ。新しい道を示してくれた。俺達に生きる道を教えてくれた恩を仇で返すわけには行かない。」
リバルの口調は穏やかで、憑物が落ちたように苦笑いを浮かべている。人狼族の誇りは仲間にあって、自分にはない。
守ること、生きること。それが絶対不変の誇りだと思っている。一度道を踏み外しそうになったが、こうして仲間と共にいられる生活を与えてくれたのは間違いなくお節介な人族と、お節介な化物だ。
「感謝している。本当だ。・・・本来なら俺がこんな事を言えないのだろうが・・・。」
「湿っぽい話は終わりさ。準備はしてるんだよ?」
ギフトは放っておけば自己嫌悪に陥りそうなリバルの言葉を遮って宣言する。
成功するのはわかっていた。だが万が一を考えて口にすることも無かったが、今なら堂々開催できる。
ギフトは少し歩いて人狼族達から離れ両手を広げて大声を張り上げる。
「つまんない話は終わりだ!こっから先は、楽しい宴の始まりだぞ!」
言葉の終わりと共にギフトは炎の玉を周囲に作り、空へ打ち出す。本当なら夜の方が綺麗なのだが、騒ぎになりすぎても人がやってきて面倒だ。
炎の玉は空を駆け上がり、ある程度の高度に達すると盛大に爆発する。赤い夕日に負けないように、より強い光を地上に届けるための盛大な炎。
「パーティーだ!ワイバーンの肉焼いて、食って、酒を飲んで!笑って今日を終えようじゃないか!」
ギフトの言葉に最初は戸惑っていた人狼族達だが、次第に声が上がり、だんだん笑顔が伝播していく。声は大きくなり、やがて彼らは楽しむために動き出す。
鬱屈した日々の終わりに相応しい。そうと考えなければやってられない。奴隷にされた日からずっと待ち望んでいた自由な日々。それが目の前にぶら下がっていて我慢は出来なかった。
「それで?妾は食事係か?」
「今回は残念だがお前が主役だ。歓迎されてこい。」
「む?それはどういう・・・。」
ロゼがギフトに疑問を投げかけようとした時、ロゼに向かって数人の人狼族がやって来る。それはロゼと戦い、ロゼに守られ、ロゼに意見した面々だ。
「お嬢ちゃん。俺達と飯を食わないか?」
「・・・ふむ。」
「嫌ならいいんだ。俺達も厚かましい真似はしたくない。」
男は自分達の為に戦ってくれたロゼに反抗したことを心配しているのだろう。恩知らずと言われても仕方ない行為で、今更のこのこやって来る事も恥ずべき事かも知れないだろう。
「構わん。お主らの話を聞かせてくれ。」
それでもロゼはそれを許容する。確かにあの時はロゼと対立したのかもしれない。だが今はその上で食事に誘ってくれているのだ。
あったことをそのままにせず、後悔してロゼと仲良くなりたいと言ってくれる。そんな人を無碍に扱うような考えはロゼの頭にはこれっぽっちも存在しない。
「喧嘩した後でも一緒に食事が出来るのは良いものだからな。」
「・・・ああ!じゃあこっちだ!直ぐに焼くからよ!」
ロゼは人狼族の誘いに乗ってギフトから離れていく。それを横目で見ながらギフトは付いて来ていた何故か惚けている町人たちに話しかける。
「全員は無理だがお前らはこれから仲良くならなきゃな。食っていけよ。」
「・・・ハッ!?い、いや、・・・良いのか?」
「当然。お前らはこいつらを知るべきだろ?」
これから先を作っていくのはこの町の人間と人狼族だ。ギフトはそう遠くない時期にまた旅立つだろう。その時までになるべく仲良くなってくれていたほうが旅立ちやすい。
「ただ調味料をくれ。滅多にないワイバーンを食える機会だから、多少は融通してくれ。」
「そのくらい良いさ。・・・酒も良いか?」
「羽目外して喧嘩して、人狼族の強さを実感してこい。」
笑いながら不穏な言葉で許可を出すが、町人はそれを気にせず町に戻っていく。どんな話し合いがあったかはわからないが、リバルはある程度の信用を勝ち取ったようだ。
