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Deliver Happy   作者: 水門素行
二章 獣人闘争 四部~未来に向けて~
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26 嘘ばかりの口

「ど、どういう意味ですか?」

「そのままの意味さ。狐を持ってきて。」


 ギフトの言葉に我に帰った人狼族(ワーウルフ)達がワイバーンの背中に乗せていた狐を降ろしてギフトの近くに運ぶ。ギフトは狐の首の後ろの服を掴んで町人に見せつけ語りだす。


「こいつがワイバーンを操ってこの町を壊そうとしてたのさ。だからそれを知った俺と人狼族(ワーウルフ)達がその計画を止めたのさ。」


 正々堂々嘘を吐く。それでも自信満々に言い切ればある程度信用されると思っている。仮に最悪の場合でも別の手段もあるから余裕もある。


 ギフトの言葉に話を聞いた町人はどよめき口々に話し出す。それが真実かどうかもだが、人狼族(ワーウルフ)、いや獣人たちが人の為に戦うとは思えない。


「待ってくれ。色々説明が足りてない。」

「そうかな?なら何でも聞いてくれていいよ?」

「・・・まず、そうだな。この町が襲われると何故知った?」

「俺の妹は耳が良くてね。話を聞いたんだよ。お前らに教えても良かったんだけど、騒ぎを起こすのも良くないかなって。」


 ペラペラペラペラありもしない事実を饒舌に語り、嘘を町人に事実として誤認させる。リバルはその様子を見ながら少しだけ辟易とした表情でギフトを見る。


「それにワイバーンも見てみたかったからさ。でも俺の力じゃ勝てないからさ。ここにいるリバルに倒してもらったのさ。」

「・・・人狼族(ワーウルフ)が人の為に戦ったのか?」

「じゃなきゃお前らは生きていないよ?」


 代表して話す男はギフトの言葉を聞いて顎に手を置いて考える。今仮にそれを否定して益が出るかどうかを考えているのだろう。


 否定して追い返すのは無理な話だ。どこかで逆鱗に触れればワイバーンを倒した相手と戦う事になる。リバルが本当に倒したかどうかは不明でも、事実としてそこにワイバーンの死体がある。


 死んでいるワイバーンを連れてきたか可能性も考えられるが、この辺りでワイバーンに勝てる魔物はいないだろう。いても首を切り落として食うこともせずに去る魔物はいると思えない。


「・・・待て。俺達は噂は聞いている。人狼族(ワーウルフ)はこの町の周辺で人を襲っていた。」

「それは嘘さ。」

「見たものがいる。一つの商隊ではなく、他の奴らからも目撃情報は出ているが?」

「全部こいつの仕業さ。こいつは姿を変えられる。」


 ギフトは手に持った狐をずいと突き出して言葉を否定する。嘘を吐いているのはギフトで、リバルは確かに人を襲ったことがあるのだが、ギフトはその事実を消し去るつもりだ。


 リバルは複雑な心境ではあるが、それでも無言を貫いている。今ここでギフトの邪魔はするべきではない。少なくともギフトが人狼族(ワーウルフ)に対して害を与えるつもりは無いと信じているからだ。


「これは天狐族(ヴィクセム)。この町にいた武器商人だな。」

「・・・知らないぞ?少なくとも町に来る商人は知っているはずだが・・・。」

「姿を変えられるって言っただろ?おい、元の姿に戻れ。」


 狐の頬を何度か平手打ちにして意識を覚醒させる。目覚めた狐は眼前に迫るギフトに怯え抵抗しようとするが、力も魔法も到底叶わぬ相手。足掻きは虚しくギフトの加減されたビンタで終りを迎える。


