23 決闘
人狼族が話し合うのを遠目で見ながらギフトは寝転がる。どうせ一時の休憩でしかない。リバルがこれからどう動くのかなど考えるまでもない。
リバルは必ず狐を害する為に動く。それが自分ですら止められない感情なのだからそれから逃れる事は出来ないとギフトは思っている。
「・・・ギフト兄。」
「心配しなくても俺は負けないよ。ただ喧嘩するだけさ。」
「お兄ちゃんと戦うの?」
「そうなるな。」
空を見上げながらギフトは思考を放棄する。他人の未来にまで深く介入する気は無い上に、自分の未来さえ考えるのは苦手なのだ。
現状の窮地を脱したらその後は勝手に生きられる。今さえ生きていれば何とかなると考えている者が、他人の将来を案じるなど馬鹿げた話だ。
不安気なミーネの気を晴らす事もせずに、ギフトは目を閉じ時間を待つ。するとロゼがギフトの隣に座り、剣を抜いて手入れを始める。
「妾はお前を信じるが、本当に何とかなるのか?」
「何の話?」
「狐の話だ。それにリバルもな。」
ロゼは自分ですら何が正しいか見失っている。不幸を撒き散らさない為に狐を殺すのか、それとも自分の為に命を奪わない選択を取るべきなのか。
甘い思考を捨てきれていないと笑われても貫くと決めた筈なのに、その志さえぶれてしまっている。
その葛藤をギフトはうんざりした表情で見つめ、それに気づくとロゼは視線を人狼族に向けて毅然と話す。
「わかっておる。うじうじするなと言いたいのだろう?だがな・・・。」
「はいはい。」
ロゼの意見を遮りギフトは手をひらひら振ってそれ以上の話を聞こうとしない。どこか険悪な雰囲気の中ミーネだけが顔を左右に動かしてオロオロしている。
今までギフトとロゼがこんな風に静かに喧嘩した事は無い。いつもと違う雰囲気に戸惑って言葉を発せないでいるが、ギフトは体を起こして胡坐を掻く。
「・・・俺は狐を殺すのが正しいと信じてるよ。」
「ギフト兄・・・?」
「だってそうだろ?奴隷なんて本当に死にたくなるぜ?でも死ぬ事も出来ない。最後の逃げ道すら奪われるんだ。」
どこか遠くを見つめながらギフトは呟く。悲し気な表情にも見えず、ただ事実を語っているだけの様な、それでいて何か懐かしむような顔をしている。
「死にたいが死ねない。殺したくないが、殺すしかない。その繰り返しで自分が潰れていく恐怖をお前たちは知らない。」
ギフトの言葉には変な重さがある。感情をわざと隠して淡々と紡がれる言葉は背筋が冷たくなっていく。
明言はしていないが何となく理解する。ギフトは過去に奴隷だったか、又はそうやって潰れていった人を何人も見てきたのだろうと。
それはロゼにもミーネにもわからない物で、何も知らない癖にと罵倒されても可笑しくは無い。だがギフトからは責める様子は何も感じられず、その目は現実だけを受け入れている。
「でもな、そんな奴らの気持ちをお前らは知らなくて良い。」
「・・・何を言っているんだ?知らなければ理解できない。」
「何で理解する必要があるのさ?」
淡々と冷酷な言葉を吐き出してギフトは二人を見る。何も悪い事は言っていないと思っているのかもしれないが、それがどれだけ冷たく辛い言葉なのかギフトは知っている筈なのに。
理解されない事の苦しみも、理解できない事のもどかしさもギフトなら共感できる筈なのに、どうしてここまで冷たくなるのだろうか。
「俺は理解してほしくない。理解したくもない。俺の感情は俺だけのものだからな。他人に適当な事を言って欲しくないし、誰かに俺と同じ目に逢って欲しくもない。」
だが続いて出てきたギフトの言葉にロゼは黙ってしまう。
