27 成長とは
ギフトはワイバーンの解体に取り掛かかろうとするが、その作業は遅々として進まない。
人狼族や町人達が見ている中での解体は目が気になって集中力を欠く、という事は無く。そもそも周りの目を気にしないギフトには奇異の視線もさしたる問題には上がらない。
「んー。とりあえず鱗だけ剥いで、その後皮かな?」
問題なのはギフトがワイバーンを解体した事が無いと言うことだ。どうせ使うならみみっちく無駄なく使いたい。だがどうはぎ取れば一番良いかをギフトが知らないのだ。
「長い方が便利かな?」
「うーん。そうですね。とりあえず長く切って貰って、後の細かいところは自分で切りますし。」
「なら可能な限り分厚く皮を剥ぐか。後は肉だなー・・・。」
ニコの答えでギフトはとりあえずの方針を決める。ただニコに渡す分はそれで良いとして、ギフトが食べる肉分はどうするかまた迷う。
血抜きは大丈夫。後は内蔵を傷つけないようナイフを入れて開いていく。だがこの巨体を解体するには一人では大変だし、内蔵の処理も面倒になる。
こんなことなら町から離れた場所で解体すれば良かったかと考えるが、それではワイバーンを示す方法がなくなる。このまま持ってきたことは正解だとは思うが、同時に面倒臭さもある。
「つーわけで手伝えお前ら。折角だからワイバーンの肉でパーティーしようぜ。」
「ねえギフト兄?僕もやってみてもいい?」
「難しいぞ?それに意外と力も使う。」
「・・・無理かな?」
「難しいと出来ないは違うよ。」
ギフトはナイフをミーネに渡して手を握る。ワイバーンの皮は恐らくミーネの力じゃ切れないだろうが、ナイフの刀身に魔力を帯びさせれば多少は力を使わずに済む。
焦げた部分は使い物にならないだろうが、それでもミーネの意思を尊重する。人狼族を呼びつけてミーネが解体しやすいよう少し持ち上げさせて、落ちた首元辺りからナイフを入れていく。
「今回は補助ありだから切りやすくするな。コツだけ掴んで見ろ。」
「うん。任せて。」
真剣な表情でミーネはナイフを少しずつワイバーンに滑らしていく。手際だけ見ればロゼよりもいくらか丁寧だと思える動作にギフトは思わず驚いてしまう。
「上手じゃないか。やったことあるのか?」
「兎とかならね。猪とか熊とか大きいのは見たことしかないけど。」
「へー。それは良い経験をしたな。」
解体等そうそう間近で見れるものではない。だがそれは人が食事を取るために必ず必要になることで、その現場に立ち会えるのは経験として必ず良きものとなる。
何も思わずに食うだけの人生はつまらない。一つ一つに感謝出来る人生の方がよっぽど豊かな物だと思っているギフトは、正直にミーネを賞賛する。
「そっからまっすぐ尾の付け根まで切る。自分の手は切るなよ?」
「大丈夫だよ。ギフト兄が支えてるし。」
「だから気をつけるんだ。一人でやった時に怪我しないように今集中しな。」
ミーネはいずれ大きくなり、誰かと共にいるだろう。考えたくはないが一人の可能性だってある。その時に生きれる可能性を少しでも伸ばしてやるのが、短い期間でも兄と呼ばれた自分の役割だとギフトは思う。
当然自分以外にもミーネに教えてくれる人はいるだろう。だが、今教えているのはギフトで、真剣に取り組むのなら、ギフトも真剣に教えていく。
尾の付け根までを一本の線で結び、次に翼の付け根まで歩いていく。ワイバーンの解体として正しい手順かは知らないが、とにかく一回全ての皮を剥いでいくつもりだ。
翼の付け根に切込を入れる。それを対の翼にも入れて首の辺りの皮の下にナイフを入れて、張り付いた神経を削いでいく。
「うわ。これは重労働だね。」
「でかいからな。お前が食うものも誰かが苦労してるから美味しいんだ。」
「ふーん。格好いいね!」
「当たり前だ。誰かを喜ばせる事が出来る奴は格好いいんだ。」
ギフトは恍ける事も、はぐらかすこともなく、ミーネに自分の思いを吐き出している。他の人には恥ずかしくて言えないことも、子どものミーネには誤解しないようしっかり伝えなければいけない。
「だからギフト兄もロゼ姉もお兄ちゃんも皆も格好いいの?」
「そうさ。誰もが誰かの為に戦っただろ?それは間違っていても、失敗しても格好良かっただろ?」
間違える事は良い。失敗しても構わない。本気で人の為を思って行動できる者は誰しも美しく見える。
ロゼはミーネの為に。リバルは人狼族の為に。人狼族は自分達を救ってくれると言った人の為に。誰もが痛みを超えて戦った。それはミーネの目に怖くも勇ましく映ったことだろう。
意見が食い違うことがあっても彼らは自分の事だけの為に動けなかった。狐を殺したいほど憎んでも、それを実行に移せないのは甘さであり優しさだとギフトは知っている。
