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Deliver Happy   作者: 水門素行
一章 アルフィスト王国動乱記 三部 ~届け屋~
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55 最終局面

 ギフトは先頭を走り、ロゼはその後ろを走っていく。まだ夜明けには早い時間だがそれでも人の往来は多い。城門が破られた事から始まりこの地響きだ。起きていても不思議ではない。


 所々で騎士や冒険者が誘導を行っている。騒ぎを収めようとしているがその成果は見られない。騒ぎ立ててとにかくその場から逃げる者、野次馬根性なのか怖いもの見たさか、門の方に向かう者もちらほら見える。


「守られてきた弊害だね。恐怖を感じる機能が麻痺してるのさ。」

「平和を生きていると言えば聞こえは良いがな。」


 ギフトとガルドーは比較的冷静というか冷めている。この国に特別な思い入れがない二人の意見は正論ではあるが、否定したい所ではある。


「民はそれで良いのかも知れぬな。平和の中で生きてくれるならそれは妾達の誇りだ。」

「平和な証ではあるが、いいことばかりでもあるまい。」

「生きる上で戦うことは必要だよ。」


 ガルドーとギフトはどこまでも冷めている。ただロゼも一部分は理解できる。全てを肯定できないが、そういう意見もあるとは思える。それにギフトやガルドーの様に割り切れる者がいなければ、黙って死を待つしか人はできなくなってしまう。


「儂は騎士だからな。民が戦えないことを嘆くつもりは無いが、流石にこれでは命を落としかねないな。」

「月一回位で魔物が来た時の備えをしてもいいかもね。平和が続くじゃなくて平和を作る意気込みがあったほうが良いんじゃない?」

「・・・確かに。悪くない意見だ。」


 会話をしながら走る四人は気を抜いているわけではない。必要以上に緊張していないだけだ。後ろに続く騎士は言葉も少なくただ付いてくるだけだ。


 四人が走る速度は早い。重装備とは言えそれなりに鍛えているのに追いつくので必死だ。道行く人をかき分けて走ることなく空いた空間を直ぐに見つけてはそこに割り込んでいく。


「つってもこれは邪魔だな。どかす?」

「手荒な真似であろう?却下だ。」

「んー。じゃあ上から行くか。」

「どうやって上へ行くのだ?」


 そう言うとギフトはロゼの体を掴んで片手と足で器用に屋根まで登っていく。いきなりな事にロゼは短く悲鳴を上げるが、ギフトはそれを無視してぐんぐん登り、屋根の上に降り立つ。


