14 ロゼの実力
ロゼの目の前には五人。左右と後ろに十八人。怒りに身を任せていてもロゼの思考は冷静だった。
許さない事は決めている。だからこそ負けるわけにはいかなかった。自分が負ければミーネを守れないのだから当然の事ではある。
自分から迂闊に攻め入る事は出来ず、かといって待っているだけでも追いつめられる。ギフトの様に炎の壁を形成できるなら守りは問題ないが、ロゼにそれは出来ない。
ただロゼは一つだけギフトより優れた力があると自負している。それだけではギフトに遠く及ばない事は知っているが、初見の相手でそれも自分より弱い者が相手なら勝機はある。
「ロゼ姉!」
「遅くなってすまない。すぐに終わらせるから待っていろ。」
ロゼは本音を言えば今すぐミーネだけ連れ出して逃げたい。怒りがあるとは言っても態々不利な状況で戦う必要は無いからだ。
だがミーネが抱き着いている人狼族を見て気持ちが変わる。あれがミーネが自分達に何も言わないで出ていった理由だという事くらい理解できていた。
「あれあれ?なんなのさこの状況は?」
ロゼと敵との距離が縮まらない状況で、狐が不快な声を出す。耳障りな声ではあるが、それをまともに聞くつもりは無い。今構っている暇は無いからだ。
狐は表情こそ変わらないが少しだけ怒りが見え隠れしている。狐にとって自分の意志以外の介入は嫌悪の対象だ。それになによりも。
「なんで人狼族なんかに人が味方してるわけ?」
獣人に人が味方をするはずがないと言う常識が崩れるからだ。
獣人と人間の対立は歴史の流れだ。決して浅いものではない。そしてそれを普通は小さいころから教えられて育っていく。
にも関わらず目の前の女は人狼族を庇おうとしている。何か理由があって連れ添っていたのは知っているが、ここまでする義理は無いと思っていた。
「何がおかしい?可愛い妹の為に戦うのは姉として当然であろう?」
「そんな訳ないじゃないか。君は知らないのかい?人狼族はその爪と牙で君たちの同胞をずたずたに引き裂いたんだよ?」
狐の言葉にロゼは少しだけ後ろを振り向く。そこには自分と言う存在に震える人狼族と不安な表情で見つめてくるミーネしかいない。
ロゼはそれを見て嘲笑する。人狼族に対してではなく狐に対して。
「知らん。少なくとも妾の知っている人狼族は笑って泣いて食べて寝て、他者を思える素晴らしくも普通の者だったぞ?」
狐の甘言にロゼは惑わされない。というよりあって間もない男の言葉を信じるかミーネを信じるかと問われて迷う方がどうかしている。
「大事なのは種族ではない。そんな事も知らぬのか?」
「あれあれ?おかしいね?僕は君よりずっと世界を知っているよ?」
「阿呆が。貴様の知ってる事が全てと思っている時点で底が透けて見える。人は貴様の想像以上に醜くも美しい。」
「へー・・・。じゃあ君は人狼族信じられるんだ?」
「貴様は何を言っているんだ?」
ロゼは剣を構えながら周囲を睥睨する。その様は堂に入っていて弱さを微塵も感じさせない。
敵対する者に恐怖を。背中に安心を。その為に必要な気構えなどロゼは知らないが、幼少から教わってきた教育は確かに根付いている。ロゼは自分が正しいと思えば常に堂々としている。
「信じられる訳が無かろう?今でも怖いに決まっている。」
「・・・は?」
ロゼを惑わせようと言葉を重ねた筈なのに、ロゼの言葉に狐は困惑する。狐だけでなく、人狼族もその言葉に戸惑う。
助けに来てくれたと思っていた人が自分達を怖いと思っているのだ。いつ見捨てられるかわからない状況になれば怯えもする。ただ一人ミーネだけがその言葉の続きを知っている。
「だから貴様は阿呆なのだ。初対面の何も知らぬ人間を何故信じられる。そんなものは聖人君子の役割だ。」
ロゼだって最初にミーネにあった時は盗みを働く子どもを説教しようとしていただけだ。今でこそ仲良くなったが、それほど良い出会いがあったわけでは無い。
だがもう知ったのだ。ミーネはただの子どもだ。ただ環境がそれを表に出す事を許さなかっただけ。それでもミーネは腐らずに今では自分達の手伝いをして真面目にお金を稼ごうとしている。
「貴様は知っているのか?ミーネは自分の足でここまで来たんだ。」
「・・・それが何だい?」
「妾達に頼めば良かったのに一人で来たのだ。貴様の様な胡散臭い狐についていくのは怖かっただろう。それでも妾達を巻き込まない配慮をしたのだ。」
本人から聞いたわけでもないのにロゼは確信をもって告げる。確かにその通りではあるが、やっぱり見透かされていると思うと余計に心苦しくなる。
「妾は紛れもない人族だ。巻き込んだ所で構わないと思わないか?獣人族と人族は対立しているからな。」
「・・・。」
「答えはそう言う事だ。もう一度言うが種族の違いなど大した事ではない。」
ロゼは他人を外見や噂で判断しない。実際に会ってみなければ何もわからないことを身をもって知っているからだ。常識の埒外の存在と共に旅しているのに今更獣人だからと言って騒ぐ理由にはならない。
「話は終わりか狐?」
「・・・そうだね。話は終わりだよ。心配しなくても君にも役割があるから大丈夫さ。」
