25 解決に向けて
「お疲れだなギフト。」
「おお疲れたよロゼちゃ・・・。・・・なんか怒ってる?」
近づいできたロゼにギフトは疑問を抱く。言葉は労っているが、顔がどう見ても晴れやかではない。言いたいことがありますと雄弁に語っている。
「怒ってはおらぬ。ただ不満があるだけだ。」
「なんでさ?丸く収まるじゃないか。」
煙草を吸いながらヘラヘラ笑うギフトにロゼは言いたことを全て飲み込んで息だけ漏らす。どうせ何を言ってもギフトは飄々と躱すのだから文句を言っても無駄だと悟っている。
ロゼは視線を倒れ伏せているリバルに向けるとピクリとも動かない。死んでいるんじゃないかと思ったがギフトはまるで焦っておらず、地べたに座って鼻歌を歌う。
「・・・お兄ちゃん?大丈夫?」
ミーネは動かないリバルを覗き込んで声を掛けるが反応は無い。時間が進むたびに不安が募っていくが、リバルは急に息を吐き出して目を開ける。
上半身だけを起こして周りを見れば、地面に座っているギフトの勝ち誇った顔と、心配そうにこちらを見つめているミーネの姿が写る。
「・・・そうか。」
それで全てを察したのだろうか、リバルは短くと大の字呟くに地面に倒れ込んで空を見上げる。
そしてリバルは急に笑い出す。声を上げて誰の目も憚ることなく盛大に。暫く笑って満足したのか邪気のない声で確認を取る。
「俺は負けたのか。」
「俺の勝ちだよ。」
リバルの言葉にギフトは返事をし、その答えを噛み締めるように目を閉じ一つ頷く。
不利な状況ではあった。連続の戦闘に次いで、手は爛れて激痛は走るし碌な食事も食べてはない。決して万全な体調では無かったが、それでも言い訳は一切せずに負けたことを認める。
「ローゼリア。ワイバーンに続いて今日だけで三回も負けたな。」
「俺のは数えなくていいさ。俺に勝てる訳無いんだから。」
「馬鹿言え。万全なら勝機はあった。」
「お?なら今度試してみるか?」
「・・・いや、やめておこう。」
ギフトの挑発にリバルは乗らずに否定する。確かに勝てる可能性はあるだろう。ギフトがさっきと同じ戦いをするならば。
殴り合いなら勝てる自信はある。だがギフトが本気で戦うのなら魔法を駆使するだろう。近距離だろうが遠距離だろうがお構いなく魔法を撃ってくる相手にまともな勝負は挑めない。
何度も戦えば結果は変わるだろうが、その度ギフトが同じ手段で戦うとは限らない。それにギフト自身に恨みは無いし、喧嘩の理由が無い強い相手と戦う事もしたくはない。
「俺の復讐は叶わぬ願いだったか。」
「当然。俺より強い奴なんて幾らでもいるさ。それこそ人間にもな。」
その言葉にリバルはいよいよ諦める。と言うより負けた時点で既に整理は付いた。
結局リバルはギフトの言ったとおり生きる意味を復讐に見出しただけだ。なのに人狼族は救出され元凶は人間ではなく、嫌った筈の人間は助ける為に命を賭けた。
ここまでされて駄々を捏ねるほど情けない真似はしたくなかった。ただでさえ勘違いで狂い、何も見えなくなっていた負い目がある。
リバルが自分の行いに後悔していると、ギフトはリバルの下まで歩いてミーネと一緒に顔を覗き込んで悪質な笑みを浮かべる。
「敗者は勝者の言うことを聞くもんだぜ?」
「狐は見逃してやる。」
「そんなつまらないことどうでも良いよ。」
近くで聞いていたミーネは驚き、ロゼは呆れを隠すよう顔を手で隠す。やはりというか何というか、ギフトは途中からどうでも良くなっていたのだろう。
戦う理由はあっても戦いる続ける理由にはならない。そもそもギフトが狐を守る為なんて事で戦うわけが無い。
「お前には働いてもらうさ。お前には英雄になってもらわないと。」
「・・・どういう事だ?」
