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Deliver Happy   作者: 水門素行
二章 獣人闘争 三部~亜龍~
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16 青い狼

 ロゼは残った奴隷商を一人残らず気絶させる。狐がいなくなって動揺した有象無象はまるで相手にならず、人狼族(ワーウルフ)を人質にされることもなく呆気なく制圧は完了した。


 かと言ってこのまま人狼族(ワーウルフ)を見捨てて行くことは出来ない。ミーネ一人なら背負って帰ることも出来ただろうが、それを実行する気は起きなかった。


 そもそもあの敵対した青い狼以外はロゼに危害をなした訳ではない。それなのにこのまま外に放置していく等ロゼには思考の外の話だ。


 ロゼがしばらくどうするか悩み狐の次の行動を考える。負けていないと言っていたなら必ず何か仕掛けてくる。そしてそれは青い狼を超える力を持つ何かのはずだ。


 そうなればロゼでは手のうちようが無い。狐が早まらなければ狼はロゼを殺して狐は狼を捉えることも出来ただろう。ロゼに正面から狼に勝つ手段は浮かばなかっただろう。


「運がいいな妾は。」


 決して自分の力だけで勝てたとは思っていない。過信しないのは自分の直ぐ傍にまるで歯が立たない奴がいるからだろう。ギフトに勝てれば慢心もするかもしれないが、未だあしらわれているだけなのに自分が強いなど口が裂けても言えないのだろう。


 ロゼは地べたに座ってミーネの頭を膝に置いて休憩する。寝ることもせず走り続けたのだから疲労も溜まりはする。むちゃくちゃな行動も目的があったからだ。その目的を一応とはいえ達成できたのだから気も緩むというものだ。


「・・・まさか人間に負けるとはな。」


 すると青い狼が起きてロゼに呟く。戦う気力は無いのか覇気はなく、どこか寂しげな様相を漂わしている。


「襲わぬのか?お主が本気で戦えば妾は負けるであろう。」

「・・・冗談はよせ。俺だってわかっているさ・・・。」


 狼は自嘲的な笑みを浮かべて独白する。


「何も見えなくなった。家族も仲間も何もかも。それで構わない。そう思っていた。」


 たどたどしく狼は自身の思いを告げる。負けて付き物が落ちたせいか、先程までとは打って変わって迫力の欠片もなくなっていた。


「人族は今でも許せない。だがお前は人狼族(ワーウルフ)の為に戦っていた。俺と戦っていても揺らぐことなくな。それを見て思い知った。いや、初めから気づいていたのかもな。」

「残念だが人間はお前の想像以上に残酷だ。」


 ロゼは狼の言葉を遮り断言する。せっかく狼が思い直しているのにロゼはそれを否定する。


「妾は特別甘いだけだ。お前の見た者も確かに人間なのだろう。」

「・・・ああ、そうさ。()()()人間で、()()()人間だ。」

「そういうことだ。世はとても複雑で単純なんだ。」


 それだけの会話を終えると二人共黙り込む。もう互いに戦うつもりは無い。すると狼は息を大きく吐き出して立ち上がる。


「狐はどこに消えた?」

「すまぬが見失った。すぐ探すわけにもいかなかったからな。」

「・・・そうか。」


 狼はそう言って鼻を動かす。それでも匂いがわからないのか舌打ちを鳴らして奴隷商に近づく。


 その行動をロゼは止める。この状況でやることなど一つだけだ。そしてそれをロゼは絶対に認めない。


「よせ。妾の前で拷問は許さぬ。」

「・・・お前は許せるのか?」

「許すわけにはいかん。かと言って甘さを捨てる事は出来なかった。だから妾はそれを貫かなければならんのだ。」


 狼と睨み合い頑として譲らない。これが最後の線引きだと思っている。強さを目指すからには過程にも拘る。結果が全てと誰かの笑い声が聞こえてきそうだが、結局その人物も認めはしてくれないが否定はしなかった。


「青い狼よ。心配はいらぬ。姑息な狐は必ずやってくる。誇りを捨てたとほざいていたが、あれは傲慢な人間だ。」

「何故断言できる?」

「子どもだからだ。お主より強い者を従えて必ず報復にくる。」

「なら尚更急ぐべきだ。」

「心配いらぬと言ったであろう?お主と打ち合った男がいるではないか。」


 ロゼの言葉に狼はそういえばと思う。独特の匂いを放つ男は二度会っているが今回は姿も匂いもしない。煙草の匂いがロゼから漂うがそれだけで、赤髪の男はこの場にいない。


「あいつか・・・。あいつは何者だ?人では無いだろう。」

「気づいておったのか?」

人狼族(ワーウルフ)の鼻を舐めるな。人かそうでないかくらいは嗅ぎ分けられる。」


 ロゼは狼の言葉を聞いてミーネを見る。もしそうならミーネは気づいているのかも知れない。だがまあミーネからすればそれはどうでも良いのか今まで何も言ってこなかった。


「あれが人でも人で無くても関係はない。妾の友達だ。」

「・・・そうか。だからお前は俺たちを見下さないのだな。」

「そうだな。それだけでなく何も知らないだけかも知れぬがな。」


 ミーネの頭を撫でながら優しく微笑みロゼは呟く。知らないことを知りたい。そう思って旅に出た。大きな目標はそれではないが、それも一つの楽しみとしてギフトの旅に付いてきた。


