58 半人と言う宿命
冒険者がギフトに向けて近づいてくる。ギフトもそれに応えるように王都に向けて歩きだす。互いに距離が詰まり、ある程度離れた位置で止まって向かい合う。
「お前は何者だ?」
そして代表するかのようにギャレットが前に出て質問する。その後ろにはとんがり頭のアッシュが護衛のように立っている。
ギフトはそれに直ぐには答えず、首を動かして周囲を見渡す。王都で会った者がチラホラと見える。仲良かった訳ではないが、見知った顔を前にギフトも気分は複雑になる。ギフトは彼らを殺すつもりはないが、戦うことは避けられなくても、それ以上をするつもりはない。
ギフトはいつものように飄々と口を開く。
「人だよ。って言ったら信じてくれる?」
「ありえないな。人の髪は燃えない。手足も燃えて平然としていられない。」
ギャレットはニヤけるギフトとは対照的に厳しい顔だ。人でないことは確定した。ならば亜人か獣人かはたまた魔人か。ギャレットはそのどれでもない事を確信している。
獣人はその見た目からして違うだろう。亜人は精霊の加護を受けている。精霊の力を行使するには精霊に語りかける必要があるが、その様な言葉は発していない。魔人が一番近い存在だろうが、その頭に角はない。
つまりはそのどれでもない存在。神に見放された生命の理を外れた存在。災厄を振り撒き冒険者には見つけ次第報告か可能なら処分を命じられた存在。
「お前は半人だな?」
ギャレットの言葉にギフトは返事をしない。代わりに口元を緩めて両手を広げる。その事に全員が目を見開いて、戦闘態勢を取る。
こうなることを望んだのは自分。嫌なら見捨てて逃げれば良かった。自分が出した結果から逃げ出すのは、ギフトにとって死ぬより恥ずべきことだ。
「ま、待ってください!!」
「ちょっとルイ!?」
そこに三人娘が現れギャレットに向き合う。それは化物に背中を見せることだが、それを三人は恐れはしない。
「どけ。そいつは殺さねばいけない。」
「こ、この人は悪い人ではありません!」
「そんな事は関係ない。半人は生きているだけで害悪を撒き散らす。」
「・・・そんな言い方は無い。少なくともギフト君はこの国を守った。」
「裏があるのだろう?半人の言葉に騙されるな。あいつは人の言葉を語る魔物だ。」
瞬時にリカの頭が沸騰する。確かに驚いたし、人でないこともわかったが、そんな言い方は無いだろう。自分たちはそそくさ逃げ出したくせに、街を守ったギフトを殺すなどお門違いにも程があるだろう。
胸ぐらを掴んで近距離で睨みつける。言いたい事は色々あれど、今言いたい事は一つだけだ。自分にも刺さることがわかっていても、それでも言わずにはいられない。
「こいつが悪いなら!私達は正しいの!?保身の為にしか生きれない私達がどれだけ偉いって言うの!?」
「半人は悪だ。生きているだけでこの世の平和を脅かす。それを生かす訳にはいかない。」
リカはそれ以上何も言わずギャレットを殴りつけようとするが、腕を掴まれ後方へ投げ飛ばされる。痛みも何も今はどうでもいい。冒険者の掟などそんな事は頭にない。
「お前たちの処分は後で決める。今はこの魔物を退治する。」
「・・・誰が魔物だと?」
その声はギフトの後ろから聞こえる。ギフトはそれに困った顔をする。脅しをかけたはずなのに、それは意味が無かったみたいだ。
「冒険者風情が調子に乗るな。そいつはこの国の英雄だ。それを屑の偏見で処断などよく言えたものだ。」
「・・・ローゼリア様。これは世界の問題です。この国だけの問題ではありません。」
「気安く呼ぶな下郎。世界を貴様が管理しているのか?偉そうな言葉だけを吐くゴミ屑が何をさも正しいように語っている?」
ロゼは最早怒りで頭が破裂しそうだった。これほど怒りを覚えた事はない。裏切られた時も貶された時もサイフォンですらもロゼをここまで怒らせる事は無かった。
ガルドーも何も言わないが気持ちは同じなのだろう。剣を担いで睨みを利かす。双方に沈黙が落ちて静かに睨み合っていると、狭間に立つギフトは呑気に煙草を吹かし始めた。
「誰が正しいとかそんなに大事なの?」
ギフトは平然と、まるで自分は無関係と言わんばかりな声を出す。煙草を燻らし輪っかを作りながら言葉を吐き出す。
「世界とか国とかしょうもない。お前らの下らない価値観に付き合う暇は無いよ。」
煙草を投げ捨て空中で消し炭にしてギフトは笑う。どちらの言い分もどうでもいい。正しいか悪いかで生きてはいない。
ギフトは決めた事がある。それは約束だった。その為にはここで自分は死んだほうがいい。
