9 戦いと呆気ない終わり
一人ポツンと川辺に座るギフトは、服が乾くのをただ只管に待ち続ける。やっぱり防水性は大事にするべきかと今更ながらに後悔している。リュックに入っていたものは全滅。服もメシも予備のタバコも全て駄目になっていた。
待つこと数分、ついに腹の虫が鳴り始める。大食らいという訳でもないのだが、保存食以外の食事ができると思った直後にそれは無しという運びになった。
持ち上げられてから落とされた事はギフトのお腹に確実にダメージを与えていた。
「服はビチャビチャ、タバコは吸えない。メシは食べれる状況に無し。最悪だな。」
今の自分の状況を言葉にして確認すると腹も立ってくる。とにかく飯だ。飯を食わねば苛立ちは募るばかりになるだろう。
「騎士が居るっつってたよな。なら近くにいるかも知れないし探しに行くか?」
去れと言われたが、そんなことより重要なことがある。何より名前も知らない人の言うことなどまともに聞くつもりなど無い。
乾かしている服を触ってみると、先程よりも大分ましになっている。本当ならやりたくないが、この際だと魔法で服をどんどん乾かしていく。
旅の最中に戦闘行為以外で魔法は使用するべきではないと、口を酸っぱくして教えられた。いざという時にほんの少しの魔力不足が生死を分ける時があるからだ。
だが、今はそれよりも飯が食いたい。ただでさえ三日間人の住まない場所にいるのだ。自分で料理もできないギフトにとって、美味しい食事など取れるはずもなく、少し鬱憤は溜まっているのだ。
「探そう。ご飯もらおう。耐えられないし。」
魔法で乾かした服を着ると、熱が込められたからか暖かさがある。それに少しばかり気を良くして、騎士を探すべくギフトはローゼリア達が消えた森の方へと進み始める。
「まだ着かぬのか?」
馬に跨り馬上から不服の声を上げるローゼリア。それに対して同じく馬に跨った騎士と同じ鎧を着込んだグラッドが言葉を返す。
「姫様。焦る気持ちもわかりますが、どうぞ落ち着いてください。」
「落ち着いていられるか。無辜の民の血が流れるかも知れないのだぞ。」
グラッドはローゼリアをなんとか宥めようとするが、どうやら聞いてくれそうにはない。
ここから森を抜け少し離れた場所に村があり、その周辺で野盗を見かけたと周囲の索敵を行っていたものから情報が入ったのだ。
本当なら、その情報が確かなのか調べ、敵の勢力を調べ、地形を把握するべきだとグラッドは思う。しかしローゼリアは我先にと村へと急行した。
その情報の真偽等関係ない。可能性があるのなら急ぐべきと、何もないならそれで構わないと言い張ったローゼリアだったが、流石にそれは無謀と言わざるを得ない。
日は少し傾きかけている。もしこのまま夜になれば、この辺りを根城にしている者の方が有利になる。グラッドはローゼリアの身の安全を第一に考えるが、ローゼリアがその限りでないので、渋々ながら同行しているのだ。
ここにいる騎士はグラッドとローゼリアを除き五名。この五名は今回同行してきた中でも一目置いている者達だ。自ら訓練を施したこともある。
それでも、ローゼリアを守る砦として連れてきたがこの判断は間違いだったかもしれない。ローゼリアの性格を考えれば、自分のために傷つく者など見たくは無いだろう。例えそれが職務であったとしても。最悪の場合は見捨てることもやむなしだが、それは彼女は認めてくれないだろう。
ならば、自分と二人で身軽に行動するべきだったか、とグラッドが今更益体もないことを考えていると、野盗どころか人一人見つけることなく、その村に辿り着く。
「ここか?・・・随分寂れているようだが。」
「・・・お気を付け下さい。姫様。人の気配は確かにします。お前たちも警戒を怠るな。」
その村は住人が外におらず、それどころか人の話す声すら聞こえずどこか不気味な様相を醸し出している。
グラッドは何より不気味さを感じている。この場所に村などあったか、思い出せないのだ。グラッドの知らないだけの可能性もある。国の全てを知っている者などいない。国王ですら新たな村が作られたときそれを知らないことも多々あるのだ。
大概はそこを収める貴族に報告し、それを王に報告するのだが、ここ近年ではその情報のやり取りが上手くなされていない。事あるごとに王を煩わせるわけには行かないという理由の元、王がいなくとも経営が滞らないということを示したいだけだ。
それでなくとも、この国では昔から上手くいけば報告、そうでなければ無かったことに、ということは日常茶飯事だった。だからこそ貴族への反感は膨れ、現王が支持されているのだが。
それはさておき、今はこの村だ。建物を見る限りではそれなりに新しく作られている。村が新しく作られたなら、そこには活気が有るはずなのに、この村からはそれが感じられない。
グラッドは周囲を警戒しつつ、ローゼリアに馬へ乗りながら近づく。馬に乗ったままなら事態が急転したとしても直ぐ様逃げられる、そう判断してのことだがそれが仇となる。
風を切り裂く音が鳴り、馬の声が聞こえた直後グラッドはその体を地面に落とされる。受身をとって直ぐ様ローゼリアの元へ向かおうとするが、その足元に矢が突き刺さり、足を止めてしまう。
その事態にローゼリアは馬から逃げるよう飛び降りると、今までローゼリアがいた場所に矢が飛んでくる。地面へ降りて、剣を抜き放ち辺りを睨むように注視する。