 だが今になっては知らなくて良かったと思っている。下らない偏りを持っていないからこそロゼはミーネに姉と慕われたと考えれば、知らないことも悪くはないと思えているのだろう。


 そこまで離すと他の人狼族(ワーウルフ)が目を覚ます。目を覚ました人狼族(ワーウルフ)は周囲を見渡して状況を確認すると、ロゼを見つけて距離を少しだけ離す。


 それを寂しく思いながらも仕方無いとロゼは溜息を吐く。ロゼはもう首についている物に気づいているし、それが何かも知っている。


「襲って来なければ襲わぬ。楽にしていろ。」


 そう言っても警戒が解けることは無かったが、青い狼を目にして人狼族(ワーウルフ)の目が開く。


「リバル・・・?」


 そして一人の狼が口を開く。ミーネを抱きしめていた人狼族(ワーウルフ)が狼の名を震えた声で呼ぶ。だが行動はそこで止まる。人狼族(ワーウルフ)達にはまだ首輪が付けられていていつそれが作動するかわからない以上迂闊な行動を取れないのだろう。


 相変わらず腹の立つ道具だ。尊厳を奪い自由を奪う最低の道具。それでもロゼにはそれをどうにかする手段は無い。だがロゼはそこまで悲観していない。


「そういえば忘れていたな。」


 ロゼはギフトに首輪の開放の仕方を教えて欲しいとせがんで、許可を貰ったのだが、結局今まで何も教えてもらっていない。二人共忘れてしまっていたので文句は無いが、まさかこんなにすぐ必要になるとは思っていなかった。


 教えて貰っていれば今にでも開放できただろうが、ロゼがここで何かするのは危険が多すぎる。そう思って何もしない事を選びミーネを見ると、もぞもぞと動き始めた。


「・・・ロゼ姉?」

「む?起きたかミーネ。」


 ミーネは寝ぼけ眼を手で擦って意識を覚醒させる。目の前にはロゼの顔だけが写っているが、状況を理解すると慌ててロゼの膝枕から飛び起きて視線を動かす。


 そしてある一点に焦点を留めるとミーネは肩を震わせ始める。今すぐにでも抱きつきたいが微かに残った冷静な部分がそれをさしてくれない。


「偉いぞミーネ。よく我慢した。」


 頭を撫でてミーネを褒める。ミーネは誰も苦しめたくないのだろう。例えそれで自分の感情を押さえ込むことになっても家族や仲間を辛い目に合わせることはしなかった。


 だからロゼは、ロゼだけは純粋にミーネを褒める。その行動の優しさを理解しているからこそロゼはただ優しく認める。


「青い狼。いや、リバルと言ったか?」

「・・・何だ。」

「妾達は一度町に戻る。」


 ロゼのその言葉にミーネは戸惑う。そんなはずないと思っていても嫌な思考が頭をよぎってしまう。ロゼが人狼族(ワーウルフ)を見捨ててしまうのではないかと。


 だがそれを否定するようにロゼは肩を竦めて笑う。ミーネの耳がピンと跳ねて顔を綻ばせてロゼに飛びつく。


「町には常識を壊す化物が居る。そいつを連れてくる間皆を守れ。」

「・・・それは命令のつもりか?」


 リバルは犬歯をむき出しにして威嚇する。ロゼはそれを冷めた目で見ながら鬱陶しそうに溜息を吐く。


「負けたのだから従え。何より仲間は守るものだ。お主は人以下にはなりたくないだろう。」

「・・・。」


 リバルは怒りを引っ込めて首に手を当てて視線を逸らす。ロゼの言葉の意味を理解したのだろう。人ですら仲間を守るのに、お前はそれすらできないのかと。


 そう言われてリバルは一時的に怒気を引っ込める。だがそれでもリバルも一つ条件を出した。


「わかった。だがミーネも一緒に行くのか?」

「・・・うん。僕はロゼ姉と一緒に行くよお兄ちゃん。」

「怖くないか?」

「怖くないよ?ロゼ姉は格好いいんだ。」


 ミーネは自分の事でも無いのに胸を張って答える。それにロゼは感極まりミーネを強く抱きしめ、ミーネがくすぐったそうに笑う。


 それを見てリバルはなんとも言えない感情を抱くが、それを告げる事はない。二人が町に向けて歩いていくのを黙って見つめるだけで意識を切り替える。


 目の前には人狼族(ワーウルフ)が不安そうな目でリバルを見つめている。それを守る事を次の目標にしなければならないのはわかっている。だが、どうしても燻った思いだけを一つ抱えている事も気づいていた。



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