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Deliver Happy   作者: 水門素行
二章 獣人闘争 四部~未来に向けて~
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24 殴り合いの決着

 ギフトの拳が空気を切り裂く。軌道を見せつけるように炎が拳の線を引いて、リバルに攻撃の機会を与えない。


 右腕を振りぬいて屈み、リバルの足を払うように蹴りを出すも、その攻撃は躱されてしまう。それでもギフトは笑う事を、攻める事を止めない。


 リバルも攻撃の合間を縫って反撃をしようとするが、ギフトはそれを一切避けようとも防ごうともせず前へ進み、その勢いに圧されて思うように行動がとれない事にリバルは歯噛みする。


「逃げてばかりだな。言っとくけど諦める気は無いよ?」


 嘲笑うようにリバルを見ながらギフトは手を前に突き出し挑発する。リバルもギフトが諦めてくれると思っているわけでは無い。防ぐ事も手を出させないように攻撃することも許されないから逃げるしかないのだ。


 ギフトは姿勢を低くして一気呵成にリバルの懐に飛び込む。距離を詰められるのを嫌ったリバルが爪を振るってギフトの肩に爪を当てるが、それが肉を切り裂く事は無かった。


 血は流れた。だが皮膚一枚割かれた程度の痛み。獰猛な笑みを浮かべてギフトは右手をリバルの腹に打ち込み、くの字に折れて下に落ちた顔面に回し蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。


 空中で姿勢を変えて着地する事に成功するが、口から血が漏れてきている。痛みは響いてリバルの思考を鈍くし、その隙を見逃す道理は無かった。


 今度はわざと時間を与えるためにギフトは歩いてゆっくり近づく。一歩近づくたびに周囲に炎の槍を生み出していき、五本の槍を形成した時指を鳴らす。


 一本目の槍は真っ直ぐにリバルに向かい、受けられないと悟ったリバルが回避すると、その場所に目掛けて次の槍が飛来し、その次、次へと槍が飛んできてそれを回避する。


 逃げ惑うリバルをギフトは見ながら落胆する。怪我の影響があるのはわかるが、動きが鈍すぎる。そんな体たらくで良く戦いを受けたものだと。


「どうした?人狼族(ワーウルフ)ってのは馬鹿みたいに踊る種族だったか?」


 挑発を受けたリバルはそれでも行動は変えられない。ギフトの攻撃を避けて避けて、攻勢に出る気配すらない。


 それはギフトの攻撃の連続性。息次ぐ暇すら無い炎の魔法に曝されて、尚攻勢に出る事など通常できるものではない。殺傷能力の高い攻撃に自ら身を差し出す行為は生存確率も勝機も失う結果になるだけだ。


 ギフトは一度炎の槍を打ち出すのを止める。それに続いてリバルも動きを止めて一息つこうとするが、それは間違いだったとすぐに悟る。


「今度は倍な。逃げてるだけじゃ何も変わらないよ。」


 倍と言っても本数が増えた訳では無い。ギフトはそもそも一本一本狙いをつけてぎりぎり躱せる範囲で槍を撃ち出している。だがそれでは届かないと、炎の槍の速度を上げる。


 掌に生み出して投げるように振るえば威力が上がる。虚空から撃ち出されるのではなく、腕の威力も合わさって先ほどの比ではない速度でリバルに迫る。


 リバルはそれを上半身だけを捻り回避する。それでも掠ったのか体の胸の一部分が焦げ臭い異臭を発する。


 このままでは確実に勝てない。それを理解したリバルは遂に逃げ道の模索を諦める。どうせリバルがあの化け物に打ち勝つためには近づかなければならない。


 防御の為の攻撃では皮膚一枚割く事しか出来ない。ならば常に全力で。一撃一撃を殺すつもりでやらなければ、未来永劫ギフトに爪は届かないだろう。


 勢いを乗せるためには体重と速度。必要なのは迷いの無さ。生きるか死ぬかを天秤にかけるのではなく、死をもって生き抜く決意を固める。


 ―――未来も狐も関係ない。今この男に勝つ為だけに闘おう。―――


 リバルはギフトに視線を合わせ、狙いを一点に絞る。狙うべきは一番薄く、殺せる部位。首元に視線を集中させてリバルは犬歯を剥き出しに唸りを上げる。


 それを見てギフトは口角を吊り上げる。


「やっと相応しい面構えになったじゃないか。そうさ、一度死に、殺してみろ。」


 楽しくもない意味の無い行動をだらだら続けるのは冗談じゃない。だがここにきてギフトはやっと楽しいと思えてきた。演技では無く心の底から笑い、ギフトもリバルを殴り殺すために拳を握る。


「殴り合おうぜリバル!我を通すなら力を示せ!」


 リバルは大地を蹴りつけてギフトと距離を縮め、ギフトも走り出しリバルとの距離を失くす。二人の拳は打ち合うことなくすり抜けて、互いの顔面に突き刺さる。


 よろめき後退するが、足を地面に張り付けて踏みとどまり、リバルは爪を尖らしてギフトの喉を割こうと腕を振るうが、ギフトはそれより早くギフトの腹に拳を入れる。


 リバルはうめき声を少し漏らすが、それも一瞬。左拳を握ってギフトの横っ面を殴りつける。体制が横に流れたたらを踏み、無理やり体制を戻してギフトはリバルを殴ろうと拳を振るうがその拳はリバルに掴まれ止められる。