半人が逃げたと噂になれば、人々は怯え恐怖する。恐怖を覚えた人間が陥る奇行は目も当てられない程だ。ありもしない幻覚を生み出し、お前は半人だと関係ないものを痛めつける。
だからこそギフトはここで戦う。自分の所為で無関係な人間が傷つくことは許せない。その為には半人と言う化物に打ち勝った英雄が必要だ。
心の拠り所を作るために、自らの身を犠牲にしよう。ロゼを日常に届けると、この国に平和を届けると約束したのだ。果たすためならギフトはどんな手段だろうと使ってみせる。
掌に小さな炎の渦を生み出して、腕を振るうと炎が舞い踊る。全員がそれを避けてギフトに視線を向ける。
「全員でかかってこいよ!俺は半人!お前らを絶望に叩き落とす為にここに居る!さあ最後まで舞台を降りるなよ!踊り狂って遊ぼうぜ!!」
ギフトはそれだけ言うと冒険者に向けて火の弾丸を飛ばす。それは獰猛に、自分と言う恐怖を刻み込むために。それに合わせて冒険者は構え、誰よりも早くアッシュがギフトと一合交わすが、ギフトはまともに打ち合わず、集団の中心に飛び込んでいく。
「ギフト!」
「いけません姫様!!」
ロゼはそれに加勢しようとするが、グラッドに掴まれ動きを止める。グラッドはギフトを信用している。だが、今ここでロゼが冒険者と戦うことは許容できない。
「離せグラッド!」
「冒険者を相手にすればこの国に被害が増えます!落ち着いてくだされ!」
「ふざけるな!奴らはあいつを侮辱し貶めた!決して許せるものか!!」
ロゼはその身を強引に動かしてグラッドの手を離れる。しかし今度はガルドーに剣を向けられて足を止め。ガルドーを睨む。
「ガルドー!貴様・・・!!」
「ローゼリア。あれはあいつの望んだことだ。」
「例えなんであろうと!貴様はそれで良いのか!?貴様はギフトに!」
「良い筈が無い!!それでもだ!!」
ガルドーは今までに無い大声でロゼの言葉を遮る。ガルドーだって本音を言うならギフトの加勢がしたい。だが、恐らくギフトは逃げようと思えば逃げれただろう。
それでも逃げないのは自分達がいるから。自分が逃げればその矛先は誰に向くか。間違いなく自分達に向けられるだろう。
全員を敵に回せば、疑いの目も無くなる、ロゼたちがこれから先普通の人生を送るなら、ギフトに騙されていたという事にしたほうがいい。手遅れの可能性があっても、ギフトという存在が居なくなれば、多少の文句は封殺できる。
ガルドーはギフトに恩を返したい。ならばここで自分がする事はギフトの意思を汲む事だと、ロゼにだけは加勢をさせない。
「どけガルドー!例え貴様だろうと邪魔をするなら切る!!」
「小娘がほざくな!あいつの覚悟を無駄にするな!!」
「どんな覚悟があろうとも!」
ロゼは頭を振って駄々っ子のように涙を目に溜め剣を振る。視界は揺れて見えなくとも、ギフトを守る為にここで立ち止まることは出来ない。
「妾はギフトに生きて欲しいんだ!妾はまだあいつに何も伝えられていないんだ!感謝も謝罪も何もかも!ここで別れなんて絶対に嫌だ!!」
無茶苦茶に冷静さの欠片も無く剣を振る。それはガルドーには通用しないが、そんなことを考える暇もなくただ叩きつける。
痛々しいその姿にガルドーも心が揺らぐ。自分だってロゼと気持ちは同じだ。それでも矛盾を抱えたままガルドーは攻撃を防ぐ。それがギフトの意志だと信じている。
「どうした!?冒険者ってのはそんなもんか!?弱すぎて話にならねえぞ!!」
ギフトが大声で叫び、ロゼはギフトの姿を視界に入れる。血だらけで暴れまわり、それでもその顔から笑みを消すことなく冒険者も騎士も薙ぎ倒す。
ロゼだって気づいてる。ギフトが今何のために戦っているかくらい。ギフトは自分の為に戦ってくれていることくらいわかっている。
だからこそ、ロゼもギフトの為に戦いたい。守られてるだけは嫌なんだ。強くなったなって褒めてもらいたいんだ、笑ってご飯が食べたいんだ。下らない話で盛り上がりたいんだ。そしていつか―――。
「調子に乗るな魔物が!!」
ギフトの腹を槍が突き刺さる。体が揺らいだ一瞬を見逃さずにアッシュが槍を突き刺した。その攻撃はギフトの顔を苦痛に歪め、口から血を吐いてギフトは膝をつく。
「終わりだ。」
―――いつか一緒に冒険の旅に出たかったんだ。
ギフトの体に剣が無慈悲に振り下ろされる。それをロゼは見ていることしか出来ず、ギフトの体はゆっくりと地面に崩れ落ちる。
そして歓声が上がり、今アルフィスト王国の戦争は終決を迎えた。
3章終了です。
4章は短めにするつもりです。
続きは明日10時。