「申し訳ありません姫様。油断を、」
「今は良い。状況の判断に努めよ。」
至って冷静に、だがその額から冷や汗を流しながらローゼリアは告げる。言葉に従いグラッドが周りを見渡そうとした時、村から火の手が上がり始めた。
その火の前でこちらに向けて矢を番える人物が見えた。グラッドはローゼリアの体を抱き倒れた馬を盾がわりに身を隠す。
「これは・・・。姫様。我らはどうやら嵌められたようです。」
横を見やると、そこには新人二人の首のない死体があった。残る三人はこちらに剣を向け、油断なく構えている。
「どういうことだ、貴様ら。姫様に向けて剣を向けるなど、冗談でも許されることではないぞ。」
「冗談のつもりはありませんよ。我らが仕える主の命です。」
その言葉に偽りはないのか、迷う素振りは見えず、グラッドは舌打ちを鳴らす。
すると、ローゼリアは何を思ったのかグラッドの手を離れ、馬の盾から身をさらす。突然のことにグラッドは止める暇もなく、ローゼリアは敵と向かい合う。
「貴様等が仕える主が誰かは知らぬが、卑劣な真似をしてくれたな。」
その声は震えている。だが、それは恐怖によるものではなく、怒りによるものだ。怒気を孕ませ相手を睨みつけ、剣を抜き放つ。
「最早何も問うまい。妾の怒りに触れたこと、その意味を、身を持って味わえ。」
裏切られたことに対する怒りなのか、それとも騎士を殺された事に対する怒りなのか。恐らくその両方だろう。ローゼリアの怒りが具現化したように体の周りを魔力が包み始める。
「魔法を打たせるな!一斉にかかれ!!」
「グラッド!騎士の本懐を果たせ!下劣な輩に妾の怒りを思い知らせてやる!」
グラッドはローゼリアの前に守るように立ちはだかる。それを確認するまもなく、ローゼリアは行動を移していた。
その場を大きく飛び退り、呼吸を整える。グラッドはそれに追随し飛んてくる矢を大ぶりの剣で薙ぎ払い撃ち落としていく。
「荒ぶる雷よ!集い集いて妾の敵を薙ぎ払え!雷帝の鉄槌!!」
ローゼリアが剣を振るうと、それに合わせて相手の頭上に雷が落とされる。数名が意識を手放す。それに一瞬怯んだ隙を見逃さず、グラッドは人垣に、ローゼリアは裏切りの騎士に、それぞれ一気に距離を詰め、目の前の敵を切り払う。
グラッドの剣がひと振りで三人の体を吹き飛ばす。年老いたとはいえ、その豪腕は未だ衰えず、剣が振るわれるたびに人が吹き飛ぶ。
対しローゼリアの剣は流麗で、力は無くともその手数の多さは並みの実力では捌ききれない。更には戦闘中にもローゼリアは呪文の詠唱を行う。
「紫電よ!収束し敵を穿て!雷の弾丸!」
それは先ほどの魔法に比べれば弱く、精々が一瞬相手の動きを止めることしかできない。だが、それで充分。目の前に敵がいる状態で動きを止められれば、為す術は無い。剣を振るい、足を切りつける。
その様子に足が止まってしまった残りの二人を倒すべく近づこうとするが、飛来してきた矢を避けるため、自然とその距離を離す事になり、同じように相手と距離を取ったグラッドと背中合わせに剣を構える。
「数が多すぎますな。あと一人我らと同等の実力者がいれば・・・。姫様、ここは撤退を。」
「無い者を言っても仕方なかろう。それは構わぬ。だが、どうやって包囲を抜ける?」
時間が経つにつれて不利になる。今では二人を中心に半円を描くように人が広がっていた。
二人を倒し森に逃げ込むことも考えられる。だがそちらに敵がいないとも限らない。何より背中を見せるわけには行かない。そうすれば飛んでくる矢を避け切れる保証はない。
八方塞がりな状況で、一縷の望みを賭けるなら、森の中へと逃げ込むことが正解だろう。仕方なしとばかりにグラッドに支持を下そうとすると、ローゼリアが向き合う二人に炎の弾丸が飛んでくる。
それは背中に命中し、服が燃え上がる。それを消すために地面を転げまわる二人よりも、その魔法を飛ばしてきた方向へと誰もが目を向ける。
そして森の中から現れたのは真っ赤な長い髪を三つ編みに括った魔道士の様な帽子を被って、木の杖を持った青年だった。その青年はなぜか顔を怒りの形相に染め上げこちらへと近づいて来る。
それを許すつもりはないのか、リーダー格であろう一人が支持を飛ばし、立ち上がった二人が青年に向けて飛びかかる。
それを青年は魔法で追い払うこともなく、相手の鼻先に軽く拳を打ち込み、直ぐ様後ろに回り込むと後頭部を鷲掴みにし地面に叩きつける。
青年はゆっくり立ち上がり、汚れを払うかの様に手を叩いて視線を向ける。ローゼリアとグラッドの後ろに向けて。周囲が唖然とする中、青年ははっきりと告げる。
「お前ら全員生きて帰れると思うなよ・・・!俺を怒らせた罰を受けろゴミ虫どもがっ!!」
そして包囲の中に単身飛び込み、一人一人殴り飛ばし、蹴り飛ばしていく。丁寧に、鬱憤を少しでも晴らすように。怒りのままに暴れまわるその姿は、純粋な恐怖を相手に刻み込むのだがそんなことはどうでもいい。許すわけには行かなかった。
唖然としていたローゼリアとグラッドだったが、そんな場合じゃないとグラッドが先に復活する。
「姫様!好機です!今のうちに相手を制圧致しましょう!!」
「う、うむ!この幸運に感謝しよう!」
戸惑いながらも突撃する二人。その戦いが終わったのは、日が沈み、辺りが月明かりに照らされ始めた頃だった。
続きは明日10時。
誤字脱字は気をつけていますが、
あれば報告お願いします。