22 振り上げた拳
「それで?どういうことなのさ?」
煙草を吸いながらギフトは口を開く。ギフトからしてみればとりあえず騒ぎの方向に来てみたら友達が危なそうなので戦いました。という状態なのだ。疑問しか浮かばないのも無理はない。
たくさんの人狼族も天狐族もギフトには初めましてだ。半分位は事情も知らずにやって良かったのかとも思っている。
「説明は必要か?興味あるか?」
「・・・そう考えたら別に良いか。どうせあの狐が悪者なんだろ?お前が怒ってたし。」
ロゼに諭されあっさりと意見を覆す。気にはなっても複雑な事情を理解したいとは思わない。明日になれば忘れる様な事を積極的に知りたがりはしない。
「じゃあ後の事はお前らで決めろよ。」
一瞬で興味を失ってギフトは地べたに座って成り行きを見守る。ロゼは頭痛を抑えるように頭に手を置いて人狼族に話しかける。
「お主達のこれからを決める前にだ、あいつをどうするかだな。」
開口一番ロゼは狐を指差して処分を決める。そしてわかっていることはロゼの言い分は必ず否定されるという事だが、それでもロゼは自分の意見を口にする。
「最初に言っておくが妾はあいつを殺すつもりはないし、殺させるつもりもない。」
ロゼの言葉は人狼族に動揺を与え、それに反対する声が口々に上がる。
「・・・あいつを許せるものか。」
「その通りだ。あいつは俺たちの尊厳を奪った。」
「感謝はしている。だが気が晴れた訳ではない。」
当然といえば当然だろうが、自分達の人生を狂わせたかもしれない相手への当りは厳しい。ロゼも似た感情は持っているが、期間の短さか、それともギフトが首を外せる事を知っていたからかそれほど恨みが深いわけではない。
「許せるとは思っていない。ただ見逃せとも言わぬ。あいつは然るべき処罰を受けるべきなのだろう。」
「そりゃ無理だよロゼちゃん。」
と、ここでギフトが口を挟む。決めろとは言ったが、勘違いしまま話が進んでは取り返しのつかないことになる。また同じことが起きるくらいならある程度情報は共有した方が良いと判断したのだろう。
「・・・何故だ?」
「奴隷を無理やり捕まえるのは犯罪だ。自ら奴隷に落ちるなら話は別って事だな。」
「だがこいつらは奴隷になりたかった訳ではない。」
「それが適用されるのは人族だけなのさ。」
ギフトはつまらなさそうに呟いて、ロゼはその言葉に眉間に皺を寄せる。
基本的に人が多い地域の話だが、ギフトが見てきた国でも町でも人族以外の立場は低い。それは恐らくこの大陸ならどこに行こうと似たようなものだろう。
違いがあるとすればそれがより強い制度かそうでないかくらいのもので、結局獣人の立場が上になる事はない。
「たぶんあの狐を町に突き出しても明日には解放さ。獣人を奴隷にしたって誰も文句言わないんだから。」
「・・・なんだそれは。」
「お前が思っている以上に獣人の立場は低いのさ。残念だが目を向けろ。」
「待て。ならばあの狐も同じではないのか?」
「天狐族だろ?あいつは姿を変えられるんじゃないか?」
ギフトの言葉にロゼは思い出す。狐は最初ロゼたちに接触した時、ロゼは違和感なく人間だと思っていた。例え今でも姿を変えられれば天狐族とは思わないだろう。狐が姿を変えて人間と偽れば、普通の人間は獣人の言葉に耳を貸さずに狐を釈放するだろう。
許されないことをした筈なのに、それは許される事だった。それはとても許容できることではない。
「・・・そういうことだ。俺達はまた怯えて暮らさなければならないのか?」
「・・・違う。そうではない。」
冷静に話してくれてはいるが腸が煮えくり返っているのだろう。人狼族はロゼが許可さえ出せばいつでも殺すと爪を光らせる。
そこで一人の人物が起き上がる。意識を失っていた者が目を覚まし、覚束無い足取りで狐に近づいていく。ギフトはそれを知った上であえて無視して手を出すつもりはない。
「お兄ちゃん!駄目だよ!」
「・・・離せミーネ。こいつは、俺の仲間を・・・!」
だがリバルの行動はミーネに止められる。振りほどく事も出来ないほどに披露しているが、目を血走らして狐の喉元を切り裂こうと手を伸ばす。
「待てリバル。お主が全てを決めるな。」
「・・・黙れローゼリア。・・・お前には、借りがあるが、これは・・・、別だ・・・!」
リバルの言葉には憎悪が込められていて、ロゼはそれを受けて頭を悩ませる。
狐の狙いを話してしまえばリバルは人を毛嫌いする事も無くなるかもしれないが、いっそう狐を許せなくなるだろう。だが、今のままでもリバルは狐を殺し、人を恨んで生きていくのだろう。
どちらを取るべきかと聞かれてもどっちも苦しいだけだ。一番好ましい選択は狐を見逃して且つ人への恨みが消えることだが、それは無理な話だとわかっている。
「・・・所詮人族に、俺達の苦しみがわかるわけも無い・・・。」
悲しく呟かれたリバルの言葉は真実だ。ロゼはどこまで言っても人族で、獣人達の苦しみは考えられても体験は出来ない。
ならば口だけの言葉と言われても否定できない。悔しくて歯噛みしてもロゼはリバルに言い返せなかった。
「俺達の、人生は・・・。運命は、理不尽に流されるためにあるんじゃない・・・!」
「・・・駄目だ。」
それしか言葉は出てこないが、ロゼにとってそこは譲れなかった。結果として死ぬことになるなら文句は言わない。戦いの果てに死ぬのなら、それは自分を守るためと割り切れる。