たぶん嫌いなのだ。同情されることも、共感できる事も。知らない癖に綺麗な言葉だけを並べていく人間が嫌いで、自分の親しい人間が不幸な目に逢う事も。
だからギフトは理解されない苦しみを気にしない事にしたのだろう。誰かに理解される事より、自分が誰にも理解されない事の方がよほど良い事だと思っているからだ。
「俺は狐を殺すのが正しいと信じている。でもお前たちはそれを正しいと思えないんだろ?」
「・・・ああ。」
「ならきっと、それが正しいんだろうと俺も信じるよ。」
「・・・。」
「俺が信じた二人が言ってるんだ。俺の価値観だけじゃ見えない世界がお前らには見えてるんだろうね。」
許されるなら、望んでも良いのならギフトはその世界を見てみたい。知らない世界を見たいと思っているのに、その可能性を自分から塞ぐ事はつまらない。
立ち上がって腕を伸ばして体の凝りを取る。鬱屈した雰囲気を微塵にも出さず、笑みを浮かべて空を見上げる。
「精々悩んで考えろ。俺は考えないんだからお前に考えて貰わないと。」
視線をロゼに戻して二っと笑う。無邪気に他人に頼ることを臆さないギフトの言葉は不思議とロゼの頭に入り込んで、ロゼは口を少し開けて言葉を出さずに地面に寝転がる。
「・・・敵わんな。」
「任せとけって。上手い飯を食うためだ。」
ギフトは考えないわけでは無い。それはロゼもわかっている。何も考えていないのなら、ギフトは任せろなんて言葉を口にしない。
嘘は平気で吐く癖に、嘘で人を傷つける事は嫌いなのだろうか。くだらない嘘か他人を守る時でしかギフトは嘘を言わない。
ギフトはロゼ達の世界が見えていないと言っているが、ロゼはギフトの世界が何も見えない。その目はどこを見据えて、思いはどこに馳せているのか見当もつかない。
「並び立つのは遠いな。」
「だから悩んで努力するんだ。そういう人をなんて言うか知ってるか?」
「・・・なんと呼ぶのだ?」
「天才って言うんだよ。」
ギフトは言葉だけを後に残して前に人狼族達に向けて歩き出す。向かう場所にはリバルが呼吸を整えてギフトに相対する。
「流石人狼族。もう倒れ込みたいだろうに意地で立つか。」
「俺達を舐めるな。・・・俺が勝ったら。」
「お前が勝てばあの狐は俺が灰にしてやるよ。俺が勝てばお前は忘れろ。」
「・・・。」
「怪我を言い訳にしても良い。納得いくまで何度でも殺ってやるよ。」
静かに構えるリバルに対して、ギフトは何も構えようとせず、あろうことか後頭部を掻いて俯きリバルから目を逸らす。
だがリバルは踏み込まなかった。それは卑怯だとかそんな理由ではない。気を失っている間の話は聞いた。目の前の男はワイバーンを一瞬で屠るほどの実力がある。そんな相手が自分から隙を見せても容易に飛び込むことはできない。
そしてギフトは俯いたままそれを嘲笑う。やるからには徹底的に。戦うからには殺すまでか―――、
「決断力が鈍い。今のお前が俺に勝つには見逃すべきじゃない。」
―――相手の心が折れるまでだ。
顔を上げ三つ編みを腕で弾くと、一瞬でギフトの姿は変わる。炎が燃え上がり周囲の空気が歪んでいく。
「俺は届け屋ギフト!さあ戦え人狼族!立っていた方が全てを勝ち取る!」
声を張り上げ威風堂々名乗りを上げる。勝利を確信している自信満々のその姿にリバルは一瞬怯むが、それでも尚一歩進み出て雄たけびを上げる。
「俺は人狼族が族長リバル・ハーケン!俺達の怒りを知るがいい!」
リバルはそのまま踏み込み、怪我も疲労も感じさせない動きでギフトに拳を撃ち込む。それをギフトは逃げもせずに真正面から拳を振るって激突させ、鈍い音と共に戦いは始まった。