17 狙いは何
「人間を許せるものか。」
ロゼと自身の妹であるミーネと別れたリバルは一人呟く。確かにロゼは他の人間とは違うのだろう。かと言って奴らがした事をすぐ許せるかとは別の話だ。
人間によって住処は奪われた。多くの仲間が殺され連れ去られた。その幾人かはここにいるが、それでも全員ではない。
ただ人狼族として生まれただけ。この中の誰一人として人間に危害を加えたことはない。それでも彼らは理不尽をまざまざと見せつけた。
「ミーネは笑っていたな・・・。」
ミーネだって覚えているはずだ。なのに妹は人族と一緒にいて笑い、それを苦痛にしていなかった。リバルはその気持ちがわからない。
リバルは気を失っている奴隷商に近づいて爪を光らせる。リバルにとって大事なのは怒りを思い知らせること。ここで未練を断ち切らなければ、人狼族の恐怖を刻み込まなければまた同じことが繰り返される。
思い浮かぶミーネの笑顔。恐らく彼女はもう自分に笑いかける事は無いだろう。取り戻したかった筈なのに、自分に残されているのはどす黒い恨みの感情だけだった。
「・・・リバル。本当に良いの?」
自身の母がリバルに問いかける。母だって彼らに恨みがあるだろう。だが手を出すつもりは無さそうだ。
「私は血の道をあなたに選んで欲しくない。」
「・・・もう遅い。」
母の心配に素っ気なく答える事しかせず、リバルはその爪を振り上げた。
ロゼはミーネの手を引いて町を目指す。まだギフトが起きているかわからないが、状況を打破するためにはギフトの力が必要だ。
起きていないのなら目覚めるまで待てばいい。問題はその間にあの狐がどう動くかだけだが、その問題はリバルに任せる。
「ミーネの兄は強いか?」
「お兄ちゃん?お兄ちゃんは一族で一番強いよ。」
ミーネは笑顔でロゼの質問に答えた。全幅の信頼があるのだろうが、ロゼはそこまでリバルの事を知っているわけではない。強さは理解できても性格までは知らない以上、信頼するのは無理な話だ。
恨みだけで動いている節がある。奴隷商を置いてきたがそれで良かったのか自信は無い。連れて行くことが出来ないから仕方ないとも割り切れない。
「心配ではあるな・・・。」
「大丈夫だよ。人狼族は誇り高いんだ。」
そう言われてもロゼはまだ疑いを捨てられない。それにミーネは恐らく仲間の事を言っていると思っているが、ロゼが心配しているのは奴隷商だ。
「たぶんお兄ちゃんはあの人達を殺さないよ?」
ロゼはミーネに視線を向けて頭を抱える。まさかミーネに見透かされるとは。顔に出やすいとは思っているが、不安にさせてしまうのは辛いものがある。
だがミーネはロゼにそんな心配は無用だと言うかのように笑いかける。その笑顔にこれ以上心配をする事は無礼と思いロゼは思考を切り替える。
ミーネがそう言うのなら自分は信じなければいけない。ギフトと約束したのだ。何があろうとミーネの姉であることを。
「言い切れるのだなミーネは。」
「うん!だってお兄ちゃんからは血の匂いがしないもん。」
「・・・む?」
ミーネの言葉はロゼに疑問を産む。リバルは間違いなく人を襲っている。そんな事はあの激情からも見て取れる。
「ちょっとは臭うけど、そこまで強くないよ?だからたぶんまだ誰も殺してはないと思う。」
「・・・ミーネ。お前の仲間が連れ去られたのは何年前だ?」
「え?二週間くらい前だよ?」
ロゼは立ち止まり顎に手をやり、黙考する。二週間前なら幾ら何でも噂が周知されるには早すぎる。
当然人狼族と言う存在に人々が怯えた可能性もあるが、見た人が数人なら馬鹿話の類で終わらされる可能性だってある。
「お前が町に来たのは二週間前か?」
「うん。皆と離れ離れになってすぐ町の中に逃げたんだ。そこからお金を稼いで生きようとして・・・。」
