21 首輪くらい
ギフトは首に手を当てて骨を鳴らし、周囲に目を向けて観察する。
現状でわかることはミーネが泣いている事と、ミーネ以外は全員首輪がつけられている事。その状況を見てギフトは溜息を吐く。
「んー。どう言う事かな?」
「ギフト兄!お願い!皆を助けて!」
ミーネは呑気に思考を巡らすギフトに飛びついて懇願する。それに首を捻って唸りながらもミーネの頭に手を置いて話しかける。
「うん。まあ助けるけどさ?誰が敵で誰が味方?」
「あの狐が皆を奴隷にしたんだ!ロゼ姉も首輪をされて皆苦しんでるんだ!」
「ふむふむ。よくわからんがあの狐とワイバーンは倒しても良いってことだな?」
どれほどミーネが焦ろうとギフトは一切慌てない。それどころか煙草を取り出して火を点けて煙を吐き出して文句を垂れる。
「寝起きくらいのんびり飯が食いたかったなー。そう思うだろロゼ?」
「・・・すまぬ。」
「別に怒ってるわけじゃないって。とっとと終わらして飯食おうねって話。」
ギフトはここまで走ってきたのだ。疲れたわけでは無いが、寝起きで食事もとらず走ってそこから戦うと思えば気も重くなるのだろう。腕を大きく伸ばして体の力を抜く。
そして無防備に一番近いリバルに近づく。奴隷の首輪に手を当てて、ギフトはそのまま立ち上がり狐に目を向ける。
「おいおい。何を調子づいているのかな?」
狐は両腕を広げて勝ち誇る。狐は今誰が来ようと負けると思っていない。特にギフトはロゼの仲間だ。仲間を助けるために動くなら隙が出来るし、人狼族の数に任せて奴隷の首輪を着けても良い。
それに手を出せない場所からワイバーンも攻撃する。さっきの攻撃が防がれたのは予想外だが、当てる方法など幾らでも用意できる。本気の攻撃なら劣る事も無い。
「ワイバーン!僕を乗せて空へ上がれ!愚かな連中に思い知らせろ!」
「とりあえずロゼからで良いか。せっかくだし戦ってみる?」
「今はそんな場合ではない。頼む。」
「そうかな?別にそこまで暗くなる話題でも無いでしょ?いっちゃ悪いがこんな事良くある事さ。」
ギフトは狐に目を向けたのは一瞬でもう興味を失っている。天狐族を見たのは初めてだが、何か浮ついている様子でなるべく関わりになりたくないと思っている。
煙草を吹かしながらギフトはへらへら笑ってロゼに語り掛け、ロゼもそれに応えて狐とワイバーン等眼中に無い。それが狐の琴線に触れたのかロゼに命令を下す。
「・・・ぐ!なるほど、これは厳しいな・・・!」
下された命令は頭に響く。抵抗すれば頭が割れる様な痛みが襲い、とてもじゃないが逆らう気力は無くすだろう。
こんな状況で抗い続けた人狼族はやはり自分では勝てない存在だったと改めて認識する。もし彼らの心がもっと弱ければ、ロゼはもうこの世にいなかったかもしれない。
「辛そうだねー。別に命令に従ってて良いよ?」
「・・・悪いが、そうさせて貰おうか。」
そしてロゼが狐の命令に従ってギフトを倒すために突撃する。それは誰にとっても驚きの行動で、命令を下した狐自身もこんなに早く折れるとは思っていなかったのか呆然としている。
ロゼは従わないと思っていた。時間を掛けて苦痛を与えてゆっくり調教するつもりだったが、こんなにも早く折れるとは、買いかぶりすぎたかと狐は呆れを隠さない。
ロゼの剣を上段から振るわれギフトの体を二つに割こうと迫っている。だがギフトは少し前に進んでロゼの腕を掴んで捻り、ロゼは地面に倒れ込む。
ロゼの肺から空気が漏れて動きを止める。その隙にギフトは首輪に手を当ててロゼの眼を見る。ギフトも一瞬では出来ないことがある。その間は自分で耐えて見せろと目で訴えかけると、ロゼは苦悶の表情を浮かべながらも体を押し留める。
そして数秒が経つとロゼが安堵の息を漏らす。ギフトが先に立ち上がり手を伸ばし、その手を掴んでロゼも立ち上がる。
「手荒すぎる。」
