表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Deliver Happy   作者: 水門素行
二章 獣人闘争 二部~目標に向けて~
75/140

12 狐

 人狼族(ワーウルフ)の男は動揺する。先程見た光景が忘れられない。


 死んだはずだった。だから自分はここまで来た。悪党に身を落とした。


 誇りも自分も何もかも捨ててでも復讐を誓ったのだ。なのにあの子が生きているなら自分の復讐が揺らいでしまう。


「どうしたの?随分動揺しているようだけど?」


 と、そこに声を掛ける人物が居る。人の匂いをこびりつかせた獣人にあるまじき存在。人を騙し獣人を騙しのらりくらりと一生を生きる、本来なら相容れない存在。


「狐・・・!」

「ヤダな。僕には名前がちゃんとあるよ?」


 男と相対する者の種族は天狐族(ヴィクセム)。人の姿をした狐だ。尻尾も耳も隠さず、煙管で煙を吹かして不快な匂いを撒き散らしている。


 狐は姿を二つ持っている。欺くことに長けた天狐族(ヴィクセム)が持っている変化の術。それを用いることで人と獣人の姿を行ったり来たりしているが、狼の鼻は狐が狐だと確信している。


「どうしたのさ?何かあったの?」

「お前には、関係ない・・・!」

「うんうん。そうだよね。君が復讐を果たしてくれるなら僕は文句は言わないよ?」


 狐は軽薄な笑みを浮かべて狼に近づく。不快な匂いが近づき鼻が曲がりそうになる。それでもこの狐の協力が無ければ自分の復讐は遠のいてしまう可能性が合った。


 そうでなければこんな奴と一緒にはいない。軽薄で平気で嘘をつき、自分は一切手を汚さずに他者を見下す嫌悪するべき存在だった。


「ただ君は本当に果たせるか不安になってね?」

「・・・約束は守る。だからお前に従っている。」

「うんうん。だったら何であの時逃げたのかな?確かに一人不気味な存在はいたけど、何もせず逃げるなんておかしいと思うよね?」


 狐の言葉に狼は安堵の息を内心で漏らす。自分が退いた本当の理由を勘付かれていないなら誤魔化せる。誤魔化せなければ確実にこの狐は利用する。それだけは絶対に避けねばならない自体だ。


「俺の目的は人族の殲滅だ。」

「うんうん。それで?」

「あれが人族かわからぬ以上殺しはしない。」

「なるほどねぇ。でも、次会ったら倒してよ?あまり時間は無いんだ。」


 もう人狼族(ワーウルフ)が人を襲っていると言う話は広まりつつある。あの町での噂くらいなら構わないが、それが別の町に伝わり討伐隊が出来ると少し困る。


 狐の言葉に狼は睨むが、狐はそれをものともしない。お互い利用し合っているだけの関係で、そこに信頼関係はまるでなかった。


「俺は行く。お前もお前の役目を果たせ。」

「はいはい。わかったから睨まないでよ。僕は力は無いんだから。」


 狼は嘘ばかりの狐の言葉を信じない。だが言い返すのも面倒だとばかりに狐から離れていく。狐はその背中を見届けてポツリと呟く。


人狼族(ワーウルフ)の少女か。僕の目的に使えそうだね。その為には・・・。」


 その言葉は誰の耳に入ることもなく、ただ虚空に消えていく。そして狐も歩き出す。狼とは全く異なる自分の目的を果たすために。




 襲われていた人たちと別れ三人は町に到着する。ミーネは未だギフトの背中で震えているようで一言も話すことはない。


 ロゼはその様子を見て何があったと聞きたいが、ギフトを見ても首を左右に振るばかり。というよりギフト自身も何故ミーネがここまで怯えているかの理由はよく知らない。


 あの人狼族(ワーウルフ)を見かけた瞬間こうなった事はわかっている。ただここまで思いつめるまでになる理由を問われれば、理由が思い当たらない。


 人狼族(ワーウルフ)がミーネにとって恐怖の対象となるのなら理由もわかるが、あの人狼族(ワーウルフ)もミーネの姿を見て逃走した。それはあの狼にとってもミーネと言う存在が逃げる理由に繋がるということだ。