「そのままの意味さ。当然ミーネもロゼも人狼族も手伝えよ。」
周囲を見渡しながら名前を読んで注目を集める。人狼族はそれぞれ目を合わせて疑問符を浮かべ、代表するようにロゼが口を開く。
「お前は何をするつもりだ?」
「見てればわかるさ。」
ギフトはそれだけ言うと腰を伸ばして遠くを見つめる。見つめる先にロゼが視線を向けるとかなり遠いが町がぼんやりと見える。
「俺達の仕事は二つだろ?ロゼ。」
「ああ、そうか・・・?」
仕事が二つと言われて思い出す。あの町に住む服飾屋のニコに魔物の素材を届ける仕事を。
その素材はワイバーンのことなのだろう。それはわかるが何故今それを言ったのかが分からない。ギフトはそれを結びつけてどんな結末を思い描いているのだろうか。
「じゃあ行くぞ?お前らワイバーン運ぶの手伝えよ?」
ギフトはリュックの中から縄を取り出してワイバーンの羽が広がらないよう括りつける。人狼族達はその言葉を拒否することなく、言われたとおりワイバーンを持ち上げて運び出す。
一行が町に近づくと町の方で騒ぎが起きているのが見える。何事かとロゼが首を伸ばすが、何が起こっているかを知る前にギフトに呼び出される。
「ロゼ。ミーネと一緒にニコを呼んできて。」
「・・・騒ぎの正体を知らなくて良いのか?」
「予想はついてるから大丈夫。早めに頼むよ?」
ギフトは騒ぎも気にせず平然としている。ならばロゼが気にすることもないだろうと、ロゼはミーネを呼んで二人で町の中へ入っていく。
ギフトはその場で人狼族達に立ち止まるよう指示を出して、遠ざかるロゼ達の姿を見ながら煙草に火を点けリバルを呼び出す。
「なんだ?」
「基本俺が話すからお前は話に合わせてくれよ。」
「・・・?何をさせる気だ?」
「この町の英雄になってもらうのさ。言っただろ?」
突然出てきた言葉にリバルは表情を曇らせる。もう人族だけが悪だと思わないし、復讐だと言うつもりもない。
だがそれは別として人全てを信じたわけではない。狐に関係なく奴隷にされた者は数多くいる。そのほとんどは人の手によって行われたもので、直接の関係は無くとも納得しきれる事ではない。
「嫌か?」
「・・・逆らう気は無い。だがな、俺も自分の未熟さは知っている。」
もし同じ事が起きた時、リバルは自分を抑えられる自信は無い。仲間を奪われて我慢するくらいなら、仲間が傷つくのを見るくらいなら他の何をも捨てられる。
「だから適任なんだ。お前を頼らせてもらうさ。」
その言葉をリバルが聞き返す前に、町から人が数人やってくる。ギフトは「やっときたか。」と文句を言って町人に近づき軽薄な言葉を吐き出していく。
「こんにちわ。君はこの町のお偉いさん?」
「・・・一応そう、です・・・。」
にこやかに話すギフトとは対照的に町人は酷く歯切れが悪い。怯えていると言ったほうが正しいだろう。
それもその筈。人狼族の群れに首の無いワイバーン。それをこうして連れてきていて、先頭にいる狼は両手に大きな火傷を負っている。
そこから出される答えは一つ。勘違いなのだが、ギフトはその歯切れの悪さを見て想像通りに進んでくれる可能性が見えたとほくそ笑む。
「色々話がしたいのさ。とりあえず町の中に入っていいかな?」
「え!?そ、それはそこの・・・その・・・。」
「当然一緒にさ。でも当然の権利でもあると思うよ?」
ギフトは大仰に手を広げて人狼族楽しそうに語る。そして嘘は無いと言い切るかの様に全員に聞こえるように大声を出す。
「だって彼らはワイバーンの危機からこの町を救った英雄なんだから。」
にやけた笑みを収めずにギフトは当然の様に語る。その言葉に町人達は驚きを隠せず、ギフトの後ろにいた人狼族達も驚きを隠せなかった。