11 もう一人の人狼族
三人は今一つの場所に向けて歩いている。目的は決まったから向かうべき場所は一つしかない。
が、ロゼは前を歩くギフトの背中に疑問の声を出す。
「ワイバーンを倒さぬのか?」
てっきりすぐ向かうと思っていたが、ギフトはその言葉に首を横に振る。そして何を言っているんだとでも言いたげな顔をして口を開く。
「出来る準備くらいはするでしょ?普通。」
「当たり前の事をお前に言われるとすごく悔しい。」
「厳しいなー。」
そうは言っても気にした様子は無い。そう言われることは予想していたのだろうか、それともどうでもいいのか。
ロゼもそれを知っているから明け透けと言えるのだが、あまりにも自分に無頓着なのだろう。自分大好きなくせに自分にあまり興味を持っていないような言動は人に疑問符を抱かせる。
だがここにいる者は今更その事を口にしない。ミーネだってギフトの行動に一々疑問を覚えるのは疲れている。
「準備って何するの?」
「食料とか縄とかの小道具。それとそろそろ俺寝るから。」
「え?」
「・・・はぁ。」
無頓着にもほどがあるだろう。いや本気で隠すつもりが無いのは知っていたが、ここまで平然と言葉にするとは思っていないかった。
ミーネはまだギフトが半人であることを知らない。本気で戦う事さえなければそうそうばれる事でもないし、ミーネ自身もそれほど世間を知っているわけでは無い。
いつもギフトやロゼよりも先に寝ているし、起きる時も二人より遅い。その間に寝ていると思っていたが、今の口ぶりは何か違う様な気がする。
「今のってどういう意味なの?」
「ん?ああ。俺月に一回しか寝ないんだ。」
「そ、そうなの?何で?」
「んー。呪いみたいな物だな。そこまで不自由はしてないから気にしなくて良いんだけど・・・。」
そこまで言うとギフトは二人に顔を向ける。自分が半人であることはもう気にしていないが、それでも気を遣うだろう。特にロゼなら確実にそう言える。
ギフトは寝ると起きる事は無い。一度傭兵団に所属していたころに様々な方法を試したらしいが起きた事は無いらしい。当然寝ていた為何が行われていたかは知らないが。
「丸一日寝るらしいんだよね。だからその間は町にいる方が安心かなって。」
寝てる間に何か起きたとしてもギフトはそれを感知できないし、最悪命を狙われればそのまま死ぬだろう。魔物がいる場所で寝る訳にはいかない以上、まだ比較的安全な町の宿で眠りたい。
「その間は二人で遊んどいて。」
「うむ。それはわかったが、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。今までもあったことだし。」
「ギフト兄も大変なんだね・・・。」
「案外そうでもなかったりね。大した問題じゃないし。」
眠る周期がランダムで来るなら厄介だっただろうが、一定の周期で来るのなら対策は出来る。以前寝た時から一か月数えれば良いだけなのだから、それほど問題は無い。
特に今は割と自由に動いている。傭兵時代は自分が寝ている間に戦争が始まったり、襲撃されたりといつ死んでもおかしくは無い事態は往々にしてあった。その時に比べれば今は眠る前に恐怖を感じることも無い。
ミーネはギフトの言った呪いと言う言葉を信じているようで、純粋にギフトの心配をしてくれる。平気で嘘を吐くとは言っても子どもを騙すのは心が痛むが、本当の事を言うよりかはマシだろうと諦める。
「とりあえず以上かな?まあたまには休むのも良いんじゃない?」
「ふむ。お前はたまには働かないのか?」
「俺はやるときはやる男だぜ。」
そんなことは知っているが、今の状況で言っても出来ない男の言い訳にしか聞こえない。なぜ態々人を呆れさせるような事を言うのか甚だ疑問ではあるが、それもギフトの性格かとロゼは割り切り思考を変える。
「なら妾はミーネと買い物にでも行くか。」
「え!?で、でも大丈夫かな・・・?」
「金の心配はするな。お主の給料分抜いてもそれなりに蓄えは出来た。もし獣人とばれても妾が守る。」
柔らかな微笑みを浮かべて言い切ってくれるロゼに頼もしさを覚え、ギフトは「俺より男らしいな」と益体の無い言葉を吐きだす。
ロゼは自分が優秀だとは思っていないが、ミーネを守りたい気持ちは本物だ。意志の強さだけではどうしようも無い事もあるだろうが、その時は時間稼ぎに徹すれば良い。ミーネを守るという目的を果たすだけならそれほど難しい事ではない。
「人の町にも慣れなくてはな。ニコにも挨拶はするべきだし、いろいろやることはある。」
「真面目だね。適当に遊んでも良いのに。」
「・・・そうか?いや、そうだな。ミーネのやりたいことをさせるべきだな。」
そういわれてもミーネにやりたいことは思い浮かばない。今まで生きるのに必死だった。今の状況はミーネにとって幸福でしかない。それほど二人との時間を大切に思えていた。
