9 食事と目標
遅くなりました。
「こっちこっち!」
ミーネが大きな声を出しながら手を振っている。それを見てギフトは近づくと、ミーネの近くに目当ての薬草が生えていた。
「おおすげえ、大量だな。偉いぞミーネ。」
「うん!えへへ・・・。」
頭を撫でるとミーネはくすぐったそうに顔を緩める。既にミーネは二人の前ではフードを被っていない。三人で初めて山に入った時から三日経ち、ミーネもこの二人に慣れてしまった。
戦闘もミーネの出番はまるでなく、役立たずといつか言われると思い怯えていたが、ギフトもロゼもそんな事は一言も言わなかった。
「やっぱ優秀だな。俺は何もわからんわ。」
「そうかな?これはまだわかりやすいよ?」
「ここまで近くに来ても臭わないよ。俺の鼻が鈍いのかな?」
ギフトはしゃがみ顔を地面に近づけるも首を傾げるしかない。獣人特有の嗅覚は普通の人には感知できない匂いも敏感に察知する事が出来る。
ギフトも普通の人ではないが嗅覚が優れているわけではない。そもそも獣人と同等の嗅覚を持っているのなら煙草を吸うことはしなかっただろう。少なくとも人狼族は鼻が曲がると煙草を嫌う。
それでもミーネは煙草の匂いを嫌ってギフトから離れることはしない。煙の匂いは嫌いだが、それ以上にギフトやロゼといることが楽しくなっていた。
「お金もそこそこ溜まってきたし、そろそろ本格的に動き始めるか。」
「うん。あれ?ロゼさんは?」
「そうだ。飯の時間だ。早く行こうぜ?」
ギフトは手招きしてミーネを呼びつける。魔物の素材はあらかた狩り、今はのんびりと薬草採取に勤しんでいる。大金を得る手段では無いが、確実に稼ぐ方法ではあった。
ギフトもロゼも薬草について詳しくはない。ギフトは多少の知識はあれど似た物が近くにあれば、雑草でも毒草でもとりあえず拾って行く為収穫量に対しての実りが少ない。
ミーネは嗅覚と知識でその判断を付けることが出来る。もし獣人を受け入れてくれていたのなら、ミーネは盗みを働かずともお金を稼ぐ事が出来ただろう。
「あ!良い匂いがする!」
「・・・わからん!」
歩く途中でミーネが歓喜の声を上げるが、ギフトには何もわからない。それでもその言葉を無視することなく律儀に返事をしてくれることがミーネは素直に楽しかった。
顔を緩ませながらくるくる回って全身で喜びを表す。ギフトはそれにつられるように回りだす。二人は道中で遊びながらゆっくりとロゼの元に向かう。
そして二人が楽しそうに進んでいると、やがてロゼの姿が見える。ロゼは腕を組んでギフト達を見ながら仁王立ちをしていた。
「遅い。」
その顔は無表情で感情は見えないが、端的な口調から怒っていることはなんとなく察することが出来る。ミーネは直ぐ様背筋を伸ばすが、ギフトは相変わらず飄々とロゼに歩み寄る。
「あー。良い匂いだ。こりゃミーネが喜ぶのもわかるな。」
「何故遅くなった?」
「ミーネと遊んでたから。」
悪びれる気も無い態度にロゼは冷めた目をギフトに向ける。だがそれも一瞬。溜息を吐いて気持ちを切り替えたのか、背筋を伸ばしたままのミーネに視線を戻す。
「怒っておらん。食事にするぞ。」
「う、うん!」
元気よく返事をしてロゼに近づいていく。ここ三日でわかった事はロゼが怒ると怖いということだ。引き摺る事はしないしあまり怒ることもないのだが、礼儀を弁えない者に対しては容赦なく毒舌になる。
主にその相手はギフトなのだが、ギフトは言えば少なくとも少しの間は省みてくれている。我慢できない事はあるが、必要以上に神経を逆撫でする事はしない。
「あまり怒ってやるなよロゼ。お前は怒ると怖いんだから。」
「妾は礼儀知らずか、人に不利益を被る者以外には怒らぬ。それにお前の方が怖いと思うぞ?」
「ギフトさんも怒るんですか?」
「そりゃ感情はあるからね。ただあまり無いと思うよ?」
「どうであろうか?堪え性は無いからな。」
