61 奇跡ではなく
日の光が眩しくて目を細める。両手が後ろに縛られているから翳すことが出来ず、鬱陶しそうに眉根を寄せる。良い天気だとは思うが、先程までとの落差がきつい。
「天気良いね。こんなに良い天気に処刑なんて無粋じゃないかな?」
「・・・。」
ギフトは軽口を叩くがそれに追随の騎士は応えてくれない。ギフトを知っている騎士を寄こすのは忍びないのか、今周りには知らない者ばかりだ。と言っても一度会った騎士の顔をちゃんと覚えているかと言われればそうでもないのだが。
無視されたことに唇を尖らして、自分がこれから先向かう場所へ目を向ける。人だかりが既に出来ていて、誰もがこれから行われる事を期待している。
それが何かわかっていてギフトは笑う。それが望みだったからだ。大勢の前で死ぬ事こそに意味がある。処刑場へ連れていかれる間も上機嫌に調子はずれの鼻歌を唄う。
「うるさいぞ。静かにしろ。」
「お?話してもいいのかい?」
「貴様は処刑を待つ身だ。相応の態度を示せ。」
「死ぬからって暗くなっても良い事無いじゃないか。どうせ死ぬなら最後まで笑ってたいよね。」
とてもこれから先死ぬ事になるとは思えない発言をギフトを平気で口にする。まるでこれから食事に行くかのような気軽さでギフトは強制されなくとも勝手に歩く。
随伴の騎士はその態度を不気味に思う。やはり半人とは自分達と違う感性を持っているのではないかと錯覚する。
それは錯覚ではなく、事実複数の騎士はギフトの言動に恐怖する。死地に向かうことに躊躇いが無く、むしろ嬉々として進んでいく罪人など見たこと無い。
この国の皇女を誑かした化け物。人を装い国に入り込んで何を画策していたのかわからない不気味な存在。それがギフトに対する認識で、それはこの国の大多数が思っている事だ。
「道を開けよ!罪人を通す!」
「俺が通るよー!ほれ散れ散れ!」
騎士に合わせてギフトは無邪気に笑う。大人の真似をしている子どもの様だが、今この状況でそれをされれば狂気しか感じない。
騎士の言葉に従ったのか、ギフトに怯えたのか人だかりは左右に分かれギフトが向かうべき処刑台が見える。
「おー。なんか王様になった気分だな。」
「黙れ!貴様は罪人だ!」
「いいじゃないか。偉くなったと勘違いしそう。」
ギフトは騎士の言葉を無視して胸を張ってふんぞり返る。傲岸不遜な笑みを張り付け周囲を睥睨する。堂々たる振る舞いに集まった人々は戸惑い狼狽える。
町人も冒険者も騎士も全ての人々の視線を集めてそれでもギフトはそれに怯まない。むしろ好奇の目を向けられて笑う姿を見せつける。
「にしてもこんなに集まっちゃって。わかってないなー。」
ギフトはわざと聞こえるように声を出す。
―――怯えろ震えろ恐怖に落ちろ。だからこそ俺が死んだ時には歓喜の渦が巻き起こる。―――
ギフトは自分がどれだけの狂気を振りまくかを知っている。その存在が消えた時に訪れた平和を人は大事に大事に守り続ける。ギフトの思惑はそこにある。
「半人がこの程度で何もできないと思ってるなんて、浅はかにも程があるだろ?」
獰猛に笑って唇を舐める。獲物を見定めるように、狩りを楽しむ獣のように。
叫び声が上がり、近くにいた人々はギフトから離れるよう慌てて逃げようとする。それでも集まった人の壁を壊すことは出来ず、ただただ騒ぎが巻き起こる。
「ぶははっ!無様にも程度があるだろ。醜くて見てられないな。」
「貴様!」
ギフトはその光景を見て嘲笑い、騎士は槍の石突でギフトの体を叩く。ギフトの体はよろめくが、それでも嗤うことを止めはしない。
別に本当に無様と思ってるわけでは無い。体制が無い人が恐怖に溺れるのは仕方の無い事だ。それを利用させてもらっただけ。これで名実ともにギフトは悪人と成り下がる。
その様子を遠目で見ていた人物は溜息をぐっと堪える。ここで呆れた態度を取ると余裕があることを見抜かれる。それはギフトの生存確率を下げることになる。