「一番楽だろ?体が動かないなら命令無視にならないし。」
「・・・簡単にあしらわれたな。」
「俺より強いと思ってるの?それは冗談でしょロゼちゃん?」
ロゼの目の前でわざとらしく笑い指を振って来る。ロゼは唇を曲げて顔を横に背けるがギフトの笑い声はロゼの耳に届き頬を膨らます。
操られていたが、さっきの一撃は本気で振るった。だがいともあっさりといなされ地面に倒れるまでが一瞬過ぎて、実力差を実感して悔しさが表に出る。
「剣の腕は中々だよ?場数の問題かな。真っ直ぐすぎるのさ。」
ギフトは頭の後ろで手を組んでアドバイスをくれるが、それはそう簡単に追いつけないと言っているのと同じことだ。膨らました頬から息を吐いて、ロゼは上空を見上げる。
場数を踏むなら相応しい相手がいる。だが今のロゼに勝てるかどうかと聞かれれば自信は無い。
「・・・また頼るしかないか。」
「その為の強さだよ。いつか越える日を楽しみにしてるさ。」
快活に笑ってギフトは本気かどうかわからない言葉をロゼに掛ける。ロゼはそれ以上何も言わず剣を鞘にしまって後ろに下がり、ミーネの近くへ移動する。
「・・・ロゼ姉?」
「悔しいが、今はギフトに頼る以外無くてな。不甲斐無い姉だ。」
心底嫌そうに言うが、ミーネが聞きたいのはそこではない。なぜ今ロゼは自由に行動しているのか。今もロゼには首輪が掛けられ奴隷の証は存在している筈なのに。
「じゃなくて、え?首輪は・・・?」
「ん?ああ、ギフト?」
「もう大丈夫だよー。ここにいる全員外していいの?」
「そうしてくれ。」
ロゼとギフトの短い会話が終わるとギフトは人狼族の群れに飛び込み戦闘を始める。
そしてロゼは自分に着けられた首輪に手をかけて無理やり引き離そうとする。ミーネが慌てて止めようとするも間に合わず、ロゼの首輪は外れてしまった。
そんな事をすればどんな魔法が発動するか。奴隷が逃げ出さない様首輪には致死の魔法も掛けられている。無理やり外せばその魔法が発動して命を奪う事になる。
だがロゼは平然と首輪を見て足元に捨てる。何も起きていなかったかの様にロゼは腕を組んでギフトの行動を見守り始めた。
「・・・は?」
そこで声を出したのはミーネでは無く狐だった。小さくてロゼには聞こえなかったがミーネにだけ届いたか細い声。それは不服ながらもミーネも同じ思いだった。だってそれは普通ありえない事だから。
「・・・い、痛く無いの?」
「痛いさ。ギフトの奴め。思い切り地面に叩きつけおって。」
ミーネの言葉にもロゼは平然と返す。思考が不安定になっている訳でもない。体に異常が出ている訳でもない。いつもと変わらない様子でロゼはそこにいた。
「違うよ!?首輪を外したら死ぬんだよ!?」
「・・・?・・・む。そうか。お前はギフトが戦っている所を知らぬのか。」
思わずロゼは納得する。ミーネが狼狽えている様子も懐かしいとすら思える。考えればミーネの前ではギフトは口だけ非常識だっただけだ。まさかその行動までも少し狂っているとは考えていなかったのだろう。ミーネの疑問を晴らすべくロゼは口を開く。
「あいつは常識知らずだ。いや知っていてあえて無視している。」
「・・・ギフト兄?」
「奴隷の首輪を外す事くらいなら簡単だそうだ。」
その言葉はミーネに聞こえはしたが意味を理解するのに時間が掛かる。それは人狼族も狐も一緒の様で、最初に狐が復活する。
「な、何を言っているんだ・・・?」
狐はこの上無く狼狽える。ワイバーンに乗って上空の安全な場所にいる筈なのに冷汗が止まらない。もしその言葉が事実なら、自分の今までの苦労は全て水の泡になる。
慌てて狐は地上にいるギフトを見やる。すると今まで暴れていたはずの人狼族達が苦しみに耐えながらも動かないでいた。
「おー。ありがとね。すぐ解放してやるよ。」
「・・・ありがとう。」
「良いって良いって。困ったときはお互い様だろ?」
