5 人狼の少女
ギフトは離れた場所にいる少女に無用心に近づく。警戒されていることも承知の上だが、こっちも怯えていてはまともな会話は出来はしない。
距離が縮まってくると少女の顔が先程よりも青ざめていく。逃げようにもギフトの脇をすり抜けていくしかなく、それが出来る自身は少女にはないのだろう。両手を頭に押さえつけて何かを堪えようとしている。
「ギフト。」
だがロゼの言葉でギフトの歩みが止まる。そして一つ思考したのかギフトは少女から距離を取り、代わりにロゼが前に出る。
人狼族だから怯えている理由は人間に見つかったことだろうが、その中でも男の方が怖いと感じるだろう。まだ同性であるロゼの方が適任だと判断した。
ロゼもそれをわかっているのか怯える少女の前で膝を付いて目線を下げる。そして出来るだけ優しい言葉を探し出す。
「妾はお主を害するつもりはない。話だけでも聞かせてくれぬか?」
出てきた言葉は堅苦しいが、ロゼにしては随分温厚な物言いだった。しかしそれを少女には理解できなかったのか最初から聞くつもりが無いのか、声をかけた時点で体をより丸め込む。
困った表情を浮かべてロゼはギフトを見る。ギフトも妙案は無いが、このまま放置するのも考えたくはない。また盗みを働いて捕まった時少女がどんな目に合うか。想像するのは簡単で、見捨てることが難しい答えしか出てこない。
「話聞いてくれなきゃどうにもならんなー。」
後頭部を掻いてギフトはリュックを地面に下ろして中を漁る。何か良い物があれば良いのだが人から見ればゴミにしか見えないものしか出てこない。
一つあるとすれば干し肉だけだがこれで釣るのも可哀想だろう。お腹が減っている可能性は高いだろうが、食事で対価を得るつもりはギフトにはない。腹が減っているなら無条件で食わしてやりたいのが心情だ。
「・・・とりあえず飯食いに行くか。」
「考えるのが面倒くさくなったのか?」
「腹が減ってると良い考えは出てこないんよ。」
ロゼの言葉に否定とも肯定とも取れぬ返事をしてギフトは少女に近づく。そして少女に二つの選択肢を突きつける。
「俺達と一緒に飯食いに行くか?それとも逃げるか。好きに選べ。」
「・・・それで良いのか?」
「どうしようも無い事はたくさんある。」
逃げ出すのならそれはもうギフトの預かり知らぬところだ。選択肢が有って何を選ぶかはそれぞれの自由。逃げ出して誰かに捕まろうと心は傷まない。
一緒に飯を食いに行くと言うのなら、少なくとも一緒にいる間は守る気概はある。突き放すつもりも優しく接するつもりもギフトにはあまりない。
「一緒に行かぬか?少なくとも悪いようにはせぬ。」
だがロゼは見放すつもりはないのだろう。ギフトよりも甘い性格をしているロゼは怯えた少女に手を伸ばさない理由はない。救われたのだから救うのは当然だと考えている。
ロゼは少女に手を伸ばしその手が掴まれるのをじっと待つ。少女が動かないならロゼも動かないだろう。その意思を感じ取ってギフトは壁に背を預けて煙草に火を点ける。
「・・・。」
問われた少女は目を点にして動かない。自分が今どんな状況かを理解できていないのだ。少女は耳にタコができるくらいには人に見つかるなと教えられてきた。
見つかれば捕まり奴隷にされると教えられてきたが、目の前の二人は何もしない。ただ手を伸ばすだけでそれ以上の事をしてこない。
そして何より目の前の女性は普通の人間だと理解できる。だが、もう一人の方は人の匂いがしない。煙草の嫌な匂いはするが、その奥に確かに別の匂いがする。
鼻をすんすんと動かして少女はゆっくり顔を上げる。そこには下卑た笑みを浮かべず純粋に自分を心配しているような女性と、人の匂いのしない、こちらを見ずに煙を輪っかにして遊んでいる男性がいる。
そして迷う。ご飯は食べたい。まともな食事は何日も食べていない。でも付いて行くのは怖い。葛藤が少女を包んだ時、お腹の辺りから虫の声がする。
少女は慌ててお腹を押さえる。顔を羞恥に染めてまた顔を伏せてしまう。その少女の肩に優しく手が置かれる。
「お腹が空いているのだな?ならば食事にしよう。」
「大丈夫大丈夫。そいつ筋金入の阿呆だからお前に危険は無いさ。」
「・・・ギフト?」
「事実だろ?」
ギフトは悪びれもせずカラカラ笑う。ロゼは半人でも性格さえ理解すれば受け入れる器がある。獣人位ならロゼにとって大した問題でもないのだろう。
それを指して阿呆と言ったのだがそれを説明するつもりもない。ギフトは少女に近づいて屈んで少女の顔を覗き込み笑顔を浮かべる。
「とっとと行くぞ?俺も腹減ったんだ。」
とタイミング良くギフトの腹の虫が鳴る。狙ってやったわけでは無いが、余りにも完璧なタイミングで鳴ったからかギフトが少し複雑な表情を作る。
「・・・全然格好良くない・・・!」
「お前は筋金入りの阿呆だからな。」
