60 勘違い
ロゼは街をふらりと歩く。別に目的が会って歩いているわけではない。じっとしている事が出来ず、動かなければ何かに押し潰されてしまいそうだからだ。
周囲を見ることもなく、ただ前を見て歩いているだけでロゼに景色は見えない。全てがただの障害物の様に映る。
「・・・あっ。」
そしてそんなロゼを見かけてリカが声を掛ける。と言ってもなんと言っていいのやら。自分達だってまだ引きずっているのに、ロゼを元気づける言葉は浮かんでこない。
「・・・眠れた?」
「・・・眠れるわけ無かろう。」
無難な言葉を吐き出すも返ってくるのは暗い言葉。四人揃って街中に佇み俯いて、次の言葉を探す。だが浮かんでくる話題は決して楽しいものではなく、かと言って楽しい話題をする気も起きない。
「暗くなっても仕方ない。ご飯は食べた?」
「いや、まだだ。」
「食べに行きましょう。お腹が減っては碌な考えは浮かびませんし。」
ミリアとルイがロゼを食事に誘う。腹が減っているとは思わないが、二人の意見も尤もだ。事実今のロゼは嫌な事は疎か、何一つ思考が進まない。
自分はこれから先も生きる。ならば食事は必要だろう。何をするにも自分が壊れていては出来ることはない。ルイの意見に賛同し、四人は食事を取りに行く。
道中で会話は弾まない。それなりに仲良くなったのに全員何を話していいのかわからない。くだらないことで笑い合っていた筈なのに、今の表情に笑顔は無い。
「あ、あのさ。その・・・ギフトはどうなるの?」
リカが搾り出すように疑問を投げかける。リカ達は結局お咎め無しという事になった。庇った事実は消えないが、その張本人がいなくなったのだから、それほど目くじらを立てることでもないとギャレットに小言を言われただけで終わっている。
自分達が無事ならば余計にギフトが気になる。国を追放されるだけなら良い。だが、冒険者や国が半人を放置するとは思えない。
自分達だって立場が違えばギフトを敵とみなして戦っていただろう。紛いなりにも為人を知っていたからこそギフトの味方になろうとした。それが自分達に不利な状況になることもわかった上で。
ロゼは呼吸を整えて口を開く。その事実を伝えたくないし、自分の口からも言いたくはない。それでも認めなければならない。これは現実なのだから。
「処刑が決まった。明日の正午に執り行われるそうだ。」
その言葉に三人は押し黙る。予想はしていたが、本当にそうなると納得がいかない。
確かに半人は脅威なのはわかる。でもギフトがした事は素直に褒められても良いはずだ。少なくとも話を聞かずに極刑になるなどこの場の誰も納得できることではなかった。
たった一つ半人と言うだけで全てが否定される。それがどれほど辛いことなのか四人には慮る事も出来ないが、その辛さの一端くらいは理解できる。
四人は黙って街をふらつく。適当な店で食事を取ろうとしたが、近くにはなく、気まずい空気の中歩いている。
そして出会う。ロゼにとって今一番出会いたくない相手に。
「・・・。」
「・・・。」
互いに見合うだけで何も言わない。筋骨隆々で野盗の様な姿をした男はロゼを見下ろして少しだけ口を開くが、その口を閉ざしてすり抜け進もうとする。
「良くも妾の前に顔を見せれたものだなガルドー。」
その背中にロゼは声を掛けて、ガルドーは立ち止まる。振り向いてロゼを見るが何も言わず、ロゼの言葉を待つ。
「ちょっとロゼ。」
「何だ?こいつは最後に裏切った。こいつがギフトの味方をしていれば助かったかも知れぬのにだ。」
ガルドーが味方になればギフトは今頃冒険に出ていただろう。今ギフトが牢獄で処刑を待つ身になっているのはガルドーにも責任の一端がある。
冒険者よりもガルドーが許せない。ギフトに恩があったにも関わらず、その恩を仇で返した事は許せない。恨み言は幾らでも湧いてくる。
「・・・あの時はあれが最善だった。」
「最善?ギフトが処刑されるのが貴様の最善か。人を見捨てることが最善とはさすが冒険者と言ったところだな。」
「違う!俺は・・・。」
ガルドーの言葉にロゼは捲し立てる。ガルドーはその言葉を否定しようとして口を閉じる。今更何を言っても言い訳にしかならないことがわかっているからだ。
ガルドーとてギフトが処刑されて喜ぶことはない。むしろ憤り、暴れまわるだろう。だがそれを恩人が望むかと聞かれれば動くことが出来なかった。