狐を殺すことは、これから先自分達を守るためと考えればそれも仕方ないと割り切れるかも知れないのに、ロゼはそこを踏み込めない。恨みだけで全てを決めてしまっては、何か大事なものを失ってしまう気がする。
「恨みだけで、動いては駄目なんだ。目的を見失い、いずれ何も見えなくなる。自分だけに目を向けていては、自分すら見えなくなってしまうんだ。」
狐は人を騙し、リバルを騙して人生を狂わした。もし狐がいなければリバル達は人を恨むことも無かったし、奴隷になる事も無かった。
人狼族に化けて人を襲い立場を下げて、人の奴隷商を使って人狼族を蹂躙して、リバルの恨みを助長させて、多くの人を絶望させただろう。
未来を考えれば狐をここで殺すことは正しい事かも知れない。だがその考えは頭で理解できても心が納得してくれなかった。
狐が死んでもリバル達はこれから先を生きていく。そして恨みを抱えたまま怯えて生きてはいつか心が崩れ落ちる。どこかで恨みは消さなければいけないんだ。
ロゼとリバルの睨み合いは続いてお互いに譲るつもりは無い。とそこでミーネがリバルから手を離して、成り行きを見守るギフトに話しかける。
「・・ギフト兄。」
「どうした?」
「ギフト兄はどっちが良いと思う?」
「んー。・・・ミーネはどう?」
「・・・僕は、殺すのは嫌だな。」
会話は届いて二人は視線をミーネに向け、言葉の先を聞き逃さないよう耳を傾ける。ギフトは笑顔を浮かべてミーネに話の続きを促す。
「僕は誰かが傷つくのは見たくない。でもあの人は嫌いなんだ。」
「そうだな。」
「でも殺すとか殺さないとかを考えるのはもっと嫌いなんだ。」
「・・・そうだな。」
ミーネの言葉は甘いと言わざるを得ない筈だが、ギフトは優しく微笑んで否定しない。嫌だ嫌だで渡っていけない事をギフトは知っているが、それは否定の為に使うものではない。
「僕はあの人に二度と会いたくない。でも死んで欲しいとも思わないんだ。・・・変かな?」
「いや、何も悪くないよミーネ。そう思えるのはきっと立派な事なんだ。」
ギフトはミーネの言葉を肯定する。たぶんそうやって区切りを付けていくのが成長なんだと、ミーネの変化を楽しむ。
「じゃあミーネはあの人をどうする?たぶんあの人は生きているともう一度皆を悲しませるよ?」
「僕は・・・。・・・。」
「そこまではわからないか。」
「うん・・・。」
「仕方ないな。約束だもんな。」
例え気まぐれだろうと、届けると決めたことを反故にはしない。ミーネが生きれる環境を届けると言ったのだ。そして届けるからには生きるだけじゃ無く、笑っていてもらいたいと思っている。
ギフトは立ち上がり、こちらを見つめる二人の下まで歩き、ニヤついて二人の間に陣取る。
「先ずはロゼだな。」
「・・・なんだ。」
「甘い。生かしておいてもああいう手合いは反省しないさ。また繰り返して欲しいのかな?」
「そんな訳・・・!」
「次にお前な。そいつを殺してお前は何が変わる?どうせ惰性で殺すとか言ってるだけだろ?」
「・・・違う!俺は仲間を・・・!」
「振り上げた拳を戻すのは勇気がいるからな。その考えは理解できるよ。」
ギフトは反論を許さず言葉を重ねる。ギフトは狐に興味はない。だからこの結末がどこに行こうが構わないと思っていたが、可愛い妹の願いくらいは叶えてやりたいとは少しくらい思う。
「俺はどっちかって言うと人狼族側の意見に賛成だがなー。」
「ギフト!?」
「最後まで聞けって。要は狐を殺さずこれから先の人狼族達も平和に暮らせれば良いんだろ?」
「・・・俺のこの気持ちは何処へ向ける・・・?俺の怒りは何処へやれば!」
「面倒だがな。お前の怒りは俺が発散させてやるよ。」
後頭部を掻いて俯きながら息を吐く。リバルはやり場のない怒りを抱えている。そしてそれは自分ですらどうしようも無いものなんだろう。
もしリバルが本気で狐を殺すつもりなら、ロゼの会話に乗らずに殺せば良い。誰の意見にも耳を傾けず、ただ恨みを晴らせばいい。
それをしなかったのは人狼族として弱った者を殺すことが矜持に反するのか、それとも食う以外で命を奪う事に躊躇いがあったのか。
「恨みや怒りなんて長く持たないよ。お前は必死だったんだろ?自分を誤魔化すのにさ。」
「・・・!」
「何も楽しいとは思えない。だから恨みを動力源にして生きる意味を見出した。狐を殺した次は誰に怒りを向ける?人族か?それとも世界か?」
ギフトの言葉は図星なのか、リバルは何も言わず押し黙る。ロゼはそのやり取りを聞いて、ミーネの言葉を思い出す。
リバルからは血の匂いがしないと言っていた。ずっと踏みとどまっていたんだ。きっと恨みでしか動けなかった自分を誰かに止めて貰いたかったんだ。でなければリバル程の強さがあって人を殺せぬ訳が無い。
「狐は生かして捉える。仲間と一緒に少し休んで、自分の姿を見てもらえ。」
ギフトはそれだけ言うと狐を引っ張り上げて腹に拳を打ち込み意識を奪う。そのまま肩に担いで、ミーネの下まで行くと、ミーネの手を引いて人狼族達から距離を取る。
ロゼは黙ってギフト達に付いて行き、後に残された人狼族達はリバルに近づいて話し合う。それが自分達の運命を決めると誰もが頭の片隅で思いながら。