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Deliver Happy   作者: 水門素行
一章 アルフィスト王国動乱記 一部 ~邂逅~
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6 思いは人それぞれ

 時間は少し遡る。ギフトが手紙を渡し、それをある人物に届けた時の事。

 冒険者ギルドの三階。関係者以外立ち入ることのないその場所を仕事場として利用しているものは静かに手紙を読んでいる。この街の冒険者ギルドの取締を行っている男は淡い緑の服で身を包み、茶色の髪を纏める事なくボサボサの頭をしている。


「ふむ、なるほどな。冒険者だけでは対応できないか・・・。」


 手紙の内容は魔物の活動が活発になってきている事、そしてそれがただの自然災害とは考えにくいということを示す内容だった。本来魔物の活動範囲はそう変わらない。というより変わらせない。その為の依頼で冒険者ギルドだ。

 異常発生したならそれを減らし、人の住む場所が脅威であることを常に魔物に教え続けていくのが冒険者ギルドの役割だ。当然知能の高い魔物や力のある魔物は冒険者を退けるが、そう言った魔物は得てして人の近くにいない。脅威の少ない餌の豊富な場所に生息する。

 手紙の末尾には『この手紙を届けたものは力がある。利用できるものは全て利用するべき。人柄には問題はない』と書かれていた。冒険者にはプライドの高いものが多い。にも関わらず使えと進言してくるのはそれを超えた利益があることを示しているのだろう。


「冒険者ではなく、金で動く傭兵でもない、元傭兵。いや、今は届け屋を名乗っているのか・・・。」


 ギフトと直接の面識は無いが、彼はギフトのことを知っている。元傭兵で、真っ赤な髪と瞳の若造。そんな者は彼の知る中では一人しかいない。


悪戯好きの炎(ウィルオーウィスプ)が丸くなったか。それともそれが本来の姿か。どちらにせよ力は有効に使うべきだな。」

「どういたしますか。ギャレットさん。」

「自由に動いてもらうだけだ。手紙の内容が確かなら、害はないだろう。それよりこの街を早々に出て行かれる方が不利益だ。」


 ギャレットは報酬としてホーンブルの居場所を教えるよう告げ、異常があれば報告するようにと命令を下し、報告に来た男はお辞儀をして部屋を退出する。ギフトがホーンブルを生け捕りにするにせよしないにせよ、この街に戻ってくるだろう。その時までに動きがなければこちらから動けば良い。時間さえあるのなら如何様にでも対処できる。それだけの力がこの街にはある。

 ギャレットは椅子に深く座り、この後起こりうる事態を想像する。


「最悪の時は私も動けないか。冒険者とはなんとも不自由なものだな。」


 ギャレットは部屋で一人呟く。自由であるはずの冒険者が自由ではなく不自由と称するのは、長く冒険者ギルドに所属したものなら誰もが思うことだろう。

 外を眺めると平和な光景が映し出されるが、水面下で何かが動いている気配が確かにしていた。守りたいものを守れぬ歯がゆさを抱いて。


 ギフトがホーンブルを生け捕りにするべく動き始めたと同時、この国の王家に連なるものも動き始めていた。しかし動くのは最早王家とは関わりの無いものかも知れないが。

 そのものは王宮の中庭に立ち、五十人ほどの人間を纏め上げる男が大きな声を出している。綺麗な銀髪を頭の左右の後ろの方で二つに纏めたローゼリアは、その様子を真面目な顔でじっと眺めていた。

 本当なら自分がやりたかったが、その為の方法を知らない。見て学ぶために男の手腕をただ観察する。


「姫様。小隊の編成が終了しました。」

「見事な手際だな。グラッド。」

「お褒めに預かり光栄です。ですが、やはり新人。動きはまだ緩慢としておりますな。」


 恭しくお辞儀をする男はグラッド・ホルヘイム。白髪を短く刈り上げた元騎士団長だ。年齢から引退も考えていたが、教育役として師事してくれと目の前の女性の熱心な勧誘で今もこうして騎士として働いている。

 本当はそれを断るつもりだったのだが、身分の違う自分に真っ直ぐぶつかってくるローゼリアが、どんな人物になるのかが、一つの楽しみになってしまった。

 それ以来、剣の指導を行ってきたが、数年前から少し変わってしまった。今までは個人の強さを磨いてきたのが、ある日突然隊の動かし方を教えて欲しいと頼み込んできた。

 それ自体は悪いことではない。人を動かすことで見えてくるものはあるだろう。だが、そのセンスは無かった。

 個人の武力ならそれなりに鍛え上げた。年もあるかもしれないが、自分に肉薄する場面も少なくない。ただ他人を動かすことはできなかった。言葉巧みに人を操ることができないのだ。

 グラッドとしては前線に立って戦う方法よりも、後方で指示を出す場所に居て欲しいのだが、その才能は残念なことに開花することはなかった。

 本人もそのことは分かっているはず、何より性格的にも個人の力を高めたいはずなのに、何故、隊の指揮を取ろうと考えたのか。その答えはグラッドにも朧げながらわかっている。

 ローゼリアが王家にとって必要が無くなってしまった。だから自分を必要とされるための力を身に着けようとしているのだろう。詳しい事情までは知らないが恐らくそうであろう。

 だが、それはグラッドにとっては面白くない。王にも事情があるのはわかる。自分の理解できない世界にいることも。それでも実の家族を追い詰める必要があるのだろうか、不敬と言われようとそう思わずにはいられない。