「やめなさいよロゼ。」
リカは沈黙を破り口を挟む。リカはガルドーの言葉も理解できる。あの時ガルドーがロゼを止めていなければ、この国は冒険者に睨まれ、魔物の脅威にさらされるだろう。
魔物が出れば冒険者が戦う。常駐の騎士もいるだろうが、それだけでは圧倒的に人が足りない。だからこそ冒険者は生まれ、今まで衰退することなく組織として生存している。
「わかってるんでしょ?ガルドーも辛いのよ。」
「わかっている!今妾がここにいるのは誰のお陰かくらいは!」
ロゼだってこれが八つ当たりだろいう事くらい理解している。でもそれ以外でこの気持ちを発散する方法がわからなかった。
ガルドーのお陰でロゼは今ここに居る。あの時冒険者を相手にしていれば、自分はこの国にはいなかっただろうし、最悪ギフトと共に消されていたかもしれない。
ロゼにもこれといった処断は無かった。半人を招いたという事よりも、むしろこの国の窮地を救った事で勲章が貰えると言う話が出ているくらいだ。
だがロゼはそれを受け取れない。勲章が与えられるならもっと相応しい人が居るはずなのに、その人は処刑されて自分は讃えられるなんて虫唾が走る。
ロゼにとって勲章なんて欲しくはない。誰かもわからない人間に褒められるより、ギフトに皮肉の一つでも言われた方がずっと嬉しい。でももうその人と話をする事は叶わない。
「わかっているんだ・・・。妾が未熟なことは・・・!ではどうすれば良いんだ?この気持ちはどこに向ければ良い?」
ロゼは拳を握り締めて自分の力不足を嘆く。もしギフトと自分の立場が違っていれば、ギフトは笑いながらロゼを助けるだろう。それが一番楽しいと信じて、誰の為でも無く最後まで戦っただろう。
ロゼにはそれは出来ない。自分には何もかも足りないんだ。救う強さも、戦う勇気もロゼには無い。自分には出来ることは何もないと嘆くことしかできない。
「ロゼ・・・。」
その姿を見てリカは言葉が出ない。きっとロゼは自分を責めているんだろう。それを掬い上げてやる事は自分にはできない。
こんな時ギフトなら何事も無いように解決するのだろうか。じゃあ助けてくるから待ってろ。とでも言って、にやけながら世界から嫌われる道を選ぶだろう。
力の強さではなく心構えが違う。大事なことは何が何でも守り通す強さがギフトにはある。自分達が持っていない強さを確かにギフトは持っていた。
全員が下を向いて黙り込む。何が正解かなんて誰にもわからない。誰もが弱さを痛感するしかない。
「こんな昼中から喧嘩ですか?褒められませんよ?」
と、そこに素朴な女性から声を掛けられる。買い物の最中なのか手には食材が買い込まれているがその量が多く、顔が半分見えていない。
「せめてもう少し場所を変えてはどうですか?」
それでもその女性が誰なのかは皆理解した。ギフトがこの街で知り合いといった女性。過去にギフトに助けられたらしい女性は朗らかな笑みを浮かべて五人を嗜める。
「・・・ユーリィ。お主は悲しくないのか?」
「え?何がですか?」
ユーリィはきょとんとした表情を浮かべて首をかしげる。それは全員にとって予想外の反応だった。もしかしたらユーリィはギフトが半人だと知らなくて、正体を知って態度が変わったのかとも思ってしまう。
「ユーリィさんは知らないんですか?ギフトさんが・・・。」
「ギフト様が半人と言う事ですか?」
平然とユーリィは答える。そして益々混乱する。敬称をつけているからまだ慕っているのだろうが、だとすればこんな反応にはならないだろう。落ち込むか悲しむかはする筈だ。
ユーリィは五人を連れて人気のない場所へ向かう。往来で話すには問題があるから人の耳のない場所でしようと言い、それに黙って従った。
「私は知ってましたよ。ギフト様が半人という事は。と言うよりあの人本気で隠そうとしないんですよね。」
困った子だとでも言いたげに、ユーリィは溜息を吐く。確かに最初は怖かったが、今ではどうでも良いと思えるようになった。それはギフトを知ったから。戦うなら脅威かも知れないが、普通に生活する上でギフトほど怖くない人はいない。
「ギフト様が処刑される事も噂は聞きましたよ。」
「だったら何で冷静?親しい筈なのに。」
「親しいから冷静なんですよ。だってギフト様はローゼリア様と約束していましたし。」