ロゼは喋りながら食事の準備を進める。ギフトは離れた位置に座って煙草を吸い始めて邪魔にならない場所に陣取る。ミーネは率先してロゼの手伝いをする。
料理が得意な訳ではないが、ギフトの様に何もしないでいるのは心苦しかった。出来る範囲だけでもすると申し出たらそれをロゼは快諾してくれた。
「薬草は集まったか?」
「うん!一杯だよ!」
「そうか。ミーネは偉いな。どこぞの赤毛も見習って欲しいな。」
ロゼはミーネに笑いかけながら、ギフトの悪口を告げる。ミーネは苦笑いを漏らすが、それもロゼが本気で言っていないとわかるから笑えるのだ。
ロゼが愚痴を吐いているのもギフトはこの三日間何もしていない。付いていっていざという時のために備えているのだろうが、目に見える場所でうろちょろしているだけで生産的な事は何一つしていない。
傍目から見れば女子二人に集る駄目人間だろうが、ロゼもミーネもそれを微塵も気にしていない。
「赤毛は働かないって知らないの?」
「世界中に謝罪して許しを請え。」
「極寒だぜ。」
ヘラヘラ笑うギフトにロゼは見向きもしないが、二人共にそれを気にしている様子は無い。互いに悪口を言えば褒め合う飾らないでも構わない関係だからこその言い合いは傍から見れば険悪にも映る。
最初はミーネもハラハラしながら見ていたが、直ぐに慣れた。結局本心で喋っていないからの言葉で、互がわかりきっているからこそ一つ一つの発言に注意を置かない。
それが譲れない時は我を通す。ミーネが見ている中ではロゼの全勝だが、基本的にはロゼはギフトのやる事なす事を黙認している節がある。
結局ミーネは二人の関係が良くわからない。恋人とも違うだろうし、友達とも思えない。余人には割り込めない空気があるのに、そこにいることに心地よさを感じる事が出来る様な不思議な雰囲気があり、ミーネは未だ疑問が晴れずにいた。
「できたぞ。」
ロゼの言葉にミーネは考えを中断する。どうせわからないことだし、何よりわかったところで何が変わるわけでもない。それを考えるくらいなら今の楽しさを楽しみたいと思っている。
「やったー。俺腹ペコよ。」
「珍しくつまみ食いをしなかったな。」
「煙草吸ってたからね。」
ギフトは煙草の火を消して近づくと、皿に装う前の肉を手づかみで口に運ぶ。止める間もなく行われた犯行にロゼは呆れた表情を見せながらも次々に盛り付けていく。
拘る必要は無いのだが、どうせならとやっていることだ。ロゼが料理を作るときは決まって少しの遊び心が入る。
口の中の肉を飲み込んだギフトはそれを見て感嘆の声を漏らす。
「見た目からも美味しそうだね。」
「・・・お前にそれを楽しむ気持ちがあることに驚きだ。」
「食事は楽しむものでしょ?」
至極まっとうな事だとは思うが、ロゼもミーネもお前が言うなと言いたかった。誰がいてもお構いなしにつまみ食いをするギフトが見た目を気にするとは思っていなかったからだ。
むしろそんな盛りつけをするくらいなら早く食わせろと言ってきそうなものだが、それを言った事は一度もない。と言うか言う前に食っているから言わないだけなのだが。
「ああ、そうだ。今後の方針だけど・・・。」
そして珍しくギフトが食事をする前に話を切り出す。何よりもご飯を優先するような男が何を言い出すのかと二人は身構える。
お金はそれなりに溜まった。宿を取ることも出来るし、町の中で食事を取ることも出来るのだから、そろそろ本腰を入れて服飾屋のニコの依頼をこなすのだろうが、肝心の服の素材を何で作るかを決めていない。
ギフトは視線が集まる中ゆっくりと口を開く。そして放たれる言葉は二人の思考を止めさせる。
「狙うのは亜龍。俗に言うワイバーンを狙おうと思ってるよ。」
そしてギフトは何でも無い事の様に食事を始める。沈黙が訪れたことも意にも介さずに、ギフトは黙々と唖然とする二人を放置して食事を進める。