57 戦争終結
「何だあれは・・・?」
ギャレットは壁の上から戦況を見守っている。サイフォンが出たことで国の戦いと判断して撤退命令は下した。だが、もしサイフォンが居なくなればいつでも戦えるよう後方へは退かず、変動を見極めていた。
すると二人の人間が向かい、一人は岩人形を殴りつけ、一人はサイフォンの取り巻きを倒して、サイフォンの戦争を終わらせた。
そこから岩人形と戦うか迷っていると、夜明けが訪れある人間が姿を変えた。劇的な変化ではないが、明らかに人の粋を超えたその姿はギャレットにとっても見たことのないものだった。
ギルドマスターになる以前も冒険者として様々な場所を巡っていたが、あんな人間は見たことない。一度だけ魔人と出会ったことはあるが、彼らには象徴たる角があるが、あの男にはそれはない。
それでも魔人と似たような魔力を感じ取れる。総量が多いかではなく、その質が似ている。圧倒的な暴力を振り翳す魔人と似た力を使う、あの男は危険だ。だが今戦っているのは彼らにとっても敵の存在。迂闊に手を出していいか判断に迷うところだ。
「・・・ギフト・・・?」
とそこに一人の女性が呟いた。女性は既にギフトに出会っていたが、あんな姿は見たことない。少なくとも自分は強いだけの人だと認識していたが、今の姿は明らかに人ではない。
その呟きを聞いてギャレットはその名前の二つ名を思い出す。悪戯好きの炎と呼ばれ、その恐怖を数多の傭兵に刻み込んだ存在。それが今目の前にいると確信し、ある予測を立てる。
そしてギャレットはその場から離れる。あれがもし自分の想像した通りの存在なら、戦争も何も関係ない。その驚異を放置する事は冒険者として許されないのだ。
冒険者は街に迫る魔物を放置しない。例えそれが人の言葉を話す事が出来たとしても。
ギフトの周囲に十数本の槍が形成され、それは一箇所に向けて飛んでいく。躱すこともなくその槍は岩人形の外郭に刺さり、当たった部分をボロボロと壊していく。
一本一本ではまとまな痛手にはならない。だが同じ箇所を何度も打ち付ければいずれ壊れるだろう。そう思って一番使い慣れた炎の槍を使っているがその目論見は外れる。
岩人形の外郭は壊れても直ぐに別の箇所から再生している。その分装甲が薄くなっているのだろうが、その分すら大地から岩を付着させて補っている。
「再生能力かよ。面倒くさっ。」
その様子を見てもギフトに焦りはない。再生する事など大した驚きにもならない。そう言う魔物がいることは知っているし、治療を行える術師もいるのだ。限界はあれど、多少の傷など問題にしない奴は世界に多々存在する。
ただ驚く事ではないが面倒な事には変わりない。魔物は魔力を食らって生きる存在。魔力切れを狙えば動かなくなるだろうが、持久戦はギフトも望むものではない。
それにあの体躯だ。どれほどの魔力が貯蔵されてるかわからない。そんな相手に不利になるとわかっている長期戦を挑まない。
ギフトは腰を落としてまるで巨大な剣を後ろに振りかぶるかの様に腕を伸ばす。ギフトの掌に魔力が集まりやがてそれは炎と化して一本の剣となる。
「波打つ炎!」
ギフトの手に現れた外壁と同様の長さを持った剣は、岩人形に当たり、当たった部分を焦がして外郭を壊す。振り抜いた勢いを殺さないよう回転し、ギフトは岩人形をその剣で何度も打ち付ける。
そして剣を消すと、再び槍を生み出し、それを胸の中心部に投げる。それは岩人形の胸に刺さり、ギフトが指を鳴らした途端爆発を起こして内部から破壊する。
岩人形の胸から煙が上がり、痛みを感じたのか膝を着く。損傷箇所を修復するため大地に接する箇所を出来るだけ多くする。
だが魔物が本能で動けば、ギフトも本能で動く。あの程度の攻撃が致命傷になったとは考えていない。ギフトは体を低くした岩人形に登り、肩に乗って拳を引く。
そして拳を炎が纏う。魔力を込めて炎を纏わせたその拳は炎の槍程の貫通力は無くとも、破壊力はその比ではない威力がある。それをギフトは岩人形の顔面に叩き込んだ。
人の姿の時でも体制を少し崩せた。今の状態ならどうなるか、岩人形は勢いを殺すことなど出来ず、地面に転がり込みギフトを見失う。
ここでもしギフトがこれ以上の攻撃手段が無いのならただ再生されて終わるだろう。だがそうはならなかった。城壁も外壁も意味を成さない攻撃が人の時に使えて、今使えない道理はない。
ギフトは目を閉じ集中する。詠唱は必要ないが、魔力を流すには時間も掛かる。その時間を稼ぐ方法さえあれば、でかいだけの岩人形は敵にもならない。
「お前に恨みは無いんだけどな。」
そしてギフトは呟く。本来岩人形は戦闘的な種族ではない。危機を感じたとき以外で戦う事のない存在を確認しても放置されることの多い魔物だ。
それがどんな手段を使われたのかは知らないが、サイフォンによって揺り起こされた。言ってしまえばこの岩人形ですら被害者なのかも知れない。それでもギフトは同情しないし、許しを請うこともしない。
運が悪かった。全てはそれだけなのだとギフトは知っている。どれだけ嘆いたところで結果が全て。だからこそここで岩人形を殺しても誰にも文句は言われないだろう。
結局は魔物。それに感情移入するもの等いるはずもない。本能で動いて破滅を齎す存在を普通の人は許してくれないのだから。
魔力は充分集まった。この一撃で全てが終わる。
「来い。豪炎の暴威。」
現れたのは炎の巨人。岩人形よりも外壁よりも大きな炎の巨人は鎖に繋がれた姿を模した全てを燃やす炎の化身。
巨人は腕を振りかぶり、岩人形を狙う。ギフトはニヤリと笑い。最後通牒を言い渡す。
「じゃあな岩人形。これからは狙われんなよ?」
そして拳は振り抜かれ、外壁も内部も全てを燃やし尽くす。岩は崩れ灰に変わり、その巨体はみるみる小さくなっていく。
それでも再生を繰り返し、死ぬ事もなく焼かれ続けやがて人と同じ大きさになると、ギフトは豪炎の暴威を消して口を開く。
「消えろ。俺は被害者は殺さない。」
ギフトにとって魔物も人間も大差ない。自分の意志で動いてるなら容赦しないが、そうでないならギフトはその命まで奪おうとしない。
ここでまだ戦うというなら殺す。それは間違いないが、最後の選択は自分で決めるべきだ。それはどんな生物だろうと変わらない。
岩人形はギフトに勝てないと悟ったのだろう。一目散に逃げ去りやがて姿を消していく。その背を見て、ギフトは溜息を吐いて、晴れやかな表情を作る。
戦いは終わった。そう、この戦争はここで終わりを迎えた。ただギフトは気づいてる。戦争が終わっても、自分の戦いが終わっていないことを。
呆然と立つギフトにロゼが駆け寄ってくる。その顔は喜びに満ちている。犬の様だなとギフトは思い笑って炎の槍をロゼの足元に投げつける。
突然の行動にロゼは足を止め、ギフトを見る。そしてギフトは今まで見たことのない悲しげな笑みを浮かべてロゼから視線を外す。
視線を向けた先は王都。そこには今にも襲いかかってきそうな迫力で武器を構える冒険者と騎士がいた。
続きは明日10時。