ギフトはロゼを日常に届けると言っていた。ユーリィはその言葉を何一つ疑っていない。自分の時もそうだったが、ギフトは嘘は吐いても約束と言えばそれを違えることはしない。
「もう約束は果たしたではないか。そのせいでギフトは・・・。」
「まだですよ?というより・・・。」
ロゼは今笑っていない。それで良いと思うような性格では決してない。日常に届けるなら、その後も幸せになることを本気で願うような人だからこそ、ユーリィはギフトを慕っているのだ。
そして誰もが勘違いしている。ユーリィだってギフトが死んだと聞かされていれば取り乱していただろう。だが今はまだギフトは生きている。
「ギフト様がこのまま黙って死ぬと本気で思っているんですか?」
「・・・あ。」
そう言われれば確かにそうだ。あの男が自分達を驚かさなかった日は今まで無かった。何故もう何もしないと思っていたのだろうか、自分達の事で精一杯でギフトの行動まで思考がいかなかった。
「・・・考えてなかった。不覚。」
「なーんであいつがもう何も出来ないと思ったのかしら?」
「じっとしている訳が無い・・・か。」
「でも、どうやって・・・?」
四人が難しい顔をして話し合う。その顔には先程までの暗い顔は無く、むしろどこかギフトがどう助かるのかを楽しんでいるようだった。
その中でロゼは目も口も開けたまま思考を手放した。ユーリィの言葉はロゼにとって衝撃的だったのだ。自分はギフトが倒れた時に全てが終わったと思っていた。だがギフトがそこで終わったと思っているかと聞かれれば、ありえないとしか思わなかった。
まだギフトは死んでいない。それなのに何故自分は諦めたのか。ギフトが死ぬ前に諦める訳が無いだろう。それを近くで見てきたくせに、何を思い違いをしていたのか。
どうするのかはわからない。だが思い返してみればユーリィとオードンに頼みごとをしていた。それを何時使うかまでは聞かされていない。
「ユーリィ。」
「・・・はい。なんでしょうローゼリア様?」
話し合う四人を放置して声を掛ける。そして少し自信を取り戻したのかロゼの顔に生気が宿る。その顔を見てユーリィはしまったと思う。落ち込んでいて喧嘩をしていたから元気になってもらおうと思ったが言いすぎてしまったようだ。
「全て吐け。」
「な、何の事ですか?」
「王家としての命令だ。断れば国にはいられぬぞ?」
ロゼはニヤリと笑ってユーリィを脅す。本気でそのつもりはないが、形振り構うつもりはない。まず間違いなくユーリィは何かを知っている。恐らく戦う前からギフトがこうなることを予想していたのだろう。
今まで半人として生きてきたのだ。その経験からこうなることを予測しないほど馬鹿でもない。もしギフトが全てわかった上で戦っていたのなら、保険をかけていないわけがない。
ロゼの言葉にユーリィは冷や汗を流し、少し後退る。それを許さずロゼは詰め寄り逃がさない。口を上下に動かして降参したのか、ユーリィは全てを白状する。
そしてその話を聞いて誰もが笑みを浮かべる。確率は低い。だがギフトは何も諦めていないのだから、自分達が諦めるには早すぎる。
「そうか。そうかそうか!ならば妾は城に戻るか。」
「私達は依頼を受けようかしら。いないかも知れないけど人がいると問題になるし。」
「それがいい。可能性を上げよう。」
「俺はオードンとユーリィと共に行こうか。二人の安全は俺が守ろう。」
「これが最後の勝負ですね!」
全員が全員先程の鬱屈とした表情を無くして朗らかに笑う。可能性はゼロじゃ無い。しかもその可能性を上げることが出来る。絶望するよりやるべきことが確かにあった。
散り散りに動き出し、決意を固める。戦争は終わったがまだ自分達の戦いは終わっていない。ギフトに自由を届ける為に、ロゼ達は動き始める。
暗い牢獄の中でギフトは上機嫌に鼻歌を歌う。悲壮感は何もなく、明日死ぬと聞かされてもギフトは何も変わらない。
というよりも自分が死ぬとは思っていない。想像通りに事が運ぶ確率は低いが、確信している。ギフトは誰より自分を信じている。その自分が信じた人は何より信じることができる。
「明日は晴れると良いな。」
処刑の日をギフトは待ち遠しく思う。牢獄の中は息苦しくつまらないが、明日になればギフトは自由の身だ。精々この瞬間も楽しもうと、ギフトは上機嫌に笑い出す。
続きは明日10時。