13 妹の家族
ロゼは慌てて宿を飛び出して周囲に視線を向ける。だが目に見える場所には姿は無く、どこに行ったのかも皆目検討もつかない。
時刻は夜。人の目は少なくなり目撃者も少ないだろう。それでも望みをかけずにはいられなかった。とにかく道行く人に聞くしかない。
「おい!この辺りでフードを被った子を見なかったか!?」
「なんだい姉ちゃん?そんなに切羽詰った様子で・・・。」
「問答している暇はない!早く答えよ!」
ロゼは詰め寄って物凄い剣幕で捲し立てる。他人に気を使っている暇などない。質問をする側の態度でない事など重々承知だが焦らずにはいられない。
「み、見てねぇよ。」
「邪魔をしたっ!」
それだけ吐き捨てるとロゼはその場から急速に離れていく。どこに行ったのかなどわからない。下手をすれば町の外に出た可能性もある。
そうなるとロゼではもう見つけられないかもしれない。ミーネ程の嗅覚があるわけもないし、ギフト程勘に優れているわけでもない。
かと言って諦めると言う選択肢は初めからない。楽観的にミーネが帰ってくるのを待つ事はしない。仮に見つからなくてギフトの部屋で待っていようとそれならそれで構わない。ミーネの身に何も起こらなければそれでいい。
自分に出来ることなどたかが知れている事はわかっている。それでも動いだんだ。世間知らずの阿呆なことはわかっていて、それでも妹がこの先幸せに生きることくらいは願わずにはいられない。
「先ずは町の中だ・・・。とにかく誰か見たものがいれば・・・!」
そこから先は手当たり次第と言う言葉がよく似合った。すれ違う人がいれば話しかけ、飲んだくれて寝ているものがいれば声を掛け、明かりが付いた建物があれば入りミーネの姿を探す。
それでも碌な情報は入らずただ時間だけが過ぎるばかり。焦りからか声も荒くなり、喧嘩になりそうな場面もあったが取り合わずに一目散に逃げてきた。
「考えろ・・・。ミーネならどこに行く?ギフトならどうする?」
ミーネならそこまで遠くには行かないいだろう。元より危機管理能力は高い。今まで生きてこれたのも運が良かったのもあるだろうが、危険な事に首を突っ込まなかったからだろう。
そのミーネが出て行った。それだけの理由がある。ミーネがおかしくなったのは人狼族に出会ってから。だが、その時に離れるならまだしも今このタイミングで離れるには理由があるのだろう。
だったら一人でどこかに消えたとは考えられない。連れいてかれたとも思えない。ならばミーネは自分の意志で誰かに付いて消えたのだろう。
付いていったのならミーネの思考はそこまで考えなくていい。なら次だ。
「ギフトなら何を聞く?何を調べる?」
一人ブツブツと思考を回す。ギフトはああ見えて思考が早い。歩んできた人生がそうさせるのか、考えなしに見えても何も考えていないわけではない。
予測して、対応する。それが極端に早く、的を得ている。行き当たりばったりでも成功してきたのは頭の回転が速いからだ。だったらロゼもそれを見習うべきだ。
「ミーネは一人だ・・・。なら何が目的だ?ミーネが付いて行く理由は・・・?」
そこまで思いついてロゼははっと思い出す。ミーネはお金を稼ぎたがっていた。だがその目的は自分達といることで達成できる。
「目的は金じゃない・・・?お金を稼いで何をするつもりだった?ミーネなら・・・!」
そしてロゼは町を駆け抜けて外へ出る。確信があった。ギフトから聞いた人狼族の特徴は仲間思いで誇り高い。
ミーネは仲間の為にお金を稼ごうとしていのではないのか?そしてそれに自分達を巻き込まないために何も言わずに消えたのではないか?