「二度目だ。人の姿に戻れ。内臓から焼き尽くすぞ。」


 笑みを浮かべたまま狐に近づいてギフトは脅しを入れる。ロゼが近くにいれば止められたかも知れないが、今はロゼはこの場にいない。


 何でもやりたい放題とまで言う気はないが、多少痛めつける事くらいは構わないだろう。この場で変に時間をかけるのは面倒くさいし、町人に考える暇も与えたくはない。


 狐は涙目になりながらもギフトの言葉に従う。狐は姿を歪めて行き、耳を消して尻尾を消して、やがて人の体に姿を変える。


 町人は目を見開いて驚く。それはそうだろう。もしこんな能力を誰もが使えるなら警備など役に立たない。今は魔物相手の為に門番がいるが、いずれはそれだけでは足りなくなる。


「こういうこと。不安でもあるだろうね。いずれ町として発展するなら姿を変えられるなら意味が無い。」

「・・・。」


 ギフトの言葉に黙って頷くしか出来ない。それを見てギフトは言葉を少し遅らせるために煙草を取り出して煙をゆっくりと吐き出す。


「ただここでお前らに素敵なお話だ。」


 人の思考は一度止まってしまえばすぐ回りだす事は無い。更に不安な状況も与えてしまえばより簡単な結論に急ぎたくなるのは人の心理だ。


「こいつらは変装を見破れる。その上ワイバーンを倒せるほどの実力がある。この町の用心棒としてこれ以上相応しいやつはいないだろう?」


 言葉は頭に響き思考を戻らせる。今彼らの頭は『人狼族(ワーウルフ)のしてきた事』よりも『これからの町の事』に考えが移行している。


 話をすり替えて根本的な解決をしているわけではないが、それで構わない。所詮狐や商隊の言葉は噂でしかない。町の人間には人狼族(ワーウルフ)の噂はあっても事実を確認したわけでもない。


 それも狐のした事と言われれば町人からすれば納得も出来る。もし人狼族(ワーウルフ)が人を襲うなら、ワイバーンを倒して人を救う必要も無いし、ここで話をする必要もない。