「反省はもう構わぬ。それより町に付いたとき人の話を聞いたりしたか?」
「外の人の話は聞いたよ?その人が町の人かどうか知らなきゃいけなかったし。」
「・・・人狼族が人を襲っていると言う話は聞いたか?」
言いにくい事だとはわかっている。例えそれが事実だろうとただの噂だろうとミーネにとって自分の仲間が悪事を働いていると考えるのは苦しいことだろう。
それでもミーネは悩みながらも口を開いた。
「聞いたよ。だからバレたら怖いと思って隠れてたんだ。」
ロゼの違和感は確信に変わる。リバルは人を恨み襲っていたかもしれないが、その前から人狼族の噂は確実にあったのだろう。
でなければ町についてすぐにミーネが噂を聞くことは無いだろう。ミーネが町に着く前にリバルが行動した可能性は無いと思っている。
もしリバルが動いていたとしてもそう簡単に逃げ切れないだろう。狼の鼻で追跡されて疲弊していくに違いない。
逃げながら町にたどり着いたとしたらミーネより確実に遅いはず。あの男の強さは身を持って理解している。被害が少ない訳は無いし、その被害があった割に町は発展していこうとしている。
町が発展したいというのなら、良くない噂の人狼族は直ぐに始末しようとするはず。なのに町人は人狼族を倒そうと意気込んではいなかった。
「人狼族はいた。だが人を襲っても大きな被害はなかった?それとも人狼族に脅威を感じなかった・・・?」
今思えば町の人達は人狼族の話をしていたか?食事処の店員もニコも人狼族の話題など出していない。つまりあの町にそれほどの被害はまだ出ていないはず。
それどころかニコは行商人が多く入って来て自分の服が売れないと嘆いていた。被害が多いならそんな町に行商人が来るだろうか。
「・・・騙されていた?その理由は・・・?」
ロゼはそこで心配そうに見つめてくるミーネに気づく。そしてロゼはまた考える。ミーネは自分から町の外まで向かってあの狐に出会ったのか、と。
「ミーネ。あの狐とはどこで出会った?」
「・・・宿の食堂だよ。最初は人に声をかけられたと思ったから怖かったんだけど匂いが違ったから・・・。」
「付いていった事など怒らぬ。・・・人の姿をしていた?」
「うん。ギフト兄と話していた人だったよ?」
「ギフトと話していたとなるとあの武器商人の男・・・。・・・!」
ロゼの中で何かが繋がる。町に着く前にロゼとギフトは人狼族の話を既に聞いている。騙した理由があるとすれば狙いは一つだろう。
武器商人と偽り近づいてきたが本業が奴隷商。そして奴隷商が扱う商品は一つだけ。
「狙いはリバルか妾達・・・。相打ちを狙ったのかそれとも・・・。いや噂を流したのもあいつなら・・・。」
リバルを奴隷として捕まえるつもりだった。
だが狐にはリバルと正面から戦い勝つ力はなかった。だから噂を流した。正義感の溢れるものが倒してくれることを願って。あわよくばリバルと戦い疲弊した者も捕まえるつもりだったのだろう。
そこに現れたのがギフトとロゼだった。本来なら捕まえていたのかもしれないが、リバルと互角に打ち合ったギフトを見て方向を変えたのではないか。
捕まえた奴隷を餌にミーネを誘き寄せて、ミーネを餌にリバルを捕え、リバルを使って奴隷を増やす。もしかしたらそれが狐の筋書きなのかも知れない。そしてその推測が正しいのなら―――。
「っ!戻るぞ!ミーネ!」
ロゼは踵を返して来た道を戻ろうとする。事態について行けないミーネを抱える。
狐の狙いは強い者の隷属化。それが狙いで狐はまだ負けていないと言っていた。ならば狐はその目的を諦めていない。
ロゼが慌てて走り出そうとすると、地鳴りのの様な咆哮が響く。それはリバルの物ではなく、もっと巨大な生物の奏でる音だった。