呆れを隠すためにロゼは俯き目を伏せる。その様子を悲しんでいると捉えた人物がロゼに優しい声を掛ける。
「・・・本当に良かったのか?」
カイゼルはロゼがこれ以上の悲しみを背負う姿は見たくない。今まで無理をさせてきたのだ。それでもロゼはこの国の為に戦い抜いたというのに、これ以上無能を晒す真似はしたくなかった。
「・・・仕方の無い事なのでしょう。世界の意志なのでしょう?」
「そうだが・・・。しかし、な。」
カイゼルとてギフトを断罪するつもりは無かった。国を救ってくれた事は重々承知している。それでも周辺国や冒険者の目を考えれば、ギフトの手助けをする訳にはいかなかった。
「構いません。殿下はこの国の事だけを考えてくだされば。それに我侭はもう言いました。」
「それくらいはする。恩人の頼みだ。」
この場所を指定したのはロゼだ。処刑の場に相応しくもない国の広場。生かす事が敵わないのならば、せめて日当たりの良い場所で葬りたいと。
ロゼの言葉にカイゼルは異を唱えなかった。というよりはそれくらいならどうとでもなる。国民にも半人が死んだ事をその目で確認させればそれは願ったり叶ったりだ。
半人がいた事は恐怖かも知れないが、その存在が目の前で死ぬ事になれば安心も一入だろう。ロゼがそれを見越したのか、それとも本当にギフトの為を思ったのかは知らないが。
「妾は祈るのみです。せめて安らかに眠って貰う事しか妾には出来ませぬ。」
「・・・そうか。わかった。」
だが、そんなロゼの言葉に不信感を抱く。ロゼはカイゼルの想像を遥かに越えた成長を見せた。正直このまま何もしないとは思えない。
昨日の昼のミュゼットからの報告ではまるで魂が抜けたかの様に覇気が無かったらしいが、街に繰り出して城に戻った時には強い意志を瞳に宿していたように見えた。
そしてそれは今も続いている。諦めた瞳ではなく、覚悟を決めた瞳。肝心の何の覚悟なのかまでは察する事は出来ないが、確実にロゼの中で何かが変わった。
「殿下。いえ兄上。この処刑が終わればもう一つ我侭を願い出ても構いませんか?」
「・・・ああ。後で聞こう。」
カイゼルはそれ以上何も言わない。ロゼが何かを決めたのなら、自分はもう邪魔はしない。兄として王として、もうロゼを苦しめる訳にはいかない。最良の結果は出せなくとも、最悪だけは回避しよう。それが凡愚たる自分に出来る事と、カイゼルは処刑台に目を向ける。
そこにはギフトが相変わらずへらへらとした表情で処刑台を上がる。処刑台の上にはグラッドが大剣を床に突き刺し腕を組んで待っていた。
「やっほ。」
「・・・変わらんな。ギフト殿は。」
グラッドはこんな時でも平常運転のギフトに呆れ返る。自分はまだ覚悟が決まっていない。ここにいるのはロゼの頼みだ。ギフトの首を撥ね落とすなら、一番剣の腕が立つ者に頼みたいと、グラッドがこの場に指名された。
グラッドは正直ギフトに負い目がある。ギフトは大恩人だ。ロゼにとっても国にとっても自分にとっても。その恩人の首を落とすともなれば、迷いなく振り下ろすことが出来るとは断言できない。
「おっちゃんなら安心だな。ロゼの指示かな?」
「ああ。姫様たっての頼みだ。」
「なるほどねー。やっぱり俺は運が良い。」
ギフトはグラッドに意味のわからない言葉をかける。それに面食らい、グラッドは陰鬱な思考を切り替える。
グラッドはギフトを殺したくはない。そしてロゼだってギフトに死んで欲しいとは思っていない。むしろ今この国で誰よりギフトを好いているのはロゼだろう。
そのロゼがこんな真似をするのは何故だ?人の痛みを理解できるロゼがなぜ態々グラッドをこの場に呼んだのか。そこには必ず思惑がある。
グラッドは腕を組んだまま思考を傾ける。ロゼに命じられた事は二つ。一つはギフトの首を一回で落とす事。そして二つ目は何があってもその後は無言を貫き、感情を出さない事。
騎士への影響を考えた発言と思っていた。自分が悔やめば騎士はこの行為が正しかったのかと迷う事になる。それを嫌ったロゼの発言と思ったが、本当にそれが正解なのか。
