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Deliver Happy   作者: 水門素行
一章 アルフィスト王国動乱記 四部 ~ギフトと言う男~
62/140

62 バカップル

 ロゼは街を歩く。今度はしっかりとした足取りで、一人ではなく二人で。その人物はこの国の騎士にして、ロゼが最も信用している一人だ。


「そう恨めしそうな眼をするな。」


 が、その騎士、グラッドはロゼに対して普通向けない目を向けていた。理由はたった一つ。嘘を吐かれた事。正確にはロゼに嘘を言われたわけでは無いが、同罪の様なものだろう。


 理由もわかるし追及はしないが、それでも言いたいことはある。それをぐっと堪えて漏れ出るは溜息ばかり。


「人が悪すぎますぞ。」

「あの状況では仕方なかろう?」


 ロゼはギフトが何かする事を確信し、ユーリィを問い詰めその全容を知った。観衆の前で死んだように見せかける事で、自分に追手が付くことを嫌った。要はギフトは最初から騙す気満々だった。


 その場であっさり死ぬ事は無いと予想していた。どんな状況だろうと致命傷は避けられる。冒険者としても国に恩を売るつもりなら、ギフトに勝った実績さえあれば充分。後は国に処断させようと言うのはわかっていた。


 冒険者は軒並み調子に乗りやすい。当然そうでない者もいるだろうが、渡り歩く国々に恩を売り付けなければ仕事が成り立たなくなる。


 国と冒険者は持ちつ持たれつ。だからこそ生きてさえいれば、無理に自分達で命を奪うとは考えていなかった。


「一つ間違えれば無駄でしたな。」

「だがあいつは打ち勝った。いつから予期していたかは知らぬがな。」

「心臓に悪かったですぞ。老体を虐めないでくだされ。」


 グラッドはロゼに小言をぶつける。あの時の自分の心境は如何なるものだったのか。それを自分でも思い出せないくらい虫唾の走る行為だった。


 敵となれば剣を向けることも出来る。だが、ギフトは一切そのそぶりを見せなかった。唯一集まった人々を小馬鹿にはしたが、あれもギフトに敵意を向けさせるためだったのだろう。


 国民は未だ興奮冷めやらぬ様相で、完全にギフトが死んだと思い込んでいる。ただグラッドは何も聞かされてはいなかったが、とっくに気づいている。


 何より剣を振り下ろしたのに感触が何もなかった。肉を切る事も骨を断つことも無かったのに、ギフトの首は撥ねられその身を燃やした。


「出来ぬ事は何なのでしょうな?」

「料理であろう?」

「そう言う事では無くですな・・・。」


 ロゼは今までに無いくらいに上機嫌だ。ギフトがその身を隠す事が出来るのは知っていた。熱量の操作を行えば、頭部と体を離れさせることくらい簡単だ。


 下水道を知っていたのもロゼが教えた事だ。魔力を使いすぎればいずれボロが出る。そうならないために人の目に付かない場所で、ある程度自由に動ける道を探していた。


 結果それをユーリィとオードンに託して、最悪無理やり地面を爆発させて、下に落ちようとしていたが、ロゼが街の広場を選んだのは、すぐ側に下水道に入る入り口があるからだ。


 当然それで街の外まで出ることは叶わないが、この街の中なら決められた場所とはいえ何も気負う必要なく逃げられる。態々そんな場所に毎日いる者はいないのだから。


 点検を行うための者はいるだろうが、今日はほとんどお祭り騒ぎだ。休暇を取っている者も多数いる。何よりその仕事を雑用としてリカ達が変わってくれた。


 罪滅ぼしという名目で下水道に入り、他の者がいないかを見張ってギフトの逃走を支援する。目的の場所にはガルドー達が向かいギフトを案内し、ロゼはその場所を処刑場に選ぶ。


 後はギフトが人々の目を欺いて逃げ込むだけ。そしてそれは成功に終わり、街は盛り上がりロゼも上機嫌になると言う良い事尽くめの旨い話だ。


「あいつが鼻歌を唄う気分がわかるな。気分が良い。」

「でもあいつの鼻歌下手くそじゃない?」


 と上機嫌なロゼに、これまた機嫌が良さそうにリカが声を掛ける。他の二人も口元が緩んで楽しそうで、この作戦の成功を物語っている。


「リカ。どうなっている?」

「今は赤い鳥の止まり木よ。さっきオードンが教えてくれたわ。」

「そうか。ならばそこに向かおうか。」


 改めて言わなくともロゼは元からそこに向けて歩いている。それでも言葉にしてしまうのは心が浮ついているからだろう。


「珍しく上機嫌ね。嫌な言い方すると私達も騙されてた訳だけど。」

「仕方あるまい。あいつは面倒臭がりだ。」

「わかるけどさ。一言くらいあっても良いんじゃないかしら?」

「その方が楽しいだろ?とか言われそう。」


 ミリアの言葉に全員が頷く。ギフトの性格を知っていればその結論に至るのは仕方ない。他人の気持ちがわかる癖に、他人に無理に寄り添おうとしない。自分が楽しむことを一番に考える様な男だ。


