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Deliver Happy   作者: 水門素行
2章 獣人闘争 一部 ~新たな出会い~
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2 慌ただしい旅

 真っ赤な髪を三つ編みに括り、ゆとりある服を着た青年は全力で森を走り抜けている。その隣を同じように全力で走るのは、銀髪を頭の少し後ろで二つに括った、意志の強そうな瞳をしている女性だ。


 二人揃って全力で走り抜けていく後ろで木々がどんどん倒れていく。別に彼らが木を薙ぎ倒して進んでいるわけでは無い。その更に後方にいる存在が二人の通った後を更地に変えている。


「この大バカ者!!」

「俺だけが悪いのかよ!?」


 言い合いながらも二人は走る速度を緩めない。止まって戦うには面倒な上に気持ち悪い。最初はちょっとした興味だった。それがこんな災いを招く羽目になるとは思っていなかった。


 後ろを確認すると当たり前の様にその存在は付いてきていた。巨大な体で這い、粘液が地面にこびりついていく。


 彼らが全力で逃げている相手は巨大なナメクジ。茶色い縞模様を張り付けたナメクジは二人を追いかける。感情は読めない筈なのに、明らかに怒っている事は理解できた。


「ギフト!何とかしろ!お前の責任だろう!?」

「ロゼだって止めなかったじゃないか!」

「妾は止めた!聞かなかったのはお前だ!」

「お、おお!?覚えていません!」


 事の発端は森の中で二人が洞窟を見かけた事。その洞窟の中をギフトが見たいと言い出したが、ロゼは何が起こるかわからないから行くとしても慎重に行こうと言った。


 その言葉を聞いたからか、ギフトは炎を掌に展開させて洞窟に炎の球を撃ち込んだ。ロゼが呆れて声を出す間も無く、その洞窟から人くらいの大きさのナメクジが大量に湧いて出てきた。


 巣穴を荒らしたのは自分達なので文句も言えないが、流石に気持ち悪かった。だが歩みは遅かったので逃げればいいと逃げ出した途端、ナメクジは一つに固まって、巨大な一つの生物となった。


 実際に一つの生物になったかは定かではないが、その巨体の進みは二人が走る速度と同じくらいの速さになり、付かず離れずで追いかけっこが始まった。


「早くしろ!粘液塗れになったら恨むぞ!」

「俺だってごめんだよ!でも炎の壁作ったら森が燃えちゃうもの!」

「役立たずが!」

「酷いよロゼちゃん!」


 喧嘩しながらも二人はただ逃げる。倒す手段が無いわけでは無いが、あの巨体を倒すにはそれなりに強い魔法を使わなければならない。その魔法を使えば周囲に影響もある。平原ならともかく森の中で使うにはギフトの技は使い勝手が悪い。


 ロゼはそもそも人間しか相手にはしていない。魔物と戦ったことが無いし、自分よりも圧倒的な大きさの相手と戦う術は持ち合わせていない。ナメクジ相手に雷が効くかわからない。何よりあれと戦いたくない。


 結果として逃げる選択肢しか無い訳だが、逃げきれない事にどんどん焦りも出る。ギフトはいっその事森を焼き払うかと考えだすが、無関係な者を巻き込むのは忍びない。食う以外の目的で殺すのなら、相手が仕掛けて来た時だけと決めている。


 今回は自分が勝手に手を突っ込んだだけ。それに逆切れして命を奪うなどしたくは無い。何とか巻く方法を考えるが、碌な考えは浮かばなかった。


「足止めも出来ぬのか!?」

「出来たらやって・・・。・・・。」

「・・・おい?」


 ギフトは敵を欺く術には長けている。人の目を欺くことは簡単に出来るし、それが魔物なら殊更簡単だ。思考を持たない分感覚に優れている者も多いが、あくまでも巨大なナメクジならどうとでもなるかも知れない。


 生物が他の物を感知する方法は、視覚、嗅覚、聴覚、触覚が基本。その内ギフトは触覚と聴覚以外は欺ける事に気づく。


 だがすぐには行わない。ここで簡単にそれを行えばロゼに怒られることは目に見えている。くだらない葛藤がギフトの胸中に渦巻いた。


「ギフト。」

「・・・今考え中。」

「ギフト。今なら怒らぬ。」

「・・・嘘ではなく?」

「失敗するか、長引かせるなら許さん。」


 ロゼの言葉を聞いてギフトは即座に不可視の炎を展開する。その炎は二人の体を包み、やがてその姿を消していく。


 そして煙草を取り出してナメクジに投げつけて燃やす。煙草は燃えて煙が上がり、触覚の周囲に煙が漂い、その間にギフトとロゼは横道にそれてナメクジから距離を取る。


 巨大ナメクジは視界から獲物を見失い、匂いはより強い匂いに消えてギフト達を見失う。触覚をぐるりと回してみても、もう二人の姿も匂いもわからない。


 見失ったことで興味を失ったのか、ナメクジは分裂して元の大きさに戻っていく。と言っても人と同じくらいの大きさなので小さいとも言えないが、森から巨大ナメクジは姿を消した。