 ここ数年ローゼリアの笑顔を見たことがない。そのことがグラッドにとって苦痛でしかなかった。剣を教える内にまるで自分の弟子のように感じていたのだ。

 それでもそれを言葉にすることは出来無い。ローゼリアは主君で自分は家臣。深く踏み入ることはグラッドには出来なかった。そのことがローゼリアに必要以上に気を使わせていることを知っていても。


「お主なら新人でも纏められるだろう。では行くぞグラッド。」

「ハッ!」


 グラッドの葛藤を知らず、ローゼリアは指示を下す。目指す場所はここから馬で二日ほど進んだ森の中。遠征の訓練としてそこに赴く予定となっている。

 陰鬱な空気の中ローゼリアは馬に跨り、その歩を進める。それをグラッドは横目で見ながら思案に耽る。

 今回の訓練はどこかおかしい。それが頭の片隅によぎる。

 ローゼリアが訓練に参加することは褒められたことではないが、今までもあったことだ。問題は今まで騎士の訓練に興味を示してこなかったカイゼル、現王が今回の訓練に何処へ行くのか聞いてきたことだ。

 それに加え、今回集まった騎士は新人もいいところ。仮にもローゼリアが出向くのに護衛をどうするつもりなのかと文句が喉まで上がってきた。

 ローゼリアは気にもしていなかった。むしろ安全なだけでは無い訓練にいつも以上に気合が入っているようだ。しかしグラッドは内心の疑問を消化しきれない。モヤモヤした物を心の内に隠しながら、ローゼリアの後を付いて行く。何があろうとローゼリアだけは守り通すと心に決めて。


 その様子を上から見ている人物がいた。その人物はローゼリアが去るのを見届けると、大きく息を吐き、自室へと戻ろうとする。その後ろを音もなく付いてくる女性の使用人が声を掛ける。


「良いのですか?」

「構わぬ。ローゼリアも王家の人間だ。覚悟は出来ているだろう。」


 カイゼルは迷うことなく答えた。それをミュゼットは親の敵でも見るような目で睨む。その目を見たカイゼルは不敬と言うこともなくただ黙る。萎縮したわけではない。自分に向けてその目を向けてくる事を嬉しく思う。

 ここ数年この国は水面下で静かに動いている。大きな戦争は起こらないし、周辺の国とも友好的な関係を築けていると思っている。腹の中で何を考えているか、その仔細までは分からないが、動けばすぐにわかるはずだろう。それもわからないほどカイゼルは愚鈍ではない。

 ただ、自分の国の者共がどう動いてるかまでは定かではない。情報は集めいている。力の強い貴族が動き始めていることはわかっているが、今それを糾弾する訳にはいかない。

 ただでさえ自分は帰属連中に疎まれている。今カイゼルから動けば、この国で内乱が起こる可能性も視野にある。それを無くすために他の貴族を取り入れようとしているが、どうやらそれよりも早く事が動きそうだった。

 執務室につき質素な机の椅子に座り、一息つこうとする。それを読んでいたのかミュゼットは直ぐ様お茶の準備をする。


「父上の亡骸に蠅が集り始めたか。動きの速さは想定外だな。」

「それだけではありません。まだその後ろも読めていません。」


 前王の政策は貴族に向いていた。全ての金や食事は一度貴族に集められそこから再分配される。有能な者なら、民を飢えさせる事は無いが、そうでない者は大勢いた。自分が食うためにそれらを独占し、人が減れば金を使って奴隷を増やす。亡命者は後を絶たず、それを抑えるため騎士団が駆り出され、ならず者共はそれを好機と利益を貪る。

 何もせずとも貴族という肩書きがあれば生きていくことができた。そのままではこの国の破滅は目に見えていた。だからこそ制作を一新させた。それを面白く思わない者共が亡き前王の権威を笠に着始めた。

 先代の政策を無に帰す気か。そう声を荒げる蝿共。だがその蠅を納得させるための方法はカイゼルには思いつかなかった。

 せめてもの苦肉の策としてローゼリアを切り離そうとした。仮にこの国が戦火に塗れようと、実の妹で冒険を夢見るローゼリアに自分の責を追わせたくわないと。

 だが、それも上手くいかなかった。ローゼリアは頑固な部分がある。自分が今疎まれていることを知っても、この国のためにできることを必死に模索している。そしてそれが、カイゼルの思惑とは大きく外れていく。


「ロゼには迷惑をかけてばかりだな。」

「あなたがロゼ様を心配する資格などあると思っているのですか。」

「・・・それもそうだな。私は、ロゼの兄には相応しくないかもしれんな。」


 ミュゼットの怨嗟の声を、カイゼルは真摯に受け止める。ミュゼットがローゼリアと距離を取ったのは、カイゼルの勅命だった。この国からいつでも出られるよう、心残りを無くす為にと考えたのだが、それは今のところ誰のためにもなってなどいない。

 今回も危険はある。王家の者が新人しか連れていない状況で遠征に出るのだ。これを機に動き出すものは必ずいるだろう。

 カイゼルはローゼリアを餌にしたのだ。裏で動く者共を一掃するための大義名分が必要だった。継承権は無くなったといっても、カイゼルの実妹。それを害するなら、それは自分に楯突いたと言えるだろう。


「だが、それでもこの国を守らねばならん。未熟な私が出来る事などたかが知れている。」


 カイゼルは決意を改めて口にする。例えそれが誰の望むものでなくとも、それがこの国を守るためと信じて。





続きは明日。

誤字脱字は気をつけていますが、

あれば報告お願いします。

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