「普通只の自己中なんだけどね。」

「只のではないな。自分だけでなく全員で笑えと強要する自己中だ。」

「素直に悲しんでる人を放っとけないと言えばいいのに。」

「でもそれを言ってるギフトさんを想像すると気持ち悪いですね。」


 ギフトが物語の英雄の様に振舞う姿は想像できない。むしろ戦う時の言動はそれに退治される側だと思う。何も先入観なくギフトの戦う姿を見れば、恐怖しか覚えないだろう。


 獰猛に笑いながら人を傷つけ、人の痛がる姿を見て高笑いするような男だ。今更ながら良くそんな奴の味方をしようと思ったものだとリカは嘆息を漏らす。


「表面だけなら絶対敵対関係よね・・・。」

「リカはしばらく疑っていた。私は最初から信じていた。」

「ちょっとミリア!それは酷いわよ!」

「私も良い人だと思ってましたよ。」


 ミリアに続いてルイも揶揄う。それを見てロゼは笑顔が収まらない。届け屋としてギフトはロゼに確かに届けた。ロゼに暖かな日常を届けてくれた。


 もしかしたらギフトは昔の約束を覚えているのかもしれない。遠い昔の、ギフトに出会ってから見なくなった過去の思い出。


 あれだけ色褪せる事無く輝いていた思い出は、今でも輝いているにも関わらず、その光の強さを弱めている。それ以上に光り輝く出来事がロゼの身に起きたから。


 ロゼ達は一つの建物の前に立ち、その扉を迷いなく開ける。許可なら既に取っている。その建物の中に入ると、今は営業していないのか人気は無くとても静かだった。


 ロゼは逸る気持ちを抑えて慎重に歩く。確信はしているがまだどこか夢の様にも思える。もしかしたらこの場にギフトは居ずに、弱い自分が思い描いた夢の中なのかも知れない。


 それでもロゼは進む。もう二度と話す事は叶わない。もう二度と笑い合う事は出来ないと思っていた存在。その人物に会うために、ロゼは止まる訳には行かなかった。


 そして扉の前に立ち、木の扉をゆっくりと開く。部屋の中には人が居るのか明るさが漏れてきて、ロゼに部屋の景色を届けてくれる。


 そして見つける。見間違うはずも無い。背中しか見えないが、出会ってからずっと見てきた背中。正確にはずっとではない。いつも横に立って歩いてくれたのだから。


 それでも気持ちだけは常にロゼより前にいて、どんな時でもその背中を追いかければ安心させてくれるような偉大な背中。物語の英雄では無くとも、ロゼにとってそれを遥かに超える様な偉大な英雄。


 ロゼはその背を見てぐっと奥歯を噛み締める。嬉しい筈なのにその頬には涙が伝う。これは現実だったんだ。自分の弱さが見せた夢ではないとはっきりした。


 ロゼは何も言わずにその背に向けて歩き出す。既に涙は止まらない。でもこの姿も恥ずかしくは無い。これが自分なんだ。それを受け止められないような狭量な奴じゃ無い事をロゼは知っている。


 後ろに立って両手を伸ばす。ロゼはその背中をぎゅっと抱きしめるて額を後頭部に軽く当てる。言いたいことはいっぱいあったのに上手く口が開かない。


 煙草の匂いがする。自分では抱きしめきれない大きな背中。邪魔かも知れないのにロゼを振りほどかずに、仕方ないなと言わんばかりに動かない。


「なんだよ。俺が死ぬとでも思ってたの?」


 顔は見えないがロゼはどんな顔をしているのかすぐにわかる。煙草を吸って紫煙を吐き出していつもと変わらない笑みを浮かべているだろう。


「・・・心配したんだ。」

「百年早いぞお姫様。」

「・・・怖かったんだ」

「俺は何も怖くなかったけどね。」

「・・・妾を泣かせた罪は重いぞ。」

「俺はもう死んでるからね。そんな俺にどんな罰を受けろと?」


 ギフトはロゼの腕を振りほどいて立ち上がる。そしてロゼに向き直りロゼを見下ろす。


「俺が約束を破ると思ったの?俺はそれだけはした事無いんだって。」


 ギフトは両手を挙げてやれやれと言わんばかりに首を振る。そして少し屈んでロゼと視線を合わせる。子どもに話すときの様に。


「好きなだけ泣け。涙が止まる頃には笑える場所に連れて行ってやる。・・・約束したろ?」


 ギフトはにっと笑い、ロゼの心を救い上げる。ずっと知りたかった事。ギフトの事だと思ってはいた。でもそれを本人も覚えてくれていた事が嬉しい。


 忘れていたのかも知れない。それでも思い出してくれたんだ。ロゼはその言葉と思い出だけで生きてきた。ずっと会いたかった。あの日あった時から一度も忘れた事は無い。


「ギフト・・・。」

「流石にガキの時の言葉を言うのは照れるな。」


 ギフトは後頭部を掻いて本当に照れ臭そうに顔を背ける。それが微笑ましくて、ロゼは涙を止めてギフトに抱き着く。


「おお、情熱的ー。」

「照れるな馬鹿者め。」


 ギフトの揶揄いにロゼは笑って言葉を返す。ギフトはロゼの頭に手を置いて、ぐりぐりと頭を撫でつける。


「・・・やっぱりバカップルじゃない・・・。」

「空気の読めない発言。」


 その様子を黙って見ていたリカは、邪魔してはいけないとわかっていても口が滑るのを止められなかった。


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