だったら直ぐに見つかる場所にはいない。町の中にはいないだろう。そしてミーネの仲間と聞いて今思い当たる人は一人しかいない。
理由は知らない。事情も知らない。それでもそんな事考えるより先に体が動いている。ロゼにとってはそれが全てでどうでもいい。
もしかしたらロゼの行動はミーネは嫌がるかも知れない。それでもロゼは自分の為に突き進むしかない。脳裏に浮かぶのはミーネの笑顔と怯えた顔だ。そのどちらを守るかと聞かれれば迷う必要はない。
「笑顔を届けるのが妾達の役目だ。妹に笑顔一つ届けられなくて何が届け屋だ。」
意思が一つあれば迷わない。ロゼは一つの場所に向けて走り出す。それは今日ミーネの様子がおかしくなった場所。人狼族と出会った場所だった。
狐は鼻歌を歌いながら歩いている。今は人の姿をしていてどう考えても夜に外へ赴く格好をしていない。
その後ろにはミーネが不安そうな顔をしながら付いて行く。仲間に会えると聞かされたが町の外、それも距離の離れた場所へ向かうことに違和感があった。
「本当にこっちなの?」
「嘘は付いていないよ。狐はそこまで嘘吐きじゃないよ?」
煙管で煙を吹かす狐に不快感を抱く。ギフトも煙草を吸っているが、好意が勝っているのだろうかここまで嫌な気持ちにはならない。それどころか一緒にいると気持ちが落ち着く不思議な暖かさがあった。
だがこの狐はどこか冷たい雰囲気を纏っていて、一定の距離を離さないと不安になる。今まで他の人に出会っても二人がいてくれたから冷静でいられたんだと改めて思い知る。
心臓がどんどん早くなっていくのがわかる。不安がいっぱいで今すぐにでも逃げ出したい。それでも希望が見えたせいか、逃げ出す勇気もミーネには無かった。
「もうすぐだよ。もうすぐ皆に会えるよ。」
狐の言葉にミーネは視線を上げる。まだ何も見えない上にミーネの嗅覚にも何も臭わない。風向きの関係かとも思うが、今は風も吹いていない。
ここに来てミーネは自分の迂闊さを呪いそうになる。足が止まり、呼吸が不安定になる。やっぱりギフト達と一緒に来れば良かったと思う。我侭とか思わずに一緒に来てもらえばここまで不安も感じることは無かっただろう。
「嘘は言ってないって。ほら。」
狐は軽薄な笑みを浮かべて指を指す。その指の先を見るとそこにはかつて死んだと思っていた人達がそこにいた。
一度目を閉じ再び開けてもその景色は変わらなかった。向こうもミーネを見つけると笑顔を浮かべて手を振ってくる。
その景色に恐る恐るミーネは足を踏み入れる。そして触れる。それでもその人は霞む事も消えることもなく確かに存在した。
「・・・お母さん!」
ミーネは滂沱の涙を流し、自分の母に向けて飛びつく。それを優しく抱きしめて母親は優しくミーネの頭をなでる。
「うんうん。家族の愛情は見てて良いものだね。」
見ていた狐はまるで心にも思っていないかのように言葉だけを吐き出す。したり顔で頷いているが軽薄な笑が消えず、誰からの信用も得られなかっただろう。
事実狐はこれ以上ないほど愉快に笑う。この先起こる出来事を予想すれば愉悦に歪むだろう。舞台は徐々に整いつつある。後はどこまで踊りきってくれるかだ。
狐の思惑にも気づかずにミーネはただ歓喜の声を上げて尻尾を振る。
「お母さん!お母さん!会いたかった!」
「・・・私もよ。ミーネ・・・。」
だが喜ぶミーネとは対照的に母は辛く苦しそうな表情を浮かべる。後悔と喜びが入り混じった表情はミーネの顔を曇らせる。
「・・・どうしたのお母さん?」
「・・・!・・・ごめんね・・・。ミーネ・・・!」
母がそう呟いた瞬間狐が堪えきれずに声を出す。両手を広げて嘲笑する。ミーネ以外の人狼族が狐を睨むが、それも気にせず声を上げて笑い出す。
「駄目駄目!君達はもう僕に逆らえないんだから!!」
