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Deliver Happy   作者: 水門素行
二章 獣人闘争 二部~目標に向けて~
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15 迷わない

 甲高い音が鳴り響く。武器を持っていない筈なのに、切り裂かれるという恐怖がロゼを包む。人狼族(ワーウルフ)の爪がここまで硬いとは思っていなかった。


 力も向こうが圧倒的に強い。だがロゼはその爪を焦ることなく冷静に対処していく。近接戦なら何度もやった。破壊力は確かにあるが攻撃は単調でわかりやすい。


 だが異常なのはこの人狼族(ワーウルフ)は自分が傷つくことを厭わない。どれだけロゼの剣が間近に迫ろうと腕を振り回し、ロゼの身を切り割こうと狙ってくる。


 ロゼの剣は命を奪わない。それを知っていて突っ込んできているわけでは無いだろう。例えどれほど傷つこうが許さないと決めているから愚直に突っ込めるのだろう。


「・・・悲しいな。」


 ロゼはぼそりと呟く。その様は見ていて痛々しい。どれほどの恨みがあればここまで自分を追い込めるのだろうか。ロゼにはこの男の気持ちはわからないだろう。


「話を聞くつもりは無いのか?」

「ふざけるな!」


 人狼族(ワーウルフ)と戦うつもりは無い。今許せないのはあの狐だけだ。当然他の奴隷商の人間も許さないが、あの狐はそれすら裏切って自分の保身に走った。


「あの狐に騙されてると思わぬのか?」


 戦闘の合間に話しかけるなど、ギフトがいれば呆れるだろう。それでもロゼは問わずにはいられない。自分は人狼族(ワーウルフ)にここまで苛烈な怒りをぶつけられる覚えは無い。