 狐が流した噂を聞いて、それを否定するために戦った。そう考えるのが一番道理に適っていると思い始める。


「それにこれから町を発展させていきたいなら人狼族(ワーウルフ)をここで引き込めるのは良い案だと思うよ?」

「・・・それはどういう意味でしょうか?」

「俺は職業柄いろんな町を見て回るのさ。この大陸はそれなりに回ったと思うよ。」


 これも嘘。ギフトが一人で旅し始めたのは数年前。それまである程度移動することはあってもある種の縄張りみたいな場所で活動していただけだ。


 だが今それを言う必要はない。大陸の南側は確かに見て回っているし、それからもそれなりの数の町や国を見てきたので一概に嘘とも言い切れない。


「その中でも獣人と対等を築けた町や国はまだ見てないんだよ。」

「それは、・・・そうでしょうね。」

「だったら君達は今大陸で最初の偉業を目の前にしているんだよ?」


 ギフトは今までの笑顔を引っ込めて真面目な顔をしながら町人たちに近づく。視線を自分に集めて自分の言葉をゆっくり染み渡らせるように。


「冒険者でも傭兵でも。獣人は少なからずいる。でも彼らは軒並み肩身の狭い思いをしている。それは純然たる事実だ。」

「・・・。」


 ここに来て誰もがギフトの言葉に聞き入ってしまう。人狼族(ワーウルフ)を始めとして町人達も同じように。そして町人はギフトの言葉の先を考える。


「だがもし獣人を平等に扱う町ができれば?獣人達はその町に集まるだろうね。その中には強い奴もいるだろうし、問題も起こるかもね。」

「・・・だが、もし今人狼族(ワーウルフ)達を雇えるなら・・・。」

「ワイバーンを倒した強者が護衛になる。更に何かを隠し持って入ろうにも、こいつらの鼻を誤魔化せはしない。」

「・・・!」

「獣人達が集まるなら、この町にもの好きもやって来る。意外かも知れないが獣人と仲良くなりたいと思っている人間は多い。」


 この町は発展している最中だ。だがこれと言った特産があるわけでも、珍しい風景や建物があるわけでもない。


 だが獣人が普通に生活しているとなれば、それは立派な名物と言えるのではないか?人狼族(ワーウルフ)を引き金に獣人を集め、人間を集めて町に人を集める。


 珍しいもの見たさの者は多くやってくるだろう。ギフトの案は一計に値する物であることは確かだった。


「・・・だが、問題は多い。」

「当然。だがそれはすり合わせるものだ。初めての試みだからな。」

「・・・。」

「この大陸で始めての町。その称号は別の町になるかな?」


 そして町人は考え始め、ギフトも言いたい事は言い切ったと口を閉じる。静寂が流れ沈黙が辺りを包むと、そこに場違いに明るい声が響く。


「ギフト兄ー!」


 そこにはフードも被る事なく元気に走ってくるミーネがいた。その後ろにはロゼと服飾屋のニコがいて、役目を果たしてくれたと安堵する。


「おお、ミーネありがとうね。」

「うん!聞いて聞いて!あのねニコが僕の事信じてくれた!」


 ミーネの話を聞いてニコを見ると、彼女は困ったような笑みを浮かべて頬を掻く。だがそれはミーネが獣人であることを知って困っているのではなく、嘘と思っていた事が目の前に存在したからだ。


「・・・本当に、ですか。」

「妾は嘘は嫌いだぞ?後はお前の仕事だ。」


 ロゼと連れ立って歩いてニコはワイバーンの近くに来るとその迫力に喉を鳴らす。本の世界でしか知らない存在が、この町にいつか来るかも知れない脅威が、静かに二度と咆哮を上げることも出来ない姿を晒している。


「素材は文句ないかな?」

「・・・はい。いや、どうでしょう?扱ったことは無いので・・・。」

「失敗してもいいさ。また狩りに行けば良い。」


 ギフトはリバルの背中を叩いて頼りにしてるぞと目配せする。リバルはその嘘を黙って頷いてそのまま町人達に視線を移す。


 その視線を受け止めた町人の一人は目を閉じて静かに計算する。今ここで人狼族(ワーウルフ)と敵対するか、それとも今後を連れそう仲間とするか。


「・・・赤い髪の君?少し時間を貰っていいかな?」

「それはお前らだけで?」

「・・・そうだな、人狼族(ワーウルフ)も一人・・・、いや出来れば二人いたほうが良いか?危険がないのが前提だが・・・。」

「だったらロゼを連れて行け。俺はもう考えるの疲れた。」


 ここまで嘘を並べ立てればもう十分だろう。それに別に後の話はこの町と獣人達の話で自分達は関係ない。ロゼを連れて行くのは双方を安心させるためで、ロゼに全てを纏めて貰うためではない。


「妾か?何も知らぬが良いのか?」

「抑止力ね。リバルが暴れるか、話が脱線しそうになったら止めれば良い。」


 ロゼはなるほどと短く呟いてそれくらいなら出来るかとギフトの提案を承諾する。リバルも町人達も納得したのか、目を合わせて頷いて、町の中へと消えていく。


 残された人狼族(ワーウルフ)達は不安半分安心半分でそれぞれが休息を取る。ギフトは動かないワイバーンの上で胡座をかいて盛大に溜息を吐く。


 ミーネはギフトに倣ってワイバーンの上に行くと、ギフトの隣に座ってギフトを見上げる。顔は晴れ晴れとして、何か言いたそうにしているが、ギフトはまだその言葉を受け取らない。


 結果は既に見えている。この町に足りない物は幾らでもあるが、一番足りていないと思ったのは自衛力だとギフトは感じている。そしてギフトがそう思うのなら、町人たちはそれを誰よりも知っているだろう。


「でもまだ全て終わってないさ。全部終わったら沢山聞くから、待ってろよミーネ?」

「うん!僕ねギフト兄に言いたい事がいっぱいあるんだ!」


 邪気のない笑顔はギフトの頬も綻ばせ、優しく頭を撫でる。ちょっとの休息を終えたギフトはニコに近寄り、これから先の目算を話し始める。

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