だが思考はそこで止まる。鐘の音が鳴り、ギフトは誰に指示されること無く自ら跪いて首を垂れる。
そして騎士が口上を述べる。この者がどれだけの悪か。その存在がどれほどの脅威かを語っているが、グラッドにその言葉は聞こえない。
ただ首を垂れるギフトを見ている。そして自分の額に汗が浮かんできてその汗を掌で拭う。とてもいい天気だ。緊張も相まって体が熱を持ったかと思って周りを見れば、ほんの少しの違和感に気づく。
自分の近くの人間は汗をかいている。さすがに暑さでだれる事は無いが、それでも落ちる汗を時たま拭っている者がいる。それに比べてある程度離れた者は涼しい顔で傾聴している。
「よってここに!半人であるこの者の首を撥ねる!」
グラッドの考え事は途中で遮られる。もはや時間は残されていない。いやそれ以前にこの場で自分に取れる手段は何もない。
「半人!何か言い残すことはあるか!?」
大声でギフトに最後の言葉を残させようとする。ギフトはそれに対して顔を上げて笑い、口を開く。
「何もないさ。俺は俺の死を、胸を張って迎えよう。」
そして完全に違和感に気づく。その違和感はグラッドの脳髄に響き、歓喜が身を包む。思わず緩みそうになる口元をグラッドはぐっと奥歯を噛み締めて耐える。
ギフトの一番近くにいる自分にしかわからないだろう違和感。その違和感は確信となり、グラッドは今まで以上に気を引き締める。
ギフトは再び首を垂れて、グラッドが剣を振り下ろすのを待つ。グラッドにはもう迷いはない。今ならギフトの首を断つことに迷う必要は無い。
剣を上段に持ち上げて精神を統一する。迷いは無くなったが、逆に文句が激流の様に流れてくる。それでも今はこの言葉だけ伝えよう。
「よくもやってくれたな。」
聞きようにとっては恨みの籠った言葉だが、ギフトは剣が振り下ろされる直前、下を向いたまま笑みを浮かべる。グラッドはちゃんと理解した。その上で選択したのなら、自分の運の良さを祝わずにはいられない。
ギフトの首はグラッドの剣により落とされて、首と胴体が別れを告げる。そしてその首から血が漏れ出る前にギフトの体は燃え上がり、吹き出る血すら燃やしてやがて灰になる。
人々は冒険者も騎士も国民も、その死に震え、そしてグラッドが剣を掲げた時、歓喜の声が巻き起こる。これで化け物は死んだ。自分達を脅かす存在は消えたと安堵の息を漏らした。
ロゼはその様子を最後まで見届けて席を立つ。目を伏せて深呼吸すると、カイゼルに向き直り口を開く。
「兄様。お話があります。」
「・・・聞こう。話せ。」
そしてロゼはカイゼルに告げる。その言葉はカイゼルの目を驚愕に染めて、返事を待つ事もなくロゼはその場を後にする。
暗い通路をガルドーは歩く。手にランタンを掲げて道を照らし、水の流れる音が近くで聞こえる。
後ろにはオードンとユーリィがついてきている。ガルドーはこの道に詳しくは無い。むしろこんな道を知っている者は少数だろう。そんな場所にいる理由はたった一つだ。
目的の場所に付いて少し待つ。すると自分達の想像した通りにある男が顔を覗かせる。その顔を見て三人は口元を緩めて男に近づく。
「奇跡の大脱出か?」
ガルドーが発した言葉に赤い髪を三つ編みに括った男はニヤリと笑う。傲岸不遜に大胆不敵に、そして何より悪戯が成功した子どもの様に。
「奇跡じゃないさ。このくらいは普通だよ。人望には自信があるのさ。」
「平然と嘘を吐くな?」
「事実だよ?だから俺は生きている。」
暗い通路の中で自信満々に語る男に苦笑いを漏らす。心配するだけ無駄だった。あの後悔の時間は何だったのかとも思うが、それ以上に喜びが大きすぎた。
「さて。じゃあ道案内お願いね。」
「任せてくださいギフト様!」
ユーリィははしゃぐ子犬の様にギフトの手を取って歩き出す。地上は歓喜の渦に塗れ、地下は悪戯好きな青年の笑い声に溢れた。
頑張れれば更新は明日です。