 二人はそれを確認する事無く森を駆け抜ける。決定打がわからない以上距離を取った方が良いと判断してただ走る。走り続けてやっと二人は森を抜ける。


 それでもとにかく森から離れる。そして少しした後振り返ると、後ろにいた存在はもう姿を消していた。その事にロゼは安堵して、荒い息を整えようとする。


 対してギフトは良い汗掻いたとばかりに額を腕で拭って煙草に火を点ける。先ほどの所為で随分無くなってしまったことは心残りだが、それほど高い買い物でも無いから痛い出費でもないと気持ちを切り替える。


「危ないとこだった。」

「・・・。」

「怒らないって約束だもんね。」


 ロゼは恨みがましくギフトを見るも、すでにギフトは飄々と悪くないと言い切る。先ほどまで全力疾走していた癖に、疲れていないのか呑気に鼻歌を歌い始める。


「決して怒らぬ。だが反省はしてもらうぞ。」

「反省点が見当たりません。」

「・・・そうか。ならば反省するまで許さん。」

「悪うござんした。」


 全く謝る気の無いギフトにロゼは溜息を吐いて地面に座る。何十分かわからないがその間全力で走っていたのだ。流石に疲れもするし、今すぐ動きたくは無い。


「旅の洗礼だね。こんな事は日常茶飯事さ。」


 こうなったのはギフトの所為だろう。そう言いたいのをぐっと堪える。ギフトに付いていくと決めたのは自分だ。ギフトのすることに文句を言うのがそもそもお門違いなのだろう。


 それにロゼだって慎重に行こうと言っただけで、入るなとは言わなかった。何か自分の知らないものが見つかるのではとわくわくしたのは確かだった。結果は知らない出会いとなったが、記憶からは削除したいものとなったが。


「せめてもう少し相談せぬか?もう一人では無いのだぞ?」

「俺も人と行動するの不慣れなんだよね。傭兵時代も好きにやってたし。」


 輪を乱そうとしている訳では無いが、どうしても一々行動するのに許可を取るのが面倒だ。好き勝手に生きてどこにでも向かう性分なのだ。足掻いた所でそうそう変わるものではない。


「まあそうは言っても良いと言ったのは俺だしな。気を遣うのも当然か。」

「むぅ。・・・すまぬが鑑みてくれ。」

「良いよ良いよ。」


 ギフトは粗野で適当だが、決して横暴ではない。人の意志を無碍にする事は何より嫌うし、それを強要する者にも容赦はしない。


 自分の意見を聞いてくれた事に感謝しながら、ロゼは平原に身を放り出して大の字に広がる。風が心地良くこのまま目を閉じてしまいたい衝動に駆られるが、次の町までまだ距離がある。少しでも距離は稼いでおきたい所だ。


「休憩する?」

「・・・まだ大丈夫だ。後数日はかかるだろう?」

「急ぐ旅でもないし問題ないよ。煙草が切れそうなのが唯一の問題かな?」


 ギフトはロゼの隣に座り紫煙を燻らす。ロゼもギフトも王都を出る時に必要な物はあらかた準備している。食事に関しても調味料さえあればロゼが作ってくれるので、ギフトからすればこの旅は快適そのものだ。


 ただロゼの負担を考えるとそうでもないだろう。常に知らない環境に身を置き続ければストレスも溜まる。聞けば遠征訓練も長くて一週間程しかしたことは無いらしい。


 二人で旅して既に一週間は超えている。気負う必要が無い分心は楽だが、体は着実に疲労を溜め込んでいるだろう。適度に休んだ所で文句を言う必要もない。


 そしてギフトが煙草を吸いながら周囲に目を向けた時、ある一点に視線が止まる。それは小さくとも確実にこちらに向かって来ている事が見えた。


「俺かロゼか、それとも二人共か。運が良いのかもね。」

「何の話だ?」


 ロゼは上半身を持ち上げてギフトの視線を追いかける。そこには山賊とは思えない小綺麗な馬車が数台見える。


 ロゼとギフトは顔を見合わせて頷き、その馬車に向けて歩き出す。商隊なら買い物も出来るし、乗せて貰えるなら飽きるまでは同行しても構わない。


 二人は軽い気持ちで商人に近づいていく。大手を振って近づく二人に、商人も顔を覗かせ馬車を降りる。

あまりにも毛色が違ったので分けました。

プロローグとして投稿するのに変な感じになったので。


続きは明日10時。

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