ギフトがそれをしないのはそれが間違いだからではない。自分を守るためだ。恨まれて狙われるよりか、殺して遺恨を残さない道を選んだだけ。優しくもないが甘さのない道を選んだ宿命だ。
「そう考えたら俺はいつも自分の為だけだなー。」
思わずギフトは呟いてしまう。ギフトもそれが格好良いとは思っていても自分はその道を選ばなかった。身を守るためにしか生きてこれなかったからこそ、今更自分は戻れないと。
もしかしたら望んでいるのかもしれない。殺し合いの無い世界を。今見ているよりもずっと途方も無い夢など妄想でしかなく、それを追いかけるつもりは無い。
自分の中に芽生えた矛盾に気づいてギフトは自嘲気味に笑みを零す。だがミーネはギフトの言葉を否定する。
「そんなことないよ?ギフト兄は一番格好良かったよ?」
「えー?嘘だろ?」
「本当だよ!」
「危ないからナイフを持って振り向くな。」
振り向いてギフトに近づこうとしたミーネを止めてナイフを取り上げる。申し訳なさそうにしながらもミーネはギフトに自分が思ったことを吐き出していく。
「もう駄目だと思ったんだ。皆奴隷にされて一人になって、死んじゃうって思ったんだ。」
ミーネはあの場に一人だけ首輪のかけられなかった存在。リバルが倒れ、ロゼが捕まり頼れる人は誰もいなかった。
ギフトは偶然来ただけなのだが、それでもそれがどれだけ頼もしく見えたか。それをギフトに伝える語彙力はミーネに無いが、それでもギフトが来た時にミーネはもう大丈夫だと確信していた。
「ギフト兄は誰も見捨てなかったよ。自分の為だけなら僕らの事見捨てるよね?」
「んー。それも打算的な行動だからなー。」
ギフトからすれば結果論でしかない。偶然救えたから救った。偶然勝てるから勝った。偶然思いついたから実行に移した。全て自分が優れていたからではなく、できることがあるからやっただけで、それは特別誇るものではない。
「たぶん俺はワイバーンがもっと強かったら逃げてたよ?」
「嘘だー!」
「嘘じゃないさ。本当だよ。」
正直ギフトはそこまで自分を正義感にあふれているとは思えない。腹が立つやつは殴るが、それが嫌われ者だったという話が多いだけで、自分が絶対的な正しさを持って行動しているわけではない。
いざとなれば自分を救うために逃げる。それがギフトの心情だ。それは間違いない筈だが、ミーネはそれを全く信じてくれない。
「だってロゼ姉が言ってたよ?『自分から逃げて生きられない』って。」
「・・・あー。ロゼは言いそうだな。」
「だからギフト兄もなんだかんだいって皆助けちゃうんだ。」
「なにそれ。すごく恥ずかしいじゃないか。」
口で断ると言っておきながらいざとなったら救いの手を伸ばす。そんなこと小っ恥ずかしくて自分はできないなとギフトは笑う。
だが考えてみれば自分も確かに大概甘い。それもロゼとミーネに対して自分は甘甘だ。意識したつもりは無いが、ロゼとミーネの意見はなんだかんだ尊重している。それが例え自分の意に反していても。
「ギフト兄はきっと好きな人に優しいんだよ。だからそれ以外にちょっと冷たいんだ。」
「・・・ぐぅ。否定しきれない・・・か?」
「そうだよ。」
知ったような口を聞くミーネだが、その言葉は一理ある。と言うより自分では考えていなかった意見だ。
自分の事を常に一番に考えていると思っていたが、そうでは無い。もしかしたら自分が一番だからこそ、自分が好きな人に甘くなるのかもしれない。
「うーん。俺は自己中だと思ってたがなー。」
「自分しか考えてない人をお兄ちゃんって僕は言ったの?」
そしてミーネから出された言葉はギフトの脳に届く。それは駄目だ。自分が認めた人が自分を低く見ることなど、自分の所為で低く見られる等あってはならない。
ギフトは少し納得する。まだ全て受け入れた訳ではないが、恐らくミーネの言っていることも間違って無いのだろう。そうでなければミーネに失礼だ。
「生意気になったなーミーネ。お兄ちゃん嬉しいぞ。」
「僕は生意気じゃ無いよ?」
頬を膨らまして抗議するミーネを笑いながらギフトは思う。今たぶん自分は成長しようとしている。
それは迷い。迷いがあるからこそ人は成長するものだと教えられた。ここ数年で久しぶりの悩みにほんの少しの戸惑いを覚えながらも悪い気はしていない。
自分もまだ成長できるなら、それはどこに向かうかわからない。わからないことは楽しいものだ。願うならその成長を感じた後で楽しいと思えるものになれば文句ない。
息を吐き出して一先ずその迷いを一度振り切る。どうせ考えても出ない答えを延々考えるつもりはない。ギフトは再びミーネに解体の手順を教えながら、上機嫌に鼻歌を歌い始めた。