ギフトは笑みを浮かべながら一つ一つ人狼族の首輪を壊していく。手を当てて離す。それだけの作業を歩きながらやるだけだ。ギフトからしてみれば楽な仕事だと鼻歌を歌い始める。
「・・・!あいつを燃やせワイバーン!奴は生きていてはいけない!」
その命令にワイバーンは首をギフトに向けて炎の塊を吐き出す。最大限の威力を込めたワイバーンの攻撃だが、それは虚しくも突如現れた巨人に防がれる。
「邪魔だなー。後で相手するから待っててよ。」
そして巨人の体の下で変化は起こった。炎の巨人が現れただけでも驚きなのだが、それ以上にギフトの見た目が変化していた。
髪は真っ赤な炎で揺らめき、体の各部も燃え上がっている。およそ人間とは思えぬその様相を見て、狐は直ぐに当たりをつける。
そんな種族は一つしかいない。正確には種族と呼べるものではないが、あてはまる言葉は一つだけ。人であって人ならざる者。災厄を呼ぶ、正体不明の化け物。
「半人・・・!?」
「正解。物知りだな、褒めてやろうか?」
ギフトはここにきて狐を笑って見上げる。人狼族は既に全員解放されたのか狐を見上げて睨みつける。首輪があれば絶対に取らない筈の行動をとっているという事は、狐がとる手段はたった一つだ。
ワイバーンは反転してその場を脱しようと翼を羽ばたかせる。焦りのあまり狐は失念している。今更どれだけの速度で逃げようとも、巨大な存在の範囲外に即座に逃げ切ることは出来はしない事に。
「今更逃げは無いだろう?叩き潰すぞ、羽虫が。」
冷淡な言葉は狐の耳に届いて狐の周りを赤く染める。衝撃が襲い平衡感覚を失ったと感じた直後に二度目の衝撃が訪れた。それだけで狐は気づいている。あの巨人の腕でワイバーンもろとも地面に叩きつけられたのだと。
目を開ければさっきまで乗っていたはずのワイバーンが横たわっている。狐は直ぐにワイバーンを起こそうと駆け寄り喚き出す。
「起きろワイバーン!もう一度空へ逃げるぞ!?」
だが狐の喚きはワイバーンに聞こえていないのかピクリとも動かない。そして狐の耳に足音が響き、慌てて振り向きバランスを崩して尻餅をつく。
「波打つ炎。」
ギフトは大振りの剣を肩に担いで一人と一匹に近づく。一歩近づくだけで狐の心音は大きくなり、寿命が縮んでいっているのを嫌でも理解する。
だがギフトは狐を素通りしてワイバーンの首に炎の剣を添える。恨みは何も無い上に、狐に操られてここまで来たのかも知れない。だがあの時とは違い、この魔物は危害を加える可能性の高い魔物だ。
恐怖は忘れても恨みだけは忘れない。そういう存在であるとギフトは思っている。勘違いの可能性もあるが、自身の目的の為にもこれから先の為にもワイバーンは生かす事は出来ない。
「お前に恨みは無いんだがなあ。」
ギフトは剣を振り上げて確実に息の根を止める手段を選ぶ。炎の温度を上げて周囲の空気を歪ましていく。
素材を必要としているし、ミーネが暮らすなら出来るだけ障害は取り除いてやりたい。結局は自分達の為にしか行動出来ない事を理解して、それでもギフトは命を奪う決断をする。
「ま、精々呪って死んでくれ。」
謝ることも嘆くこともせずに一瞬で剣を振り下ろす。炎の剣はワイバーンの鱗を割き、皮を溶かして骨を切る。
最後まで目を逸らさずにワイバーンの首が外れていくのを見届ける。自分の為だけに殺すものへのせめてもの礼儀とその死を見届け、首が落ちたと同時に炎を全て消し、赤い髪を垂らす。
煙草を取り出して煙を空へ吐き出す。これで一段落とギフトは目を閉じロゼとミーネの場所へ向かう。
「さて。飯だ飯。」
笑いかけるギフトにミーネは抱き着きギフトも優しく背中をさする。ロゼは張っていた気持ちを緩めて地面に座り、人狼族達は歓喜の遠吠えを上げる。
唯一狐だけが顔面を蒼白させ、脂汗を流しているが、それを気にする者は今この場にはいなかった。