狐は薄ら笑いを止めてロゼをじっと見つめる。予想外の状況ではあるがそれならこれも利用してやると頭を回転させる。
ロゼと一緒に居たギフトと言う男。あの男を捕まえよう。それにはロゼの存在が重要になる。人質として使っておびき寄せて奴隷にするのも悪くないと考える。
「目標を変えろ。まずはあの女だ。決して殺すなよ?」
狐の言葉に周囲の人間は武器を構える。狐は煙管を加えて後ろに下がり、ロゼは目標が自分に向いたことに心の中で喜ぶ。
勝てるか負けるか以前に人狼族を狙われた方が厄介だった。それが自分に来るのなら身を守るだけで良い。当然言葉全てを信じる事は無いが、幾分かやりやすくなったのは事実だろう。
ロゼに向けて五人いた内の真ん中の男が一歩近づくとそれを戦闘の合図とみなして、ロゼは魔力を溜めて一気に距離を詰める。想定外の動きに男を慌てて剣を振り上げる。
「鈍い!」
この状況になったのなら剣の切っ先を向けるだけの方が行動を制する事が出来るだろう。当たっただけで死ぬ事は無いだろうが、傷つくことの恐怖がある以上は剣を警戒する。
だが振り上げたのならより深く懐に潜り込める。振り上げた剣より内側に踏み込んで剣を持っていない方の腕で男の腹部に肘鉄を食らわす。
腹に肘が少し食い込むとその腕を振り払って男との距離を離す。左右に分かれた左側の男に剣を勢いに任せて、上段から振り下ろして敵の動きを制し、剣の重みを利用して体を回し、片足で踏み込んで男の顔面に裏拳を当てる。
拳に骨が当たる感触を確かめる事無くロゼは前へと進む。目の間には一人後ろには二人。一人の足に向けて剣を横薙ぎに振るい太ももを浅く切りつけ、男を蹴って後ろに視線をやる。目の前にいても対応できる様油断はせずに。
だが二人の男は呆然と立ち尽くしてその場から動いていない。その様子に疑問を抱くも構っている暇は無いと人狼族達がいる場所に目を向ける。
すると案の定最初ロゼの後ろにいた敵が人狼族に近づいている。殺すつもりは無いのか剣を抜いてもいないが、人質に取られれば自分は動けないだろうとロゼは先手を打つ。
「疾れ!疾風迅雷!」
そしてロゼの体内で溜まっていた魔力が爆発する。雷が剣に纏い一直線に敵に向けて飛んでいく。それから手を離さなければロゼは目で追えないほどの速度で駆け抜けられる。
目標を男のすぐ横。男のすぐ隣に剣が突き刺さり、突然現れたロゼは回し蹴りで踵を敵の顔にめり込ませる。
剣を地面から抜いて再び構えるが、すぐに襲ってくる様子は無かった。その様子にロゼはあえて口の端を吊り上げて挑発する。
「もう終わりか?ぬるすぎるぞ貴様等!」
怒りに任せて自分を狙ってくれるなら結構。人狼族を狙っても自分には遠距離で使える魔法だってある。この程度の力しかないならロゼに負ける要素は何もなかった。
だが予想は外れ誰もロゼにも人狼族にも近づかない。剣の腕に長け魔法も使える人間を相手に勝てる様な鍛錬はしていないからだ。
「うんうん。凄いね。今の僕の兵隊じゃ君には敵わないか。」
それを見て狐は拍手してロゼを称え、自分の思い違いを知る。ギフトを捉えるために使おうと思っていたが本当に厄介なのはこの女の方だ。ならば自分の目的の為に切り札も使わなければいけない。
本当はギフトにぶつけて相打ちを狙うつもりだったが、ここまで強いのなら戦力として数えても良いだろう。予想より早くなるが、ここで奴隷の人狼族を手放すのは惜しい。
「負けを認めるか?ならばこの者達を解放しろ。」
「僕は勝てないけど負けないさ。やり方はいくらでもあるんだよ?」
狐は煙管を吹かして煙を吐き出す。その煙は人狼族達を包み、ミーネ達の意識を奪う。そして天空に向けて魔法を放つ。攻撃性の無いただ光るだけの魔法。それは目くらましに使う事が多いが夜も更けたこの時間なら別の用途にも使える。
「何をした!?」
「魔法は魔力で防がれる。君を眠らせる事は出来ないなら、やる事は一つさ。」
魔法で生み出されたと言っても炎は水に弱かったりとの自然界の法則には逆らえない。ただし狐の言う通り魔法はより強い魔法にかき消される。例えばギフトの炎を半端な水の使い手では消す前に蒸発してしまう。だから狐の魔法は魔力を多く持った者には通用しない。
ミーネ達に視線を向けると確かに眠っているだけの様だ。どんな作用があるかわからないが、狐も態々奴隷として捕まえていたのだから、殺すつもりは無いのだろう。
「僕の力は弱い。でも勝つのさ。僕には誇りが無いからね。」
狐は途端尻餅をついて体を震えさせる。唐突な出来事にロゼが疑問を覚えるも束の間、異変は直ぐに訪れた。
ロゼですらわかるくらいの殺気。身の毛もよだつ程の重圧がロゼの体を包み、それが発せられる方向へと剣を縦にして防御の姿勢を取る。
すると耳元で甲高い音が鳴り、ロゼの体が宙に浮く。姿勢を制御して着地するとロゼの前には青い狼が目だけを不気味に光らせていた。
「た、助けてくれ!こいつら奴隷商だ!!」
そして狐は嘘を吐く。ロゼがそれに否定する間もなく青い狼は遠吠えを上げてロゼに向けてその爪と牙を尖らせる。