ギフトは町の方角から目を離して、宴の中心へ目を向ける。盛大に炎が上がって周りに木々を打倒しただけの簡易な椅子。商人から勝った鉄の板を石で組んだだけの焚き火で熱くしていく。
ワイバーンの肉を熱々の鉄板に置くとジュウと気持ちの良い音が鳴って、肉から油が染み出して鉄板に染み渡っていく。音と匂いは暴力的なまでにお腹を刺激して、それでもその間をただ待つだけじゃなく笑って喋りながら過ごしていく。
「良いものだな・・・。」
リバルは感慨深げに呟いて、その光景を目に焼き付けようとしているのか瞬きもせずに見つめている。ギフトは横目でそれを確認して、リバルの脇腹をつついて視線を自分に向けさせる。
「そんな必死で見なくても、これから何度も見られるさ。」
「・・・ああ。そうだな。」
ギフトの言葉にリバルは同意を示す。何度も見られるかどうかはリバル次第だが、ギフトはそれを疑っていない。殴り合っただけでそれほどお互いを知らないはずなのに、ギフトは確信をもって言ってくれる。
それが嬉しい。自分は間違えて視界が濁っていたはずなのに、この光景が鮮明に、綺麗に見えるのはギフトとロゼ、それにミーネがいたからだろう。
「少し良いか?」
リバルはギフトに伝えなければいけない事がある。それは必ず言わなければならないことで、受け取ってもらわなければならない言葉。ギフトは真剣な表情をしたリバルを見て、悩むことなく口を開く。
「やだ。」
それ以上言うことは無く、ギフトは懐から煙草を取り出して火を点ける。風向きは町に流れているから人狼族達に不快な思いもさせないだろうと、美味しそうに煙草を吸う。
「・・・待ってくれ。俺は、」
「どうせ俺に謝罪の言葉をつらつら並べるんだろ?そんなのいらないよ。」
まさにその通りでリバルは二の句が告げなくなった。最初にあった時点で牙を向いた。いやギフトには今まで三回あっているが、その時のリバルは半ば錯乱状態で、決して救い出す対象にはならない筈だった。
そんな自分を救ってくれた。迷惑をかけた事を謝罪しなければいけない。そう思って発言したが、ギフトはその言葉を受け取るつもりはない。
「俺は届け屋なんだ。欲しい言葉はいつだって一つさ。謝罪よりも、言った奴も言われた奴も嬉しくなる便利な言葉があるらしいが、お前は知っているか?」
嫌味な程の笑みを浮かべてギフトはリバルの目を見やる。身長の関係でリバルが見下しているように見えるが、立場は全く逆だ。
リバルはその目と言葉に降参したのか、苦笑いを浮かべて目を閉じる。自然と口から笑いが漏れて、ギフトの欲しい言葉はすぐに見つかる。
「ありがとうな。」
「どういたしまして。」
「便利な言葉と括るのはどうだろうな?」
「それ以外の表現が俺に無いだけさ。」
素敵な言葉、と言えばいいのにそれを言わなかったのだろう。恥ずかしさからか、それとも本当に浮かばなかったのかはリバルは見分けれなないが。
リバルはそれ以上何も言うことは無いのか、宴の中心へ入っていく。ミーネが笑い、ロゼが呆れ、人狼族達は馬鹿みたいに騒いで、リバルは穏やかにそれを見守っている。
町人達がやってきて宴はまた盛り上がる。ここには人族も獣人も関係ない。ただ一緒に酒を飲んで飯を食うだけの命があるだけだった。
太陽は沈み、当りは暗くなるが、それでも彼らは楽しんでいる。ギフトはその様子を離れた位置から眺めて星を見上げる。
「おお。すごいな。今日は一段と綺麗じゃないか。」
燦々と輝く星々は彼らの未来を照らしているのか、とても綺麗に輝いている。暫くそれを見ていたギフトだが、服の裾を引っ張られる感触に視線を下げる。
「ギフト兄!一緒に食べよ!」
ミーネが頭上の光に負けないほどの眩しい笑顔でギフトを誘う。それに逆らう術はギフトには無く、誰でもない孤独な存在は、誰もがいる人の中へと混じっていく。