「可愛い悲鳴だね。」

「・・・ギフト。許さぬ。」

「怖い!」


 ギフトからすれば良かれと思っての行動だった。ロゼも別に上から行く事を否定したわけではない。それでも断りもなく体を掴んで急に登られれば驚きもする。


「ガルドー!おっちゃん!先に言ってるよ!」


 言葉だけ残してギフトとロゼは屋根の上を跳んでいく。本当に疲れていたのかと思うくらいにギフトの足取りは軽い。


「疲れたのでは無いのか?」

「腹へって死にそうだよ。でも呑気にご飯も食べられないでしょ?」

「・・・戦えるのか?」

「約束は守るさ。お前を届けるまでは頑張るよ。」


 いつものへらへらとした笑みを浮かべるギフトにロゼは頼もしさを覚える。今までも頼もしくはあったが、いつもと変わらないギフトを見ていると不思議と力が入る。


 律儀な男なんだ。嘘も言うし馬鹿にもする。それでも約束と吟えばそれを違えることは無い。


 何時だって人より前に立つ。知ってか知らずかギフトは人に任せる時以外は常に先頭を走る。傷つくことも厭わずに、その背中を追いかければ道があると言わんばかりに。


 それが頼もしくて羨ましくて、ロゼはギフトの背中を追いかける。今はまだ遠くとも、追い付けることを信じて。


「ギフト。」


 ロゼは走りながらギフトに問う。答えは見えているが、聞いておきたい。


 ギフトはこの戦いが終わればまた旅に出るだろう。そこでまた多くの人と出合い、自分のように救われる者もいるだろう。


 だからこれは我侭だ。ロゼはそれをわかっていても言わずにはいられなかった。


「この国に残る気は無いか?」

「無いね。俺は旅を続けるよ。」

「・・・少しは考えてくれても良かろう?」

「この国が例え理想の国でも、俺はどうせ気付いたらいなくなるさ。」


 ギフトの即答に肩を落としながらも、どこからしいと思って笑みを溢す。ここで考えるような男ではない。もしそうならロゼはギフトに出会わなかった。


 ギフトがいなければロゼはここにはいなかっただろう。感謝はしているし、尊敬もしている。ギフトを止める権利はロゼにはない。


 それがわかっていても気持ちは揺らいでしまう。ギフトはこの国を近い内に去る。ロゼの中でギフトにこの国に残って欲しいという気持ちは止まってはくれなかった。


「お前がいなくなるのは寂しいな。」

「そりゃ光栄だ。でも俺には俺のやりたい事があるんだ。夢半ばで死ぬのは良いけど、諦めることは出来ないのさ。」


 諦めるのは死ぬときだけで充分だ。いろんな事を諦めざるを得なかったギフトが唯一追いかけても文句を言われない夢。


 ギフトの中で譲れないものがあるとすれば、夢を諦めることだけだろう。誰に馬鹿にされようとどうせ追いかけるから楽なものだとギフトは思う。


万物の箱庭(ユニヴァースガーデン)か・・・。」

「見つけたら招待してやるよ。きっと楽しいぞ?」


 ギフトは子どもが親に自慢するように言う。見つかることを確信しているわけではないが、見つけるまでは死ねない。いつかの為にギフトは夢を見続ける。


「お前も夢を追いかけてみろ。追い続けるのは辛いけど、人生を飽きない理由にはなる。」

「打算的では無いか?」

「人生は楽しむものだろ?正しいことより楽しいことを考えるべきさ。」


 それだけでは生きていけないだろうが、それも良いかもしれない。息が詰まるような生き方はもう懲り懲りだ。何も考えない人生は無理だろうが、常に考え続ける人生は嫌になる。


 ほどほどに、適当に、締めるべき時は締める。それが人生を楽しく生きるコツだという事はギフトを見て学んだ。


 二人は外壁の上に立って足を止めて視線を上げる。そこにはこの戦いの最後の敵が見える。近くで見ると想像以上に大きい。まだ距離はあるが、直に外壁を破壊して街に入るだろう。


「楽しむ為にはやるべきことがあるな。」

「あれが最後の敵ってわけだ。・・・ってあらら。」


 ギフトは煙草に火を点けて紫煙を燻らし、呆けた声を出す。目の前の状況がギフトの想像したより悲惨なものだ。


「冒険者は撤退して、魔物は騎士が押し止めてるってとこかな?」

「何故こんな事に・・・!」

「あれが原因かな?岩人形(ゴーレム)の後ろに人がいる。」


 手を額に翳してギフトは遠くを見る。ロゼもそれを追って視線を遠くに向けて、そこに自分の敵が居ることを認識した。


「・・・サイフォン?」

「え?どれ?」

「一番偉そうなデブだ。」

「わかった。あれか。」


 ギフトはそう言われて獰猛な笑みを浮かべる。あれが自分をここまで巻き込んだ阿呆かと、やっとその姿を拝むことが出来た。あの憎たらしい顔面を歪ませるまであと一歩だ。


 ギフトは外壁から一息で降りる。突如上から降ってきたギフトに下にいた人は驚くも、ギフトはそれを無視して外壁を見上げる。


「ロゼ!降りて来い!」

「こんな所から降りれるか!」

「受け止めてやるから大丈夫!」


 ギフトはロゼに手を振って早く来いと催促する。ロゼは覚悟を決めると外壁から身を乗り出し、空中にその身を預ける。


 ギフトなら大丈夫。出来ないことを言う奴ではない。それをわかっているからこそロゼはギフトを信じる。体力も時間も普通に降りては勿体無い。


 重力に逆らう事なく落ちていき、速度が上がったとロゼが感じた瞬間ロゼは腰を掴まれて視界がぐるりと回る。ギフトがロゼを掴んで回転して勢いを逃がしたとはわかるが、やはり心臓には良くなかった。