 驚き動きを止めたギフトを今度はリバルが殴ろうと拳を振るえば、ギフトはリバルと同様にしてリバルの拳を止める。お前に出来る事は自分にも出来ると言わんばかりに。


 肉薄した状態で睨み合い、ギフトは元より、リバルも獰猛な笑みを浮かべている。その笑みを見て一瞬だけ力を緩めてしまう。


 臆したわけでは無い。震えたわけでは無い。ただそれが嬉しくてギフトは力を緩めてしまい、リバルはギフトの手から逃れ再び拳を握ってギフトの脇腹を殴り吹き飛ばす。


 ギフトは笑みを浮かべたまま宙を舞い、そのまま地面に倒れ込む。動けないほどの痛みでは無いが動きを止めて考える。


 この戦いの結果などギフトにはさして興味は無いのだ。自分が勝とうが、リバルが勝とうがギフトからすれば大した違いではない。


 ロゼとミーネに言ってしまった手前勝たなければならないのだろうが、それはおまけの様なもの。狐が死のうが生きようが、要はこの場の全員が納得できる結末になれば文句も言われないだろう。


 なのにギフトは今思ってしまう。戦いに笑い、勝利を掴もうとしている者にここで負けて良いのかと。本気で戦い、攻撃的なものであっても笑みを浮かべ始めた、軽薄ではない芯のある笑み。


 それを相手に手を抜いていいのか。そこまで考えてギフトは両手を顔の横に着けて勢いよく地面に反発して立ち上がり、口の中の血を吐き出す。


「やだなぁ。余裕で勝つか僅差で負けるつもりだったのに。」


 ギフトはリバルの怒りを発散できればそれでよかった。虚無になるのではなく身に宿す。戦う事で失うのではなく血肉に変える。それが狙いだった。


 もしそうでないと判断できれば、リバルの届かない場所から広範囲を焼き尽くす。それで動けなくして空気を焼き尽くして終わればいい。


 仮に負けても怒りを、恨みを晴らすことが出来れば、無理に狐を狙う事は無いだろう。仮にそれで狐が死んだところでロゼには文句を言われるだろうが、ギフトは何も痛まない。


 だがリバルは今、自分を殺そうとしている。倒した先を見て戦うのでなく、今。ギフトに勝つ為だけに拳を振るっている。


 胸がすく喧嘩だ。他の一切は関係ない。どんな事情があろうとも、今戦っているのはギフト達でそれ以外は関係ない。そんな風に思える平等で意味の無い実りある喧嘩。


「負けたくないって思っちまうな。」


 楽しい。今ギフトは心からそう思う。うざったい思想も、細かな知略も関係ない。殴り合って血を吐いて、最後に立っていた方が勝ちの単純な勝負。


 正義と悪とか、人と魔物とか、種族とか、生き死にとか。そんなくだらない物は何もない意地と意地の喧嘩。それを楽しめる奴に出会う事は滅多にあるものじゃない。


 ギフトは指の骨を鳴らす。あいつは今を見て考えるのをやめたんだ。ならば自分ももう考えるのはやめにしよう。


「さあ!倒れるなよリバル!」

「上等だ!来いギフト!」


 再びギフトとリバルは拳を撃ち込み合う。一発殴っては相手に殴らせ、より余裕がある方が勝ちと言わんばかりの喧嘩を始めた二人を、周りは最初は黙って見ていたが、次第に熱が入って二つに分かれて応援し始めた。




 その様子を最初は目を逸らして、次第に呆れた顔でミーネは見ていた。


 ギフトが最初は殺してしまうんじゃないかと思った。ワイバーンよりも圧倒的な火力を有し、それを連続で放てる存在ならそれもありうるんじゃないかと。


 性格が優しい事は知っているが、時々何を考えているかわからない節がある。ミーネが不安になるのは当然の事だったが、それは杞憂に終わってしまった。


「・・・どう言う事?」


 ただわからない。なぜ今目の前で自分の兄が殴り合っているのかを。それも代わる代わる殴り合うといった、実力よりもまるで別の何かを示すような闘いだった。


「・・・もはや闘いでは無いな。」

「ロゼ姉?何でああなったの?」

「知らん。妾にももうわからん。」


 ロゼも今までの事と目の前の出来事に疲れたのか、珍しくミーネに対して素っ気ない態度を取る。ミーネはそれに凹む様子も無く、むしろロゼ姉が理解できなくて良かったと思っている。


「男は馬鹿と言うらしいが・・・。」

「もうなんで戦ってるかも忘れてそう。」

「・・・はぁ。」


 ロゼは項垂れ溜息を吐く。自分とリバルの言い合いは何だったのだろうか。自分が迷っていた時間は何だったのだろうか。


 人狼族(ワーウルフ)の為を思って行動しようとしていたが、その肝心の人狼族(ワーウルフ)は今殴り合いに夢中だ。さっきまで許す許せないと鬱屈していたのが嘘みたいに。


「あいつは卑怯だ。考えずに人を惹き付ける。色々考えている妾が間抜けみたいだ。」

「そ、そんな事無いよロゼ姉!僕は僕達の事本気で考えてくれて嬉しかったよ!」

「・・・ああ。ミーネ、お前は優しいな・・・。」


 脱力しきった様子のままロゼはミーネを抱き寄せて膝の上に乗せる。戦闘は激化しているのか観客は盛り上がり始め、終わりが近い事を物語っていた。


「ミーネ。妾はギフトを叩いても許されるかな?」

「僕はお兄ちゃんを叩いても許されるかな?」


 二人は見つめ合い一つ頷くと、立ち上がって騒ぎの中央へと向かう。歓声は大きく平原に響いて戦いは決着を迎えたのだろう。


 人狼族(ワーウルフ)達をかき分けて中心へ向かうと、顔を腫れさせて、鼻血を流しながら拳を天に掲げる人物がいた。


「俺の勝ちだ、リバル。」


 情けない姿を隠そうともしないまま、ギフトは堂々勝ち誇る。煙草を取り出して火を点けると空に向かって勝利の狼煙を吐き出した。


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