「ミーネ。町に入るからフード被っとけ。」


 いくつか理由は考えられる。同種族を見て驚愕した。実は家族だった。種族同士の啀み合いがあった。それでもそれが正解かどうかはあまり関係のないことでもある。


 例えどんな理由があろうとミーネの不安は取り除く。ミーネに心安らげる環境を届けると決めたのだから、その目的に向けて動くことは何も変わらない。


「何があったかは知らないけど、困ったときは大声で呼べよ?どこにいても駆けつけてやるから。」


 ギフトもどこまで踏み入っていいかわからないのか、無難な言葉しか出てこない。ロゼの時は自分がムカついたから踏み込んだが、今回ミーネに落ち度は無いと思っている。


 ならばギフトは深入りしない。元来人を励ます様な事は得意と思っていないのだろう。勝手に立ち直れる様な人でなければギフトには手を引いてやることもできない。


「とりあえず宿に行くか。俺もしばらく動けないし。」

「・・・ギフト。寝るならいつまで眠るのだ?」

「わからん。一番長い時は三日くらい寝てたらしいけど、短くて三時間とか。ただ何があっても俺は動かないらしい。」

「そうか。・・・わかった。」


 その言葉にロゼは覚悟を決める。今のミーネを一人にすることはできない。だがギフトがしばらく動けなくなるのならその間ロゼが一人で守るしかない。


 そんな自体が起こらなければそれでいい。普段ならば絶対に自分達に何も言わずに危険な真似はしないだろう。だが今のミーネは酷く動揺している。そんな精神状態の子が何をするのかは予想できない。