「ロゼちゃん!?」
「事実であろう?」
勝ち誇った顔でロゼは腕を組んでギフトを見下ろす。ギフトは拳をわなわなと震わせロゼを見るが、今のはどう考えてもロゼは悪くない。ただちょっと恥ずかしいだけだ。
ギフトは溜息を吐いて少女に手を伸ばす。どうせ格好付かないならもういいやと投げやりに笑みを引っ込めて少女を誘う。
「ほれ掴みなさい。行くよ?」
すると今まで迷っていた少女はすんなりと手を伸ばす。それは少女でも何故かわからない。鼓動は早鐘を未だ打って危険を教えてくる。それでもこの手を掴むことに迷うことは無かった。
ギフトの手を掴んだ少女はあっさりと引き上げられ立ち上がる。そしてギフトは表通りの方を見て自分の体でそちらからの視線を見えなくさせる。
「名前は?」
「・・・ミーネ。」
「種族は人狼族かな?」
ギフトの問いにミーネは首を縦に動かす。
獣人族はこの辺りでは珍しい存在だ。その事はあの商人たちから聞いている。珍しいだけなら構わないが、ここまで身を隠しているのだ。見つかるわけにはいかないのだろう。
「まぁ見つかっても強行突破すればいいか。」
「・・・また行き当たりばったりか。」
「俺らしくて良いでしょ?」
「知らないとは大変だな。」
獣人族がどんな立場なのか、ミーネが悪なのか。それがわかっていれば今すぐ行動もできるだろう。今はそれがわからないからミーネの話を聞くしかない。
その結果からどう動くのかを決める。それまでの間は味方に付くと決めるだけ。ミーネが悪なら見捨てるだけ。結局その場その場で決めるしかない。
「とりあえず話は食いながらだな。」
ギフトはミーネの手を取って表通りへと歩き始める。ロゼはミーネを間に挟む形で隣を歩く。フードが取れないように片手でギュッと掴んで周囲の視線を気にしながら歩く姿は不信感が丸出しだった。
ギフトはそれに苦笑いしつつも調子はずれの鼻歌を歌い、ロゼは店を探しながら三人で歩く。奇異の視線が向けられるが、主に視線を集めているのはギフトで、誰もミーネにまで注目しない。
「そういう視線誘導もあるのか。」
「はて?何の話かな?」
ギフトはそれだけ答えてまた歌う。どう聞いても上手とは思えない鼻歌は人によっては不快になるだろう。その発生源に目を向ければ顔の見えない子どもの手を引いている姿が映るが、怪しさではギフトが勝る結果になる。
自然ミーネに視線は向けられても直ぐに外れ、誰もが鬱陶しそうにギフトを見る。それをわかった上でかギフトは歌うことを止めない。
ロゼはその行為に笑みを零す。他に方法もあるだろうに、敢えて嫌われるような道を地で行くのがギフトだ。それは問題もあるかも知れないがロゼはそれを悪く言うつもりは一切なく、むしろ上機嫌になる。
ミーネはフードの下から二人を不思議そうに伺う。二人共今まで見てきた人間とは違うし、大人の人狼族とも何か違う。
不思議そうに二人を見ているとロゼがある一画を指差す。そこからは肉の焼ける香ばしい香りがしていて、空腹の二人のお腹を殴りつけて音を鳴らす。
「親子か。」
「せめて兄弟にしない?」
この歳で親と思われるのは嫌だとギフトは訴えるが、ミーネはそうじゃないと思う。人狼族である自分と血縁関係と言われて何も思わない方がおかしい。そしてそれを平然と言うことも間違っている。
「気持ちはわかるがな。良い匂いだ。」
「早く行こうぜすぐ行こうぜ。」
「・・・本当に良いの?」
そしてミーネは疑問を二人に投げかける。言ってから口を塞ぐももう遅い。ミーネは二人がまだ信用できない。この二人に騙されていると思うと不安が込み上げてくる。
だが不安になるミーネを余所にギフトは手を離して正面に立ち、少し膝を曲げて口を開く。
「腹が減ったら飯を食うのが普通だ。困ってる子どもがいるなら助けてやるのが普通だ。どこまで行っても普通の事でしかないのに何が駄目なんだ?」
ギフトは悪い顔を浮かべてミーネに告げる。ギフト自身これが普通かどうかなど知らないが、少なくとも自分はそれで良いと思っている。
「その通りだ。勿論お主が悪いなら説教もするから覚悟しておけ。」
「それ言わなくて良くない?」
ギフトが呆れ顔でロゼに言い、ロゼもむぅと唇を尖らせる。そのやりとりはミーネの耳には入らず、ただただ暖かな日差しの中にいる感覚が自分を包んだ気がした。
ミーネは顔を上げて二人を見る。その視線に気付いたのかギフトは目を合わせて笑い、ロゼも微笑みを浮かべる。
そしてギフトは手を伸ばすことなく店に入り、ミーネはその後に付いて行く。ロゼはその様子を見ながら一つ呟く。
「本当に兄弟のようだな。」
警戒心があったはずなのにギフトには何故か懐いているように見える。微笑ましい光景に相好を崩して、ロゼも二人の後に続いて店に入店する。
更新が不定期になる可能性が・・・。
頑張っていきます。