「例えそうだとしても!人族を許すものか!」


 青い狼の罪が浅くロゼの肩を切りつける。大した痛みは無いが、このまま打ち合い続けても押し切られる。


 ロゼは後ろに下がり青い狼と距離を取る。それに無理に近づかず、青い狼はじっと機を伺いロゼの喉元を狙うが、それに取り合わずにロゼは一息つく。


「知らん。妾はお主に会うまで人狼族(ワーウルフ)に出会った事は無い。」

「知らぬと言うか!俺の目の前で笑いながら同胞を殺した種族が!」


 狼の眼は血走り恨みは募る。ロゼに身に覚えが無くともこの狼はロゼを人と言うだけで許す事が出来ないのだろう。


 ロゼは思いを馳せる。自分の目の前で親しい者が殺される経験などロゼにはない。誇れる歴史も分厚い過去もロゼには何もないが、想像する事だけは出来る。


 もし自分の目の前でミーネが殺されたら?ギフトが殺されたら?今まで出会った親しい人が殺されたら自分は恨みを持たずにいられるだろうか。


 答えは否だ。ミーネが涙を流しただけで怒りが湧いてくる来ると言うのに、目の前で殺されてそれを忘れて生きる事など出来ないだろう。


 ただそれでもロゼは思う。そして青い狼に憐憫の眼を向ける。


「下らんな。」


 辛い事もあったのだろう。怒りも悲しみもあったのだろう。でもロゼはそれら全てを知っても気持ちは何も変わらないだろう。


「怒りも悲しみも持つのは構わない。だがそれをぶつけるのは違うだろう。貴様は自分も仲間も誰も幸せにしない道を選んだ。」


 自然と剣を持つ手に力が入る。苦しさなんて誰もが抱えてるものだ。比較する事はできないだろう。大きいも小さいもあるかも知れない。


 その上で道を選ぶのだ。そして目の前の狼は自ら怒りに身を堕とした。それは他人事では無いという事もわかっている。


「貴様の進んだ道の先は胸を張れる物なのか?」


 今度はロゼから青い狼に向けて剣を切りつける。防がれる事などわかっているが、予測していれば次の手が即座に出せる。


 防がれた瞬間に剣を引いてそのまま狼の右腕に突きを放つ。左の掌で押し出されて軌道がそれるが体を半回転させて狼の目の前に左手の指を二本突き付ける。


「穿て雷鳴!雷の弾丸(スダンバレット)!」


 狼の目の前でロゼの指に紫電が纏い、それを見た瞬間狼は体を大きく逸らして横に片足で跳ぶ。先ほどまで狼の顔があった場所に雷が撃たれ地面に当たり煙を上げる。


 ここにきて狼はロゼを敵と認めたのだろうか、ロゼを視界に収めたまま姿勢を低くする。それは強者が獲物を狩る態勢では無く、対等な敵と戦う時の構え。


 地面に腕が付くぎりぎりまで腰を落とし、あらゆる状況に対応する。ロゼはそれを見ても感情を抱かず、怒りが募るばかり。


「お前の姿を他の人狼族(ワーウルフ)に見せられるか?」

「黙れ!」


 狼は空気を震わすほどの大声でロゼの言葉に応える。


「俺の怒りの何を知っている!人族風情が図に乗るな!」

「言っただろう?知らぬと。だから言わせてもらうぞ。」


 怒る狼に対してロゼは冷静だ。正直に言うなら狼と自分では軍配は狼に上がるだろう。ギフトと訓練はしてきたがそれでもまだ狼に勝てるとは思っていない。


 それでもロゼに怯えは無い。狼は怒りを撒き散らすだけで重さが無い。どんな言葉を投げつけられてもロゼがそれに同情する事は無いだろう。


「お前が何を言おうと響かぬ。失うだけで得る物の無い目標など理解するつもりは無い。」


 敵を殺す。人を殺す。それだけにとらわれてやるべきことが見えていない。仮にロゼが狼の立場なら絶対にすることを狼はやっていない。


「恨むななど言わぬ。復讐を止めろ等言えぬ。だがな、何故貴様は手を差し伸べられない?」


 目の前に倒れた仲間がいるのに狼はそれらに一瞥くれてやることも無い。それが何より腹が立つ。目の前の事だけに必死になって何も見えていない。


 人の事を言えないのは理解している。どの口が言うんだと笑われるだろう。それでもロゼは沸々と感情が逆巻いていく。


「誰にも目を向ける事の無い貴様が一体何を成すつもりだ。思い上がるのもいい加減にしろ。疾風迅雷(リンドブルム)。」


 ロゼの体は狼の目の前から消える。それを見失うことなくロゼが行った方向へろ目を向けるとそこには人狼族(ワーウルフ)に近づく男がいた。


 ロゼは青い狼を敵と認識していない。攻撃は防がなければいけないが、かといって倒さなければいけない相手でもない。攻めてこないと判断できれば無視することも出来る相手だ。


 舐めているわけでは無い。調子に乗っている訳でもない。ただ、ロゼの目的は最初から一つしかない。


「目を覚ませ。お前の目の前には誰がいる?妾は人狼族(ワーウルフ)は仲間思いと聞いたが?」


 夢を見ているだけかもしれない。ギフトがそう言っていただけで本当はそうじゃない可能性だってあるだろう。


 だがロゼには狐や奴隷商と戦う理由はあっても人狼族(ワーウルフ)と戦う理由は何一つない。だったら言葉での説得が一番いい選択肢だ。


 そしてロゼの行動に狼も戸惑う。同じ人間、同じ奴隷商ならその行動を止めたりしないだろう。なのに目の前の女の行動は誰一人傷つけないようにする意志が感じ取れる。


「ちょっとちょっと揺れないでよ?君の目的を忘れたの?」


 だが狐が狼に近づき言葉を掛ける。煙を吐き出しながら軽薄な笑みを浮かべて狼に近づき、胡散臭さを隠そうともしない。


「忘れたの?あれは人族だよ?君達の故郷を奪い、奴隷として捕らえ、人生を無茶苦茶にした憎むべき相手だよ?」


 狐の軽快な口調にロゼは不快感を示す。人の懐に勝手に入り込んでくるような、力を利用してやると言う思いだけが伝わる不気味な言葉だ。


「人族は恨むものでしょ?そう決めたんでしょ?君の伴侶の無念は誰が晴らすの?」


 狐の吐いた煙は狼に流れ、狼はその言葉を反芻するように言葉を放つことなく顔を伏せる。


 狐は笑みを一層深くしその様子を見守る。


 ―――さあ。もうすぐだ。もうすぐ「知っているか狐?」僕の・・・―――


 狐の思考はそこで断たれる。狼の体は一瞬だけ痙攣し、そのまま意識を失い地面に倒れる。


「魔法はより強い魔法で消されるのだぞ?」


 大地に伏せた狼を見る事無く、狐はロゼをこれ以上ないほどの憤怒をもってロゼを睨む。


 ロゼはその顔を見て狐を鼻で笑う。やっと悔しい顔を見せたなと。まだ物足りないが、ほんの少し鬱憤が晴れた気がした。


「おいおい。何してくれてるの・・・?」

「それは妾の台詞だ。狼に何の魔法をかけるつもりだ?」


 狐の魔法の全容など知った事ではない。ただ碌な事にはならないだろうと先手を打っただけ。そしてそれは見事狐の癇癪に触ったようだ。


「随分魔法に詳しいんだね・・・。ばれると思わなかったけど?」

「一度見たからな。何より妾の友達が優れた魔法使いだからな。」


 ギフト自身は実際魔法に詳しいわけでは無い。ただ常識が通用しない事があるのを知っているから対応できている。そしてロゼもギフトとも長く共にいる。どんな魔法があろうと驚くに値するとは思っていない。


「諦めろ。貴様の切り札は倒れたぞ?」


 真っ向勝負なら勝てなかっただろう。狐が欲を出したから狼を気絶させることが出来た。狐が狼の意識を薄れさせたからこそロゼの魔法が命中した。


「策を巡らす前に自分を知るべきだな。貴様一人では妾に勝てぬぞ?」


 狐はロゼの言葉を聞き届け、顔を伏せて肩を揺らす。ロゼは怒りに震えているかと思ったが、狐はバッっと顔を上げて満面の笑みを浮かべる。


「諦める?勝てない?ふふっ!ねえねえ何を言ってるのさ!僕はまだ負けていないよ!?」


 狐は右手を握り上空に持ち上げる。ロゼはその行動を攻撃動作と思い剣を構えるが、狐が右手を開いた瞬間ロゼの視界が白に塗りつぶされる。


 眩い光が辺りを包み込む。視界が奪われロゼから冷静さを奪うが、来るべき衝撃も、魔力の反応も何も起こらない。ロゼは不信感を持ちながらも色がうっすらついてきた目で周囲を見る。


 そこに狐の姿は無く、辺りは狐の仲間の奴隷商と、地面に横になる人狼族(ワーウルフ)だけしか見えなかった。








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