はっきり言えばこの数の人狼族と真正面から戦うことなど御免被ると思っているのだろう。と言うよりかは生来から真っ向勝負等嫌いだった。
だから策を巡らし、罠を張る。自分が勝てる状況を作り出して絶対の勝利を掴むことこそが狐の至上主義。
「さあおいで!僕の兵士達!また一つ商品が増えたぞ!」
ミーネはその時始めて自分の状況を知る。嘘は吐かれてはいなかった。ただ本当の事を言っていないだけ。仲間に合わせる事はしてくれたが、その後の事までは言っていなかっただけ。狐が何を生業としているかを言わなかっただけ。
「・・・!」
「うんうん!わかるよ絶望的だよね!?でもこれは君が悪いんだよ!人狼族として生まれた君の運命がさ!大丈夫!こんな事はよくあることさ!」
狐は笑い狼は泣いた。そうこんな事はよくあること。騙し騙され弱肉強食。それがこの世の常で不変的な法則。
人が近づくたびにミーネから嗚咽が漏れる。母に抱きつくと母もミーネを優しく抱きしめる。そして始めてミーネは皆の首に付けられている物を目にする。
「・・・お母さん!それ・・・!」
そこにあるのは奴隷につけられる首輪。抑止力を持った首輪は人の心を奪い、動きを制限する。この中の誰一人ミーネを裏切るつもりはない。だが死なない苦痛を味わい続ける日々に少しずつ心が壊れていく。
「嫌だ・・・!嫌だ嫌だ!」
癇癪を起こしてもここにはミーネを守ってくれる人は誰もいない。唯一母だけがミーネを抱きしめる。その行為すら苦痛を与えられるにも構わずそれでもミーネを離さない。
「ごめんね・・・!ごめんね、ミーネ・・・!」
「嫌だ!奴隷になりたくない!こんなの嫌だ!」
それでも人はゆっくり近づいてくる。ミーネにはそれに抗う術は無い。ただ受け入れいるしかない状況にあって、涙を流しながら母に泣きつく。
「違う!嫌だよ・・・!嫌だ!助けて!」
「・・・ミーネ・・・!」
泣きつくミーネに母は何もできない。やっと娘に会えたのに何もしてやることが出来ない自分の立場が不甲斐なさ過ぎて涙がこみ上げる。
ここで娘を失いたくはない。でも刷り込まれた苦痛は体から離れず自分を動かしてくれない。睨むこともできず、やってくる苦痛に目を閉じる事しか出来ない。
ミーネは泣きながら不安定な呼吸で声を絞り出す。それは弱々しくて、狐に嘲笑されるだけとわかっていても、その言葉を口にするしか出来なかった。
「助けて・・・!ギフト兄!ロゼ姉!」
途端雷鳴の様な音がミーネの耳を貫き体を震わせる。その衝撃に思わず両目を瞑る。だがそれ以上の衝撃はやってくることなく恐る恐る目を開ける。
そして匂う。懐かしくも無いけれど、数日ずっと一緒にいた人の匂い。煙草の匂いが少しだけ混ざっているが、その中でも不快にならない二人の内の一人。
「何も事情はわからぬが・・・!」
長い銀髪を後頭部で二つに括っただけの、およそ女性らしさとは迂遠な女性。可愛いものが好きだったり情に厚かったり、女性らしさより自分らしさを貫いている人。
ミーネは顔をくしゃくしゃに歪めて涙を零す。当たり前なんだ。来ないわけがないんだ。この人達が、誰かを見捨てるような下らない真似するわけ無いのに何を勘違いしてたんだ。
「ロゼ姉・・・!」
「妾の妹を泣かせるとはな・・・!地獄に行くことすら許されると思うなよ!!」
ロゼは憤怒を携えてミーネ達を背中に庇い剣を抜く。許さぬと決めた人間相手に手加減をする必要など何もない。
敵と向き合いロゼは怒りをぶちまける。ミーネに出会ったら言いたい事は山ほどあったがそれはもう忘却の彼方へと消えていった。妹を泣かせた罰をこいつらに思い知らせなければ怒りが収まらない。
「罰を受けろ!妾の怒りを思い知らせてやる!」
ロゼの激怒は敵の動きを止めて、ミーネから鬱屈した気持ちをぬぐい去る。もう何も心配する必要はない。だって自分にはこんなにも頼りになる兄と姉がいるんだから。