「・・・ギフト。」

「俺お前が次に何言うかわかった。」

「なんだ?」

「許さぬ。」

「殺す。」

「あちゃー。外れたかー。」


 手を顔に当ててわざとらしく恍ける。その行動をロゼは睨むが、ギフトは気にしない。その時間も勿体無いとロゼが意識を切り替えると、慌てた様子で人が駆け寄ってくる。


「ロゼ!ギフト!」

「あれ?リカだ。」

「何呑気な事言ってるの!?この状況が、」

「撤退しなくていいの?」


 リカの言葉に応えずにギフトは問いかける。一瞬それに怒りかけたが、ギフトがそう言う奴だとはわかっていた。大きく息を吐き出して文句をグッと堪える。


「撤退命令は出たわよ。どさくさに紛れて戦ってたの。」

「・・・良いのか?」

「バレたら最後ね。でもここで見捨てるのは違うじゃない?」


 腰に手を当ててリカは堂々と言い切る。冒険者の心構えとしては間違っているが、ギフトはその言葉を聞いて表情を緩ませる。


「お前良い奴だったんだな。」

「・・・それ、どういう意味?」

「褒めてるのさ。見直したよ。」

「どういう意味よ!?」

「リカ。煩い。他の冒険者に見つかる。」


 とギフトとリカが無意味な会話をしていると、ミリアとルイが現れ口を挟む。お互いに疲労しきった様子で、彼女達もこそこそ行動していたのだろう。


 ロゼはそれを嬉しく思うが、返せるものが何もない事を歯痒く思う。ここまでしてくれたのにロゼには彼女達に払える報酬が無い。


 ロゼが少し俯いて顔を伏せていると、リカがロゼの前に立ち、肩に手を置いた。リカだって数日感ロゼと過ごした。責任感があって甘い性格な事はわかっている。だからこそ今ロゼが何を考えているかわかっているつもりだ。


「気にしなくていいわよ。元々好きで付いてきただけなんだから。」

「・・・しかし」

「話は後でしましょうよ。だって・・・。」


 地響きは未だ鳴り止むことなく続いている。あれを倒さない限りは終わらない。逆に言えばあの魔物さえ倒せば終わるということだ。


「まだ残ってるわよ?飛びっきりのが。」


 リカはそう言って二人から目を離す。見つめる先には巨大な人の形に似た魔物がゆっくりと近づいてきている。


 そのあまりの大きさに全員が岩人形(ゴーレム)を見上げて唾を飲み込む。たった一人を除いて。


「小手調べだ!炎の槍(ジャベリン)!」


 ギフトは誰に何を言う事もなく、炎の槍を形成すると、それを岩人形(ゴーレム)に向かって投げつける。その槍は直撃し、当たった部分を軽く壊す。


「やっと終わるんだ。やっと終わるんだ!さあ最後まで踊り続けようぜ!」


 ギフトは笑みを浮かべて突進する。誰より早く、臆することなく。その様子を見ていた四人はやれやれと言わんばかりに首を振ると、全員が全員同じ言葉が脳裏に過ぎり代表してロゼが声を発する。


「だろうな。」


 うんうんと三人が頷き、苦笑いを浮かべる。あんな巨大な相手に正面から戦いを挑むのは頼もしいのか馬鹿なのか、それでもロゼはその後を追うしかない。


「世話になった。後でまた話そう。」

「待ってるわよ。じゃあまた後で。」


 気軽に言葉を交わし、ロゼはギフトの背中を追いかける。三人はその様子を見て自分達の仕事が終わったことを確信する。


「にしても馬鹿よね。こんなことするなんて。」

「権力は贅肉。一度付くと離れない。」

「乙女の敵みたいなものですね。」


 三人はその場にしゃがみ込みたい気持ちをぐっと堪えて後にする。危険なのはあの魔物だけ。残りの魔物は騎士でも充分制圧できる。


 長い夜だったが、それも終わった。と彼女達は戦いは終わったと戦線を下がる。もう出番は無いと肩の力を抜いて。








続きは明日10時。

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