だからやりたいことと聞かれても二人と一緒に居たいという事くらいしか無く。町で何かしたいという事は無かった。
「・・・僕は町でやりたいことは無いかな。」
「本当か?この姉に我侭を言っても良いんだぞ?」
やけに姉と言う言葉を強調して告げるロゼにミーネは笑う。一体だれに対しての対抗心を燃やしているのかとも思うが、ギフトより頼りがいのある存在になりたいのだろうか。
ミーネからすれば二人に優劣など無い。どちらも尊敬できる兄と姉なのだが、ロゼはギフトに負けたくないのだろう。
「大丈夫だよロゼ姉。僕はギフト兄とロゼ姉と一緒に居られるだけで嬉しいから。」
「嬉しい事言うねー。」
ギフトはにやにやしながら上機嫌に歩き出し、ロゼはミーネの手を繋いで並んで歩く。見たことが無いくらいに顔を緩ませているロゼは本当に気の良い姉の様だった。
「ああ。なぜミーネはこんなに可愛いのだろうか?もし何かあればすぐに言え。万難を排してお主の元に駆け付けよう。」
「あはは。大袈裟だよロゼ姉。」
「大袈裟な物か。妾の妹を害する者など地獄の果てまで追いつめて、命乞いをされても許すものか。」
その言葉を聞いてギフトはこれから先、獣人族を非難する奴らは大変だろうなと他人事の様に思う。実際自分には関係ないから他人事なのだが、それを止める気は全くなさそうだ。
ギフトもロゼと気持ちは大体同じだ。ロゼと違うのは生きている事を後悔させてやるかどうかの違いだけで、自分を兄と慕う者にはギフトも大概甘くなっている。
三人はのんびり自然を楽しみながら歩き、やがて町が見えてくる。知らない間に随分離れていたらしい。ここから町に戻るまでは一直線で楽しみは無さそうだとギフトは少し溜息をもらす。
その様子を察してロゼはギフトの背中を軽く叩く。
「何も無いのは良い事だ。」
「平和が嫌いじゃ無いよ。代り映えが無い景色は飽きるよ。」
「ギフト兄は堪え性が無いんだね。」
「あれ?ミーネ?」
ギフトはついにミーネにまで毒づかれてしまう。もちろん信頼して慣れたからの言葉なのはわかっているが、どうしてもロゼと自分の扱いの差がある気がしてしまっている。
「ロゼの悪口言っても良いよ。俺が許す。」
「ロゼ姉は隙が無いもん。」
「うむ。流石良くわかっておる。」
「納得いかない。」
ギフトは恨みを込めて二人を見るが、それに取り合わず二人は笑顔を浮かべるのみ。ギフトは肩を落として気持ちを切り替えようと顔を上げると、ミーネの耳がぴくぴく動いている。
ミーネはそのまま鼻を動かして匂いを確認している。そしてロゼの服を掴んで心配そうな顔をしている。
「どうしたミーネ?」
「・・・匂いが・・・。この匂い・・・。」
ミーネですら感知できるか微かな匂いだが、その匂いが何かわかってミーネは腕に力を込める。何度か嗅いだ嫌な臭い。いつまでも慣れないし、慣れたくない憎悪の匂い。
「ギフト兄!ロゼ姉!血の匂いがする!」
ギフトとロゼはその言葉に反応して顔を見合わせる。ギフトは一瞬見捨てることも考える。ミーネがいる以上は危険と思われる場所に首を突っ込みたくは無い。ワイバーン退治も自分一人で行くつもりだった。出来るなら危険な目には合わせたくない。
だがロゼはギフトと真逆で見捨てることは考えない。もし襲われているのなら助けたいと思うし、ミーネの目の前で人を見捨てるという選択肢は取りたくなかった。
無言の応酬は一瞬で終わり、軍配はロゼに上がった。最悪の場合ロゼと一緒に戦線を離脱させて自分一人で戦えばいいとギフトが折れる事になる。
「場所はわかるかミーネ?」
「う、うん!あっちだよ!」
「急ぐか。ミーネ背中に乗れ。」
ギフトはしゃがみミーネを背中に乗せる。ロゼは指さされた方向に走り出し、ギフトもその後を追う。
そして辿り着いた場所では縦横無尽に人狼族が駆け回り翻弄している。慌てふためき碌な動きの取れない商人達の体にその詰めが食いもむ瞬間、ロゼの剣が人狼族の体をかすめる。
跳び退った人狼族は新たに乱入した邪魔ものに目を向ける。そこには一度見たことがある女とよくわからない男。そしてもう一人、いるはずの無い人物を目にして動きが止まる。
ギフトの背中におぶさったままのミーネもその姿を見て呼吸を忘れる。息も整わずにか細い声で音を漏らす。
「嘘・・・。なんで・・・!」
その声はギフトの耳に届いたが、意味までは理解できなかった。それでもミーネが動揺している事だけわかれば警戒態勢も取る。
だが人狼族は目もくれず一目散に逃げていく。襲われていた者達は口々にロゼに感謝の言葉を述べるが、ギフトの背中に顔を埋めさせて体を震えさせるミーネがいて、そこから少し距離を取る。
ギフトはミーネを下ろしても声を掛けることは一切なかった。代わりに震えるミーネの頭をくしゃくしゃに撫でる事しか出来なかった。