 三人の間に珍しく重い沈黙が訪れる。だがその沈黙は長く続かない。三人以外の乱入によってそれは破られた。


「あれ?お兄さん方?」


 それはこの町に着く前に出会った商人の男だった。男は二人を見つけると気楽な顔で近づいて、話し始め、ミーネの腕に力が入り、ギフトの眉間に皺が寄る。


「どうしたんですかその子?子どもにしてはでかいような・・・。」

「この町の子どもだよ。寝てるから静かにしてくれ。」


 ギフトは平然と嘘をついて男を追い払おうとする。今会話をするつもりはないし、興味の沸かない相手と長話する気もない。


 何よりミーネの様子がおかしい。痛いとも思わないが、他の人間を今目の前にして怯えているのだろうか。話を切り上げて早く退散したいのがギフトの心情だった。


「そうなんですか・・・。この町に慣れたようでなによりですよ。」

「疲れたから行くよ?お前も商売頑張れよ。」


 ギフトはそれ以上何も言わず宿に向けて進んでいく。ロゼも今は気を回す余裕が無いのか男に一瞥くれることもなく離れていく。



 遠ざかる背中を見つめて男は肩を竦める。そして誰にともなく一つ呟く。


「ええ・・・。頑張らさせてもらいますよ。」


 男はギフトの背中をじっと見つめる。男の脳裏にこの町の地図が映し出され、ギフト達の行く先を予想する。


 角を曲がり宿の前まで来るとミーネが声を絞り出す。


「ギフト兄。もう大丈夫・・・。」


 弱々しい声でそんな事を言われても一切信用できないが、その言葉を無視するわけにもいかないだろうとギフトはミーネを下ろす。


「ありがとう。」

「ミーネ。大丈夫か?」

「うん。平気だよロゼ姉。」


 ロゼの心配もミーネは否定する。それがやせ我慢だという事は二人共気づいているが、なんと声をかけていいのかがわからない。


「う、うむ。何かあれば頼るがいい。」


 ロゼは当たり障りのない言葉をミーネに掛けて、ミーネも心ここにあらずと言った様子で返事をする。


 もどかしさと至らなさを痛感してロゼは凹むも、今ミーネ以上に気落ちする訳にもいかなかった。宿に入り部屋の扉を開けると、ギフトが窓を開けて煙草を吸う。


 ロゼは荷物を降ろしてベッドに腰掛け、ミーネもその隣に座る。笑ってはいるがどこか力のない笑みで、それは痛々しくて見たくは無い笑顔だった。


「本当に大丈夫か?」

「大丈夫だって。心配性だなロゼ姉は。」


 そこから言葉は続かず、暗い雰囲気のまま数分が経つと、ギフトは煙草を消してベッドに横になり、ミーネは鼻を動かし始める。


「飯は二人で食ってきな。俺は何時寝てもいいようにここにいるから。」

「・・・わかった。」

「・・・うん。じゃあ僕は先に言ってるね。」


 そう言うとミーネは足早に部屋を出て行く。後に残されたロゼは早く付いていかねばと、後を付いていこうとするがギフトに声をかけられ足を止める。


「ロゼ。もし何かあってもお前はミーネを信じろよ。」

「・・・?」


 顔も向けずに紡がれる言葉にロゼは首を傾げる。言われずともロゼはそのつもりだが、態々言葉にするのだ。何か理由があってのことなのだろうと耳を傾ける。


「お前は、お前だけはミーネの姉でいろ。ミーネの姉として誇れる様にな。」

「断る。」

「ええ?」


 本気で言ったのに、あっさりと断られギフトはロゼに顔を向ける。そこには微笑みを携えたロゼがいて、胸を張ってギフトに言い返す。


「妾だけではない。お前も兄だろうが。妾だけではミーネが悲しむ。」

「・・・ミーネが可愛くて仕方ないんだなー。」

「当然だ。初めての妹だぞ?さしずめ妾達は双子だろうか?」

「そうかい。なら、俺も・・・頑張らないと・・・。・・・。」


 ギフトはスヤスヤと寝息を立てる。ロゼはギフトの寝顔を優しくなでる。こんな時でなければもっと見ていたいだろう。ギフトの寝顔など見ることは中々出来ないのだから。


 それでもロゼは未練なく振り返る。今は自分の欲望よりもミーネが大事だ。


 だがミーネが待っているだろう宿の食堂まで行くとそこにミーネの姿は無く、他の泊り客の騒がしさだけが食堂に響いていた。




「本当に会えるの?」

「うんうん。本当に会えるよ。」


 ミーネは前を行く人物に声を掛ける。様々な匂いが入り混じった不快な匂いを放つ存在は、一人食堂に現れたミーネに声を掛けて連れ出した。


 見た目は人間だった。しかしその匂いの一つに嗅ぎ慣れた一つの匂いがあった。一人になるまではずっと一緒にいた存在。もう会えないと思っていた恐らくこの世界でただ一人の存在。


 その人に会えると聞かされれば、その人と話せると聞かされればミーネは付いてくしか出来なかった。それほど渇望した人にもうすぐ会えると聞かされた。


「本当にお兄ちゃんに、皆に会えるの?」


 離れ離れになっても忘れた事はない。寂しい気持ちをずっと抱えて生きてきた。その人たちに会いたいからお金を稼いだ。奴隷に堕ちたと聞いたから、助けるためにお金が必要だった。


 それでも会えるならばもうお金を稼がなくてもいい。自分を兄弟と認めてくれた、優しくしてくれた人たちに重荷を背負わせなくていい。それはミーネにとっての福音だった。


「うんうん。もうすぐ会えるよお嬢さん。」


 煙管を取り出し煙を吹かし、軽薄な笑みを浮かべる小奇麗な服装をした男は、尻尾の生えた天狐族(ヴィクセム)へと姿を歪ませる。そして狐とミーネは夜へと消えていった。


千ユニーク超えました。

しょっぱい上に遅いと思われるかもしれませんが、

一つの目標だったので素直に嬉しいです。


これからも読んでくださる人の暇潰しくらいにはなれるよう頑張っていきます。

応援よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